国際保健用語集

用語 経済開発協力機構
概要 (英語訳:OECD, Organization for Economic Co-operation and Development)

第二次大戦後の欧州各国の経済的混乱を救済するための欧州復興計画を契機として、1948年に発足した欧州経済協力機構が前身にあたる。その後、1961年に米国、カナダが加わり、新たに経済協力開発機構が発足した。我が国は1964年に加盟。本部はパリに置かれ、1)経済成長、2)貿易自由化、3)途上国支援(これを「OECDの三大目的」という)に貢献することを目的としている。「開発援助委員会」は開発援助を促進するとともに、援助の効果向上を目的とする、経済協力開発機構の委員会である。(山本太郎)
用語 結核
概要

(英語訳:TB, Tuberculosis)

結核は、抗酸菌群のひとつである結核菌(Mycobacterium tuberculosis)が原因で起こる感染症であり、主な感染経路は空気感染(飛沫核感染)である。結核患者から排出された喀痰等に含まれる結核菌が空気中を浮遊し、それを吸い込むことで感染するため、日常生活において、結核の感染を予防するのは困難である。

WHOは、世界人口の3分の1、約20億人が既に結核菌に感染していると推計しており、そのうちLTBI(潜在性結核菌感染症)の約10%が、一生の間に結核を発病すると考えられている。結核の発病を促進する最も強力な因子の一つは、HIV感染であり、HIV感染者が結核に感染している場合、結核の発病率は非常に高くなる。

WHOによると、2015年には約1000万人の新規結核患者が発生し、約140万人が死亡したと推計されており、患者の発生と死亡との大半は、アフリカとアジアである。新規結核患者のうち約6割は、インド・インドネシア・中国・ナイジェリア・パキスタンおよび南アフリカの6カ国において発生している。

結核の診断で最も重要な検査は、結核菌自体を見つける菌検査(塗抹検査・培養検査・遺伝子検査等の結核菌検査)であり、開発途上国においても同様である。結核の治療は、複数の抗結核薬の組み合わせを一定期間服用する標準的治療方法が適用される。現在推奨されている標準的な結核治療法は、ヒドラジド(INH)、リファンピシン(RFP)、エタンブトール(EB)またはストレプトマイシン(SM)、ピラジナミド(PZA)の組み合わせにより、6~8ヶ月間実施するもので、薬剤耐性がなければ、ほとんどの結核患者で治癒することが可能である。
WHOは、2035年までに世界における結核蔓延状況を終息させることを目指した「結核終息戦略The End TB Strategy」を2015年に発表し、「統合された患者中心のケアと予防」・「骨太の政策と支援システム」・「研究と技術革新の強化」を柱として、今後20年間(2016-2035)結核対策に取り組む姿勢を示した。(大角晃弘)

用語 職業上の安全のおよび健康を促進するための枠組みに関する条約
概要 (英語訳 : Promotional Framework for Occupational Safety and Health Convention)

ILO(国際労働機関)の第187号条約として2006年に採択された。本条約の目的は、すべての働く人々の健康と安全の向上のために安全健康予防文化の確立を推進することである。そのために、職場における健康および安全リスク評価活動を推進し、見つかったリスクに対応する。また、政府は労働者、経営者代表と協力して5年程度の中期的な国家労働安全衛生計画を策定し実施する。その過程において、国内の労働安全衛生の現状を分析し、優先行動課題を決定して到達目標を設定する。

アジア諸国では本条約を参照しながら自国の働く人々 の健康と安全対策を促進している。ベトナム、ラオス、インドネシア、タイ、中国、モンゴル、シンガポールなどが国家労働安全衛生計画を策定し、実施を進めている。

各国はそれぞれの国家計画の枠組みの中で、労働安全衛生法の強化と効果的な実施の他に、中小零細企業、家内労働、農業、鉱山や建設業等のリスクの高い職場の対策強化、外国人労働者の労働安全衛生保護拡大等の重要課題にも取り組んでいる。

この条約により、労働安全衛生マネジメントシステムに基づいた体制と実施の継続的な改善、ならびに労働安全衛生が国としての重要課題に位置づけられることが期待されている。(和田耕治)  
用語 自殺
概要

(英語訳:Suicide)

WHO(世界保健機関)は、1年間に80万人以上が自殺により死亡し、成人1人の自殺死亡には20倍以上の自殺企図があるとしている。自殺企図は、LGBT(性的マイノリティ)等疎外された集団において多い。年齢別にみると、若者と高齢者において自殺念慮と自傷行為が最も多くみられ、自殺死亡率は世界のほぼ全ての地域において男女共70歳以上で最も高く、15~29歳の死因第2位は自殺である。また、高所得国の自殺率は男性が女性の3倍、低中所得国では1.5倍である。自殺手段としては、農薬、縊首、銃器が多いが、文化によって様々な手段がある。自殺は予防可能であり、慢性疼痛や急性の情緒的苦悩等精神疾患以外の危険因子も多いことを鑑み、保健医療と併せて分野横断的で統合的なアプローチが必要である。例えば、銃器、農薬、過量服薬の恐れのある有毒な医薬品へのアクセス制限、メディアによる責任ある報道、自殺リスクの高い人へのケア、早期の同定とマネージメントが効果的とされる。自殺が犯罪として扱われる国がある他、脆弱な統計システム等により、自殺死亡率は低く報告される傾向があるが、自殺率が増加している国も多い。国連「持続可能な開発目標(SDGs)」(2015)では 、目標3に「精神保健及び福祉」の促進(ターゲット3.4)が優先事項に含まれ、この指標として自殺死亡率が採用されている。(堤敦朗・井筒節)

用語 若年妊娠
概要

(英語訳:Adolescent pregnancy or teenage pregnancy)

若年妊娠とは20歳未満の妊娠を指す。若年妊娠は、未婚、望まない妊娠が多く、結果として安全ではない人口妊娠中絶により母体の健康に大きな影響を及ぼす。出産前後の母親の健康リスク(貧血、出血、マラリアHIVなどの性感染症合併、うつ病などの精神疾患)、妊産婦死亡のリスクも高い。子供についても死産、低出生体重、早期新生児・乳幼児死亡のリスクもそれぞれ高い。特に15歳未満は、サブサハラアフリカ、中西部・南西アジアで多く、これらのリスクがさらに上がる。

15-19歳の出産が、世界では年間1600万人、全出産の約11%、その90%は低所得国もしくは中所得国であり、低中所得国における若年出産の割合は高所得国の2倍から5倍とされる。若年妊娠女性の多くが喫煙や飲酒の習慣、性感染症があり、生まれた子供の健康発育にも大きな影響を与える。

日本における若年妊娠の場合も、妊娠出産による身体的合併症より、問題となるのはむしろ心理的精神的な未熟性、経済的・家族関係の不安定さである。このため養育困難や家庭内暴力、乳幼児虐待のリスク因子として注目され、妊娠中や出産後の居住場所支援から育児指導まで、行政サービスも含めて支援が必要である。(藤田則子)
 

用語 英国国際開発省
概要 (英語訳:DFID, Department for International Development)

英国の開発協力を中心的に担う組織として、1997年に設立され、アフリカ、アジア及び中東に対する支援を中心とした援助機関。英国の全ODA(2017年)139.3億ポンドであるが(GNI比0.7%を実現している)、その72.5%がDFIDを通じて供与されている。

優先課題(Strategic Objectives)は、「世界的平和・安全・ガバナンスの強化」、「危機に対する強靭性や対応力の強化」、「世界的繁栄の推進」、「極度の貧困への対応と最も脆弱な人びとへの支援」、「英国援助の資金に見合う価値と透明性の向上」の5つを掲げている。

英国ODAは62.4%が二国間協力(2017年)で、DFIDを通じた二国間協力のうち主要な協力相手先はアフリカ(25.9億ポンド:二国間協力の58.6%)であり、次いでアジア(15.7億ポンド:35.5%)と大部分を占めている。

保健分野は、2016年の二国間協力では人道支援、政府・市民社会についで、10.4億ポンド(12.2%)と3番目に大きい支援分野となっている。(平岡久和)
用語 薬剤耐性
概要

(英語訳:AMR, Antimicrobial Resistance)

微生物(細菌、真菌、ウイルス、寄生虫)による感染症に対し、抗微生物薬が無効になる、または効果が減弱する事象を薬剤耐性という。

これまで微生物による感染症に対し、ワクチンや抗菌薬など抗微生物薬が次々と開発されてきたが、抗菌薬開発の歴史は薬剤耐性との闘いの歴史でもあった。1960年代にはペニシリンが無効な黄色ブドウ球菌に有効なメチシリンが開発されるなど、細菌感染症は最早不治の病ではないという認識が広まった。先進国では死因は感染症から非感染性疾患に変化し、1980年代以降新たな抗微生物薬の開発は減少していった。一方で、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)など薬剤耐性グラム陽性球菌、多剤耐性緑膿菌、アーテスネート耐性マラリア原虫、多剤耐性結核菌など世界規模で耐性菌が拡がっている。

また、動物用抗菌性物質や抗菌性飼料添加物が使用されることにより、畜産物を介した薬剤耐性菌の伝播の可能性もあり、ヒトと動物の垣根を超えた世界規模での取り組み「ワンヘルスアプローチ」が必要であると認識されるようになった。
2015年世界保健総会で「薬剤耐性に関するグローバルアクションプラン」が採択され、日本でも2016年4月国際的に脅威となる感染症関係閣僚会議は「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2016-2020」を取りまとめた。同年5月「国際保健のためのG7伊勢志摩ビジョン」は薬剤耐性の対策強化に具体的行動をとることにコミットした。(木村和子) 

用語 行動変容のためのコミュニケーション
概要 (英語訳:IEC, Information, Education, and Communication: IEC BCC, Behavior Change Communication)

情報・教育・コミュニケーション(Information, education, and communication:IEC)とは、 サービス利用者に対して特定の情報を伝達する方法である。サービス利用者が理解を深めて行動変化することを目指して、サービス提供側が活動を展開するということに焦点を当てている。例えば妊婦検診を広めることを目的とする事業では、情報の送り手である保健省が、受け手である妊婦に対して、TVやラジオでの宣伝や街頭ポスター、保健センターなどでの指導など、様々なチャンネルを通じて、妊婦検診の日時/場所といった情報を伝えると同時に、なぜ妊婦検診が必要なのかについて理解を深めさせ、実際に妊婦検診へ行くように働きかけることを意味する。

一方、行動変容のためのコミュニケーション(Behavior change communication:BCC)では、サービス利用者が、長い間培ってきた行動や生活パターンを、より望ましいものに変えるということに焦点を当てている。例えば、コンドームの使用や禁煙などである。行動変容を促すには、知識のみならず、行動変容がその人に望ましい成果をもたらせるのだと気づかせること、さらには、その人自身が行動変容できるのだという自信を持たせることが重要とされている。具体的例として、カウンセリング、メディアキャンペーン、法制度の整備などがある。BCCとIECは類似点も多いが、厳密には異なる点もある。そのため、IEC/BCCと並列標記される場合と、別々に標記される場合とがある。(和田知代)
用語 行動科学
概要 (英語訳 : Behavioral science)

第二次世界大戦後のシカゴ大学の科学者が、自然科学と社会科学を統合した見方から行動を捉えようとした際に用いられた名称。人間の個人的・集団的行動の一般法則を客観的な観察や調査によって実証しようとする学問であり、心理学、社会学、人類学を中核として、精神医学、コミュニケーション論、情報理論などの領域を含みながら、学際的に発展してきた。

国際保健医療の分野に関連が深いのは「応用行動科学(applied behavioral science)」であろう。人間の対人行動に関する諸理論(対人関係、対人的コミュニケーション、対人的影響過程、集団内行動、リーダーシップ、グループ・ダイナミックス、組織行動など)を応用して、現場で起こっている人間関係的側面の諸問題に働きかけていくものである。アプローチとしてはアクションリサーチのサイクルが用いられる。アクションリサーチの父とされるK.Lewinは、人間関係の改善のための手法としてワークショップ形式で行われるトレーニング(training)を重視した。K.Lewinのこの発想は、彼の弟子たちによって設立された米国NTL Institute for Applied Behavioral Scienceにて、人間関係トレーニング(Human Relations Training、正式名称:ラボラトリー方式の体験学習)として、また、民主的でヒューマニスティックな組織づくりをめざした組織開発(Organization Development)として発展した。(中村和彦)
用語 補完代替医療
概要 (英語訳 : Complementary and Alternative Medicine)

補完代替医療とは、科学的に検証されておらず、西洋医学を実践する通常の病院では行なわれていない医療をさす。

補完代替医療は、インドのアーユルヴェーダや中国医学など長い歴史を持つ伝統医療から、食事療法、リラクセーション、マッサージ、カイロプラクティックにいたるまで非常に多岐にわたる。そのため、現代西洋医学以外の医療という以外に共通する特徴をあげることは困難である。近年、補完代替医療を求める患者が世界的に増加しており、それと平行してその研究も活発に行なわれるようになっている。

たとえばアメリカでは、1992年米国国立衛生研究所内に年間予算200万ドルが設立された代替医療事務局(OAM)は、1998年に国立補完代替医療センター(NCCAM)に格上げされ、2005年には年間予算1億2110 万ドルで運営されるにいたっている。補完代替医療が地域の文化に根ざしていることが少なくない。その意味で、国際医療保健に携わる者は、活動する現場でどのような補完代替医療が行なわれているかを知ることが望ましいと考えられる。 
用語 複合災害
概要 (英訳:CHE, Complex (humanitarian) emergencies)

Toole M(1995)は、 Complex emergencyを種々の要因、暴動や民族的色合いを持った紛争、内戦といった緊急で、食糧不足や大規模な住民移動が重なり、多くの犠牲者を出す状況と定義した。その後、Goodhan(1999)やBurkle F(2004)らは、政治的あるいは経済的要因にも注目している。国際赤十字によると、自然災害と人為的災害といった複雑な要因が組み合わさり、権威の失墜という背景に言及している。

現在WHO(世界保健機関)によると、Complex emergencies are situations of disrupted livelihoods and threats to life produced by warfare, civil disturbance and large-scale movements of people, in which any emergency response has to be conducted in a difficult political and security environment (2002). と定義づけられ、生活の破綻と戦争、市民生活の混乱と大規模な住民移動によって引き起こされた市民の生命の差し迫った状況の中で、緊急対応が政治的にそして安全環境の困難な中実施されなければならない、という緊急対応についても付言している。(高橋宗康)
用語 西太平洋地域事務所
概要 (英語訳:WPRO, Western Pacific Regional Office)

WPRO(西太平洋地域事務局)は、WHO(世界保健機構)の西太平洋地域の代表として、フィリピンのマニラに地域事務所を持ち、西は中国、南はニュージーランド、東は太平洋の37の国・地域に事務所を有する。人口数では、世界の三分の一の16億を超える。目的は、WHOのミッションである世界のすべての人々の肉体的、精神的及び社会的な健康を得るために、あらゆる公衆衛生問題における西太平洋地域における対応を行うことである。

近年の主な活動は、はしかとB型肝炎を中心とした拡大予防接種計画マラリア結核エイズを中心とした感染症対策、新興再興感染症対策、特に新型インフルエンザ流行に備えての緊急対策に重点をおき、世界保健規則(IHR)が発効した2007年からは、これに基づき、この地域のすべての国々がこれらの疾患の流行に対しての検知対応する最低限の能力を持つ事を目的に、アジア太平洋地域における新興感染症対策5カ年活動計画が作成した。

そのほか、小児保健、リプロダクティブヘルス、非感染症疾患対策、緊急人道援助等、幅広い活動を行っている。さらに保健システム強化のためのキャパシティビルディングにも力を入れている。

2000年から2008年まで、日本の尾身 茂氏が事務局長を勤めていた。(仲佐保)
用語 識字率
概要

(英語訳 :literacy rate ) 

成人の識字率と言った場合、15歳以上で読み書きできる者の比率を指すことが多い。実際には、識字・非識字の定義は様々である。文字を読んで理解し書き記すことができる能力のことを指すだけでない。自己の姓名を記し得る者、いわゆる自署率を識字率としている場合もあれば、情報リテラシー、コンピュータ・リテラシー、統計リテラシーといった新しい識字の概念を含めて識字と表現する場合もある。

日本では、成人の識字率は近年公的に調査されておらず、初等・中等教育の就学率が代替データとして示されている。平成27年度に公表された文部科学省による実態調査によると、外国籍など様々な背景により夜間中学やボランティアなどによって運営されている識字教室に通っている生徒が相当数存在し、不登校等により十分な教育を受けないまま中学を卒業している、いわゆる「形式卒業者」も含まれていることが報告されている。

世界的には、ユネスコのほか、ユニセフ世界銀行など国際機関が各国政府機関やNGO等が連携し、万人が初等教育を受けられるよう対策に取り組んでいる。ユネスコのGlobal Education Monitoring (GEM) レポート2017/8によると、直近の推計データで世界の大人の識字率は86%で、7.50億人が識字スキルを欠いていると報告している。(白山芳久)

用語 貧困削減戦略ペーパー
概要 (英語訳: PRSPs: Poverty Reduction Strategy Papers)

貧困削減戦略ペーパーは、1999年に国際通貨基金(IMF)と世界銀行によって導入された低所得国における貧困削減のための枠組みである。貧困削減戦略ペーパーの作成が、IMFと世界銀行が主導している重債務貧困国(HIPC)イニシアチブによる債務削減や債務返済のための譲与的融資を受ける条件にもなっていた。

貧困削減戦略ペーパーは、低所得国の政府により、国内のステークホルダー及びIMFや世界銀行といった外部の開発パートナーらによる参加プロセスを経た上で準備される。その内容には、その国の様々な分野の成長と貧困削減を目的としたマクロ経済的、構造的、社会的政策やプログラム、資金の必要性や主な財源、貧困削減に関する中長期的な目標とそのモニターや評価方法が含まれる。概ね3年ごとに更新され、プログレスレポートにより各年の進捗状況が報告されている。

国連ミレニアム開発目標(MDGs)の目標と共通する部分があったため、貧困削減戦略ペーパーを作成することが、その国の政策としてMGDsの目標を取り入れることにつながったとも言われている。(北島 勉)
用語 質的調査、質的調査方法
概要 (英語訳: Qualitative Research, Qualitative methods)

質的調査とは、主に聞き取りの内容を集中して深く掘り下げるインタビューや地域に入り込み観察を行う参与観察などのあまり定型化されない調査方法で情報を収集し、その結果の報告に際しては、数値による記述や統計分析ではなく言葉による分析と記述を中心とする調査研究である。元々行動科学も社会科学も、伝統的には自然科学をモデルにした。しかし70年代に入り社会が急速に変化し、その結果、生活世界が多様化し人間の社会や行動を扱う科学者の前にこれまでにない新しい社会の文脈や視野が現れだした。それまで研究者たちが当たり前のように扱ってきた演繹的方法は、研究対象の多様性に十分に対応できないという認識が高まり、既成の理論の検証ではなく、現象の新たな側面を発見し現場での情報、データに基づいて新たな理論を生成する帰納的方法が注目を浴びるようになる。それまでの実証主義と呼ばれるアプローチを中心とした「科学」的思考法と研究方法に対する異議申し立てが行われたのである。社会の中の現象にアプローチするために厳密に定義された既存の概念と理論から出発し、限定概念を使用する代わりに、問題を大まかに示すだけの「感受概念」を出発点とし、調査対象や物の見方に開放性を持たせるアプローチが質的調査の基本となっている。尚、近年、帰納的方法に加えて 発想法(仮説形成)も提唱されている。質的調査方法は、フィールドワークを中心にインタビュー、参与観察フォーカス・グループ・ディスカッション、体系的データ収集法など多岐にわたる。(松山章子)
用語 質的調査・研究、質的調査方法
概要 (英語訳: Qualitative Research, Qualitative methods)

質的調査・研究とは、主に集中して深く掘り下げるインタビューや参与観察のような余り定型化されない方法でデータを集め、その結果の報告に際しては、数値による記述や統計的な分析というよりは言葉による記述と分析を中心にする調査研究である。元々行動科学も社会科学も、伝統的には自然科学をモデルにしており特に1950年代から1970年代後半まではかなりの勢力を保っていた。しかし70年代後半に入って社会が急速に変化し、その結果、生活世界が多様化しこれまでにない新しい社会の文脈や視野が現れ出した。そしてこれまで研究者達が当たり前のように用いてきた演繹方法は、研究対象の多様性に十分に対応できないという認識が高まり、既成の理論の検証ではなく、現象の新たな側面を発見し現場での情報、データに基づいて新たな理論を生み出す「帰納方法」が注目を浴びるようになる。人類学、社会学双方の分野でそれまでのいわゆる「科学」的思考法と研究方法、特に実証主義と呼ばれるアプローチに対する異議申し立てが盛んに行われ始めた。社会の中の現象にアプローチするために、厳密に定義された既存の概念と理論から出発する代わりに、問題を大まかに示すだけの「感受概念」を出発点とするような方法が質的調査・研究の基本となっている。なお、質的調査方法はフィールドワークなどを中心に、インタビュー、参与観察フォーカス・グループ・ディスカッション、体系的データ収集法など非常に多岐にわたる。(松山章子)
用語 適正技術
概要 (英語訳:Appropriate technology)

適正技術とは、その技術の受容者であるコミュニティの環境、文化や習慣、社会経済的背景などに配慮した技術をいう。1973年にSchumacherが「small is beautiful」で提唱した中間技術(intermediate technology)の概念は、適正技術の重要性と理論化に大きな役割を果たした。国際協力において、農業、灌漑、水供給、小工業、環境など多くの分野で適正技術の開発と普及が行なわれている。とくに、近年は、地球温暖化や情報化社会の中で、環境に負担をかけず、資源を浪費せずに、低コストで維持できる適正技術の再評価が行われている。

保健医療分野において、適切技術はアルマ・アタ宣言においてプライマリヘルスケアの重要な原則の一つとして位置付けられた。医療費、施設の維持費、電気などの設備の有無、技術を使いこなせる人材の有無、文化や習慣などの種々の要素から、それぞれの保健医療施設やコミュニティに見合った適正技術を考える必要がある。(中村安秀)
用語 避妊法/避妊法の種類
概要 (英語訳:Contraceptive method/Kinds of contraceptive method)

妊娠と避妊の定義は、国、地域、宗教、時代などにより異なるが、本稿では妊娠は「受精卵が着床することで成立」し、避妊法とは「妊娠の成立を阻害する方法」と定義する。

自然な状態でのヒトの妊娠成立は、視床下部-脳下垂体-卵巣系のホルモン分泌による卵の成熟と排卵、性交渉による精子の卵管への移動、精子の卵への侵入による受精、受精卵が子宮内に移動し内膜へ着床する、という経過をたどる。よって、この過程のいずれかを阻害すれば避妊を行うことが可能となる。

健康な男女が避妊をせずに標準的な性交渉を持つ場合、85%が1年以内に妊娠するとされている。よって避妊法の有効率は、年間の妊娠成立率で評価できる。

一方、避妊法は古典的方法と現代的方法に分けることができる。古典的方法としては、排卵周辺期に性交を行わない(周期法)、腟内に射精しない(性交中断法)などがある。いずれを完璧に行っても年間3-5%が妊娠する。これらの方法は、しばしば不完全に実施される可能性が高く、25-27%程度が妊娠してしまうと推計されている。

現代的方法として以下の方法(カッコ内はメカニズム)がある。ホルモン剤(排卵または着床を抑制、子宮頸管の粘液変化により精子の侵入を抑制)は経口薬、注射あるいは皮下埋め込み型の徐放剤が利用できる。経口薬は毎日服用する必要があるが、徐放剤では注射で3ヶ月、皮下埋め込み型で3年間効果が持続する。年間妊娠率は0.05-0.3%である。

子宮内避妊具(Intra-uterine device: IUD、着床または精子の受精能抑制)は、清潔操作を行い子宮内に挿入する必要があるため、一定の技術、器具、施設を必要とすることが、その普及を阻害する。年間妊娠率は0.2-0.6%である。

コンドーム(精液の腟内侵入を防ぐ)の年間妊娠率は2%程度と他の方法に比べて高くなるが、性感染症の予防手段としても有効である。

またいわゆる永久避妊法として、男性では精管、女性では卵管を外科的に結紮・切除する方法がある。(松井三明)
用語 重症急性呼吸器症候群
概要

(英語訳: SARS, Severe Acute Respiratory Syndrome)

 2002年末からアジアを中心に世界32カ国で流行し、感染者8439人、死者812人を出した新型の肺炎である。病原体であるSARSウイルス(SARS-CoV)は、本来野生動物を宿主とするコロナウイルスが変化したものと考えられる。

感染経路は患者の咳などによる飛沫感染が主であり、流行時には院内感染が多発して、多くの医療従事者が罹患した。そのほか、汚物等に触れることや(接触感染)、空気中に拡散したウイルス粒子により感染することもある。

潜伏期は2~7日で、38℃以上の発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛などで発症する。その後、乾性咳、呼吸困難など下気道症状が出現する。約80%は回復に向かうが、20%は呼吸窮迫症候群に移行する。胸部X線では浸潤影やスリガラス状陰影などの所見が見られる。診断は、臨床症状、SARS-CoVと接触した可能性、病原診断(血清抗体値、ウイルス遺伝子検出など)からなる。確立した治療薬はなく、対症療法、呼吸管理が主となる。

2003年7月に終息宣言が発せられ、その後少数の散発例があったが、2004年4月以降発生例はない。SARSの流行は、適切な初期対応、正確な情報開示、対策における政府のリーダーシップや国際協力の重要性など、様々な教訓を残した。

SARSの拡散を防ぐには、疑わしい患者が搬入された段階から適切なトリアージや感染対策を迅速に実行することが大切である。マスク着用により感染をかなり防ぐことができる。感染者との至近距離での接触や人込みを避けることも重要である。(小原 博)