国際保健用語集

用語 ヘルスセンター・ヘルスポスト
概要 (英語訳: Health Center/Health Post) 

ヘルスセンターはコミュニティーに設置され、住民に近い公的保健医療施設である。住民に各種疾病予防のためのサービス(予防接種、妊産婦健診)や健康教育、および基本的な治療面での保健医療サービスを提供する。名称、配置される人員、機能、設置基準などは国によって異なり、医師が常駐し入院設備を有して24時間機能する施設、看護師のみの配置で限られた時間のみ機能している施設、分娩サービスの有無などさまざまである。国の縦割りプログラムを一手に引き受けて住民にサービス提供する場でもあり、保健スタッフは多岐にわたる業務に追われる。

ヘルスポストは一般的にはヘルスセンターの下に配置され、さらに簡便な施設である。通常医師は配置されず、国によっては保健スタッフの常駐がなく管轄のヘルスセンターから予防接種などの場合に保健スタッフが派遣されるといった体制をとる所もある。

ヘルスセンター・ヘルスポストはいずれも住民に最も身近な医療機関であり、国により人口5000人~3万人に一箇所といった割合で設置される。それでも人口密度の低い地方ではそこまでのアクセスは非常に悪く、また、保健人材の配置が足りない、基本的な医薬品が届いていないといった課題が起こりうるため、住民に利用されないケースも散見される。また、上位レベルの医療機関とのリファラルシステムの構築が、ヘルスセンター機能を活性化するために不可欠である。(江上由里子)
用語 ヘルスセクターリフォーム(保健改革)
概要 (英語訳:HSR, Health Sector Reform)

HSRは、「保健セクターの効率性、公平性、効果を向上させるための持続的かつ目的のある変革」と定義されている。1980年代の構造調整政策などの影響で、途上国における保健医療や教育分野において財源の逼迫は大きな課題となったために、多くのドナーや国際機関が途上国の保健医療分野の包括的長期開発戦略の策定を援助の対象とするようになった。

途上国における課題として、資源が有効に使われていないこと、必要とするヘルスサービスにアクセスできないこと、脆弱なサービスしか提供できないこと等に要約され、このことが原因して劣悪な保健指標を呈している。このような課題を改善し、健康水準を高めるためにはHSRが必要であるとし、世界銀行は1993年の世界開発報告(Investing in Health)で、途上国における政府の保健政策に対し3つのアプローチ、?家庭の健康増進を可能にする環境作り、?基本的な臨床サービスの提供、?民間セクターの関与の促進、を提唱した。これらの政策目標は、保健省を再編する、公的医療サービスに利用者負担を導入する、健康保険制度の設置、地方分権化、公的医療サービスを民営化する等の方法論に凝縮されている。
この後、技術的変革に加えて一連の社会改革を巻き込んだ保健セクター改革の嵐は保健医療分野の国際協力を席巻したが、策定された開発戦略に沿って各ドナーによる援助が調整された国はわずかである。

最近では、HSRの潮流は、水平アプローチ、地方分権化、ヘルスシステムの構築、セクターワイドアプローチ(SWAP)等を課題とした試みが行われている。(建野正毅)
用語 ヘルスセクターリフォーム
概要 (英語訳 : Health Sector Reform / HSR ) 

HSRは、「保健セクターの効率性、公平性、効果を向上させるための持続的かつ目的のある変革」と定義されている。1980年代末になり、個々の vertical program の有効性に限界が指摘され、また、構造調整政策などの影響もあり、保健医療分野においては財源の逼迫は大きな課題であった。1990年代初期には、多くのドナーや国際機関が途上国の保健医療分野の包括的長期開発戦略の策定を援助の対象とした。

一方、同時期は、HSRは途上国だけではなく、先進国でも重要な課題であり、それぞれに様々な試みが行われていた。世界銀行は、途上国のヘルスシステムを分析し、世界開発報告「健康への投資」(1993)で、抜本的な改革に必要な一連の社会改革を提唱し、その綿密さと名声によって瞬く間に世界中の保健セクター改革の宣言文となった。この中で、疾病の負担の減少につながる進歩を妨げ、健康問題への新たな取り組みを妨害しているとして、「不適切な配分」、「不公平」、「非効率」、「医療コストの激増」の4つの欠陥を特定し、これらを是正するための処方箋として以下の政策目標を掲げている。

1)家庭の健康増進を可能にする環境作り、
2)保健への政府投資の改善、
3)民間セクターの関与の促進。

これらの政策目標は、保健省を再編する、公的医療サービスに利用者負担を導入する、健康保険制度を設置あるいは拡大する、地方/県政府レベルへ分権化する、公的医療サービスを民営化する等の方法論に凝縮されている。
HSRは、しばらくの間、保健医療分野の国際協力を席巻したが、策定された開発戦略に沿って各ドナーによる援助が調整された国はわずかである。

保健医療分野における潮流は、Sector reformへの協力に加えて、Sector Wide Approach (SWAP) やSector Investment Program (SIP)等のSector Program Approachという新しいプロセスにおける試みが行われつつある。  
用語 ヘルスシステム
概要 (英語訳 : Health System)

ヘルスシステムはヘルスケアシステムとも呼ばれ、人々に保健医療サービスを提供するために必要な資源、組織、財政およびマネジメントを組み合わせた複合的な活動とされる。また、その目的のために割り当てられた資源を用いて、具体的なヘルスプロモーション、疾病予防、疾病治療および機能回復サービスを人々に提供するために組織されたアレンジメントをヘルスシステムという。

WHOではヘルスシステムを、第一の目的が健康の増進、回復、維持であるようなすべての活動を含むものと定義し、その中に含まれる活動として、
(1)公的なヘルスサービス、
(2)伝統的治療師による活動、
(3)医薬品の使用、
(4)疾病の家庭治療、
(5)ヘルスプロモーション、疾病予防および健康改善のための公衆衛生活動、
(6)健康教育、
を挙げている。

ヘルスシステムの核となる活動は、先進国、途上国を問わず、さまざまな種類のプログラム形成であり、これは資源、すなわち人材、施設、必要物品および知識の複合体の活用に基づいて行われ、そこから人々に保健医療サービスが提供される。また、資源の活用、プログラム形成および保健サービス提供のすべての面において、経済支援とマネジメントの両面からサポートが必要である。

人々の保健医療に対するニーズへの対応は、このようなヘルスシステムのプロセスを通じて行われ、その結果一定の健康水準がもたらされることになる。

現在、途上国のヘルスシステムが直面する主要課題として、
(1)保健医療分野で働く人材の不足による保健医療労働力の危機、
(2)劣悪な保健医療情報システム
(3)不十分な保健財政、
(4)公平性に向けたヘルスシステムの構築
が挙げられている。これらの課題に対応するために、さまざまな形のヘルスセクターリフォームが実施されている。(中野博行)
用語 ヘルシンキ宣言
概要

(英語訳:Declaration of Helsinki)

ヘルシンキ宣言は、ヒトを対象とする医学研究の倫理原則である。この宣言は、1964年フィンランド(ヘルシンキ)で開催された第18回世界医師会総会で採択され、それ以降2017年までに9回改訂されてきた。2002年と2004年には項目明確化のための注釈が追加されている。ヘルシンキ宣言のねらいは、その内容から以下のとおりまとめられる。

医学の進歩は、最終的にはヒトを対象とする試験に多かれ少なかれ依存せざるを得ない。そうした医学研究は、予防・診断・治療方法の改善や疾病の原因・病理の理解の向上を目的とし、最善であると証明された予防・診断・治療方法であっても、その有効性・効率性・利用し易さ・質などを絶えず再検証するものであることから、医学の進歩はもとより日々刻々と変化する人間の健康問題に対処していくうえで必要不可欠なものである。しかし、そうした医学研究には危険や負担が伴うこともある。ヘルシンキ宣言は、医学研究に参加する被験者個人の福利を科学や社会の利益よりも優先すること、とくに社会的・経済的・医学的に不利な立場に置かれている人びとや特別な保護を要する人びとの権利を尊重することを強く主張するとともに、ときには生命の危険が伴う医学研究において、いかに被験者の健康や権利を擁護すべきかを示した倫理基準といえる。(市川政雄)

用語 プロジェクト評価
概要 (英語訳 : Project Evaluation) 

わが国の外務省による「『ODA評価体制』の改善に関する報告書(2003年)」によると、ODAの評価を「政策レベル」「プログラム・レベル」「プロジェクト・レベル」の3つに分類している。プロジェクト・レベルの評価とは、個別のプロジェクトを対象として評価するものを指す。

プロジェクト評価は、評価を実施する段階によって、次の4種類に分類される。

?事前評価:プロジェクト実施前に、対象プロジェクトについて、プロジェクト関係者のニーズや実施の必要性を検討し、さらには、プロジェクトの内容や予想される効果などを明確にする。これら作業を通じ、プロジェクト実施の妥当性を総合的に評価する。

?中間評価:プロジェクト実施中の中間時点で、プロジェクトの実績と実施プロセスを把握し、妥当性・効率性などの視点から評価し、必要に応じて当初計画の見直しを行うことを目的とする。

?終了時評価:プロジェクト終了時に、プロジェクト目標の達成度、事業の有効性と効率性、今後の自立発展性の見通しなどの視点から評価する。評価結果を踏まえて、プロジェクト終了の可否や、延長などを判断することを目的とする。

?事後評価:終了後数年を経過したプロジェクトを対象に、プロジェクトがもたらしたインパクトや自立発展性の評価を行い、将来的な類似事業立案や計画に向けた教訓・提言を得ることを目的としている。

(和田知代)
用語 プロジェクト・サイクル・マネジメント
概要 (英語訳 : PCM, Project Cycle Management:) 

プロジェクト・サイクル・マネジメント(PCM)手法とは、開発援助プロジェクトの計画立案・実施・評価という一連のサイクルを、「プロジェクト・デザイン・マトリックス(PDM)」とよばれるプロジェクト概要表を用いて運営管理する手法である。国際協力機構(JICA)では1994 年以来、技術協力プロジェクトなどの事業マネジメント手法としてPCM手法を活用してきている。

PDMとは、開発援助の分野でプロジェクトを管理運営するために用いられてきたロジカルフレームワーク(Logical Framework)の一つである。PDMではプロジェクトの概要がひと目でわかるように、一枚のフォームの中にプロジェクトの目標、成果、活動、投入等といったプロジェクトの構成要因や、各構成要因の論理的な相関関係が、「原因」と「結果」の連鎖関係で組み立てられている。また、PDMでは事前に目標や成果の期待値を指標として示すと共に、プロジェクトの成否に影響を与えるかもしれない外部用件を特定している。

PCM手法の特色としては、次の3つが挙げられる:(1)一貫性:PDMを用いてプロジェクトの全サイクルを管理するという一貫性、(2)論理性:PDM作成に至る、それぞれの分析過程における論理性、(3)参加型:様々なレベルの関係者が一同に集まり、意見をたたかわせるという参加型(ワークショップ)。(和田知代)
用語 プロジェクト・サイクル・マネイジメント
概要 (英語訳:PCM, Project Cycle Management) 

プロジェクトとは一定の予算と期間内に,定められた目標を達成する事業のことであり, 計画・立案,実施,モニタリング,評価という段階から成り立ち,このサイクルが新たなプロジェクトの計画・立案に結びついて行くように,サイクルの発展を伴う.このサイクルをいかに効率効果的に運営管理するかがプロジェクト・マネイジメントといえよう.

PCM手法は,「一貫性」,「論理性」,「参加型」という大きな特徴を持っている.「一貫性」とは,プロジェクトの計画・立案,実施,評価の各段階が,この手法に沿って作成される事業の主要要素を論理的に示すPDM(プロジェクト・デザイン・マトリクス)と呼ばれる概要表に基づいて行われるからである.つまり計画・立案,実施,評価のすべての段階で同一PDMを用いることにより,プロジェクトを「一貫性」を持って運営管理することが可能となる.「論理性」とは,立案へ至る分析段階で「原因-結果」,「手段-目的」という論理的な視点で事象を捉え分析し,また,一定の論理構成でPDMを作成することによる.PDMが論理的枠組み(Logical Framework)と呼ばれる所以でもある.

「参加型」とは,想定されるプロジェクトに関係するステークホルダーと呼ばれる様々な組織,団体,個人がプロジェクトの計画段階から参画することにより,利害や立場の違いを計画に反映させることが可能となる.

このPCM手法は,大きく「参加型計画手法」,「モニタリング・評価手法」の2つの分かれる.「参加型計画手法」は,さらに,参加者分析,問題分析,目的分析,プロジェクトの選択からなる分析段階とPDM作成,活動計画表作成からなる立案段階に分かれている一般にこの一連の作業をプロジェクト形成時にその段階に応じて数回行うほか,プロジェクト開始後中間時ならびに完了時に行うことを原則としている.このPCM手法は、プリシード・プロシードモデルやPATCHのように健康づくりに特化された形で開発された手法ではなく、広く「開発」や問題解決を目指した事業の計画・実施・評価のために開発された手法といえる。(兵井伸行)
用語 プリシード・プロシードモデル
概要 (英語訳:PRECEDE-PROCEED Model)

米国、カナダを中心に、世界各地でよく用いられているヘルスプロモーションや保健プログラムの企画・評価モデルである。PRECEDE-PROCEEDモデルは以下の段階からなる。

第1段階:社会アセスメント:対象集団が自分自身のニーズやQOLをどう考えているのかを知る段階。
第2段階a:疫学アセスメント:健康目的を具体的に特定する段階。
第2段階b:行動・環境アセスメント:健康問題の原因となっている行動要因と環境要因を特定する段階。重要性と変わりやすさによって要因をしぼり、行動目的あるいは環境目的を作成する。
第3段階:教育/エコロジカル・アセスメント:行動・環境目的を達成させるために、具体的に変えていかなくてはならない要因を特定する段階。要因は準備要因、強化要因、実現要因の3つのカテゴリーにわけられる。
第4段階:運営・政策アセスメント:プログラムに必要な予算や人材などの資源とプログラム実施の際の障害などを明らかにする。現行の政策、法規制、組織内での促進要因や障害要因なども明らかにする。
第5~8段階:実施と評価:プログラムの実施段階では、さまざまな介入策を組み合わせていく。評価の視点は最初の段階からもったほうがよい。第4段階までに適切な指標を作ることによって、後の評価が簡単になる。

実施がある程度すすんだところでプロセス評価を行う。事業に投入した内容、実施段階での諸活動、プログラム関係者の反応などを評価する。次は影響評価である。第2b、第3段階で設定した行動・環境目的と、準備要因、実現要因、強化要因の分析結果に基づいて得られた諸目的が、どの程度達成されたかを評価する。
最後に結果評価である。第1,第2a段階で設定したQOLに指標と健康目的を評価する。 Precede-Proceedモデルはあまりにも包括的すぎて、難しいという側面もある。しかしながら、このモデルの概要を知っておくことは、国際保健領域におけるヘルスプロモーション活動実践のためにも重要である。(神馬征峰)
用語 プラネタリーヘルス
概要

(英語訳:Planetary Health)

プラネタリーヘルスは、人類の繁栄を限界づける地球環境に対して多大な影響を及ぼしている人間の政治経済、社会システムに対して真摯に向き合い、文明化された人の健康と地球環境の密接な状態の関係に注目することを通して、健康、福祉の増進と公平な社会を目指すこととされている。人類は地球環境に対し、地球温暖化や海洋酸性化を通して気候変動や生物多様性の減少など悪影響を及ぼしており、人類の健康や生存自体を脅かすまでになっている。その脅威は将来さらに強まり、大規模な自然災害、人的災害など壊滅的なクライシスが起こりうるという危機感からプラネタリーヘルスが生まれた。

地球と人間は別々な存在ではなく相互依存関係にあることを強調するプラネタリーヘルスは、地球環境、生態系、全ての生命に対する倫理、自然に対する人間の責務を含んでいるが、その貢献は現在のところ、主に地球環境や将来世代への責任を喚起するアドボカシーにとどまっている。グローバルヘルス、ワンヘルス、エコヘルスなど先行するヘルス概念に比べ、プラネタリーヘルスは地球環境や次世代を重視するが、それらとの違いよりも共通性を重視し、地球環境と生態系と人や動物の健康との関連性に関する研究や活動で協調することを目指している。プラネタリーヘルスといっても、グローバルなアクションだけでなく、里山を守るなど、人にも優しくローカルで地道な自然保護の取り組みも重要である。(神谷保彦)

用語 プライマリ・ヘルス・ケア
概要

(英語訳:PHC, Primary Health Care)

20世紀後半に、世界の保健・医療におけるアクセスの改善、公平性、住民参加、地域資源の有効活用、多分野間協力、予防活動重視などの実現を求めて形成された理念かつ方法論。1978年のアルマ・アタ宣言を基礎にPHCは、途上国の社会開発課題として構想された面があり、その意味では、BHN(Basic Human Needs)や「もう一つの開発」など、近代化論による開発の弊害への反省に立った、第二世代の開発論と言える。それとともに、世界人権宣言(1948)や国連社会権規約(1966)に謳われた、「人権としての医療」の思想を継ぐものである。また、CBR(地域リハビリテーション)や参加型教育法(PRAなど)との交流や相互啓発を見逃すこともできない。日本においても、戦後長野県などの農村地域で試みられてきた、住民参加型保健活動は、PHCの優れたモデルとなった。

しかしPHCは、早くも1979年には「選択的PHC」が暫定戦略としてWalshらにより提唱され、WHOUNICEFにより、1980~90年代に世界的に推進された拡大予防接種計画(EPI)や下痢症に対するORT(経口補水療法)など垂直型プログラムの理論的根拠となった。一方で、デビッド・ワーナーらによる、「包括的PHC」の主張は、選択的PHCに潜む、官僚的、技術至上主義的なアプローチを厳しく批判し、人びとの主体的な学びや参加を基にした、医療運動をメキシコなどの地域で進め、豊かな成果を生んだ。WHOが2008年の世界保健報告で示したように、21世紀にPHCのリバイバルが起き、UHC(Universal Health Coverage)による健康格差への取り組みの戦略的な柱として重視されるようになった。(本田徹)

用語 フッ化物応用
概要 (英語:Use of fluorides)

う蝕(むし歯)の予防法は、?宿主・歯質対策(フッ化物応用、シーラント)、?食事性基質対策(甘味摂取量・頻度のコントロール)、?微生物対策(歯口清掃)に分類される。このなかで、歯口清掃単独でのう蝕予防効果は低い。それに対して、フッ化物応用は、科学的根拠に基づく口腔保健対策として世界的に普及している方法であり、WHO Global Oral Health Programme(2003)でも最も優先順位の高い施策目標に位置づけられている。先進国を中心に、フッ化物の全身的応用と局所的応用が普及した結果,小児う蝕の激減をもたらしている。その効果は、小児う蝕に限らず、成人の歯根面う蝕にも予防効果が認められている。

歴史的には、エナメル質の形成不全のひとつである「歯のフッ素症(dental fluorosis)」の原因を追究するために行われた1940年代までの米国での広範な疫学調査の結果から、飲料水中のフッ化物によるう蝕抑制効果が確認された。その後、1945年には米国ミシガン州グランドラピッズ市で、水道水フッ化物添加事業(water fluoridation)が開始されて以来、現在では約60カ国3億6千万人以上の人々を対象に実施されている。調整されるフッ化物濃度は、その地域の気候を背景にした飲料水摂取量によって異なるが、概ね1ppmに調整される。これ以外の全身的応用法には、食塩への添加(salt fluoridation)と錠剤の処方がある。一方、局所応用法には、フッ化物歯面塗布法(fluoride topical application、年2~4回)、フッ化物洗口法(fluoride mouth rinses、週1回法または毎日法)、フッ化物配合歯磨剤(fluoride tooth pastes)という方法があり、これらのう蝕予防効果は20~50%である。このうちフッ化物配合歯磨剤は、その利用の簡便性から世界的に最も普及した方法である。一方、フッ化物洗口法は、費用対効果の点で優れた方法であり、学校保健プログラムの一環として行うことでその継続性も確保されるので、局所応用法のなかでは、最も高いう蝕予防効果が報告されている。(深井穫博)
用語 フォーカス・グループ・ディスカッション
概要 (英語訳:FGD , Focus Group Discussion)

ある特定のテーマに関して、通常8~10人ほどのグループで議論をしてもらい情報を得るフィールド・ワークの情報収集技法の一つである。FGDには、参加者の議論を促すファシリテーターの存在が重要である。単なるグループ・インタビューではなく、参加者が意見を交わしながら議論をする中で生まれるグループ・ダイナミズムが知見を深めるところに特徴がある。また、できるだけ参加者が同質(性、年齢層、民族、階級、社会・経済的地位、教育レベルなど)であることで、お互いに躊躇せずに自由な議論が出来る環境をつくる必要がある。例えば、性意識や行動などに関して参加者が男女混ざっている場合、互いに正直な意見を述べにくく、また年功序列の根強い社会では、年配者の前では若者は自由に語ることができない状況が起きるためである。また、理想的には参加者は顔見知りでないほうが良いが、フィールドにおいてはこれらの原則を厳密に当てはめるのは難しいこともある。FGDは手続き的に一見容易な手法に見えるが、例えば開発途上国の就学経験のほとんどない農村の女性にとっては、ディスカッションをすることを自体に馴染みがない場合があり周到な準備が必要である。本来のFGDの意義を理解せずに、フォーカスを当てたトピックに対しての議論を促すことができないと、表層的な情報収集に終わってしまう可能性もある。(松山章子)
用語 フィラリア症
概要 (英語訳:Lymphatic Filariasis)

フィラリアは、リンパ浮腫をおこし象皮病などの生活の質に大きく影響する疾患であり、2000年には世界で1億2千万人が感染していた。アルベンダゾールとDECもしくはイベルメクチンによるMDA: Mass drug administration (集団治療)が対策に著効することが明らかになってから、世界的な制圧プログラムが動きだした。2000年にはPublich Private Partnership (公的機関―民間パートナーシップ)のもとにGlobal Alliance to Eliminate Lymphatic Filariasisが作られこの動きは加速している。なかでも太平洋島礁各国が参加しているPacELF: Pacific programme for the Elimination of Lymphatic Filariasisでは大きな効果を得て、パプアニューギニアを除く各国で新規のフィラリア症患者はほとんど見られないところまできている。これはWHOを中心に、日本政府、日本人専門家、青年海外協力隊の支援によるところが大きく、高く評価されている。現在、フィラリア症はNTD: Neglected Tropical Diseases対策の一環として捕えられ、今後、他熱帯病対策とのインテグレーションによって対策が進行すると考えられる。(小林潤)
用語 フィスチュラ
概要 (英語訳: Fistula)

産科瘻孔とは、腟壁を貫通して、膀胱、尿道、または直腸と腟との間が慢性的につながった状態を指す。

2015年時点で200万人を越える女性が罹患しており、さらに年間5~10万人に新規発生していると推定されている。その発生地域はアジア、アフリカの開発途上国が大半を占める。

発症の主要因は分娩遷延・分娩停止である。また危険な人工妊娠中絶の合併症、性的暴行の結果としても瘻孔は生じうる。

分娩時によって瘻孔が生じるメカニズムは、胎児の頭が腟壁および周囲の臓器を長時間圧迫することによって血流が阻害され、組織に壊死が生じることによる。分娩遷延・停止の要因として重要なのは「児頭骨盤不均衡」である。これは児頭が相対的に骨産道より大きいため、通過障害が起きる状態を指す。物理的な通過が完全に困難であれば、時間の経過と共に子宮破裂が発生し、最終的には母児共に落命する。

若年妊娠では、身体の成長が不充分であるために骨盤の大きさも十分ではなく、児頭骨盤不均衡を発症しやすくなる。したがって第1次予防として、適切な避妊法の利用、初婚年齢を一定以上に引き上げるなどの方策を講じる必要がある。

第2次予防の方策は、児頭骨盤不均衡の早期診断と治療である。分娩遷延が疑われる場合は速やかにその病態を把握し、必要に応じて高次医療機関へ搬送し急速遂娩(吸引・鉗子分娩、または帝王切開)の処置を行わなくてはならない。そのためには、分娩時に病態を把握することができる介助者が立ち会うこと、緊急時の搬送手段が確保しやすいことが必要である。

いったん産科瘻孔が発生してしまうと自然治癒は困難である。持続的な尿・便失禁のために清潔を保つことが難しく、自尊感情が低下し、家族・社会からも阻害されてしまう。また慢性的な感染、腎盂腎炎などの上行性尿路を繰り返す。

しかし外科的処置により80-95%の産科瘻孔は閉鎖可能である。よって、適切な治療手段を提供できる医療体制を構築すること、阻害されている女性に情報が届き、医療にアクセスできることなどの対策を行うことが必要である。(松井三明)
用語 ファイナンシング
概要 (英語訳 : Financing)

英語の原義から言えば「資金調達」である。保健医療の分野にこれをあてはめれると、予防や治療サービスの財源をどのように確保するかという問題に置き換えることができる。主要な財源としては、税金(公費)、保険、自費(私費)が考えられる。保険はさらに、社会保険(公的保険)、民間保険(私的保険)、地域での小規模な保険(地域共同体保険)などに分類される。これら以外にも、国際援助や募金・寄付などがあるが、規模や継続性(sustainability)の点で制約がある。

長期的なファイナンシングの手段としては、前述の税金、保険、自費、あるいはこれらの組合せを検討する必要がある。 
用語 ビタミンA欠乏症
概要 (英語訳 : Vitamin A Deficiency) 

ビタミンAは視覚の重要な機能物質といえる。また、細胞分化、細胞膜の安定に必須の物質で、感染防御、創傷治癒転機、骨・歯の発育、成長発育に関わっている。

ビタミンAの欠乏は夜盲症を招き、さらに眼球乾燥症から角膜軟化症へと進行し、最悪の場合は失明する。また、麻疹や下痢などの一般的な感染症で死に至る可能性が25%も高くなるとも言われる。

ビタミンA欠乏症はアフリカや東南アジアを中心に途上国では公衆衛生的問題とされる。発症リスクが高いのは途上国の乳幼児と妊婦である。特に、新生児の肝臓にはビタミンAの貯蔵が少なく、母乳などによる補充が必要であるが、途上国の女性では母乳中ビタミンAが少なく完全母乳でもビタミンA欠乏症が起こることがある。2000年のデータでは1億4000万人の未就学児と700万人の妊娠期女性がビタミンA欠乏状態にある。出産に関連した原因で死亡する妊産婦死亡の大部分は、ビタミンAを含む母体の栄養状態改善によって改善が可能である。 

ビタミンA欠乏症の予防のため多くの途上国では拡大予防接種計画(EPI)の一部として生後9ヶ月に接種される麻疹のワクチンと一緒にビタミンAの補給(Supplementation)が行われている。途上国の6~59ヶ月齢児の59%がビタミンAの補給をうけていると推定されている。(石川みどり)
用語 パリ宣言
概要

(英語訳:The Paris Declaration on Aid Effectives)

1980年代に、国際通貨基金(IMF)と世界銀行による構造調整政策が失敗したため、プロジェクトの全体最適化における限界やその乱立による当事国のオーナーシップの阻害などが問題視され、1990年代に入り、セクターワイドアプローチに代表される当事国政府のオーナーシップに基づく援助アプローチが模索・実践されるようになった。2000年以降、それらの経験を基に経済開発協力機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)を中心に援助の効果向上の原則が議論され、遂に「援助効果向上にかかるパリ宣言」が2005年パリで91か国、26機関が参加した第2回ハイレベルフォーラムにてまとめられ採択された。

宣言では、以下の5つの原則へのコミットメントが求められた。
1)オーナーシップ:当事国が開発政策、戦略、財政計画、調和のとれた開発行動につきリーダーシップを発揮し、援助側はそれを尊重する。
2)アラインメント:援助側は、全ての支援を当時国の国家開発戦略に整合させ当事国の制度や手続きを活用し、当事国はそのために必要な能力強化を行い、援助側はそれを支援する。
3)調和化:援助側は、簡素化された共通の手続き、効果的な分業を進める。
4)成果マネジメント:求める結果に焦点をあて、それが達成できるよう援助を管理・実施する。
5)相互説明責任:当事国と援助側が、開発成果に関して相互に説明責任を有する。

その後も3年毎にハイレベルフォーラムで援助効果の議論は続けられ、援助の透明性、南南協力、民間セクターの役割、気候変動など新たな視点が追加されているが、パリ宣言の5つの視点は今なお開発効果向上の基本となっている。(野田信一郎)

用語 バンコク憲章
概要

(英語訳:Bangkok Charter)

健康の社会的決定要因をコントロールすることの重要性が高まってきたことを受け、第6回ヘルスプロモーション国際会議が2005年にバンコク(タイ)で開催された。

本会議で示されたバンコク憲章では、健康的な世界を目指すには、強力な政治的活動、幅広い協働、持続的な推奨が必要であり、エビデンスに基づくヘルスプロモーション戦略の実行のために、全ての部門と現場が以下の5つの活動に取り組まなければいけないとしている。1)人権と連帯責任に基づいた健康の推奨、2)健康の決定要因を管理するための持続可能な政策、活動、社会基盤への投資、3)政策展開、統率力の発揮、健康づくりの導入、知識の伝達、研究、ヘルス・リテラシーのための生産能力の拡張、4)全ての人々にとっての、安全確保のための規制と、健康と住み良い暮らしの公平な機会を得るための法律の制定、5)持続的活動のための公的私的非政府国際組織と市民団体の協働と提携。

また、バンコク憲章では、ヘルスプロモーションには以下の4つのコミットメントが必要としている。1)国際的発展計画、2)全ての政府の責任の中核をなす、3)地域社会と市民団体の原動力、4)優れた組織活動。(渡部明人) 

用語 ハーム・リダクション
概要

(英語訳:Harm Reduction)

ある行動が原因となっている健康被害を行動変容などにより予防または軽減させることをハーム・リダクションと呼ぶ。特にHIV対策では、注射薬物使用者(IDU: Injecting Drug User)が注射器や針を共有することによるHIV感染を、注射器交換や経口薬物への薬物代替によって予防する対策として取り上げられることが多い。これに相当する日本語は見当たらず、通常「ハーム・リダクション」とそのままカタカナで使用している。

ハーム・リダクションは、この対策自体が薬物使用を抑制するのでも逆に奨励するものでもない。注射器や針の共有によるHIV感染を予防するための現実的な対策であり、法規制と相反するものでもない。むしろ、違法性を強調してIDUへの取り締まりを強化するのみでは、IDUは地下組織にますます入り込み、対策が難しくなるとも言われている。また最近ではハーム・リダクションを通じて薬剤依存症の治療へのアクセスも期待されている。

同様に、セックス・ワーカーに対してもセックス・ワーカーを取り締まるなどの対策でなく、セックス・ワーカーへのコンドーム配布などより安全な性行為へと行動様式を変えることが、結果的にセックス・ワーカーの健康を守ることにつながると考えられる。

これらを実施するためには、社会の理解や法的な整備が必要であり、ヨーロッパ、カナダ、オセアニア、中国、タイ、インドなどは国家政策として積極的に推進している一方で、米国、ロシア、日本などにおいては、その取組みは限定的である。(垣本和宏)