国際保健用語集

用語 オペレーショナルリサーチ
概要

(英語訳 : operational research [英], operations research [米])

オペレーショナルリサーチは、国際保健分野においては、アクションリサーチやインプリメンテーションリサーチと同じ意味で使われることが多いが、数学的・統計的モデル、アルゴリズムの利用によって、複雑なシステムにおける意思決定を支援し、また意思決定の根拠を他人に説明するためのツールとして用いられるなど、複数の用法が混在するため、注意が必要である。そのため、定義も標準化に至っていないが、提案されている定義の多くに共通するのは、その研究の目的を、研究対象のプログラムの質、有効性、または適用範囲を高めることができる介入、戦略、またはツールに関する知識の検索をするため、あるいはより具体的に保健プログラム実施上の課題に対して対応策を検討するため、と定めている。つまり、オペレーショナルリサーチの重要な要素は、保健プログラムの活動(予防、ケア、または治療)の実施中に遭遇する制約と課題を特定することによってリサーチクエスチョンを同定し、これらの質問に対する回答が直接的・間接的に問題を解決し、ヘルスケア提供の改善に寄与することである。もちろん、これは一度に起こるわけではなく、しばしば連続的かつ反復的なプロセスとなる。

その方法論としては、記述研究 (もし強力な分析要素が存在する場合、横断研究)、症例対照研究、後ろ向きまたは前向きコホート研究の3つが主に用いられ、基礎科学研究やランダム化比較研究は通常含まれない。また、データ収集方法に着目し、既存のデータ収集メカニズムを通じて収集されたデータを用いる調査・研究をオペレーショナルリサーチとして、インプリメンテーションリサーチと区別する定義を提案するものもある。いづれにしても、伝統的な科学研究が、全ての状況にあてはまる「一般化」される成果をめざすのに対し、特定のプログラムの実施上の課題に対する対応策を検討するため、特殊な状況や地域特性などに焦点をあてることを目指すことに特徴付けられると言える。

一方、数学的・統計的モデルを用いて意思決定を支援する、古典的な意味でのオペレーショナルリサーチの保健への適用も、保健システム管理や病院管理などの分野で試行されているが、先進国での実施が多いようである。(野崎威功真)

用語 ジェネリック医薬品
概要

(英語訳 : Generic Medicine)

医師の診断によって処方される医薬品は、開発の経緯によって「新薬(先発医薬品)」と「ジェネリック医薬品(後発医薬品)」とに分類されまる。

医薬品を人に使用するのに先立ち、期待する効能・効果を有するか(有効性)、効能効果に比して著しく有害な作用を有しないか(安全性)などを証明する必要がある。そのため主成分である「有効成分に関する試験」と投与用に加工された「製剤化された医薬品に関する試験」が必要である。毒性試験、薬理試験及び治験と呼ばれる人による臨床試験など、新薬開発に要する期間は約9~17年、費用は約300億円以上かかる。国はデータに基づいて審査し、厚生労働大臣が承認したものだけが医薬品として流通が許される。

一方、ジェネリック医薬品は先発医薬品の長年の臨床使用経験を踏まえて開発、製造され、先発医薬品と同一の有効成分を同一量含有しており、対象とする疾病や発揮する効能・効果や使用方法・使用量(用法・用量)も基本的には変わらない。添加剤の成分や配合量が先発医薬品と異なるが有効性や安全性に違いが出ることがないように、ジェネリック医薬品の承認審査においては、生物学的同等性試験のテータの提出を求め、主成分の血中濃度の挙動が先発医薬品と同等であることが求められる。 有効性・安全性の評価が先発医薬品により既にある程度確立しているため、ジェネリック医薬品の開発期間は、約3-5年、費用も約1億円ですみ、情報収集・提供等に関する販売管理費も少額のため、低価格での提供が可能である。政府の政策的後押しにより、2005年から2015年の10年間にジェネリック医薬品の販売数量は1.7倍に増加している。(木村和子)  

用語 外傷後ストレス障害
概要

(英語訳 PTSD, Post Traumatic Stress Disorder)

心的外傷(トラウマ)となる犯罪や災害などの生死にかかわる経験、死傷の現場を目撃するなどの恐怖体験が契機となり、1か月以上持続して症状を呈し、強い苦痛や生活上の機能障害をきたす精神障害。世界的にはベトナム戦争など紛争体験者、その兵士、日本では阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件後に注目されるようになったが、交通事故、虐待、レイプなどでも生じる。

おもな症状は、侵入(フラッシュバック、悪夢、想起刺激による心理的苦痛や生理学的反応)、回避(トラウマ体験に関連する状況や感情を避ける)、認知と気分の陰性変化(自身や他者の過剰な否定、大事な活動への関心や参加の著しい減退、愛情を感じなくなるなどの感情領域の狭小化)、覚醒度と反応性の著しい変化(睡眠障害、過度の警戒心、過剰な驚愕反応、集中困難)の4種類に分類される。

心理療法や薬物療法が主たる治療法となる。なお、PTSDを発症した人の半数以上がうつ病、不安障害、アルコール依存などを合併することが知られている。(井上信明)

用語 政府開発援助
概要

(英語訳 : Official Development Assistance)

開発途上国の経済や社会の発展、国民の福祉向上や民生の安定に協力するために行われる先進国による政府ベースの経済協力のこと。OECD(経済協力開発機構)の下部機関DAC(開発援助委員会)の定義では、(1)政府ないし政府の実施機関によって供与されるものであること、(2)開発途上国の経済開発や福祉の向上に寄与することを主たる目的としていること、(3)資金協力については、その供与条件が開発途上国にとって重い負担にならないようになっており、グラント・エレメントが25%以上であることが基準となっている。(杉下智彦) 

用語 マイクロファイナンス
概要

(英語訳:microfinance)

貧困層・低所得層向けの貯蓄・融資・送金・保険など少額の金融サービスの総称。融資だけをさす場合は「マイクロクレジット」も多用される。

1970年代に南アジアや中南米で所得創出活動を対象とする無担保融資が始められ、グループ貸付や分割少額返済といった返済率を高める手法が発展した。1990年代に入って貧困の研究が進むと、貧困層が多様な金融ニーズを抱えていることが明らかになり、供給者主導の画一的なクレジットだけでなく、様々な金融商品を開発・提供する必要性が提唱された。2000年代以降、気軽に預けられる預金、低価格の保険、携帯電話と電子マネーによる送金・決済サービスなどが登場し、サービスや資金の提供者として援助団体だけでなく民間企業が参入するようになった。

2000年代後半に入ると、援助機関がマイクロファイナンスに代わる用語として、「金融包摂(financial inclusion)」を頻繁に使うようになっている。マイクロファイナンスが貧困層・低所得層に特化した金融セクターとして扱われてきたのに対し、金融包摂では通常の金融制度にマイクロファイナンスを統合し、すべての人々が、政府の規制・監督を受けた金融サービスを安全かつ持続的に利用できることをめざしている。

既存のマイクロファイナンス機関の規格に合わず金融サービスを利用できない層、あるいは交通が不便な地域へサービスを拡大するためには、様々な機関が参入・連携し、革新的なサービスを開発する必要があるという認識に基づく。(吉田秀美) 

用語 世界銀行
概要

(英語訳 :The World Bank)

1944年のブレトンウッズ会議でIMF(国際通貨基金)とともにIBRD(国際復興開発銀行)が創設された。世界銀行は独自の規約を持つ国連の特別機関であり、世界最大の援助機関である。世界銀行は一般にIBRD(国際復興開発銀行)とIDA(国際開発協会)を意味する。これに姉妹機関であるIFC(国際金融公社)、MIGA(多数国間投資保証機関)、ICSID(投資紛争解決国際センター)をあわせて世界銀行グループと呼ぶ。本部はワシントンにある。

IBRD(国際復興開発銀行)の当初の目的は、戦争破壊からの復興と開発途上国における生産設備および生産資源の開発であった。最近は、開発途上国の貧困緩和と持続的成長のための支援を目的としている。

IBRDとIDAは各国のマクロ経済調査などの各種調査を行い、国別支援戦略を決定し、支援の重点分野を決定している。その後、借入国政府や他の援助機関との対話を行いつつ、具体的な支援プログラム・プロジェクトを決定している。案件の実施は借入国自身が行い、IBRDとIDAはこれら事業が円滑に実施されるようモニタリングを行っている。2018年7月現在189カ国が加盟している。

IDAは準商業ベースの条件での借入が困難な貧困途上国に対して、より緩和された条件で融資を行うことを目的としている。IBRDの事業資金は市場からの資金調達により行われており、IDAの融資のための事業資金は、先進国からの出資金、IBRDの純益の移転などにより行われている。世界銀行グループの5つの機関はその管理上、共通の事業所を使用しており、世界銀行の総裁に対して責任を負う。(杉下智彦)

用語 微量栄養素
概要

(英語訳 : Micronutrient) 

微量栄養素とは、微量ながらも人の発達や代謝機能を適切に維持するために必要な栄養素であるビタミン、ミネラル(無機質)を指す。ビタミンはさらに脂溶性(ビタミンA、D、E、Kの4種類)と水溶性(ビタミンB1、B2、B6、B12、パントテン酸、葉酸、ナイアシン、ビオチン、ビタミンCの9種類)に分類される。

ビタミンは、タンパク質、糖質、脂質がエネルギーに変換される際の代謝サイクルに必要不可欠な栄養素であると共に、それぞれが異なる身体機能維持に作用して体を健康な状態に保っている。

ミネラルは、生体を構成する主要4元素(酸素、炭素、水素、窒素)以外の元素の総称で、必須ミネラルは16種類である(カルシウム、リン、カリウム、硫黄、塩素、ナトリウム、マグネシウム、鉄、亜鉛、銅、マンガン、クロム、ヨウ素、セレン、モリブデン、コバルト)。

微量栄養素が長期的に不足すると、欠乏症と呼ばれる健康障害を引き起こす。WHO(世界保健機関)とFAO(国連食糧農業機関)では、年齢、性別ごとの成長に必要、且つ健康維持に必要な微量栄養素の必要摂取量を定めると共に、過剰摂取による健康障害を予防するための許容上限摂取量を設定している。また、WHOは世界の微量栄養素欠乏症情報システム(Vitamin and Mineral Nutrition Information System)を有し、国・地域別の微量栄養素摂取状況や欠乏症有病率などの情報を提供している。(水元芳)

用語 保健システム強化
概要

(英語訳:Health system strengthening)

保健システムは、健康に寄与する要因を改善して健康を増進・維持し、必要な人々に適切な疾病治療を行い、保健医療サービスを必要とする人々すべてに適切に提供するために必要な組織とその活動である。保健システムの目的は人々の健康が向上し健康格差が改善し、同時に住民が財政面で巨額な医療支出から守られることであり、そのために行政・財政や人材、医薬品、資機材、施設などを整備・拡充する取り組みが保健システム強化である。

疾病対策などの各プログラムが各々別々に取り組むことによる重複したシステム構築や、部分的な最適化では全体を最適化できないという教訓から、全体的な最適化の重要性に基づいて、保健システム強化の重要性が提唱された。

保健システムとその強化に関する共通理解を促進し優先課題を整理する目的で、WHO(世界保健機関)は2007年に保健システム強化戦略のための統一枠組み(6つのビルディング・ブロック)(→参照:冒頭の図をクリックすると拡大)を提唱し、この枠組みに照らして課題に対処し保健システムを強化して持続性のある成果の達成を目指した。保健システムは、適切な予算とエビデンスに基づいた保健政策と計画に裏打ちされ、質の良い教育を受け動機づけられた保健人材が適切に配置されていることや維持管理された施設・設備、質が担保された医薬品・資器材と技術が調和することで人々の保健サービスへのアクセスが改善されカバレージが広がるとともに、サービスの質と安全性が担保される。

同時に、感染症の流行や緊急事態などのグローバルな保健脅威に対応できる弾力性のあるシステムであることも重要である。(江上由里子)

用語 識字率
概要

(英語訳 :literacy rate ) 

成人の識字率と言った場合、15歳以上で読み書きできる者の比率を指すことが多い。実際には、識字・非識字の定義は様々である。文字を読んで理解し書き記すことができる能力のことを指すだけでない。自己の姓名を記し得る者、いわゆる自署率を識字率としている場合もあれば、情報リテラシー、コンピュータ・リテラシー、統計リテラシーといった新しい識字の概念を含めて識字と表現する場合もある。

日本では、成人の識字率は近年公的に調査されておらず、初等・中等教育の就学率が代替データとして示されている。平成27年度に公表された文部科学省による実態調査によると、外国籍など様々な背景により夜間中学やボランティアなどによって運営されている識字教室に通っている生徒が相当数存在し、不登校等により十分な教育を受けないまま中学を卒業している、いわゆる「形式卒業者」も含まれていることが報告されている。

世界的には、ユネスコのほか、ユニセフ世界銀行など国際機関が各国政府機関やNGO等が連携し、万人が初等教育を受けられるよう対策に取り組んでいる。ユネスコのGlobal Education Monitoring (GEM) レポート2017/8によると、直近の推計データで世界の大人の識字率は86%で、7.50億人が識字スキルを欠いていると報告している。(白山芳久)

用語 キャパシティ・ディベロップメント
概要

(英語訳 : CD, Capacity Development) 

キャパシティ・ディベロップメント(CD)の概念化・理論化に最も早くから取り組んでいる国際機関の一つである国連開発計画(UNDP)は、キャパシティを「個人・組織・社会が、期待される役割を果たし、問題を解決し、目標を設定してそれを達成する、自立発展的な能力」、CDを「個人・組織・社会がキャパシティを獲得し、高め、維持していく経時的な過程」と定義している。また、日本政府の援助機関であり、被援助国のCDを重視する国際協力機構(JICA)によると、CDとは「途上国の課題対処能力が、個人、組織、社会などの複数のレベルの総体として向上していくプロセス」である。

このように、CDの定義にはいくつかのバリエーションが見られるが、多くに共通するのは、被援助国自身の自立的な問題解決能力の獲得・向上・維持(主体性・自立性)に焦点を当て、個人、組織、制度・社会という複数のレベルにおける総合的な能力向上(複層性・包括性)を重視する視点である。

なお、キャパシティ・ビルディング(Capacity Building)については、CDとほぼ同義で用いられることもあるが、?個人または組織における個別的能力向上に限定した概念、?能力向上を促す外からの介入行為に焦点を当てた概念、?単発的な能力向上に焦点を当てた概念として、包括性、自発性、継続性を重視するCDと区別して用いられることもある。(瀧澤郁雄)

用語 鉄欠乏性貧血
概要

(英語訳:IDA, Iron Deficiency Anemia)

鉄欠乏性貧血は、食事由来の鉄摂取不足、鉄吸収不良、または大量の失血などが原因となって、血中ヘモグロビン濃度が減少している状態である。単一の栄養欠乏症の中では最も多く報告されている栄養障害である。一般的に妊娠可能年齢の女性、妊婦、早産児、生後6カ月以上の乳幼児、10代女児などに多くみられる。

開発途上国では、鉤虫症による血液損失が原因となっている場合や、マラリア結核HIVなどの感染症に伴う場合、妊娠・授乳の繰り返しによる鉄の要求量増加が原因である鉄欠乏性貧血も多い。

鉄欠乏が妊産婦に与える影響は、免疫能の低下による感染症罹患リスクの増大や未熟児・低出生体重児の出産などが挙げられ、約20%の妊産婦死亡が鉄欠乏性貧血に関与しているとされる。乳幼児では鉄欠乏性貧血によって注意力・応答・感情表現の低下や精神発達の阻害などが生じ、学童期の貧血児は学習能力が劣るとされている。低い学習能力は将来の労働力および生産性の低下につながり、その経済損失は世界全体で年間500億ドルを超えると世界銀行は試算している。

国際機関はGlobal Nutrition Targets 2025の1つとして妊娠可能な期間にある女性の貧血の50%減少を目指しており、妊婦を対象とした鉄と葉酸補給プログラム(supplementation)が多くの開発途上国で展開されている。また、2歳未満の乳幼児を対象とした鉄補給プログラムを実施している国も多い。(水元芳)

用語 薬剤耐性
概要

(英語訳:AMR, Antimicrobial Resistance)

微生物(細菌、真菌、ウイルス、寄生虫)による感染症に対し、抗微生物薬が無効になる、または効果が減弱する事象を薬剤耐性という。

これまで微生物による感染症に対し、ワクチンや抗菌薬など抗微生物薬が次々と開発されてきたが、抗菌薬開発の歴史は薬剤耐性との闘いの歴史でもあった。1960年代にはペニシリンが無効な黄色ブドウ球菌に有効なメチシリンが開発されるなど、細菌感染症は最早不治の病ではないという認識が広まった。先進国では死因は感染症から非感染性疾患に変化し、1980年代以降新たな抗微生物薬の開発は減少していった。一方で、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)など薬剤耐性グラム陽性球菌、多剤耐性緑膿菌、アーテスネート耐性マラリア原虫、多剤耐性結核菌など世界規模で耐性菌が拡がっている。

また、動物用抗菌性物質や抗菌性飼料添加物が使用されることにより、畜産物を介した薬剤耐性菌の伝播の可能性もあり、ヒトと動物の垣根を超えた世界規模での取り組み「ワンヘルスアプローチ」が必要であると認識されるようになった。
2015年世界保健総会で「薬剤耐性に関するグローバルアクションプラン」が採択され、日本でも2016年4月国際的に脅威となる感染症関係閣僚会議は「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2016-2020」を取りまとめた。同年5月「国際保健のためのG7伊勢志摩ビジョン」は薬剤耐性の対策強化に具体的行動をとることにコミットした。(木村和子) 

用語 性感染症
概要

(英語訳 : STIs, Sexually Transmitted Infections)

性行為により感染する疾患の総称。性感染症の中には、輸血や経静脈注射、母子垂直感染など性行為以外の経路によっても感染するものも存在する。主な性感染症は、梅毒、淋菌感染症、性器クラミジア感染症、軟性下疳、性器ヘルペス、B型肝炎、C型肝炎、HIV感染症、腟トリコモナス症、尖圭コンジローマなどである。STDs(Sexually Transmitted Diseases)と記されることが多かったが、HIVのように感染してもすぐには症状がでない疾患もあることより、近年STIsが用いられる傾向にある。

世界中で毎日新たに100万人以上が性感染症に感染しているとされており、代表的なクラミジア、淋菌、梅毒、トリコモナス症など、4つのSTIsだけで、毎年3億7,700万件の新規感染が発生している。

性感染症による直接の症状のみならず、クラミジアや淋菌感染による女性不妊症、パピローマウィルス感染による子宮頚癌など、長期的な影響を及ぼすものもある。また、梅毒合併妊婦における周産期死亡の増加・先天性梅毒の発生、HIVや肝炎ウィルスの母子垂直感染により胎児・出産後の児に影響を与える性感染症も存在する。さらには、HSV 2型や梅毒に感染することで粘膜が傷害され、HIV感染リスクを高める可能性も指摘されている。

性感染症の世界戦略 (2016-2021年)では、性感染症の新規感染ゼロ、性感染症による合併症や死亡ゼロ、性感染症への差別・偏見ゼロの3つのゼロをビジョンとしている。対策は、個人に対する治療・感染予防のみならず、性的パートナーへの感染予防・治療、母子垂直感染予防、ワクチン投与(ワクチンによる予防が可能である疾患の場合)、感染スクリーニング、感染サーベイランスなど多岐に渡る。これまで、医療資源の限られた開発途上国などでは、疾患の診断にこだわらずに症状に応じて治療を提供する、症候別アプローチ(Syndromic management)が推奨されてきたが、半数以上が無症候性であることなどから、臨床検査診断の重要性が認識されるようになった。近年、特に淋病などで薬剤耐性が発生しており、対策上の脅威となっている。(野崎威功真)
 

用語 結核
概要

(英語訳:TB, Tuberculosis)

結核は、抗酸菌群のひとつである結核菌(Mycobacterium tuberculosis)が原因で起こる感染症であり、主な感染経路は空気感染(飛沫核感染)である。結核患者から排出された喀痰等に含まれる結核菌が空気中を浮遊し、それを吸い込むことで感染するため、日常生活において、結核の感染を予防するのは困難である。

WHOは、世界人口の3分の1、約20億人が既に結核菌に感染していると推計しており、そのうちLTBI(潜在性結核菌感染症)の約10%が、一生の間に結核を発病すると考えられている。結核の発病を促進する最も強力な因子の一つは、HIV感染であり、HIV感染者が結核に感染している場合、結核の発病率は非常に高くなる。

WHOによると、2015年には約1000万人の新規結核患者が発生し、約140万人が死亡したと推計されており、患者の発生と死亡との大半は、アフリカとアジアである。新規結核患者のうち約6割は、インド・インドネシア・中国・ナイジェリア・パキスタンおよび南アフリカの6カ国において発生している。

結核の診断で最も重要な検査は、結核菌自体を見つける菌検査(塗抹検査・培養検査・遺伝子検査等の結核菌検査)であり、開発途上国においても同様である。結核の治療は、複数の抗結核薬の組み合わせを一定期間服用する標準的治療方法が適用される。現在推奨されている標準的な結核治療法は、ヒドラジド(INH)、リファンピシン(RFP)、エタンブトール(EB)またはストレプトマイシン(SM)、ピラジナミド(PZA)の組み合わせにより、6~8ヶ月間実施するもので、薬剤耐性がなければ、ほとんどの結核患者で治癒することが可能である。
WHOは、2035年までに世界における結核蔓延状況を終息させることを目指した「結核終息戦略The End TB Strategy」を2015年に発表し、「統合された患者中心のケアと予防」・「骨太の政策と支援システム」・「研究と技術革新の強化」を柱として、今後20年間(2016-2035)結核対策に取り組む姿勢を示した。(大角晃弘)

用語 ESD
概要

(英語訳:Education for sustainable development)
(日本語訳:(国連)持続可能な開発のための教育)

2002年のヨハネスブルグサミットにおいて、ESDの推進が提言され、我が国はESDの推進の10年を提唱した。

ESDの概念は、1980年の国連環境計画(UNEP)、世界自然保護連合(IUCN)、世界自然保護基金(WWF)が提出した「世界環境保全戦略」で、「持続可能な開発」の概念が示されることに始まる。1984年国連に設置された「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)」(委員長:後にノルウェーの首相および世界保健機関事務局長となったブルントラント博士)の提案を受け、国連総会で承認された。その報告書"Our Common Future"(1987)(『地球の未来を守るために』)では、環境保全と開発の関係について「将来世代のニーズを損なうことなく現在の世代のニーズを満たすこと」という「持続可能な開発(SD)」の概念が打ち出された。

我が国では、2002年のヨハネスブルグサミット以後、世界レベルでのESDの推進を提唱しており、2005年から10年間を「ESD推進の10年」として国連総会で提唱し、採択された。

ESDはEducation for Sustainable development であり、on Sustainable developmentでない。持続可能な社会を作るために、学校や地域における教育の必要性が高い。それには、あらゆる学習や啓発活動を通じて、持続可能な開発のあり方を考え、その実現を推進するための場や機会を地域で提供することが必要である。その内容も、環境教育だけでなく、文化の独自性を尊重し、人権、平和の構築、異文化理解、健康の増進、自然資源の維持、災害の防止、貧困の軽減などを通じて、公正で豊かな未来を創る営みである。

ESDの普及・推進のためにUNESCO(国連教育文化科学機関)が国連で主導的役割を果たすことが決まった。また、国連大学(UNU: United Nations University)もESD推進のためのモデル地区としてRCE(Regional centers of expertise)を2005年に世界7カ所(我が国では仙台と岡山市域の2カ所)を定め、地域レベルでのESD推進のモデル事業の推進と研究の推進を行っている。

我が国は、2002年のヨハネスブルグサミット以後、世界レベルでのESDの推進を提唱しており、2005年から10年間を「ESD推進の10年(2005-2014年)」として国連総会で提唱し、採択された。ESDの10年の最終年である2014年にユネスコと日本政府が共催して、名古屋市と岡山市で「持続可能な開発のための教育(ESD)に関するユネスコ世界会議」が開催された。

ESDの理念、活動自体の波及は極めて限定的であったが、2015年9月に国連総会でSDG(Sustainable Development Goals)が採択される等、SD (Sustainable Development)に関する理念に影響を与えたといえる。持続可能な社会づくりの担い手をはぐくむには教育(学校教育・社会教育・生涯教育等)が重要であることはいうまでもない。(山本秀樹)

用語 マラリア
概要

(英語訳 : Malaria)

マラリアとは、寄生性原生動物であるマラリア原虫(Plasmodium spp.)が、アノフェレス属の蚊(Anopheles spp.)で媒介されてヒトに感染する発熱性疾患である。WHOの報告(2015)では、年間2億人がマラリアに感染し、そのうち50万人が死亡したと推定している。死亡者の多くは、サハラ以南に居住する5歳未満の乳幼児である。ヒトに感染するマラリア原虫のうち、熱帯熱マラリア原虫(P.falciparum)は、最も症状が重く、死亡率が高い。これは、破壊される赤血球が多いことと、脳マラリア(感染赤血球による脳毛細血管閉塞)を生ずるためである。診断は、血液塗抹標本の顕微鏡診断がゴールドスタンダードであるが、迅速診断キット(RDT: Rapid Diagnostic Test)やPCR法(polymerase chain reaction)が開発されている。

2018年現在、最も効果がある治療薬は、アルテミシニンである。発見者の屠博士は2015年のノーベル生理学・医学賞を受賞した。薬剤耐性の出現を遅らせる方策として、多種薬剤の併用(ACT: artemisinin-based combination therapy)が推奨されている。

予防は、蚊にさされないための一般的予防(蚊帳や昆虫忌避剤の使用等)が重要である。様々なワクチン開発研究が行われているが、実用段階に入っているものはない。 (松本-高橋エミリー)

用語 成長モニタリング
概要

(英語訳 : Growth monitoring)

成長モニタリングは、生後から定期的に身長や体重、上腕周囲径(MUAC)などを計測・記録し、発育状況と栄養状態の評価を行うことである。150を超える国と地域が導入しており、その多くが5歳未満児を対象として毎月、または予防接種時に合わせて実施している。目的は、成長、栄養状態を把握して健康問題の早期介入、食事や病気が成長に及ぼす影響の知識向上、家族が健康問題に対して適切な初期対応を行う動機付けなどである。成長曲線が広く利用されており、国や地域で独自の成長曲線を作成している場合もあるが、開発途上国の多くはWHO(世界保健機関)が作成した成長曲線を用いている。個々の記録には、予防接種歴と子どもの成長曲線を合わせた小児健康カードが広く普及しているが、より多くの情報を記載できる母子健康手帳を導入した国も2016年時点で40ヵ国を超えている。成長曲線を活用すると、児の計測値が国際基準値(The WHO Child Growth Standards)からどれだけ離れているかを視覚的に確認することができる。WHOでは、統計データによる年齢層別、男女別の基準値をパーセンタイル曲線とzスコア曲線で示したものを、年齢に対する身長(Length/Height for Age)や体重(Weight for Age)、身長に対する体重(Weight for Height)などの指標ごとに作成している。2006年に公表された国際基準値は世界6地域で収集したデータに基づいたものであるが、年齢に対する身長基準値はアジア地域では高すぎるのではないかとの議論もある。(水元芳)

用語 ヨハネスブルグサミット
概要

(英語訳:World Summit for Sustainable Development)
(日本語訳:持続可能な開発に関する世界首脳会議)

2002年8-9月南アフリカのヨハネスブルグにおいて開催された首脳会議。この会議は、「アジェンダ21」が採択された1992年の国連環境開発会議(リオ・デ・ジャネイロで開催)から10年が経過したのを機に、同計画の実施促進やその後に生じた課題等について首脳級の議論を行うことを目的に企画された。「リオ+10」とも言われ、世界104カ国の首脳、190を超える国の代表、また国際機関の関係者のほかNGOやプレスなど合計2万人以上が参加した。

「アジェンダ21」をより具体的な行動に結びつけるための包括的文書である「行動計画」及び首脳の持続可能な開発に向けた政治的意志を示す「ヨハネスブルグ宣言」が採択され、さらに自主的なパートナーシップ・イニシアチブに基づく200以上の具体的プロジェクトが登録された。

我が国から、小泉首相(当時)が出席し、教育の重要性を訴えた。米沢藩の「米百俵」の事例や、アフリカのガーナで医学研究に捧げた野口英世を紹介し、野口英世医学賞が設立されるきっかけとなった。ストックホルムにおける国連人間環境会議(1972)やリオデジャネイロサミット(1992)に比較すると、成果が明確でないという批判がある。21世紀初頭に提唱された、MDGs(ミレニアム開発目標)、地球温暖化防止をはじめとする、国際社会が提唱してきた開発・環境・人権などの諸課題が再確認されたという点では意義が深い。このサミットではESD(Education for sustainable development)の重要性が提唱された。

この会議の10年後(リオデジャネイロサミットの20年後)の2012年6月にブラジル・リオデジャネイロにおいて「国連持続可能な開発会議(Rio+20)」が開催され、改めて持続可能な開発(Sustainable Development)に関する世界的な議論が行われ、2015年に国連総会でSDGs(Sustainable Development Goals)が採択される基盤となった。(山本秀樹)

用語 世界エイズ結核マラリア対策基金
概要

(英語訳 : Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis and Malaria) 

2000年のG8九州沖縄サミットで議長国であった日本政府が感染症対策を主要課題として取り上げ、その解決に向けた国際的なパートナーシップの必要性が確認された。その後の国連エイズ特別総会、G8ジェノバサミットなどを経て、2002年1月に世界エイズ・結核・マラリア対策基金が設立された。事務局はスイスのジュネーブにある。

資金は先進国政府のみならず、途上国政府、国際機関、企業や個人からも募り、受益国ごとに国別調整メカニズム(CCM)(政府、二国間・多国間援助機関、NGO、学界、民間企業の代表、HIV陽性者等により構成)を設置して事業計画およびその提出がなされる。事業実施主体は公的セクター・民間セクターを問わないが、資金は一義的な受領組織(プリンシパル・レシピエント:PR)に供与されたのちに実施機関に配分される。

三大感染症と呼ばれる、エイズ結核マラリアの対策に対する資金援助であるが、HIV対策に資金の約半分が支出されており、特に発展途上国でのART(抗レトロウィルス療法)拡大には大きく貢献しておりエイズによる死亡者数は劇的に減少している。その一方で、資金は永続しないため、受益各国のプログラムの持続可能性(sustainability)についての懸念もあり、受益国が将来この基金から自立したプログラム運営に移行できようにも支援している。(垣本和宏)

用語 栄養失調(栄養不良)
概要

(英語訳 : Malnutrition)

栄養失調(栄養不良)とは、健康に育つためのバランスのとれた栄養が摂取できていない状態を示し、発育阻害(stunting)、消耗症(wasting)、低体重(underweight)、過体重(overweight)などの形態がある。発育阻害は年齢に対する身長(height for age)で評価され、長期に渡る慢性的な栄養状態を示す指標となる。消耗症は身長に対する体重(weight-for-height)で短期的・急性的な栄養状態の評価に多く用いられる。低体重は年齢に対する体重(weight for age)で、過体重は消耗症同様に身長に対する体重(weight for height)で評価される。2017年時点で世界の5歳未満の発育障害が1億5,100万人、消耗症が5,100万人、過体重が3.800万人と推定されている。これら栄養不良の形態は低栄養と過栄養の問題に大別できるが、栄養転換期にある低中所得国においては、低栄養と過栄養が混在する「栄養不良の二重負荷(double burden of malnutrition)」が多くみられる。栄養不良の二重負荷は、国レベル(都市部と農村部)、世帯レベル(親と子)、また、個人レベル(過剰エネルギー摂取と微量栄養素欠乏の混在など)でも存在する。持続可能な開発目標(SDGs)には「2030年までにあらゆる形態の栄養失調を撲滅する」という指標が設定されており、目標達成に向けて国際社会全体での取り組みが行われている。(水元芳)

用語 国際協力機構
概要

(英語訳:JICA, Japan International Cooperation Agency)

正式名は独立行政法人国際協力機構。前身は、国際協力事業団。外務省所管の特殊法人であった。歴史的には、1974年に、海外技術事業団と海外移住事業団が統合して国際協力事業団となっている。開発途上地域等の経済及び社会の発展に寄与し、国際協力の促進に資することを目的としている。2008年に、国際協力銀行業務のうち、海外経済協力業務を継承し、国際協力機構(新JICA)に統合された。事業内容は多岐にわたっており、その基本は「人を通じた国際協力」である。(杉下智彦)

用語 小児肥満
概要

(英語訳 : Childhood Obesity)

世界における肥満人口は年々増加しており、小児肥満人口もまた増加の一途をたどっている。WHO(世界保健機関)では、体格指数の「身長に対する体重(kg/m2)」が国際基準値(The WHO Child Growth Standards)の3標準偏差(SD)を超える児を肥満、2標準偏差を超える児を「過体重」と定義付けている。1990年、低中所得国で750万人であった過体重児数が2014年には2倍以上の1,550万人まで増加していた。低中所得国での過体重児は特に都市部の社会経済的ステイタスが比較的高い世帯に多くみられ、体重増加の要因は高エネルギーの食事のみではなく、子どもたちのテレビ視聴、コンピューターや携帯ゲーム機の使用が増えて日常の活動量が低下していることも要因の一つとして指摘されている。小児肥満は成人肥満移行への可能性が高く、その後の人生で生活習慣病を発症するリスクが増加して世帯レベル、また国レベルの医療費にも深刻な影響を与えることとなる。国際機関は過体重児を増加させないことをGlobal Nutrition Targets 2025の1つの目標として掲げ、適切な母乳栄養と離乳食によって乳幼児期から正しい食習慣を身に着けること、学童期では栄養バランスのよい食事摂取と共に、身体活動量増加についても奨励している。また、食品業界に対して、脂質や砂糖、食塩を控えた商品の開発、さらに、子どもを対象とした食品には責任あるマーケティングを行うよう呼びかけている。(水元芳) 

用語 妊産婦死亡率
概要

(英語訳 : MMR, Maternal Mortality Ratio)

妊産婦死亡率は妊娠中または分娩後42日未満に死亡した母体の比(ratio)のことで出生数10万人に対する年間の妊産婦死亡数で表される。 

妊産婦死亡率を、正確に測定するには、出生届と死亡届が必要であり、かつ死亡届に「妊娠と関連して死亡した」と記載する欄がある届出システムがあることが前提となる。実際の開発途上国ではこうしたシステムが適切に機能しないことが多く、妊産婦死亡率の誤差は大きく、介入の効果指標としては必ずしも適さないとされる。

1990年に妊産婦死亡率の高かった11カ国(ブータン、カンボジア、カーボヴェルデ、赤道ギニア、エリトリア、ラオス、モルディブ、ネパール、ルーマニア、ルワンダ、東ティモール)は、2015年までに1990年の死亡率を75%に減少する「国連ミレニアム開発目標(MDG)」を既に達成しているとされる一方、この目標を達成することができなかった低・中所得国も多い。

115カ国、6万人以上の妊産婦の死因に関してWHO(世界保健機関)が研究した結果によると、妊娠する前から患っていた病気(糖尿病、マラリアHIV、肥満など)と、妊娠によって悪化したことに起因する死亡が、全体の28%を占めていた。

妊産婦死亡率の地域格差の大きさは問題であり、MDGs5では、1990~2015年の間に妊産婦死亡率を75%減少することを求めているのに対し、持続可能な開発目標(SDGs)では出生10万件当たり妊産婦死亡70未満という、意欲的なターゲットが設定された。(伊藤智朗)  

用語 合計特殊出生率
概要

(英語訳 :TFR, Total Fertility Rate)

合計特殊出生率とは、一人の女性が一生に産む子供の平均数を示す。この指標によって、異なる時代、異なる集団間の出生による人口の自然増減を比較・評価する。2種類の算出方法がある。「期間」合計特殊出生率は、ある期間(1年間)の出生状況に着目したもので、その年における各年齢(15~49歳)の女性の出生率を合計したもの。女性人口の年齢構成の違いを除いた「その年の出生率」であり、年次比較、国際比較、地域比較に用いられている。

合計特殊出生率がおおよそ2.08のときには人口は増加も減少もしないとされる。

戦後日本の合計特殊出生率は1947年の4.54をピークに2016年現在は1.44となっている。世界保健統計2015によると、合計特殊出生率が最も高い国はニジェールで、女性1人当たり7.6となっている。概して先進国においては合計特殊出生率が低い傾向にあり、開発途上国は高い水準であるといえるが、近年経済発展した中進国においては低下傾向がみられる国が多く、これは平均寿命の延長など他の要因と関連し社会の高齢化の要因としても国際的な問題として注目されている。(伊藤智朗)   

用語 実践科学
概要

(英語訳:Implementation Science)

実践科学とは、科学的な根拠であるエビデンスのみを重視する政策だけでなく、実践に十分に活用されうる方法に対する科学的な探求を意味する。本来、エビデンスは政策、実践に繋がってこそ意味があるが、政策に反映されず、また政策が策定されても、実践上のバリアのため適切に実行されるとは限らない。エビデンス自体が実践現場の現実から遊離した概念や枠組みに基づき、疫学的な変数間の因果関係に還元した形で得られることもあり、実践からの見直しも重要である。開発途上国の保健医療の現場では、人材や予算の制約、実践能力の不足により、エビデンスに基づく政策が適切に実行されず、有効な成果を得られないことが多いため、実践科学への期待は大きい。実践科学には、実践を取り巻く環境や文脈の理解に基づいてそのプロセスを検討し問題点を系統付けるだけでなく、問題点を克服する刷新的なアプローチをいくつか考案し、その優先順位付けを検討するオペレーションリサーチ、それを実践し評価するアクションリサーチも含まれる。例えば、医療サービスへのアクセスについて、そのバリアを同定し、系統付け、それに応じた改善策を現場で検討する。実践科学では実践の文脈特異性を重視するため、現地の社会文化的要因を探る社会学や人類学を含む学際的アプローチを採用するが、現場のスタッフとの協働も欠かせない。現在の実践科学の難点は、政策や実践に影響を与える政治経済を追及するポリティカルエコノミー研究との協調が不十分な点である。(神谷保彦)

用語 地球温暖化
概要

(英語訳:Global warming)

地球温暖化(または、温暖化)とは、地球規模で気温上昇が世紀単位の長期で発生している現象を指す。地球温暖化の理由として、大気温の上昇が原因であるとメディアなどで報道されているが、その主な理由は1970年代より起こっている海洋温度の上昇によるものである。また、温暖化により南極・北極の氷は融解し大気温も上昇している。地球温暖化の原因は、主に人間の活動に伴って排出される温室効果ガス(二酸化炭素など)である。温暖化の進行は、地球に降り注ぐ太陽エネルギーの宇宙への放熱が温室効果ガスにより遮断されたことが発端となり、これまでの地球と宇宙に関わる熱収支の均衡が崩れ、地球上に熱エネルギーが蓄積され、最終的に温暖化を招く。地球温暖化の影響は大気温上昇や海水面の上昇、降水量の変化、亜熱帯地域での砂漠化の進行などで地域により異なる。その他には、急激な天候悪化の発生などの影響がある。これらの現象は、農作物の生産量に影響を及ぼすため、食糧問題と密接な関係がある。(星知矩(門司和彦))

用語 オゾンホール
概要

(英訳名:Ozone hole)

オゾン(O3)は酸素(O2)が紫外線のエネルギーを受けることで作り出され、さらに自然と分解される反応を繰り返している。大気中のオゾンの9割は成層圏に存在し、標高20-30kmに層状になっており、オゾン層と呼ばれる。オゾンは紫外線を吸収する性質があるため、地球に降り注ぐ太陽からの紫外線を吸収する役割を担ってその97-99%は吸収される。かつて1970年代にオゾン層が-約4%一定に減少し、また春期に南極・北極上空にて大量に減少-が観察されたりした。オゾンホールとは、後者の事象を指しているが、その原因は、オゾンを分解する化学物質(フロンやハロン)が人間の活動で大量に消費されたことで、オゾン生成と分解のバランスが崩れたことがあげられる。1987年、問題解決を目指し、モントリオール議定書により、オゾン層を破壊しない代替物質の利用が推し進められた。現在、それら代替物質の使用が広まり、オゾンホール問題は解決の兆しがみえてきた。現在の状態が継続すれば、オゾンホールは2050年頃までに完全に閉じるとされている。(星知矩(門司和彦))

用語 重症急性呼吸器症候群
概要

(英語訳: SARS, Severe Acute Respiratory Syndrome)

 2002年末からアジアを中心に世界32カ国で流行し、感染者8439人、死者812人を出した新型の肺炎である。病原体であるSARSウイルス(SARS-CoV)は、本来野生動物を宿主とするコロナウイルスが変化したものと考えられる。

感染経路は患者の咳などによる飛沫感染が主であり、流行時には院内感染が多発して、多くの医療従事者が罹患した。そのほか、汚物等に触れることや(接触感染)、空気中に拡散したウイルス粒子により感染することもある。

潜伏期は2~7日で、38℃以上の発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛などで発症する。その後、乾性咳、呼吸困難など下気道症状が出現する。約80%は回復に向かうが、20%は呼吸窮迫症候群に移行する。胸部X線では浸潤影やスリガラス状陰影などの所見が見られる。診断は、臨床症状、SARS-CoVと接触した可能性、病原診断(血清抗体値、ウイルス遺伝子検出など)からなる。確立した治療薬はなく、対症療法、呼吸管理が主となる。

2003年7月に終息宣言が発せられ、その後少数の散発例があったが、2004年4月以降発生例はない。SARSの流行は、適切な初期対応、正確な情報開示、対策における政府のリーダーシップや国際協力の重要性など、様々な教訓を残した。

SARSの拡散を防ぐには、疑わしい患者が搬入された段階から適切なトリアージや感染対策を迅速に実行することが大切である。マスク着用により感染をかなり防ぐことができる。感染者との至近距離での接触や人込みを避けることも重要である。(小原 博)

用語 レシフェ宣言
概要

(英語訳:Recife Political Declaration on Human Resources for Health)

ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)達成のために保健人材をその原動力の中心に据えた政治宣言。2013年、ブラジルレシフェで、世界93か国から、政府、国際機関、援助関係者、人材開発関係者が参加した第3回保健人材に関するグローバルフォーラムで採択された。ここでいう保健人材は専門教育を受けた保健医療専門職から事務職、ボランティアまで含まれる。UHC達成には、数も質も担保された保健人材が支援的な労務環境でモチベーションをもちながら基礎的保健医療サービスを提供し続けることが重要である。本宣言では、国レベルでは、政府・国際機関・援助関係者や国内関連省庁・教育機関・市民社会・労働組合・職能団体など、人材開発に関わる関係者が共通のビジョンをもつための環境作り、財政面で持続可能な保健人材開発計画の策定と実施、保健人材情報システム、教育改革、キャリアパス、人材配置や定着、人事管理(ガバナンス)の改善、保健人材への投資の有効性を確認するための調査研究、などを重視すること、国際レベルでは、「保健医療人材の国際採用に関するWHO世界実施規範」Global Code of Practice on the International Recruitmentを保健システムと人材強化のためにガイドとして用いること、援助機関に対しては人材育成を優先すること、などを呼びかけている。

2014年の第67回WHO総会ではこの「保健人材に関するレシフェ政治宣言」へのコミットメントを働きかける決議が採択され、国際社会として継続的に保健人材に関する注目を呼びかけている。(藤田則子)

用語 低栄養/栄養不良
概要

(英語訳:Undernutrition)

栄養不良は質量ともに不十分な食事摂取,あるいは消化吸収機能の低下によって生じる。栄養必要量を満たすのに十分な量の食物を摂取できない低栄養の状態が続くと、タンパク質・エネルギー欠乏症(protein energy malnutrition: PEM)および鉄、ビタミンA、ヨード、亜鉛等の微量栄養素欠乏症等の栄養不良に陥る。最近では、大規模な自然災害(例:干ばつ、地震、洪水)を除くと、重度のPEMは減少してきているが、表面的に観察しただけでは判定が難しい、中等度・軽度の栄養不良の蔓延が開発途上国において大きな問題となっている。これら中等度・軽度の栄養不良の判定には、身長と体重を測定し、統計ソフトウェアWHO Anthroを用いて健康な小児の基準集団の標準値と比較する形で、身長別体重 weight-for-height、(更に年齢データを用いて)年齢別身長 height-for-age、年齢別体重 weight-for-ageを算出する方法が用いられている。その結果、各指標のZ-scoreが-2未満の小児をそれぞれ、急性栄養不良(Wasting)、慢性栄養不良(Stunting)、低体重(underweight)と判定している。

開発途上国では,5歳未満児の死因のうち半数以上が直接的および間接的に栄養不良に起因していると報告されており、母乳栄養や離乳食に関する親の知識不足が乳幼児の栄養不良の最も大きな要因の一つとなっている。また,下痢症や腸管寄生虫などの感染症は栄養状態を悪化させ,栄養不良に陥ることにより更に感染症に罹患するリスクを高めるという悪循環が生じることが多い。このように,食料不足(Food insecurity)だけではなく、経済的貧困、水と衛生の不備による劣悪な衛生環境,教育・保健サービスの不備、など栄養不良の背景には様々な要因がある。(三好美紀、石川みどり)

用語 粗死亡率
概要

(英語訳 :CMR, Crude Mortality Rate)

ある一定期間での全死亡数をその期間の中央時点の人口で割ることにより算出される。例えば、一定期間を1月から開始し、1年とするならば7月1日の時点の対象エリアの人口で1月から12月までの全死亡数を割ることによって算出される。また、その値に人口何人あたりで示したいかの数をかけて示すことが一般的である。例えば千人あたりであれば1000をかける。この例を数式で表すと以下のようになる。

粗死亡率(人口千人あたり1年間)

ここで注意しなければいけないのは粗死亡率は高齢者の多い人口構成では高くなるのは自然なことであるため、そこで、年齢構成の異なる集団を比較する、国際比較や年次推移を観察したい場合には、人口の年齢構成の差を取り除いた死亡率、「年齢調整死亡率」を用いる必要がある。(伊藤智朗)  

用語 女性器切除
概要

(英語名称:FGM/C, Female Genital Mutilation/Cutting)

女性性器切除(FGM/C)とは、「医学的治療行為としてではなく、女性の外性器の一部または全部を切除、あるいは女性器を損傷すること」を指す。

FGM/Cを実施している国はおよそ30カ国であり、アフリカ、中東、およびアジアの一部(インドネシア)に集中している。現時点で、毎年300万人がFGM/Cを受けている。また少なくとも2億人の被施術者がいると推計されており、うち半数以上はインドネシア、エジプト、エチオピアの3カ国に集中している。

多くの場合5歳以下の乳幼児に対して実施されるが、例えばイエメンでは85%が生後1週間以内の早期新生児期に行われている。その実施者は伝統的治療師が主であるが、インドネシアでは有資格の医療従事者が行うほうが多い。

FGM/Cは、切除する部位、腟を縫合などで閉鎖する処置の有無などにより4つに類型化される。

一般に切除の範囲が広いほど重症度が高い。その短期的合併症として、切除そのものに伴う疼痛、出血、感染、尿閉がある。これらが重症化すればショックから死に至ることも起こりえる。長期的には皮膚の瘢痕またはケロイド形成、尿路および性器の解剖学的変形に伴う急性・慢性感染症や月経困難症が発生する。また腟入口部が閉鎖されていると、性交渉や分娩の際に支障を来すため、医学的処置を要する。FGM/Cおよび上記の合併症発生に伴う精神的苦痛、うつ、不安なども大きな問題である。

FGM/Cが実施される背景には、さまざまな社会/文化的要因があり、したがってその解決手段は一様ではない。しかしながら、FGM/Cは明らかに女性に対する人権侵害である。2003年には、FGMを含めたあらゆる性暴力、性差別を禁じるマプト議定書が採択された。継続的な廃止に向けた啓発活動と法的基盤の整備などの対策が重要であり、2015年に策定されたSDGs「持続可能な開発目標」においても、ターゲット5.3においてFGMを有害な慣行として撤廃することを掲げている。(松井三明)

用語 経済破綻効果
概要

(英語訳:Catastrophic Effectまたは、Catastrophic Health Expenditure)

経済破綻効果は、医療にかかる自己負担の出費によって基本的な生活費が削られ、最低限の暮らしが継続できなくなる壊滅的な影響を意味する。すべての人が経済的な困難を伴うことなく保健医療サービスを享受することを目指すUniversal Health Coverageにとって、この経済破綻効果はなくすべきものである。経済破綻をきたす出費が家計のなかで占める割合の閾値(下限値)として、食費を除いた支出が40%といわれるが、その閾値を全支出の10%と設定したり、貧困レベルに応じて変動させる場合もある。ただし、経済破綻に陥るまでの期間や、それが継続する期間は明確に定義されていない。現在、公共診療施設における利用者支払いは多くの開発途上国で撤廃ないし軽減されつつあるが、健康保険が十分に普及していないことに加え、公共診療施設の質の低さのため貧困層でも有料の民間診療施設を受診することから、医療費の自己負担が貧困に陥る原因の半分を占めているインドのような国も少なくない。健康保険によって医薬品や検査代を含めた診療費がカバーされていても、病院までの交通費、家族の付き添い費用のほとんどが自己負担である。また、稼ぎ手の病気、病人の看護のため仕事ができなくなり、収入が減少することも多い。経済破綻効果をなくすには、コミュニティレベルの搬送費用基金、公共交通システムの整備、社会保障の充実なども必要となる。(神谷保彦)

用語 条件付現金給付
概要

(英語訳: Conditional Cash Transfer )

特定の行動を遂行することを条件に、貧困層を主な対象に現金を給付する社会扶助プログラムであり、貧困削減政策の一環でもある。1990年代後半以降、ラテンアメリカ諸国で普及したが、現在アフリカ、アジア諸国でも、開発銀行やUNICEF(国連児童基金)等の国連機関、英国国際開発省などの政府援助機関の後押しで拡大している。所得やサービスを直接移転することで貧困の軽減を目指すという短期的目標と、子供の就学や予防接種などを現金給付の条件にすることで、人的資本を形成し、経済的な自立を支援するという長期的目標がある。給付対象者となる貧困層の選別の難しさ、プライバシー侵害の危険性も指摘されているが、条件付現金給付を実施するには行政能力も重要であり、ドナーはその財源の融資のほか、プログラムのデザイン計画やモニタリング評価に対する支援も行っている。現金給付を得る条件となる保健や教育のサービスのアクセスや質が不十分であれば、その有効性が薄れてしまうため、対象となるサービスの充実が課題となる。ジェンダー面に対して、女性の伝統的役割や家事負担の増加など負の影響も指摘され配慮が必要である。サービス利用は向上するが、健康状態の改善など長期的なインパクトには至らないこともある。ラテンアメリカ諸国における貧富格差の減少の一因として条件付現金給付があげられる一方、貧困を一時抑え込むだけで、格差の原因である社会構造を変える根本的な解決にはならないという意見も根強い。(神谷保彦)

用語 官民連携
概要

(英語訳: Public Private Partnership)

公共セクターと民間セクターの連携により、公共セクターの社会責任や公平性という役割に、民間セクターの効率的なサービス提供、技術開発、マーケティング能力を組み合わせることで、相互の強みを活かし弱みを補完しながら、主に公共サービスの提供を行うスキームを指す。国際協力の分野でも、民間企業と連携し,開発途上国の開発を支援するとともに,自国の企業の海外展開も後押しする傾向が目立ってきている。開発途上国の道路や港湾など多額の資金を要するが採算性の悪いインフラ部分を政府開発援助で整備し、その生産環境が整った地域に民間企業が進出し地元住民を雇用して、地域経済の活性化を目指すことがある。民間の参入を容易にするため、途上国政府の施策面の整備を含めた支援が行われ、技術移転を行うことで自立発展にも寄与するケースがみられる。国際保健の分野でも、水衛生や栄養に関連する官民連携のほか、医療産業界と政府が官民一体となって国際的な感染症対策に国際機関とともに貢献し、同時に医療産業界の新規市場の開拓を目指す動きがある。官民連携が成功するには、制度面の整備に加え、官民で共有すべきゴール、分担すべき役割や責任が明確にされ、パートナーシップを相互が積極的に維持していく姿勢が重要である。現実には政府機関と民間企業の単なる連携として、透明性や説明責任の欠如、非採算分野に対する軽視もみられるため、市民社会組織や住民自身の参画も求められる。(神谷保彦)

用語 ソーシャルマーケティング
概要

(英語訳:Social Marketing)

ソーシャルマーケティングは、社会とのかかわりを大切にしつつ、商業分野のマーケティング手法を応用し、対象集団と社会の利益、福祉の向上を追求するアプローチである。対象集団を区分けし、行動に関する認識、それを決定する環境を分析した上でプログラムを組み立て、利益が費用を上回るようインセンティブを工夫し、自発的な行動を促進することが、健康教育との違いである。対象集団の主体性を重視し、マーケティングを通して、新たな社会的価値を共同で創造していく面も持っている。具体例として、健康増進や生活習慣病の予防を目指し、果物や野菜の消費を増やすため、生産者、流通業界、スーパーマーケット、メディア、地域社会、消費者自身を巻き込み、様々なメディア戦略を適切に組み合わせ、果物や野菜の健康に対する利益の認識を高め、購買、消費を促進するプログラムがあげられる。この手法は、国際保健の分野でも広く適用されており、母乳栄養や禁煙の促進、避妊法の普及、経口補水治療の利用促進、蚊帳の配布と適切な使用の促進などに応用されている。ソーシャルマーケティングのプログラムを効果的かつ持続的にするためには、供給される物や変化を促す行動の適切な設定、それを有効に行う場所の選択、利益や費用の妥当な設定、メディア等による宣伝・促進キャンペーン、市民社会の参加と協力が必要である。(神谷保彦)

用語 危険な妊娠中絶
概要

(英語訳:Unsafe abortion)

危険な人工妊娠中絶とは、「予期しない妊娠を中断するために行われる処置のうち、必要な技術を持たない者により行われるもの、あるいは必要最低限の医療・衛生水準を満たさない環境で行われるもの、またはその両方」とWHOは定義している。

正確な人工妊娠中絶の数を知ることは、統計の不備に加えて、隠れた中絶が多く実施されているため大変に困難である。やや古い推計値ではあるが、2008年時点の全世界における1年間の人口妊娠中絶数は4380万件、そのうち危険な中絶は2160万件 (49%)である。そのうち地域別の全中絶に占める危険な中絶の割合は、アフリカ(640万件中97%)、ラテンアメリカ(440万件中95%)、アジア(2730万件中40%)、ヨーロッパでは(420万件中9%)と大きな差がある。

危険な中絶の方法として、漂白剤や煎じ薬などを腟または子宮内に注入する、異物を子宮に挿入する、不潔または粗暴な方法で子宮内容除去を行う、下腹部を強打する、misoprostol またはmifepristoneの自己服薬などがある。その結果、年間850万人が合併症の治療を要し、さらに8万7千人が死亡に至っていると推計されている。
危険な中絶は、単に医療施設と資源が乏しい、または医療従事者が少ないことのみに起因するのではない。仮に安全な中絶サービスが提供されていたとしても、情報が女性に行き渡らない、中絶する女性に対する偏見、手続きに時間と費用を要するなど、複数の障壁が存在する。人工妊娠中絶が法的に認められていない場合、望まない妊娠を中断するために危険な方法を利用する以外の手段がない。

どのような中絶であっても、それを必要とする女性にはなんらかの理由があり、また中絶処置によって身体的・精神的苦痛を被る。望まない妊娠そのものを減らす努力とともに、一定条件の下で中絶を認める法整備を行うこと、また適切なサービスを提供できるシステムを整備することを通じて、妊娠した女性を守ることが重要である。(松井三明)

用語 自殺
概要

(英語訳:Suicide)

WHO(世界保健機関)は、1年間に80万人以上が自殺により死亡し、成人1人の自殺死亡には20倍以上の自殺企図があるとしている。自殺企図は、LGBT(性的マイノリティ)等疎外された集団において多い。年齢別にみると、若者と高齢者において自殺念慮と自傷行為が最も多くみられ、自殺死亡率は世界のほぼ全ての地域において男女共70歳以上で最も高く、15~29歳の死因第2位は自殺である。また、高所得国の自殺率は男性が女性の3倍、低中所得国では1.5倍である。自殺手段としては、農薬、縊首、銃器が多いが、文化によって様々な手段がある。自殺は予防可能であり、慢性疼痛や急性の情緒的苦悩等精神疾患以外の危険因子も多いことを鑑み、保健医療と併せて分野横断的で統合的なアプローチが必要である。例えば、銃器、農薬、過量服薬の恐れのある有毒な医薬品へのアクセス制限、メディアによる責任ある報道、自殺リスクの高い人へのケア、早期の同定とマネージメントが効果的とされる。自殺が犯罪として扱われる国がある他、脆弱な統計システム等により、自殺死亡率は低く報告される傾向があるが、自殺率が増加している国も多い。国連「持続可能な開発目標(SDGs)」(2015)では 、目標3に「精神保健及び福祉」の促進(ターゲット3.4)が優先事項に含まれ、この指標として自殺死亡率が採用されている。(堤敦朗・井筒節)

用語 バンコク憲章
概要

(英語訳:Bangkok Charter)

健康の社会的決定要因をコントロールすることの重要性が高まってきたことを受け、第6回ヘルスプロモーション国際会議が2005年にバンコク(タイ)で開催された。

本会議で示されたバンコク憲章では、健康的な世界を目指すには、強力な政治的活動、幅広い協働、持続的な推奨が必要であり、エビデンスに基づくヘルスプロモーション戦略の実行のために、全ての部門と現場が以下の5つの活動に取り組まなければいけないとしている。1)人権と連帯責任に基づいた健康の推奨、2)健康の決定要因を管理するための持続可能な政策、活動、社会基盤への投資、3)政策展開、統率力の発揮、健康づくりの導入、知識の伝達、研究、ヘルス・リテラシーのための生産能力の拡張、4)全ての人々にとっての、安全確保のための規制と、健康と住み良い暮らしの公平な機会を得るための法律の制定、5)持続的活動のための公的私的非政府国際組織と市民団体の協働と提携。

また、バンコク憲章では、ヘルスプロモーションには以下の4つのコミットメントが必要としている。1)国際的発展計画、2)全ての政府の責任の中核をなす、3)地域社会と市民団体の原動力、4)優れた組織活動。(渡部明人) 

用語 ヘルスプロモーション
概要

(英語訳:Health Promotion)

1986年のオタワ憲章におけるWHOのヘルスプロモーションの定義は、「自らの健康を決定づける要因を、自らよりよくコントロールできるようにしていくこと」である。また、ヘルスプロモーションには保健セクターのみならず、他分野も入れたより広範囲な領域(マルチセクター)による対応が求められるため、バンコク憲章(2005年)において「健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health)」への対策が盛り込まれ、ヘルシンキ宣言(2013年WMAフォルタレザ総会で修正)において「全ての政策において健康を考慮すること(Health in All Policies)」の重要性が認識された。さらに上海宣言(2016年)では、複雑かつ高度化する市場メカニズムに対して、人が自分の健康をコントロールできるようにする必要性が取り上げられ、政府による市民の「健康リテラシー(Healthy Literacy)」強化も強調されている。

持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)においてもマルチセクターアプローチの重要性が盛り込まれており、不健康な生活を助長する食品や嗜好品の規制と課税のための法制度、目的税を財源としたヘルスプロモーションのための基金、ヘルスプロモーションや予防も要素として含む健康保険・保障制度など、ヘルスプロモーションのためのインフラ・財政の重要性が高まってきている。(渡部明人)

用語 乳児死亡率
概要

(英語訳 : IMR, Infant Mortality Rate)

乳児死亡率とは、年間の出生1000当たりの生後1年未満の死亡数である。乳児死亡率の中にも細かい分類があり、生後28日未満の死亡数を率で表した値が新生児死亡率、1週間未満の死亡数を率で表した値が早期新生児死亡率と呼ばれている。日本の乳児死亡率は出生1000当たり1.9(2017年)で、新生児死亡率は出生1000当たり0.9(2017年)である。一方、2016年の世界統計では最も乳児死亡率が高い国はソマリアとシエラレオネで83、新生児死亡率が高い国は中央アフリカ共和国で42である。 

2016年のデータで比較してみると、世界平均の5歳未満死亡率は41、乳児死亡率31、新生児死亡19であり、死亡する乳幼児の46%は生後1ヶ月未満と早期に死亡する傾向がある。乳児死亡率・新生児死亡率がなかなか低下しない国があることは重要な課題とされている。

新たな「持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)」では2030年までにすべての国が新生児死亡率を少なくとも出生1000件中12件以下まで減らし、予防可能な死亡を低減させることを目標としている。(伊藤智朗)  

用語 天然痘
概要

(英語名:smallpox、variola)

天然痘ウイルスによるヒトの急性発疹性疾患で、ワクチンにより世界から根絶(eradication)された感染症。感染力が強く(基本再生産数5~7)致死率が高い(約30%)ため、本邦の感染症法では全数報告対象(1類感染症)であり、米国CDC(疾病管理予防センター)は生物兵器カテゴリーAに分類している。

主として飛沫感染により感染し、潜伏期間は約10~14日である。急激な発熱で発症し、頭痛、四肢痛、腰痛などを伴い、第3~4病日頃に顔面と四肢を中心に発疹が出現する。発疹は同一のステージで紅斑→丘疹→水疱→膿疱→結痂→落屑と規則正しく移行する。

天然痘は、初めてワクチンが開発された疾患である。18世紀に英国の医師ジェンナーは、ウシの牛痘に感染した乳搾りの女性の発疹内容液を別のヒトに接種すると天然痘に感染しないことを証明し、免疫学の基礎とワクチンの開発の道を開いた。

有効なワクチンが存在するにもかかわらず年間数百万人が死亡していたため、1958年にWHO(世界保健機関)主導で世界天然痘根絶計画が始まった。事業の過程でワクチン品質管理、接種率、サーベイランス、資金調達、バイオセーフティなど今日の予防接種事業の基礎が出来上がった。これらの努力により患者数は激減し、1977年のソマリアを最後に患者は発生しなくなった。1980年にWHOにより根絶が宣言されたが、1978年に英国の実験室で技師が天然痘で死亡する事故が起こっている。現在、野生株ウイルスは米国とロシアの実験室に保存されており、絶滅(extinction)には至っていない。(蜂矢正彦)

用語 プラネタリーヘルス
概要

(英語訳:Planetary Health)

プラネタリーヘルスは、人類の繁栄を限界づける地球環境に対して多大な影響を及ぼしている人間の政治経済、社会システムに対して真摯に向き合い、文明化された人の健康と地球環境の密接な状態の関係に注目することを通して、健康、福祉の増進と公平な社会を目指すこととされている。人類は地球環境に対し、地球温暖化や海洋酸性化を通して気候変動や生物多様性の減少など悪影響を及ぼしており、人類の健康や生存自体を脅かすまでになっている。その脅威は将来さらに強まり、大規模な自然災害、人的災害など壊滅的なクライシスが起こりうるという危機感からプラネタリーヘルスが生まれた。

地球と人間は別々な存在ではなく相互依存関係にあることを強調するプラネタリーヘルスは、地球環境、生態系、全ての生命に対する倫理、自然に対する人間の責務を含んでいるが、その貢献は現在のところ、主に地球環境や将来世代への責任を喚起するアドボカシーにとどまっている。グローバルヘルス、ワンヘルス、エコヘルスなど先行するヘルス概念に比べ、プラネタリーヘルスは地球環境や次世代を重視するが、それらとの違いよりも共通性を重視し、地球環境と生態系と人や動物の健康との関連性に関する研究や活動で協調することを目指している。プラネタリーヘルスといっても、グローバルなアクションだけでなく、里山を守るなど、人にも優しくローカルで地道な自然保護の取り組みも重要である。(神谷保彦)

用語 HIV/AIDS
概要

(英語訳:Human Immunodeficiency Virus/Acquired ImmunoDeficiency Syndrome)

 1981年に米国において免疫不全からニューモシスチス肺炎を発症した男性患者が発見され、初めてこの疾患が後天性免疫不全症候群(Acquired immunodeficiency syndrome: AIDS)と名付けられた。1983年にはこの疾患の患者のリンパ節から新しいウイルスが発見され、これがヒト免疫不全ウイルス(Human immunodeficiency virus: HIV)と名づけられ、HIVがAIDSの原因ウイルスとされた(2008年、HIVを発見した業績で、パスツール研究所のバレシヌジ(Barr_-Sinoussi)博士とモンタニエ(Montagnier)博士がノーベル医学生理学賞を受賞)。このウイルスはRNAを遺伝子とするレトロウイルスの一種で、Tリンパ球等の細胞表面上のCD4と呼ばれる糖タンパクをレセプターとしている。HIVは細胞内に侵入したのち、自らの逆転写酵素を用いてDNAとしてリンパ球遺伝子に組み込まれるため、体外へのウイルス排除は極めて難しい。
HIV感染後10年前後はほとんど無症状で経過するが、時間と共に血液中のCD4を持つTリンパ球が減少し、血中のCD4陽性リンパ球が200/μl以下になると、通常は病原性のほとんどない微生物による感染症(日和見感染症)などの合併症を発症するようになる。ニューモシスチス肺炎の発症など定められた診断基準に一致した場合にAIDSと診断される。現在は、AIDSとなる前にHAART(本用語集参照)など抗HIV薬を服薬しAIDS発症を予防することが多い。
HIVに感染している者の多くはAIDSを発症していないことなどから、「HIV/AIDS」と言う表現を安易に使用することは避けるべきである。例えば、「HIV/AIDSの予防」とは誤った表現で、HIV予防とAIDS予防は全く異なる意味である。「HIV」と「AIDS」のそれぞれの意味を正しく理解して使用するべきである。(垣本和宏)

用語 若年妊娠
概要

(英語訳:Adolescent pregnancy or teenage pregnancy)

若年妊娠とは20歳未満の妊娠を指す。若年妊娠は、未婚、望まない妊娠が多く、結果として安全ではない人口妊娠中絶により母体の健康に大きな影響を及ぼす。出産前後の母親の健康リスク(貧血、出血、マラリアHIVなどの性感染症合併、うつ病などの精神疾患)、妊産婦死亡のリスクも高い。子供についても死産、低出生体重、早期新生児・乳幼児死亡のリスクもそれぞれ高い。特に15歳未満は、サブサハラアフリカ、中西部・南西アジアで多く、これらのリスクがさらに上がる。

15-19歳の出産が、世界では年間1600万人、全出産の約11%、その90%は低所得国もしくは中所得国であり、低中所得国における若年出産の割合は高所得国の2倍から5倍とされる。若年妊娠女性の多くが喫煙や飲酒の習慣、性感染症があり、生まれた子供の健康発育にも大きな影響を与える。

日本における若年妊娠の場合も、妊娠出産による身体的合併症より、問題となるのはむしろ心理的精神的な未熟性、経済的・家族関係の不安定さである。このため養育困難や家庭内暴力、乳幼児虐待のリスク因子として注目され、妊娠中や出産後の居住場所支援から育児指導まで、行政サービスも含めて支援が必要である。(藤田則子)
 

用語 5歳未満児死亡率
概要

(英語訳 : U5MR, Under 5 Mortality Rate)

ある一定期間(通常1年間あたり)出生1000あたりの生後5年目までの死亡者数から求める。子供の福祉における進展をしめす指標の一つとして5歳未満児死亡率(U5MR)が用いられている。世界では1970年には毎年約1,710万人の5歳未満児が命を落としていた。それに対し2016年には、5歳の誕生日を迎える前に亡くなった子どもは推定576万人であり段階的に減少している。国連ミレニアム開発目標でも、2015年までに5歳未満児死亡率を3分の1に減少することが掲げられていた。1990年から2015年の間に5歳未満児死亡率は90から43へと半数以上が減少したとされている。 

U5MRは様々な保健医療関連事業の成果を反映しているとされ、肺炎治療の抗生物質、マラリア予防の殺虫剤処理を施した蚊帳、母親の栄養状態と保健知識、予防接種や経口補水塩療法の利用水準、母子保健サービス(妊産婦ケアを含む)の利用可能性、家族の所得と食料の入手可能性、安全な飲料水と基礎的衛生設備の利用可能性、子どもの環境の全面的安全確保などがその減少に寄与すると考えられている。新たな「持続可能な開発目標(SDG: Sustainable Development Goal)」では2030年までに5歳未満児死亡率を少なくとも出生1000中25以下まで減らすことを目指している。また5歳未満児の予防可能な死亡を根絶することも目標に挙げられている。(伊藤智朗)
 

用語 難民
概要

(英語訳: Refugee)  

「難民の地位に関する条約」(1951年)では、「難民」について「紛争に巻き込まれたり、人種、宗教、国籍、政治的意見や特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるなど、生命の安全を脅かされ、他国に逃れなければならなかった人々」と定義されている。現在世界に約1,600万人いると推定されているが、そのうち約8割が子どもと女性である。近年、紛争、圧政、自然災害によって居住地を追われたが、国境を越えずに国内で避難生活を送っている国内避難民が推計で3,750万人と急増している。国境を越えた難民のみならず、国内避難民に対しても国連難民高等弁務官事務所をはじめとする国際機関などが人道支援を行うようになってきているが、南スーダンやシリアなどでは紛争地から逃避できず、援助がきわめて届きにくい紛争被害者もいる。厳密には条約難民には該当しないが、内戦が続くシリアや政治経済情勢の不安定な北アフリカから多くの人が難を逃れてヨーロッパに殺到する問題も見逃せない。難民や国内避難民の多くはキャンプ生活を余儀なくされ、生活全般を現地政府や援助機関の支援に依存せざるを得ない。そこでは人権の保護とともに、水・衛生、栄養と食料、シェルター等の基本的な生存、生活に対する支援が *1プロジェクトに基づいた基準で提供されるべきである。しかし、治安悪化で援助機関が撤退し、最低限の支援さえできないこともある。難民の長期的な解決策として、出身国への帰還、現住地への定住、第三国への再移住が考えられるが、どれも容易ではない。(神谷保彦)

*1 : スフィア>人道支援を行うNGOのグループと国際赤十字・赤新月運動による1997年に開始された、難民の人道上の責務に基づいたプロジェクト

用語 母性保護
概要

(英語訳:Maternity protection)

女性は男性と異なり,妊娠,出産,哺育という特有の母体機能をもっている。このような生理的・身体的特質に照らして,労働の場において女性を特別に保護する措置が,母性保護と総称されている。日本では、昭和22年労働基準法が制定されたとき,女性に対する特別な保護として,(1)時間外・休日労働の制限,(2)深夜業の禁止,(3)危険有害業務の就業制限,(4)坑内労働の禁止,(5)産前産後休暇と妊娠中の軽易な業務への転換(出産休暇),(6)育児時間,(7)生理休暇,(8)帰郷旅費、が規定された。昭和60年の男女雇用機会均等法では、さらに、性別を理由とする差別の禁止、婚姻妊娠出産等を理由とする不利益取り扱い禁止、セクシャルハラスメント対策、母性健康管理措置、労働者と事業主との間の紛争の解決が定められ、働く女性の母性健康管理措置は事業主の努力義務から措置義務へと変わるなど、母性保護規定として様々な改訂が行われている。

国際的には、1994年にカイロで開催された「国際人口開発会議」で提起されて以降、母性保護の概念をさらに拡大して、女性の初経から閉経にいたるまで避妊、不妊、妊娠中絶、出産、授乳、更年期まで含む、女性の性と生殖に関する健康(リプロダクティブ・ヘルス)のための権利とされている。(藤田則子)

用語 人間開発指数
概要

(英語訳:HDI, Human Development Index)

国連開発計画(UNDP)の総裁特別顧問であったマブーブル・ハックは1990年、社会の豊かさや進歩を、経済指標にのみ注目して見るそれまでの経済中心の開発に対し、「人間が自らの意思に基づいて自分の選択と機会の幅を拡大させる」ことを目的とする「人間開発」という新しい開発概念を提唱した。その度合いを測るために設定されたのが人間開発指数であり、「健康で長生きすること」「教育を得る機会」「一定水準の生活に必要な経済手段が確保できること」の側面を指数化することによって、時間の経過による改善や後退、またその達成度の国際比較ができるようにしている。そのために各国の出生時平均余命、成人識字率と総就学率、一人当たりGDP(PPP US$、米ドル建て購買力平価)が指標として用いられ、0から1の間の指数が算出されて、毎年出版されるUNDPによる「人間開発報告書」の中で公表されている。

2018年人間開発報告では日本の2017年HDI値は0.909で、順位は188の国と地域のうち19位となっている(白山芳久)