国際保健用語集

用語 国際エイズワクチン推進構想
概要

(英語訳 : IAVI, International AIDS Vaccine Initiative)

安全で有効なエイズワクチンの研究・開発を推進するため、1996年に設立された非政府組織で本部はニューヨークにある。ビル・メリンダ・ゲイツ財団、ロックフェラー財団、ファイザー、グラクソ・スミスクライン、グーグルなどの民間、米国、デンマーク、オランダ、スペイン、英国、日本などの政府の寄付を受け、30以上の民間企業、大学・研究機関および政府機関と共に、これまで1億ドル以上を費やして12カ国でワクチンの治験を実施している。ワクチン候補の開発や治験のみでなく、エイズワクチンに関する政策分析や社会科学研究、疫学研究、アドボカシー活動、研究情報のデータベース作成も行っている。 

HIVはウイルス遺伝子が変異しやすいためワクチンの効果を容易に失いやすいこと、ヒトに特異的に感染するウイルスのためワクチンの効果を検証するために適当な動物モデルがないこと、レトロウイルスの特徴としてウイルス自身の遺伝子がヒトのリンパ球遺伝子内に埋め込まれるため免疫応答から逃れやすいこと、などの理由でエイズワクチンの開発には難しいとされている。そのため、HIV感染そのものを防ぐワクチンのみでなく、HIV感染後に発症を遅らせるためのワクチンも研究されている。(垣本和宏)
 

用語 国際人口開発会議
概要 (英訳:ICPD, International Conference on Population and Development)

1994年、179カ国の代表が出席してエジプトのカイロで開催された国連主催の会議。リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康および権利)の推進が、今後の人口政策の大きな柱となることが合意された国際会議である。このため、人口政策の焦点がそれまでの国レベルの人口数(マクロの視点)から個人レベルの健康促進(ミクロの視点)、特に女性の健康保障やエンパワーメントに大きくシフトした。また、人口問題と開発問題が密接に関連し、相互に影響しあうという考え方が国際的な共通認識となった。これを受けて、国連の経済社会理事会の下に置かれた人口委員会も、人口開発委員会と名称を改めた。さらに国際開発枠組み(MDGsやSDGsなど)の中でも、明確に位置づけられた。開催地の名前をとって、「カイロ会議」とも呼ばれる。会議の具体的な目標の焦点は、「普遍的な教育の提供」、「乳幼児及び妊産婦死亡率の削減」、「2015年までに、家族計画、介助者のもとでの出産、HIV/エイズを含めた性感染症の予防や思春期保健を含めたリプロダクティブ・ヘルスケアへの普遍的アクセスの確立」である。

20年間の「行動計画」を採択し、各国はこの行動計画に沿って人口問題対策を進めた。5年ごとに、ICPD+5、ICPD+10、ICPD+15、ICPD+20として、見直しを実施した。この20年間で、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康および権利)は、セクシュアルをつけることで、より広範な健康と権利を指すように、変化している。(池上清子) 
用語 国際保健規約
概要 (英語訳 : IHR, International Health Regulation) 

1951年、世界保健機関(WHO)憲章第21条に基づき、感染症の国際間の伝搬を阻止することを目的として、国際衛生規則(ISR)が制定された。1969年にそれが国際保健規則(IHR)と改名された。対象疾患は黄熱、コレラ、ペスト、天然痘の4疾患であった。天然痘は、その後1980年に世界から根絶されたため、2005年の改定まで、IHRの対象疾患は残る3疾患のみであった。しかし、エボラ出血熱、SARS等の新興感染症や、生物、科学、核テロが大きな健康上の脅威と認識されるに及び、この古い枠組では、国際的な健康危機の伝搬阻止に全く無力であるとの認識が共有されるようになった。

2005年のWHO総会において、IHRの根本的な改正案が決議され、2007年6月に世界中で発効した。新しい枠組みは、国境における疾病発生の通知のみならず、加盟国の国内での「国際的に脅威となる公衆衛生緊急事態(public health emergencies of international concern: PHEIC)」全てをWHOに通知するシステムとなり、WHOの国際的な検知、対応活動に国際法上の根拠を与えるものとなった。各加盟国は、PHEIC検知、対応能力を向上することが求められている。2007年6月に発効したものの、我が国を含め多くの国が未だ(2008年初頭段階)具体的な国内法整備や包括的な実施措置を取る段階には至っていない。(村上仁)
用語 国際労働機関
概要 (英語訳:ILO, International Labour Organization) 

ILOは第一次世界大戦直後の1919年に,世界平和の礎としての社会正義の実現を目指して設立された。現在は社会労働政策を担当する国連専門機関として国際労働基準の作成と実施、および発展途上国への技術協力活動を行っている。ILOは各国の政府、労働者、経営者代表を正式の構成メンバーとしており、三者が独立した投票権を有している。この仕組みは三者構成主義として知られ他の国連機関にはないILOの特色である。

働く人々の健康と安全の向上にILOは設立当初から積極的に取り組んできた。産業保健サービス、アスベスト、職業がん、建設安全衛生、化学物質、鉱業安全衛生、母性保護、農業安全衛生等の国際労働基準が採択され、各国における政策策定と職場における安全衛生の向上に役立っている。特に労働安全衛生サービスの届くにくい発展途上国の中小企業、家内労働、小規模建設現場、農業等の職場を対象に、低コストで地元の資源を用いて改善できる参加型トレーニング手法を開発し地元トレーナーを養成し普及を進めている。またHIVエイズ鳥インフルエンザおよび新型ヒトインフルエンザのような感染症対策においても、ILOが持つ労働者および経営者とのネットワークを生かして職場を直接の対象とした取り組みを進めている。(川上 剛)
用語 国際協力機構
概要

(英語訳:JICA, Japan International Cooperation Agency)

正式名は独立行政法人国際協力機構。前身は、国際協力事業団。外務省所管の特殊法人であった。歴史的には、1974年に、海外技術事業団と海外移住事業団が統合して国際協力事業団となっている。開発途上地域等の経済及び社会の発展に寄与し、国際協力の促進に資することを目的としている。2008年に、国際協力銀行業務のうち、海外経済協力業務を継承し、国際協力機構(新JICA)に統合された。事業内容は多岐にわたっており、その基本は「人を通じた国際協力」である。(杉下智彦)

用語 国際協力銀行
概要 (英語訳 : ) 
日本輸出入銀行と海外経済協力基金(OECF)が統合して1999年10月1日に発足した政策金融機関である。国際協力銀行は、我が国の健全な発展のため、主体的な役割を積極的に担っていくことを目的として、1)我が国の輸出入および海外経済活動の促進、2)開発途上地域の経済社会開発・経済安定化への支援、3)国際環境の安定化への貢献という使命を掲げている。政府開発援助との関係で言えば、開発途上国の経済・社会開発を支援する「海外経済協力業務」がある(非ODA部門として、「国際金融等業務」がある)。資本金は海外経済協力業務で6兆5043億円(2003年3月31日現在)で、世界銀行をしのぐ世界最大規模となっている。技術協力の実施機関である国際協力機構(JICA)に対し、国際協力銀行は円借款を中心とした資金協力の実施機関として位置づけられている。  
用語 国際女性年
概要 (英訳:International Women’s Year)

1966年「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」、1967年「女性に対する差別撤廃宣言」の採択を受け、1972 年第27回国連総会において決議された国際年。男女平等の推進、経済・社会・文化への女性の参加、国際平和と協力への女性の貢献を目標に世界的な活動を行うために、1975年を国際女性年とした。これに合わせる形で、国連はメキシコ・シティーで初の女性に関する全世界的な会議である「国際女性年世界会議」を開催し、メキシコ宣言と世界行動計画とを採択した。また、同年12月の国連総会において、続く1976~85年を「国連女性の10年」に指定し、世界中の女性が一堂に会して、その権利を保障し、拡大する話し合いの場を提供した。会議は5~10年毎に開催され、第2回はコペンハーゲン(1980年)、第3回ナイロビ(1985年)、第4回北京(1995年)、2000年には国連特別総会「女性2000年会議」が米国のニューヨークで開催された。また1975年には、3月8日が「国際女性の日」と定められ、1977年の国連総会は各国の歴史、国民的伝統や習慣に沿うかたちで、任意の日を「女性の権利と国際平和を推進する日」として制定するよう呼びかけた。
(池上清子)
用語 国際疾病分類
概要 (英語訳:ICD, International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems)

正式には、International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems 疾病及び関連保健問題の国際統計分類の事である。

異なる国や地域から、異なる時点で集計された死亡や疾病のデータの体系的な記録、分析、解釈及び比較を行うため、世界保健機関憲章に基づき、世界保健機関(WHO)が作成した分類である。起源としては、1950年代に死因(Cause of Mortality)のリストとしてはじめられたものであり、1893年に国際統計協会(the International Statistical Institute)が使用するようになり、約10年ごとに改定が行われちた。死因だけではなく疾病原因(Cause of Morbidity)を含む第6版が出版された1948年に、WHOが責任機関として引き継ぐこととなった。

最新の分類は、ICDの第10回目の修正版として、1990年の第43回世界保健総会において採択されたものであり、ICD-10と呼ばれている。現在、我が国では、一部改正の勧告であるICD-10(2003)に準拠した「疾病、傷害及び死因分類」を作成し、統計法に基づく統計調査に使用されるほか、医学的分類として医療機関における診療録の管理等に活用されている。(仲佐保)
用語 国際緊急援助隊
概要 (英語訳:JDR, Japan Disaster Relief Team)

日本の海外における災害に対する国際緊急援助は人的援助と物的援助があるが、国際緊急援助隊は人的援助に含まれる。1979年に内戦でタイに脱出したカンボジア難民に対して政府医療チームを派遣したのがきっかけになり、日本政府は1982年に国際緊急医療チーム(JMTDR)を設立した。紛争に起因しない人為的災害や自然災害に対応するという法整備(1987年 国際緊急援助隊は派遣に関する法律(JDR法))が行われ、各種チームが派遣されるようになった。5つのチームで構成されている。

1)医療チーム:現地で医療活動を実施。医療チームとして、タイプ2の国際認証を受け、入院や手術を実施展開できる(派遣実績は57回 2018年9月現在)。
2)救助チーム:要救助者の捜索、救助、応急処置、移送に当たる。国際捜索救助諮問グループが定めるヘビー級を2010年3月に認定取得した(派遣回数20回 2018年9月現在)。
3)感染症対策チーム 2015年10月 発足。疫学、検査診断、診療・感染制御、公衆衛生対応、ロジスティックからなる。(派遣実績は2回 2018年9月現在)。
4)専門家チーム 被害の発生・拡大を防止する助言や指導を行う。関係省庁・自治体などの各分野の専門家から構成される(派遣回数 49回 2018年9月現在)。
5)自衛隊部隊:被災状況広範囲・大規模であるときに、自衛隊員によって、輸送、給水、医療・防疫を実施する(派遣回数 19回 2018年9月現在)。(高橋宗康)
用語 国際開発協力銀行
概要 (英語訳:JBIC, Japan Bank for International Cooperation)

1999年に日本輸出入銀行と海外経済協力基金を統合して発足した特殊銀行。相互依存の進む国際経済の健全な発展に貢献することを目的としている。民間金融機関の活動を補完・奨励しつつ以下の業務を行ってきた。1)日本にとって重要な資源の海外における開発及び取得の促進、2)日本産業の国際競争力の維持・向上、3)国際金融秩序の混乱への対処。2008年に予定される組織改変において、国際金融等業務は株式会社日本政策金融公庫へ統合されるが、国際協力銀行からの承継業務を運営する際には、「国際協力銀行」という名称を引き続き対外呼称として使用する。海外経済協力業務は国際協力機構(新JICA)に統合される。(山本太郎)
用語 在日外国人
概要 (英語訳 : Foreigners Living in Japan)

この言葉に関する明確な定義はない。しかし、この言葉は社会一般に定着しており、日本に在住する外国人の総称として考えられる。この言葉の概念には、「日本に定住している外国人」という要素も含まれている。定住性を表す言葉として「定住外国人」がある。これは概ね5年以上の居住者を指す。在日外国人に関する表現は、その対象者の生活基盤実態を考慮して表現されている。行政の報告書では「外国籍住民」「外国籍市民」「在住外国人」の表記が多く、NGO/NPOのレポート等では短期滞在者を含めた「滞日外国人」の表記がみられる。

日本における外国人には、「出入国管理及び難民認定法」によって在留資格が定められており、法務省入国管理局では、「出入国管理及び難民認定法」上の在留資格をもって、三カ月以上日本に在留する外国人「中長期在留者及び特別永住者」を「在留外国人」と定義している。また、2012年7月には、「住民基本台帳法の一部を改正する法律」が施行され、日本人と同様に、「外国人住民」も住民基本台帳法の適用対象となった。

1980年代前半まで、在日外国人の大半は歴史的背景を持つ朝鮮半島出身の在日韓国・朝鮮人であった。その人口構成は日本人同様に高齢化、少子化が急激に進んでいる。一方、1980年代後半以降、東南アジア、南米出身の人口が急増し、在日外国人の国籍(出身地)、人種、文化等が多様化している。移住者の人口構成は、20歳代から30歳代の生産年齢人口に集中し、定住化・永住化傾向がみられる。2005年以降、在日外国人人口は200万人を超えている。日本社会における多文化共生社会の実現、在日外国人の法的人権保障の確立が社会的課題となっている。 (李節子)
用語 地球温暖化
概要

(英語訳:Global warming)

地球温暖化(または、温暖化)とは、地球規模で気温上昇が世紀単位の長期で発生している現象を指す。地球温暖化の理由として、大気温の上昇が原因であるとメディアなどで報道されているが、その主な理由は1970年代より起こっている海洋温度の上昇によるものである。また、温暖化により南極・北極の氷は融解し大気温も上昇している。地球温暖化の原因は、主に人間の活動に伴って排出される温室効果ガス(二酸化炭素など)である。温暖化の進行は、地球に降り注ぐ太陽エネルギーの宇宙への放熱が温室効果ガスにより遮断されたことが発端となり、これまでの地球と宇宙に関わる熱収支の均衡が崩れ、地球上に熱エネルギーが蓄積され、最終的に温暖化を招く。地球温暖化の影響は大気温上昇や海水面の上昇、降水量の変化、亜熱帯地域での砂漠化の進行などで地域により異なる。その他には、急激な天候悪化の発生などの影響がある。これらの現象は、農作物の生産量に影響を及ぼすため、食糧問題と密接な関係がある。(星知矩(門司和彦))

用語 地球規模感染症に対する警戒と対応ネットワーク
概要 (英語訳 : Global outbreak alert and respondr network) 

病原体はダイナミックに変異し、速やかに増殖して新しい環境や宿主に柔軟に適応する能力を持つ。

これらの生物学的特性に加え、人類の生活圏の拡張は未知の病原体との遭遇機会を提供し、交通手段の発達は迅速で長距離の病原体の移動を可能にした。このような病原体の拡散による感染症大流行に対応するため、2000年にWHOは地球規模感染症に対する警戒と対応ネットワークGOARN: Global Outbreak Alert and Response Networkを構築した。

そのシステムでは既存のネットワークを活用して、情報・経験・技術の国際間での共有を目指す。新しい感染症流行を系統的に情報収集し、流行の規模と重大さを科学的に迅速に確認し、確認した事実はネットワークを介して全世界に伝達し、必要に応じて国際協調して支援して、大流行による被害を最小限に防ぐサーベイランスの仕組みである。

毎年100カ国以上から200件以上の感染症流行の情報が収集され、GOARNが対応を判断する。国際的な対応が必要となる感染症は、1)未知の病原体の可能性がある、2)期待値より異常に罹患率や死亡率が高い、3)国境を越えて隣国に波及する、4)人間や物の交流によって隣国に運ばれる、5)流行当該国の対応する能力を越えている、6)事故や故意に拡散されている、などである。SARSや鳥インフルエンザでGOARNの対応能力が示された。 
用語 地理情報システム
概要 (英語訳:GIS, Geographic Information Systems)

GISは、デジタル化された地図データや位置情報を持つさまざまなデータを統合的に扱い、データの作成、視覚化、保存、利用、管理する情報システムそのものを意味してきた。データは地図上に表示されるので、解析対象の分布や密度、空間検索や空間分析の結果を視覚的に把握することができる。我が国では、1995年の阪神淡路大震災での復興支援事業を契機に、空間的思考や意思決定を支援する新しいツールとして幅広く認知されるようになった。今日では、地理情報に固有な問題を幅広く対象とし、地理情報を系統的に処理する方法論を研究する新しい学問領域(地理情報科学 Geographical Information Science)として知られる。
保健医療分野におけるGISの利用は、疫学情報の視覚化(疾病地図)、疾病の地域集積性の検出、疾病の地域リスク要因の検討、感染症媒介生物の生態解析、保健医療サービスの計画・評価、保健医療情報のインターネット配信など多岐に渡る。地理空間的視点から疫学研究に取り組む空間疫学(Spatial Epidemiology)は、GISと親和性が高い。

センサスやサーベイランスにGISを導入する事例が増えており、GPS(Global Positioning System)で測位した位置情報と調査データを連結させて、疾病対策などに活用されている。広域観測が可能な地球観測衛星から得られる植物活性、土地被覆分類、地形情報、大気情報、海面温度などの種々のリモートセンシングデータは、定量的かつ面的なもので、患者や感染症媒介生物の地理情報と組み合わせて、疫学分析に活用されている。(谷村晋)
用語 外傷後ストレス障害
概要

(英語訳 PTSD, Post Traumatic Stress Disorder)

心的外傷(トラウマ)となる犯罪や災害などの生死にかかわる経験、死傷の現場を目撃するなどの恐怖体験が契機となり、1か月以上持続して症状を呈し、強い苦痛や生活上の機能障害をきたす精神障害。世界的にはベトナム戦争など紛争体験者、その兵士、日本では阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件後に注目されるようになったが、交通事故、虐待、レイプなどでも生じる。

おもな症状は、侵入(フラッシュバック、悪夢、想起刺激による心理的苦痛や生理学的反応)、回避(トラウマ体験に関連する状況や感情を避ける)、認知と気分の陰性変化(自身や他者の過剰な否定、大事な活動への関心や参加の著しい減退、愛情を感じなくなるなどの感情領域の狭小化)、覚醒度と反応性の著しい変化(睡眠障害、過度の警戒心、過剰な驚愕反応、集中困難)の4種類に分類される。

心理療法や薬物療法が主たる治療法となる。なお、PTSDを発症した人の半数以上がうつ病、不安障害、アルコール依存などを合併することが知られている。(井上信明)

用語 多次元貧困指数
概要

(英語訳: MPI, Multidimensional Poverty Index)

多次元貧困指数は、人間開発報告2010 から、1997年以降毎年公表されてきた人間貧困指数(HPI)に代わって採用された新しい指標である。世帯単位で多次元的な貧困状態を把握する。

具体的な指標の計算方法は、人間開発報告2015のTechnical Notes 5に詳しく記載されているが、個別世帯調査からのマイクロデータから、?教育、?健康、?生活水準について評価する。

?教育は「学校教育6年間を誰も修了していない」「一人でも学校に通っていない就学年齢の子どもがいる」の2つのチェック項目、?健康は「一人でも栄養失調にある」「一人でも亡くなった子供がいる」の2つのチェック項目、?生活水準は、「電気」「クリーンな飲み水へのアクセス」「適正な衛生状態」のほか6つのチェック項目が用意されている。

これらの計10の項目に該当するかどうか(0, 1)で、予め定められたweightを掛け合わせた値の合計が世帯の剥奪(Deprivation)の度合いとなり、50%を越えると極度の多次元貧困世帯に分類される。

貧困削減に政策として取り組む際に、どのような形態の貧困に対し効率的に資源を投入するべきかを設計することが可能になるとされている。日本を含め、個別世帯でチェック項目に関するデータが揃わない国や地域では指数は算出されていない。(白山芳久)
 

用語 天然痘
概要

(英語名:smallpox、variola)

天然痘ウイルスによるヒトの急性発疹性疾患で、ワクチンにより世界から根絶(eradication)された感染症。感染力が強く(基本再生産数5~7)致死率が高い(約30%)ため、本邦の感染症法では全数報告対象(1類感染症)であり、米国CDC(疾病管理予防センター)は生物兵器カテゴリーAに分類している。

主として飛沫感染により感染し、潜伏期間は約10~14日である。急激な発熱で発症し、頭痛、四肢痛、腰痛などを伴い、第3~4病日頃に顔面と四肢を中心に発疹が出現する。発疹は同一のステージで紅斑→丘疹→水疱→膿疱→結痂→落屑と規則正しく移行する。

天然痘は、初めてワクチンが開発された疾患である。18世紀に英国の医師ジェンナーは、ウシの牛痘に感染した乳搾りの女性の発疹内容液を別のヒトに接種すると天然痘に感染しないことを証明し、免疫学の基礎とワクチンの開発の道を開いた。

有効なワクチンが存在するにもかかわらず年間数百万人が死亡していたため、1958年にWHO(世界保健機関)主導で世界天然痘根絶計画が始まった。事業の過程でワクチン品質管理、接種率、サーベイランス、資金調達、バイオセーフティなど今日の予防接種事業の基礎が出来上がった。これらの努力により患者数は激減し、1977年のソマリアを最後に患者は発生しなくなった。1980年にWHOにより根絶が宣言されたが、1978年に英国の実験室で技師が天然痘で死亡する事故が起こっている。現在、野生株ウイルスは米国とロシアの実験室に保存されており、絶滅(extinction)には至っていない。(蜂矢正彦)

用語 女性器切除
概要

(英語名称:FGM/C, Female Genital Mutilation/Cutting)

女性性器切除(FGM/C)とは、「医学的治療行為としてではなく、女性の外性器の一部または全部を切除、あるいは女性器を損傷すること」を指す。

FGM/Cを実施している国はおよそ30カ国であり、アフリカ、中東、およびアジアの一部(インドネシア)に集中している。現時点で、毎年300万人がFGM/Cを受けている。また少なくとも2億人の被施術者がいると推計されており、うち半数以上はインドネシア、エジプト、エチオピアの3カ国に集中している。

多くの場合5歳以下の乳幼児に対して実施されるが、例えばイエメンでは85%が生後1週間以内の早期新生児期に行われている。その実施者は伝統的治療師が主であるが、インドネシアでは有資格の医療従事者が行うほうが多い。

FGM/Cは、切除する部位、腟を縫合などで閉鎖する処置の有無などにより4つに類型化される。

一般に切除の範囲が広いほど重症度が高い。その短期的合併症として、切除そのものに伴う疼痛、出血、感染、尿閉がある。これらが重症化すればショックから死に至ることも起こりえる。長期的には皮膚の瘢痕またはケロイド形成、尿路および性器の解剖学的変形に伴う急性・慢性感染症や月経困難症が発生する。また腟入口部が閉鎖されていると、性交渉や分娩の際に支障を来すため、医学的処置を要する。FGM/Cおよび上記の合併症発生に伴う精神的苦痛、うつ、不安なども大きな問題である。

FGM/Cが実施される背景には、さまざまな社会/文化的要因があり、したがってその解決手段は一様ではない。しかしながら、FGM/Cは明らかに女性に対する人権侵害である。2003年には、FGMを含めたあらゆる性暴力、性差別を禁じるマプト議定書が採択された。継続的な廃止に向けた啓発活動と法的基盤の整備などの対策が重要であり、2015年に策定されたSDGs「持続可能な開発目標」においても、ターゲット5.3においてFGMを有害な慣行として撤廃することを掲げている。(松井三明)

用語 妊産婦死亡率
概要

(英語訳 : MMR, Maternal Mortality Ratio)

妊産婦死亡率は妊娠中または分娩後42日未満に死亡した母体の比(ratio)のことで出生数10万人に対する年間の妊産婦死亡数で表される。 

妊産婦死亡率を、正確に測定するには、出生届と死亡届が必要であり、かつ死亡届に「妊娠と関連して死亡した」と記載する欄がある届出システムがあることが前提となる。実際の開発途上国ではこうしたシステムが適切に機能しないことが多く、妊産婦死亡率の誤差は大きく、介入の効果指標としては必ずしも適さないとされる。

1990年に妊産婦死亡率の高かった11カ国(ブータン、カンボジア、カーボヴェルデ、赤道ギニア、エリトリア、ラオス、モルディブ、ネパール、ルーマニア、ルワンダ、東ティモール)は、2015年までに1990年の死亡率を75%に減少する「国連ミレニアム開発目標(MDG)」を既に達成しているとされる一方、この目標を達成することができなかった低・中所得国も多い。

115カ国、6万人以上の妊産婦の死因に関してWHO(世界保健機関)が研究した結果によると、妊娠する前から患っていた病気(糖尿病、マラリアHIV、肥満など)と、妊娠によって悪化したことに起因する死亡が、全体の28%を占めていた。

妊産婦死亡率の地域格差の大きさは問題であり、MDGs5では、1990~2015年の間に妊産婦死亡率を75%減少することを求めているのに対し、持続可能な開発目標(SDGs)では出生10万件当たり妊産婦死亡70未満という、意欲的なターゲットが設定された。(伊藤智朗)  

用語 学校保健
概要 (英語訳 : School Health) 

現在学校保健の途上国支援の主流は包括的学校保健となっている。WHOはこの包括的学校保健をコンセプト化してHealth Promoting Schoolというヘルスプロモーションを基盤とした戦略を打ち出した。

他にもUNICEF等各ドナーが包括的学校保健について独自の戦略を打ち出していたが、2000年にFRESH(Focusing Resources on Effective School Health)として各開発パートナーが同意した戦略として統合されている。戦略は以下の4つのコンポーネントを統合的に行うものとなっている。1)学校保健に関連したポリシー 2)安全な水と環境 3)健康教育 4)学校を基盤としたヘルス、栄養のサービス。援助する側からは見逃されやすいものとして「学校保健に関連したポリシー」であるが、これは自発的な発展を促すには必要不可欠なコンポーネントとなっている。

学校がそれぞれのポリシーをもち自発的学校保健活動を展開し、さらに学童それぞれがポリシーをもち学校保健活動に主体的に取り組むことで継続性のある学校保健が展開できるのである。Health Promoting Schoolには上記4つのコンポーネントとは別に独立したコンポーネントとして「地域との連携」をあげられていたが、FRESHでは地域との連携はすべてのコンポーネントに重要であるとされている。つまり学校から地域にポリシーや環境改善、健康教育を発信でき、逆に地域住民が学校保健に参画することによってより効果的かつ継続的に学校保健活動が展開できることになる。

現在包括的学校保健は、感染症対策における健康教育のアプローチとしても注視されソーシャルワクチンの一つともいわれている。また包括的学校保健はヘルスプロモーションの一環としても重視され、途上国保健開発の新しいアプローチとして取り上げられるにいたっている。(小林潤)