国際保健用語集
用語 | 国立国際医療研究センター |
---|---|
概要 |
(英語訳:NCGM, National Center for Global Health and Medicine) 国立国際医療研究センターの前身は、1929年に設置された陸軍の病院である。戦後に厚生省の最初の国立病院として東京第一病院となり、その後、国立病院医療センターと改称、1986年には、国際協力への医療者を派遣する事を目的に国際医療協力部を設置し、1993年には国際医療協力を旨としたナショナルセンター 国立国際医療センターとなった。地球上の全人類が悩まされている疾病の克服と健康の増進に貢献している。センターには、約50名の国際協力専任の医療者(医師32名、看護・助産師13名、薬剤師1名、検査技師1名)をかかえる国際医療協力局、全専門科を網羅するベッド数800の病院、国際保健や感染症などの研究を行っている研究所、人材育成を行う看護大学校を持ち、日本における国際保健の中核施設として位置づけられている。現在、WHOなどの国連機関、10を超える世界中の国々へ、医師、看護師らの医療従事者を派遣し、母子保健、感染症、保健システム分野において、国際医療協力を実施している。2015年には、研究開発法人国立国際医療研究センターと名称が変わり、研究開発を行うとともに、日本における国際保健分野における政策提言、人材育成、情報発信、国際保健ネットワークの核となっている。(仲佐保) |
用語 | 安全な妊娠イニシアティブ |
---|---|
概要 |
(英語訳 : Making Pregnancy Safer Initiative) 安全な妊娠イニシアティブはWHOが進める母児の死亡率減少を目指した主導であり、安全な母性イニシアティブ(Safe Motherhood Initiative)を発展させたものである。安全な母性イニシアティブは、1987年にケニアで開催された「家族計画を通じた女性と子供のよりよい健康に関する国際会議」(International Conference on Better Health for Women and Children through Family Planning)において提唱された、女性の安全な妊娠、出産を目的としたものである。UNFPA,UNDP, UNICEF, WHO, World Bank, NGOなど10機関が共同で実施し、家族計画、妊婦健診、清潔で安全な分娩介助、必須産科ケア(Essential Obstetric Care: EOC)などを主要な活動として取り組んできた。 その後、2000年にミレニアム開発目標の1つに妊産婦の健康改善が盛り込まれるようになると、安全な母性イニシアティブを進めるためのより具体的な戦略として、WHOは”Making Pregnancy Safer”を掲げた。この安全な妊娠イニシアティブは、安全な母性イニシアティブと同様、妊娠・分娩・新生児のリプロダクティブ・ヘルス・ライツに焦点をあてているが、より妊産婦と乳児の死亡削減に有効な、エビデンスに基づいた介入を実施しようとするものである。(柳澤理子) |
用語 | 国連開発計画 |
---|---|
概要 |
(英語訳: UNDP, United Nations Development Programme) 国連システムの中で、国連総会と国連・経済社会理事会の管轄下にある開発に関する中心的な組織で、約170か国を対象に貧困の撲滅や不平等の削減などのために、政策立案、リーダーシップ能力の醸成や能力強化の支援を進めている。国レベルにおいては、当該国の開発に関する国連システムの調整機関として、国連内の意見調整と相手国の優先課題の調整を図っている。本部は米国のニューヨーク。 支援分野としては、ミレニアム開発目標に引き続き、持続可能な開発のための2030アジェンダの実現に向け、「持続可能な開発」、「民主的ガバナンスと平和構築」、「気候変動と強靭な社会の構築」に重点を置いた支援に取り組んでいる。 UNDPの資金規模は49.15億ドル(2017年)に上り、各国からの拠出金、多国間協力機関や国際機関から構成されている。使途に最も柔軟性がある通常資金(Regular Resource)は全体の12.5%を占めており、日本は通常資金に対して4番目に大きい拠出国となっている(その他の資金を合わせると総額3.05億ドルで2番目に多い)。 UNDPは「人間開発報告書(Human Development Report)」を毎年発行し、開発に関する重要な課題に焦点を当ててその状況を解説するほか、解決に向けての方策の提案などを図っている。(平岡久和) |
用語 | 国連児童基金 |
---|---|
概要 |
(英語訳 : UNICEF, United Nations Children’s Fund) 第二次世界大戦後の子どもに対する食糧、衣料品及び医療などの緊急援助を目的として1946年に国際連合によって国連国際児童緊急基金(United Nations International Children's Emergency Fund: UNICEF)として設立された。1953年の国連総会において常設の機関として改組されたが、略称はUNICEFが継続して用いられている。本部は米国ニューヨークにあり、7つの地域事務所、150以上の国事務所を中心に、190か国・地域での活動が実施されている。ワクチン・医薬品の調達などを行う物資供給センター(Supply Division デンマーク、コペンハーゲン)も整備されている。 2017年の支出実績額(管理費等を含む)は58.35億ドルであった。事業支出(54.49億ドル)の内訳としては保健分野が25.2%(13.8億ドル)、教育分野が22.1%、水と衛生(Water, Sanitation &Hygiene: WASH)分野が18.7%、子どもの保護、栄養といった分野が続く。地域的にはサブサハラアフリカの46.6%(25.4億ドル)で事業支出の約半分を占め、中東・北アフリカ、アジアが続いて多くなっている。 2017年の資金調達は65.77億ドルであったが、政府からの拠出金、国際機関間等公的部門が7割、民間・NGOからの寄付等が3割を占めている。日本ユニセフ協会(ユニセフ日本委員会)を通じた寄付は1.3億ドルで米国に次いで2番目に多い(日本政府からの拠出は1.7億ドルで政府・政府間機関で7番目)。(平岡久和) |
用語 | 再興感染症 |
---|---|
概要 |
(英語訳 : re-emerging infectious diseases) 「公衆衛生上ほとんど問題とならない程度まで患者が減少した後、ふたたび流行し患者数が増加した、または将来的に再び問題となる可能性がある感染症」と定義されている。これまで知られていなかった新しい感染症(新興感染症; emerging infectious disease)と対比して使われることが多い。 感染症が再興する原因は様々であるが、個々の例において原因を特定することは難しい。渡り鳥によるウイルス運搬(ウエストナイル脳炎)、保菌者の高齢化(結核)、抗微生物薬の不適切な使用(多剤耐性菌)などは特異的な原因といえるが、交通網の発達、都市化に伴う人口密度の上昇、気候変動など非特異的な環境要因も再興感染症の登場に寄与しているといわれている。 近年の日本では、デング熱(2014年、ヒトスジシマカが東京の代々木公園を中心に媒介)、麻疹(2016年、関西空港におけるウイルスの拡散)、風疹(2012~2013年に流行し45例の先天性風疹症候群、2018年9月現在患者数が急増中)、結核、梅毒などがあり、世界的にはマラリアが大きな問題となっている。国際化が進む現代において病原微生物は日々国境を越え、再興感染症はどの国においても現実的なリスクになっている。再興感染症の把握、予防、制圧には、国際保健規則などによる緊密な国際協力が必要である。(蜂矢正彦) |
用語 | 在日外国人 |
---|---|
概要 |
(英語訳 : Foreigners Living in Japan) この言葉に関する明確な定義はない。しかし、この言葉は社会一般に定着しており、日本に在住する外国人の総称として考えられる。この言葉の概念には、「日本に定住している外国人」という要素も含まれている。定住性を表す言葉として「定住外国人」がある。これは概ね5年以上の居住者を指す。在日外国人に関する表現は、その対象者の生活基盤実態を考慮して表現されている。行政の報告書では「外国籍住民」「外国籍市民」「在住外国人」の表記が多く、NGO/NPOのレポート等では短期滞在者を含めた「滞日外国人」の表記がみられる。 日本における外国人には、「出入国管理及び難民認定法」によって在留資格が定められており、法務省入国管理局では、「出入国管理及び難民認定法」上の在留資格をもって、三カ月以上日本に在留する外国人「中長期在留者及び特別永住者」を「在留外国人」と定義している。また、2012年7月には、「住民基本台帳法の一部を改正する法律」が施行され、日本人と同様に、「外国人住民」も住民基本台帳法の適用対象となった。 1980年代前半まで、在日外国人の大半は歴史的背景を持つ朝鮮半島出身の在日韓国・朝鮮人であった。その人口構成は日本人同様に高齢化、少子化が急激に進んでいる。一方、1980年代後半以降、東南アジア、南米出身の人口が急増し、在日外国人の国籍(出身地)、人種、文化等が多様化している。移住者の人口構成は、20歳代から30歳代の生産年齢人口に集中し、定住化・永住化傾向がみられる。2005年以降、在日外国人人口は200万人を超えている。日本社会における多文化共生社会の実現、在日外国人の法的人権保障の確立が社会的課題となっている。 (李節子) |
用語 | 産間調節 |
---|---|
概要 |
(英語訳: Birth Spacing) 出産間隔が短いと母体への負担が大きく、また十分な授乳期間や育児時間が確保できないことで子供への影響も大きい。特に産後1年以内の妊娠は、母児ともにリスクが高く、早産、低出生体重、胎内発育不全などのリスクが高くなると言われている。出産間隔を24か月以上あけると5歳未満児死亡が13%、36か月あけると25%減少するという。このため出産間隔をあけることが推奨され、これをbirth spacingと呼ぶ。 家族計画(Family Planning)が家族のサイズ、すなわち子どもの数を調整する志向を持つのに対し、産間調節は出産間隔をあけるという点を強調する。子供の人数を制限するという考え方が好まれない文化では、birth spacingという表現を選択的に使う場合もある。しかし、産間調節は家族計画の一部であり、家族計画を達成する手段である。WHOではPostpartum Family Planning (PPFP)の重要性を強調しており、産後に次の出産までの間隔をあけるよう指導することを強調しているが、PPHPにおいても産間調節という概念は重要である。(柳澤理子) |
用語 | 新生児ケア |
---|---|
概要 |
(英語訳 : Neonatal Care, Newborn Care) 出生時より28日間の子どもを「新生児」と呼び、生後1週間以内を「早期新生児」、それ以後を「後期新生児」と区別する。子宮外という新環境に適応しなくてはならない新生児期は、人生の中で最も生命が危険に晒される時期である。産科と小児科の領域の狭間で十分あるいは適正なケアが受けられずに死亡してしまう児も多い。新生児ケアの対象は、?出生直後の全ての児、?治療的介入を必要とする病的新生児・低出生体重児、であり、その状態および予後は、出生前の胎児期とも密接に関連する。 新生児の主要死亡原因は、未熟性、仮死、肺炎や髄膜炎等の感染症であり、死亡の多くは出生後24時間以内に起こる*1。各症候に対して効果的な介入の根拠が既に複数示されており、介入パッケージの普及で予防可能な死亡の減少が期待できる*2。しかし開発途上国では医学的介入だけでなく、種々の課題(自宅出生、保健医療施設へのアクセスの困難さ、受診した施設の水や電気等の未整備・適切なスキルを身につけたスタッフの不足、等)に同時に取り組むことが不可欠である。さらに自宅やコミュニティーで新生児を継続的にケアできる家族や保健ボランティアの役割も重視されている。 2015年に世界で死亡した5才未満の子ども590万人中、約46%(270万人)を新生児が占めた*3。子どもの死亡数減少に伴う新生児死亡の割合の相対的上昇により、新生児ケアに対する国際社会の関心は徐々に高まってきた。2014年に発表された「全ての新生児のための行動計画」では、世界の新生児死亡率を2035年までに出生1000対10以下に削減するという目標が掲げられている。(岩本あづさ) |
用語 | 世界的なアウトブレイクに対する警戒と対応ネットワーク |
---|---|
概要 |
(英語訳:GOARN, Global Outbreak Alert and Response Network) 世界的なアウトブレイクに対する警戒と対応ネットワークは、国際的に重要となる公衆衛生危機を探知し、評価し、対応するための適切な資源や専門家を確保するため、2000年に、WHO(世界保健機関)とパートナーが設立した国際的なネットワーク。世界中の様々な国立公衆衛生機関、病院、保健省、教育研究機関、研究機関やそのネットワーク、UNICEFやUNHCR等の国連機関や国際赤十字・赤新月社連盟等の国際機関、非政府組織(NGO)等、多くののパートナーが加盟している。設立以降、様々な感染症アウトブレイクにおいて、当該国に対する包括的な支援を行っている。GOARNに加盟メンバーは、各々独立した組織・機関であり、GOARNはWHOの下部組織ではないが、WHOにおける感染症危機管理の実務力(Operational arm)として認識されている。2005年に国際保健規則(IHR)が改正され、改正IHRに基づくWHOの国際的な健康危機管理対応において大きな役割を果たしている。(中島一敏) |
用語 | 世界貿易機関 |
---|---|
概要 |
(英語訳: WTO , World Trade Organization) 1995年に国家間の貿易に関する制度を取り扱うために設置された国際機関。本部はスイスのジュネーブにあり、加盟国は2016年7月現在で164か国。WTO協定(WTO設立協定及びその附属協定)では、物品やサービスの貿易に関する協定のほか、知的財産権(Intellectual Property: IP)の貿易に関する協定(通称TRIPs協定)などの国際的規則が定められている。 保健分野においてはWHO(世界保健機関)との緊密な連携を保っており、例えば医薬品やワクチン、医療機材などに関する特許などの知的財産権、FAO(国連食糧農業機関)も含めたコーデックス規格(Codex)と関連した食品安全措置などでの関係がある。(平岡久和) |
用語 | 精神保健 |
---|---|
概要 |
(英語訳:Mental Health and Well-being) WHO(世界保健機関)は、精神保健を「個人が、それぞれの可能性を実現し、日々の通常のストレスに対処でき、生産的かつ有意義に働くことができ、自身のコミュニティに貢献することができるようなウェルビーイングの状態」としている。WHOの健康の定義(1946)や国際人権規約が定める健康権(1966)にも精神保健が含まれている。国際行動計画である「包括的メンタルヘルスアクションプラン2013-2020」(WHO、2013)では、国際疾病分類ICD-10の「精神および行動の障害」を精神疾患と捉え、うつ病、双極性感情障害、統合失調症、不安障害、認知症、物質使用障害、知的障害、自閉症を含む児童期および青年期に通常発症する発達および行動の障害、自殺やてんかん等を含む。WHOは、精神疾患の生涯有病率を4人に1人、精神保健への$1の投資が$4の利益を生むとしている。青年女子の死因1位が自殺であること等を踏まえ、国連「持続可能な開発目標(SDGs)」(2015)では 、目標3に「精神保健及び福祉」の促進(ターゲット3.4)及び薬物・アルコール等「物質乱用の防止・治療」の強化(3.5)が含まれ、国際の優先事項となった。国連障害者権利条約(2006)にも、身体的及び感覚的機能障害と共に精神的及び知的機能障害が含まれている。今後は、従来の医学モデルに代わる障害者権利条約の社会モデルに基づき、地域における分野横断的で統合的なアプローチによる、精神障害のある人々の人権保護・促進及びウェルビーイングの向上が急務である。(井筒節・堤敦朗) |
用語 | 避妊法/避妊法の種類 |
---|---|
概要 |
(英語訳:Contraceptive method/Kinds of contraceptive method) 妊娠と避妊の定義は、国、地域、宗教、時代などにより異なるが、本稿では妊娠は「受精卵が着床することで成立」し、避妊法とは「妊娠の成立を阻害する方法」と定義する。 自然な状態でのヒトの妊娠成立は、視床下部-脳下垂体-卵巣系のホルモン分泌による卵の成熟と排卵、性交渉による精子の卵管への移動、精子の卵への侵入による受精、受精卵が子宮内に移動し内膜へ着床する、という経過をたどる。よって、この過程のいずれかを阻害すれば避妊を行うことが可能となる。 健康な男女が避妊をせずに標準的な性交渉を持つ場合、85%が1年以内に妊娠するとされている。よって避妊法の有効率は、年間の妊娠成立率で評価できる。 一方、避妊法は古典的方法と現代的方法に分けることができる。古典的方法としては、排卵周辺期に性交を行わない(周期法)、腟内に射精しない(性交中断法)などがある。いずれを完璧に行っても年間3-5%が妊娠する。これらの方法は、しばしば不完全に実施される可能性が高く、25-27%程度が妊娠してしまうと推計されている。 現代的方法として以下の方法(カッコ内はメカニズム)がある。ホルモン剤(排卵または着床を抑制、子宮頸管の粘液変化により精子の侵入を抑制)は経口薬、注射あるいは皮下埋め込み型の徐放剤が利用できる。経口薬は毎日服用する必要があるが、徐放剤では注射で3ヶ月、皮下埋め込み型で3年間効果が持続する。年間妊娠率は0.05-0.3%である。 子宮内避妊具(Intra-uterine device: IUD、着床または精子の受精能抑制)は、清潔操作を行い子宮内に挿入する必要があるため、一定の技術、器具、施設を必要とすることが、その普及を阻害する。年間妊娠率は0.2-0.6%である。 コンドーム(精液の腟内侵入を防ぐ)の年間妊娠率は2%程度と他の方法に比べて高くなるが、性感染症の予防手段としても有効である。 またいわゆる永久避妊法として、男性では精管、女性では卵管を外科的に結紮・切除する方法がある。(松井三明) |
用語 | 複合災害 |
---|---|
概要 |
(英訳:CHE, Complex (humanitarian) emergencies) Toole M(1995)は、 Complex emergencyを種々の要因、暴動や民族的色合いを持った紛争、内戦といった緊急で、食糧不足や大規模な住民移動が重なり、多くの犠牲者を出す状況と定義した。その後、Goodhan(1999)やBurkle F(2004)らは、政治的あるいは経済的要因にも注目している。国際赤十字によると、自然災害と人為的災害といった複雑な要因が組み合わさり、権威の失墜という背景に言及している。 現在WHO(世界保健機関)によると、Complex emergencies are situations of disrupted livelihoods and threats to life produced by warfare, civil disturbance and large-scale movements of people, in which any emergency response has to be conducted in a difficult political and security environment (2002). と定義づけられ、生活の破綻と戦争、市民生活の混乱と大規模な住民移動によって引き起こされた市民の生命の差し迫った状況の中で、緊急対応が政治的にそして安全環境の困難な中実施されなければならない、という緊急対応についても付言している。(高橋宗康) |
用語 | 文化能力 |
---|---|
概要 |
(英語訳: Cultural Competence) 文化能力とは、文化背景の異なる対象を理解し、文化的に適切な医療やケアを提供する能力であり、文化についての知識、態度、技術が複雑に統合された資質のことである。単一の共通した定義はないが、具体的には自文化の世界観への気づき、多様な文化に対する適切な態度形成、他民族の社会や文化に関する知識、言語的および非言語的なコミュニケーション能力、文化に即した医療やケアを提供する能力、経済・文化・言語の違いなどに起因する差別や不利益から対象を保護する能力などである。 Campinha-Bacoteは、文化能力について、文化への気づき(cultural awareness)、文化についての知識(cultural knowledge)、文化をアセスメントする技術(cultural skill)、文化との出会い(cultural encounters)、文化を理解したいという願望(cultural desire)という5つのプロセスにより獲得されると提唱した。 文化能力は、個人が獲得するだけでなく、組織も向上させる必要がある。組織の文化能力とは、1)組織の異文化に関する価値観や原則を示し、それらを組織の行動、態度、方針、構造に反映させること、2)組織内の多様性を尊重し、文化能力を自己評価し、構成員の違いによって生じる問題を管理し、組織として異文化に関する知識を蓄え、それを組織が関わるコミュニティに適応すること、3)方針策定、管理、実施、サービス提供に組織の文化方針や価値観を具現化させ、患者、関係者、住民などの参加を促すこと、を含む。 文化能力は、短期間の研修などで身につく知識やノウハウではなく、異文化に対する自分の態度を含むため、時間をかけて発達するものである。(柳澤理子) |
用語 | 米国国際開発庁 |
---|---|
概要 |
(英語訳: USAID, United States Agency for International Development) 米国政府において、世界の貧困の終焉、強靭かつ民主的な社会の実現を理念として、ジョン.F. ケネディ大統領時代の1961年に設置された機関。本部はワシントンD.C。 米国の利益の拡大と開発途上国における生活の向上という2つの目的を持つ米国の対外支援政策の実施を行い、100か国以上に支援を提供している。USAIDの事業実績は約131億ドル(2017年)で、保健に対する支出はHIV/エイズ対策を中心に19.4億ドル(約15%)を占めている。 支援分野は、経済成長、民主化と良い統治、人権、グローバルヘルス、食糧安全保障と農業、持続的な環境、教育、紛争予防と復興、人道支援と多岐にわたっている。そのうち、グローバルヘルスに関しては、家族計画、母子保健、マラリア対策や栄養に関する「母と子の死亡の予防」、米国大統領緊急エイズ救援計画(U.S. President's Emergency Plan for AIDS Relief: PEPFAR)の主要実施機関として「HIV/エイズ蔓延のコントロール」、結核対策や顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Disease: NTD)に新興感染症対策を含めた「感染症への対策」の3つの優先戦略事項を掲げている。(平岡久和) |
用語 | 産前健診・妊婦健診 |
---|---|
概要 |
(英語訳:ANC, Antenatal Care or Prenatal Care) 妊婦およびその胎児の健康状態や社会経済状況のスクリーニングとケアを行うこと。 一般的なスクリーニング項目は、体重、血圧、腹部(子宮)の計測、胎児心音の聴取、尿検査等である。医師、助産師、および産前健診に必要な技術をもった保健医療職員が妊娠・出産に伴うリスク因子を査定し、リスクの程度に応じた妊娠期の生活指導や出産場所を検討する。途上国では特に、破傷風の予防接種、貧血の予防・治療、HIV 陽性者へのART(抗レトロウィルス療法)、マラリアの予防・治療などの機会として重要である。 その他、栄養、母乳育児、生活習慣や妊娠中の危険な徴候についての指導も行う。産後ケア(Postnatal Care: PNC)とともに周産期死亡率の低減および肯定的な出産体験に不可欠とされ、WHOは妊娠中に最低 8回の産前健診を推奨している。産前健診の実施率(Antenatal Care Coverage: ANC Coverage: 15~49 歳の女性で、妊娠中に少なくとも 1 回、助産専門技能者によるケアを受けた女性の比率)は、妊娠期のヘルスケアへのアクセスと利用に関する指標の1つであり、国・地域で格差があるだけではなく、同国内の居住地や世帯資産によっても大きな格差がある。(小黒道子) |
用語 | ロールバックマラリア |
---|---|
概要 |
(英語訳 : Roll Back Malaria) 1998年5月、WHO中島宏事務局長(当時)の後任にGro Harlem Brundtland前ノルウェー首相が就任し、新規のWHOキャビネットプロジェクトとして宣言されたマラリア対策が、「Roll Back Malaria (RBM) Initiative」と呼ばれた。RBMイニシアチブは従来のようなマラリア撲滅運動ではなく、2010年までにマラリアによる死亡率を半減させるという具体的数値目標を持った対策案であった。RBMで強調されることは、マラリアの治療を必要とするあらゆる人、マラリアの対策を必要とするあらゆる地域にそのサービスがゆき届くよう努力すること、そしてこのRBMの旗頭が、各マラリア流行国の保健システム強化の先導役(path finder)になることである。 RBMの具体的な戦略は、マラリアサミット(1992年)で起草されたGlobal Malaria Control Strategyのフォーミュラーを応用し、(1)マラリア患者の早期診断と迅速な治療、(2)突発性流行の検出と対策、(3)薬剤含浸蚊帳を用いた媒介蚊対策、(4)妊婦のマラリアの予防、の4項目を基盤に展開するものである。そのうえで流行国と多くの国際機関との連携、開発支援2国間援助の推進、研究グループとの協力、製薬会社などの民間セクターや非政府組織(NGO)、財団、マスメディアとのいわゆる「パートナーシップ」を築き上げてゆくことである。現在では、正式にUNICEF, UNDP, World BankとWHOが完全連携して、「RBM Partnership」という新しいフレーズが使われることが多い。 RBMのビジョンは、マラリアによる負担がない世界の創出である。2020年までの具体的なビジョンとしては、全ての国々とRBMパートナーによる努力を加速化することである。2015年と比較して、マラリアによる死亡率と罹患率を少なくとも40%減少させること。また、2015年までにマラリアの流行が消失した国々において、マラリアの再興を起こさせないこと。および10か国でマラリアの流行を消失させることである。2030年までには、2015年と比べて、マラリアによる死亡率を少なくとも90%減少させ、さらに35か国でマラリア流行を消失させることを掲げている。(野中大輔) |
用語 | 国連人口基金 |
---|---|
概要 |
(英語訳:UNFPA, United Nations Population Fund) 国連人口基金(UNFPA)は、1969年に設立された国連の人口問題を扱う専門的開発機関である。設立当時は国連開発計画(UNDP)の一部門として「国連人口活動基金」(United Nations Fund for Population Activities)と呼ばれていたが、国際社会で人口問題対策の重要性が認識されるようになり、期待される活動範囲が拡大してきたため、1972年に独立した国連機関となった。本部は米国のニューヨーク。活動は、(a) 国レベルの開発途上国の支援プログラム、(b) 中南米やサハラ以南のアフリカなどの地域全体に共通する課題に取り組む地域プログラムと(c) 政策提言活動などを含む世界全域を対象としたプログラムの3種類がある。本部に置かれていた各地域局は、2007-08年にかけて、アフリカ局はヨハネスブルクとダカールへ、アジア局はバンコクへ、中南米局はパナマへ、アラブ局はカイロへ、東欧・中央アジア局はイスタンブールへと移った。これは、UNFPAによる技術サポートおよびプログラムの実施調整が、より活動現場の近くに置かれるようになったことを示す。 現在、開発途上国の人口問題対策分野では世界最大の国際援助機関であり、150以上の国と地域で支援活動を実施している。重点活動領域は、「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス、リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する健康と権利)」、「人口と開発(国勢調査を含む)」、「ジェンダーの平等」で、開発途上国において、より暮らしやすくゆたかな社会を作っていくための「開発支援活動」と、自然災害や紛争の被災地における緊急性の高い「人道支援活動」のいずれにおいても活発に活動している。(池上清子) |
用語 | 産科救急ケア |
---|---|
概要 |
(英語訳 : Emergency Obstetrics Care) 妊産婦死亡を減らすために熟練した専門技能者(Skilled Birth Attendant:SBA)による分娩介助が必要であり、その熟練した専門技能者の分娩介助の下で緊急時に必要とされるケアを緊急産科ケア(Emergency Obstetric Care:EmOC)という。また、分娩周辺期のケアは新生児死亡にも大きく関わることから、緊急産科新生児ケア(Emergency Obstetric and Newborn Care: EmONC)ということが多い。 緊急産科新生児ケアは基礎的ケア、包括的ケアとレベルによって分けられている。 1)基礎的緊急産科新生児ケア(Basic EmONC) 抗生剤・子宮収縮剤・抗痙攣剤の使用、胎盤の用手摘出、流産等の子宮内遺残物の除去、吸引分娩等の器械的分娩補助、基礎的な新生児蘇生 2)包括的緊急産科新生児ケア(Comprehensive EmONC) 帝王切開、安全な輸血、仮死児の蘇生や低出生体重児のケア 人口50万人につき緊急産科新生児ケアを提供できる施設が最低5施設あること(うち1施設は包括的緊急産科新生児ケアが提供できる)、すべての女性が直接的産科合併症のケアを受けられること、全分娩に占める帝王切開率が5-15%であること、直接的産科合併症による死亡が施設で1%未満であること、が指標として最低限目標とすべきレベルとされている。(松本安代) |
用語 | 医療人類学 |
---|---|
概要 |
(英語訳:Medical Anthropology) 医療人類学は「病気とは何か、それはどのような状態を指し、また何が原因で病気になったのかについて人々の疾病観念、病気になったと人々が考えた時病人や周囲の人々がとる対処方法、およびその知識、特定の治療行為をすることを認めたり新たな治療者を養成する制度、またはその治療法を社会が承認したり伝承したりする制度、疾病観念や治療方法と直接結びつく身体観念など広範なものを対象とし、その研究や分析の方法論には文化人類学的方法論を用いる学問」と定義することができる(波平、1994)。医療人類学の発達は様々な学問的、実践的領域の理論や方法論の影響を受けており上記の定義を中核としながらも、その理論、方法論は多様である。国際保健分野においては、医療人類学は地域住民の内なる視点を理解し、健康を促進する諸活動へ結びつける狭義の「応用」的側面が強調されがちである。しかし、文化の相対化という観点から、近代(西洋医学)医療、伝統医療、民間医療などの複数の医療体系が社会の中で共存している「多元的医療体系」の存在の指摘や、健康、病気、生、死、などは単に生物医学的現象ではなく、社会文化的に構築された概念であることなど、近代医療を相対化する現状への「批判」的側面も医療人類学の特徴である。医療人類学には、生態人類学、民族誌的医療研究、批判的医療人類学を含む多岐にわたる専門(下位)領域がある。(松山章子) |