国際保健用語集

用語 乳児死亡率
概要

(英語訳 : IMR, Infant Mortality Rate)

乳児死亡率とは、年間の出生1000当たりの生後1年未満の死亡数である。乳児死亡率の中にも細かい分類があり、生後28日未満の死亡数を率で表した値が新生児死亡率、1週間未満の死亡数を率で表した値が早期新生児死亡率と呼ばれている。日本の乳児死亡率は出生1000当たり1.9(2017年)で、新生児死亡率は出生1000当たり0.9(2017年)である。一方、2016年の世界統計では最も乳児死亡率が高い国はソマリアとシエラレオネで83、新生児死亡率が高い国は中央アフリカ共和国で42である。 

2016年のデータで比較してみると、世界平均の5歳未満死亡率は41、乳児死亡率31、新生児死亡19であり、死亡する乳幼児の46%は生後1ヶ月未満と早期に死亡する傾向がある。乳児死亡率・新生児死亡率がなかなか低下しない国があることは重要な課題とされている。

新たな「持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)」では2030年までにすべての国が新生児死亡率を少なくとも出生1000件中12件以下まで減らし、予防可能な死亡を低減させることを目標としている。(伊藤智朗)  

用語 京都議定書
概要

(英語訳 : Kyoto Protocol)

1997年に京都市で開かれた第3回気候変動枠組条約締約国会議(地球温暖化防止京都会議、The 3rd Session of the Conference of the Parties to the United Nations Framework Convention on Climate Change: COP3)で採択された気候変動枠組条約に関する議定書「気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書」のこと。

温室効果ガスである、二酸化炭素 (CO2)、メタン (CH4)、亜酸化窒素 (N2O)、ハイドロフルオロカーボン類 (HFCs)、パーフルオロカーボン類 (PFCs)、六フッ化硫黄 (SF6) について、先進国における削減率を1990年を基準として各国別に定め、達成することが定められた。また、京都メカニズム(クリーン開発メカニズム. Clean Development Mechanism ,CDM)、排出権取引Carbon emission trading, ET)、共同実施(:Joint Implementation, JI))や、植林や植生回復による二酸化炭素吸収源活動(carbon dioxide sink)など多くの方策が盛り込まれた。2001年に開かれた第7回気候変動枠組条約締約国会議(COP7、マラケシュ会議)において運用細目が定められた。それまでスローガンに過ぎなかった努力目標を法的拘束力や罰則がある国際約束に変えたことが京都議定書の意義である。それ以降、COP会議が続き、2015年にはフランス・パリでCOP21が開催され、パリ協定が採択された。(門司和彦)

用語 人口ボーナス
概要 (英語訳 : Demographic dividend)

人口と経済成長の関係については古くから、?人口増加が経済成長をもたらす(アダム・スミスの国富論)、?人口増加は経済成長の足かせになる(マルサスの人口論)、?人口増減と経済は関連がない、といった論があるが、これらは人口総数の増減に注目したもので、1990年代終わり頃から、人口年齢構造の変化に注目し、従属人口に比べて生産年齢人口が相対的に増加することが経済を押し上げる、という人口ボーナス論が登場した。日本の1960年代から1980年代、韓国・台湾・香港・シンガポールといったアジア新興国の1990年代以降の著しい経済発展は、この人口ボーナスの効果を最大限に生かしたことによるものとされ、今後は南アジア、さらにアフリカにおいて人口ボーナスを如何に活用できるかが議論されている。また生産年齢人口の割合が上がる「第一の人口ボーナス」に続いて、高い貯蓄性向がある高齢人口が増え始めることにより「第二の人口ボーナス」が生じるとも言われている。人口ボーナスの計測のために、年齢別の所得、消費、資産や世代間移転のデータが国民移転勘定(National Transfer Accounts :NTA)として国際プロジェクトにより整備されている。(林玲子)
用語 人口保健調査
概要

(英語訳:DHS, Demographic Health Survey) 

USAID(米国国際開発庁)をはじめ、UNICEF(国連児童基金)、UNFPA(国連人口基金)、WHO(世界保健機関)などの国連機関の支援のもと、ICF(Inner City Fund、旧Marco International)というコンサルタント会社が実施するThe DHS programと呼ばれるプロジェクト1984年の開始以来、多くの発展途上国を対象に実施されている調査で、対象国の人口保健状況を代表する貴重なデータとなっている。これまで、90か国以上を対象に300以上の調査が実施されており、国レベルの各種保健指標としても用いられている。その内容は主に、リプロダクティブヘルス家族計画、母子保健、ジェンダー、HIV/AIDSマラリア、栄養について、単に出生率や死亡率のような人口統計だけでなく、知識や行動についても集計されている。データの収集は統計学的にその国や国内の各地域を代表できるように調査対象者を抽出しているため、国と国の比較だけでなく、対象国の地域差も詳細に知ることができる。 

調査結果は冊子として販売されているが、The DHS programのウェブサイトから無料でpdfファイルとしてダウンロードすることが可能で、使用した質問票も入手できる。さらに、登録すれば個人情報を取り除いた個々の対象者の全集計データを入手することが可能であり、統計ソフト等を用いて自分で様々な分析することも可能である。(垣本和宏)

用語 人口転換、疫学転換、健康転換
概要 (英語訳 : Demographic Transition、Epidemiological Transition、Health Transition) 

人口転換(Demographic Transition)とは、経済・社会の持続的な発展にともなって、人口が多産多死から多産少死を経て、やがて少産少死にいたる過程を意味する。現在の先進諸国はこの人口転換によって、人口はほぼ一定かやや減少にて転じ、老年人口の割合が高くなってきている。また、発展途上地域では、多産少死の状態がいわゆる人口爆発の原因となっている。

同様に、疾病構造は、周産期疾患や結核など感染症が主体の段階から、肥満、高血圧、糖尿病、がんなど非感染症が主要な段階へと転換する。このような疾病構造の変化を人口転換にならって疫学転換(epidemiologic transition)と呼ぶ。しかし多くの発展途上地域では、この転換がモザイク状で、感染症と非感染症両方からの負担に対応する必要に迫られている。

健康転換とは、この人口構造の転換を基にして、時代とともに人口・疾病構造の変化、保健医療制度の変化、社会経済構造の変化が相互に影響しあいながらある国の健康問題が段階的、構造的に転換することを示すシステム概念である。(兵井伸行)
用語 人獣共通感染症
概要

(英語訳:Zoonosis, Zoonotic disease)

人獣共通感染症は、微生物(細菌、ウイルス、真菌、寄生虫)が種の壁を超えて、動物と人の両方に感染する感染症である。動物には、野生動物、家畜、ペットが含まれ、ヒトには病気を引き起こすものの、動物は無症状である微生物も含まれている。人獣共通感染症には、野生動物との接触でエボラウイルスに感染するエボラウイルス感染症、イヌなどの哺乳類に噛まれて狂犬病ウイルスに感染する狂犬病、蚊に刺されてデングウイルスに感染するデング熱、鶏を生で喫食することでカンピロバクター菌に感染するカンピロバクター腸炎などがある。このようにヒトの感染症の60%は人獣共通感染症であり、新興・再興感染症の殆ど全てが人獣共通感染症である。急速な経済発展と人口増加により森林が伐採され、ヒトと動物の接触機会が増え、ヒトが国境を超えた移動をすることで、短時間で世界的に広がる人獣共通感染症が増えている。多くのヒトに免疫がないため、大規模なアウトブレイクや重症化につながり、国際的な脅威となっている。このため、Global Health Security Agendaの中にも人獣共通感染症がアクションパッケージの中に明記された。世界が協調し、One Healthのアプローチで人獣共通感染症に立ち向かうことが必要である。(法月正太郎)

用語 人間の安全保障
概要 (英語訳 : Human Development Index) 

経済開発中心の開発論が反省され、社会開発・人間開発へとパラダイムシフトしてきたのに合わせ、国家の発展をGNP(国民総生産)だけを基準として測るのではなく、より包括的な社会経済指標を用いて測る方法として、1990年UNDP(国連開発計画)による「人間開発報告書」初版で発表された。より多くの国から入手できるデータとして、寿命、知識、生活水準の3つを基本的な要素として総合して算出している。

寿命には出生時平均余命を、知識には成人識字率(3分の2の比重)と平均就学年数(3分の1の比重)、生活水準としては1人当たり実質GDPに基づく購買力(購買力平価またはPPP)が用いられる。

2001年のHDI順位(UNDP2003)は1位がノルウエーで0.944、日本は9位である。1人当たりGDP順位からHDI順位をひいたものがマイナスであると、経済開発されている割に人間開発が遅れていることを示すが米国は-5である(HDIは7位)。
社会格差を拡大せず縮小していく開発という意味からこのHDIだけでは、不十分であるとして用いられているのがGDI(Gender Development Index)でHDI の各指標にジェンダー格差の有無を考慮して算定しなおしたものである。 
用語 人間貧困指数
概要

(英語訳: HPI, Human Poverty Index)

人間開発指数(HDI Human Development Index)が人間開発の達成度を示すのに対し、人間貧困指数(HPI Human Poverty Index)は基本的な人間開発の剥奪(Deprivation)の程度、つまり、短命、初等教育の欠如、低い生活水準、社会的排除について測定した指数である。開発途上国を対象としたHPI-1と、経済協力開発機構の国々を対象としたHPI-2の二つがある。具体的には、40歳(HPI-1の場合)または60歳(HPI-2の場合)未満で死亡する確率、成人の非識字率、安全な水資源を利用できない人口の割合と5歳未満の低体重児の割合との平均(HPI-1の場合)、貧困所得ライン以下で生活する人々の割合(HPI-2の場合)、長期失業者の割合(HPI-2のみ)の変数をもとに計算される。

貧困を測定する上で、所得だけに着目した場合に忘れがちな側面を組み合わせ一つの貧困指数にまとめたことが画期的であった。人間開発報告1997に採用されて以降毎年公表されてきたが、人間開発報告書2010からは多元的貧困指数(Multidimensional Poverty Index, MPI)が採用されている。(白山芳久)

用語 人間開発指数
概要

(英語訳:HDI, Human Development Index)

国連開発計画(UNDP)の総裁特別顧問であったマブーブル・ハックは1990年、社会の豊かさや進歩を、経済指標にのみ注目して見るそれまでの経済中心の開発に対し、「人間が自らの意思に基づいて自分の選択と機会の幅を拡大させる」ことを目的とする「人間開発」という新しい開発概念を提唱した。その度合いを測るために設定されたのが人間開発指数であり、「健康で長生きすること」「教育を得る機会」「一定水準の生活に必要な経済手段が確保できること」の側面を指数化することによって、時間の経過による改善や後退、またその達成度の国際比較ができるようにしている。そのために各国の出生時平均余命、成人識字率と総就学率、一人当たりGDP(PPP US$、米ドル建て購買力平価)が指標として用いられ、0から1の間の指数が算出されて、毎年出版されるUNDPによる「人間開発報告書」の中で公表されている。

2018年人間開発報告では日本の2017年HDI値は0.909で、順位は188の国と地域のうち19位となっている(白山芳久) 

用語 伝統医療
概要 (英語訳 : Traditional medicine or Indigenous medicine or Folk medicine) 

伝統医療とは、近代的医学が発達する遥か以前から世界各地に存在する、健康に関する実践、方法、知識、信条などの総称であり、植物・動物・鉱物などを素材とする薬や霊的療法、各種用手治療・運動などを単独あるいは組み合わせて治療・診断・予防あるいは健康維持に用いる体系全般のことである。

アフリカ、アジア、ラテン・アメリカなどの国々では、伝統医療は今でも人々のプライマリーヘルスケアへのニーズに応えるために活用されている。特にサブサハラの多くの国では人々の大半が初期治療に伝統医療を利用している。先進国でも、伝統医療は“補完”ないし“代替”医療として受容されており、各地の伝統医療が様々な形で取り入れられている。また、中国、韓国、べトナムなどでは、国策として、伝統医療を公的医療システムに組み入れている。

WHOは安全で効果的かつ廉価な伝統医療の利用を推進しており、鍼治療や幾つかの薬草・用手治療の効能を認めているが、一方で、「伝統医療の不適切な適用は有害な事もあり、伝統医療の実践や薬用植物などに関し、その効果と安全性に関する更なる研究が必要である」としている。そして、アフリカ、アジアの幾つかの国々に協力して、伝統医療の開発・研究やワークショップ開催などを行っている。(清水利恭)
用語 伝統的出産介助者
概要

(英語訳:TBA, Traditional Birth Attendant)

独自に資格はないがあるいは経験を積んで出産介助技術を身につけた人のこと。保健医療専門職として正規の教育を修了した医師や助産師等とは異なり特に資格はない。WHO(世界保健機関)は1992年に「自分の出産経験や他の伝統的出産介助者(TBA)への弟子入り等によって出産介助技術を身につけて、出産中の女性を介助する人」としている。

通常、TBAは、コミュニティからの信頼が厚く、出産介助だけでなく、コミュニティにおける妊娠期から産褥期の主たるケア提供者である場合が多いが、その状況は国や地域によって様々である。法律でTBAの出産介助を禁止している国もあるが、短期間の訓練を受けて正式な保健医療システムの中において活用している国もある。

TBA対象の訓練は、1970年~1980年代に、開発途上国での妊産婦や新生児の死亡率低下やリプロダクティブヘルス向上のために、政府や国際機関、NGOなどにより世界的に積極的に実施された。しかしながら、妊産婦死亡率等の改善が確認できず、1997年の「安全な母性イニシアティブ(Safe Motherhood Initiative)」レビュー会議にて、非識字者も多いTBAは出産介助者に必要な技術(産科合併症の搬送)の習得は難しいとされ、TBAを対象とした出産介助者としての訓練は主流から外れた。その一方、2012年においても開発途上国の出産の約4分の1は、出産時に介助なしかTBAによる介助との報告もあり、出産の医療的側面以外も含めてTBAの役割の再考や登録と定期的訓練の必要性も引き続き議論されている。(橋本麻由美)
 

用語 低栄養/栄養不良
概要

(英語訳:Undernutrition)

栄養不良は質量ともに不十分な食事摂取,あるいは消化吸収機能の低下によって生じる。栄養必要量を満たすのに十分な量の食物を摂取できない低栄養の状態が続くと、タンパク質・エネルギー欠乏症(protein energy malnutrition: PEM)および鉄、ビタミンA、ヨード、亜鉛等の微量栄養素欠乏症等の栄養不良に陥る。最近では、大規模な自然災害(例:干ばつ、地震、洪水)を除くと、重度のPEMは減少してきているが、表面的に観察しただけでは判定が難しい、中等度・軽度の栄養不良の蔓延が開発途上国において大きな問題となっている。これら中等度・軽度の栄養不良の判定には、身長と体重を測定し、統計ソフトウェアWHO Anthroを用いて健康な小児の基準集団の標準値と比較する形で、身長別体重 weight-for-height、(更に年齢データを用いて)年齢別身長 height-for-age、年齢別体重 weight-for-ageを算出する方法が用いられている。その結果、各指標のZ-scoreが-2未満の小児をそれぞれ、急性栄養不良(Wasting)、慢性栄養不良(Stunting)、低体重(underweight)と判定している。

開発途上国では,5歳未満児の死因のうち半数以上が直接的および間接的に栄養不良に起因していると報告されており、母乳栄養や離乳食に関する親の知識不足が乳幼児の栄養不良の最も大きな要因の一つとなっている。また,下痢症や腸管寄生虫などの感染症は栄養状態を悪化させ,栄養不良に陥ることにより更に感染症に罹患するリスクを高めるという悪循環が生じることが多い。このように,食料不足(Food insecurity)だけではなく、経済的貧困、水と衛生の不備による劣悪な衛生環境,教育・保健サービスの不備、など栄養不良の背景には様々な要因がある。(三好美紀、石川みどり)

用語 住民参加
概要 (英語訳:Community Participation)

ある地域で実施されるプロジェクト/事業に、その地域住民自身が参加することである。住民参加の概念は幅広く、誰が参加するのか、何に参加するのか、どのような形で参加するのかなどによって実相は異なってくる。Arnstein(1969)は、住民参加のレベルを8段階に分類した。世論操作(manipulation)および治療(therapy)の段階では、住民のエンパワメントは目的ではなく、行政など事業の実施主体が住民を教育したり間違った行動を治そうとしたりする。この2つは無参加(nonparticipation)レベルである。次が情報提供(informing)、意見聴取・相談(consultation)、懐柔(placation)の段階で、住民は事業実施主体から説明を受け、意見を述べる機会を与えられ、譲歩もしてもらえるが、意思決定には十分参画できず、形式的参加(tokenism)のレベルである。より進んだ住民参加の段階は、協力(partnership)、権限移譲(delegated power)、住民主導(citizen control)であり、意思決定に参加し、住民自身が計画を策定したり遂行したりする。住民参加によって人々は協働して問題を解決する能力を向上させ、コミュニティの一員である自覚と互助の意識を高め、最終的には共同体としての一体感を向上させて、他の課題も自分たちで解決しようという意欲が現れる。このように住民参加は、コミュニティ・エンパワメントのプロセスを促進する。 (柳澤理子)
用語 保健のための公共と民間のパートナーシップ
概要

(英語訳: PPP, Public Private Partnership for Health)

保健分野の公共と民間のパートナーシップは、一般的には、「NGOを含む民間セクターの参加を伴う公共保健サービスプログラム」であると定義されることが多い。この範疇に含まれる大規模なものには、GAVI(the Global Alliance for Vaccines and Immunization)Roll Back MalariaStop TB partnershipなどがあり、地域レベルでは、NGOなどが政府との協調のもと実施している基礎保健サービス事業などがある。したがっていわゆる“公共サービスの民営化”とは区別して考えるべきである。民間とのパートナーシップが特に注目されるのは、公共セクターとは違った技術や知識、また斬新的なアプローチで、公共セクターが容易にサービスを提供できない地域・住民・貧困層にアクセスできる点にある。また、公共セクターが基本的に知識や経験を有していない分野、例えば医薬品開発やそのマーケティング・流通などに大きな強みがあり、民間セクターとパートナーシップを築くことは、公共保健セクターにとって大きなメリットがある。しかしながら、民間セクターとの協力をより効果的・公正に実施するためには、利害関係に常に注意するとともに、民間セクターが興味を示しにくい国々(紛争国や不安定国、貧困層が人口の多く占め、利潤が期待できない国など)へのアプローチの開発、いまだに多い現物・製品の支給によるパートナーシップ形態(輸送・配布・モニタリング・報告に多額の資金と時間が費やされる)の問題など、改善すべき課題は多い。(平林国彦)

用語 保健システム強化
概要

(英語訳:Health system strengthening)

保健システムは、健康に寄与する要因を改善して健康を増進・維持し、必要な人々に適切な疾病治療を行い、保健医療サービスを必要とする人々すべてに適切に提供するために必要な組織とその活動である。保健システムの目的は人々の健康が向上し健康格差が改善し、同時に住民が財政面で巨額な医療支出から守られることであり、そのために行政・財政や人材、医薬品、資機材、施設などを整備・拡充する取り組みが保健システム強化である。

疾病対策などの各プログラムが各々別々に取り組むことによる重複したシステム構築や、部分的な最適化では全体を最適化できないという教訓から、全体的な最適化の重要性に基づいて、保健システム強化の重要性が提唱された。

保健システムとその強化に関する共通理解を促進し優先課題を整理する目的で、WHO(世界保健機関)は2007年に保健システム強化戦略のための統一枠組み(6つのビルディング・ブロック)(→参照:冒頭の図をクリックすると拡大)を提唱し、この枠組みに照らして課題に対処し保健システムを強化して持続性のある成果の達成を目指した。保健システムは、適切な予算とエビデンスに基づいた保健政策と計画に裏打ちされ、質の良い教育を受け動機づけられた保健人材が適切に配置されていることや維持管理された施設・設備、質が担保された医薬品・資器材と技術が調和することで人々の保健サービスへのアクセスが改善されカバレージが広がるとともに、サービスの質と安全性が担保される。

同時に、感染症の流行や緊急事態などのグローバルな保健脅威に対応できる弾力性のあるシステムであることも重要である。(江上由里子)

用語 保健医療情報システム
概要

(英語訳:Health Information Systems, HIS)

保健医療情報システムは、保健人材開発、サービス提供、保健財政を含めさまざまな保健医療政策を策定し実施していく上で欠かせないものであり、保健システムの中で重要な構成要素の一つである。

保健および関連セクターからデータを収集し、データの質を確認し、収集したデータを分析し、保健関連の意思決定の土台となるような情報に変換する、この一連の流れが保健情報システムである。

保健マネジメント情報システム(Health management information system, HMIS)は、感染症情報や疾病統計などの保健統計に加え、人的資源に関する情報、医薬品の在庫や供給情報、財務指標などの情報も収集し、保健医療サービスを運営するために使用される。また、人口・健康および栄養の分野における幅広いモニタリングおよびインパクト評価指標のデータを提供する全国規模の世帯調査として、人口保健調査(Demographic Health Survey, DHS)がある。さらに、出生登録や死因の記載を含む出生・死亡登録と動態統計(Civil registration and vital statistics, CRVS)の有用性が認識されているが、導入され機能している国はまだ少ない。

健康の決定要因や保健システムへの投入、保健システムから得られた成果などが健康に及ぼす影響を分析するなど多様な目的のために、個人レベル、保健医療施設レベル、人口レベルのデータや公衆衛生サーベイランスのデータなどが多角的に活用される。信頼性の高い保健情報システムが重要であり、そのデータを得るための情報収集・分析方法がさらに開発されている。(江上由里子)

用語 健康都市
概要 (英語訳 : Healthy City) 

都市化は人口の増加、大気汚染、水質低下、住宅の密集、交通渋滞、廃棄物管理などにより住民の生活習慣や生活環境を大きく変化させた。このような社会的背景のもとで、都市化は家族や労働環境にも変化をもたらした。健康都市(healthy city)とは、健康を支える物的および社会的環境を創り、向上させ、そこに住む人々が相互に支えあいながら生活する機能を最大限活かすことのできるように、地域の資源をつねに発達させる都市であると定義できる。また、WHOは健康都市の基準として、「都市の役人や指導者が優先順位決定や参加型アプローチに積極的に関与する」こと、「多くの場合、市の発展計画や未来像の要素ともいえる市あるいは町村の健康計画を策定する」ことの2つをあげている。

このように、WHO健康都市プロジェクトの取り組みは、都市に生活する住民の身体的、精神的、社会的健康水準を高めるためには、健康を支える都市の諸条件を整える必要があるという考えに基づき、さまざまな領域の人々にも健康の問題に深く関わってもらい、都市住民の健康を確保するためのしくみを築き新し公衆衛生政策を発展させるというというものである。プライマリ・ヘルス・ケアの目指した「すべての人々に健康を」とオタワ憲章の健康増進を具現化するために1986年に11の都市始まり、現在では世界の1,000以上の都市で展開されている。ここでは、公衆衛生政策と、経済の促進、コミュニティの発展といった都市の政策を関連づけるよう強調されている。また、同じような考え方は、健康な職場(health workplace)、健康な学校(healthy school)などの形をとり広がりを見せている。(兵井伸行)
用語 再興感染症
概要 (英語訳 : re-emerging infectious diseases) 

「公衆衛生上ほとんど問題とならない程度まで患者が減少した後、ふたたび流行し患者数が増加した、または将来的に再び問題となる可能性がある感染症」と定義されている。これまで知られていなかった新しい感染症(新興感染症; emerging infectious disease)と対比して使われることが多い。

感染症が再興する原因は様々であるが、個々の例において原因を特定することは難しい。渡り鳥によるウイルス運搬(ウエストナイル脳炎)、保菌者の高齢化(結核)、抗微生物薬の不適切な使用(多剤耐性菌)などは特異的な原因といえるが、交通網の発達、都市化に伴う人口密度の上昇、気候変動など非特異的な環境要因も再興感染症の登場に寄与しているといわれている。

近年の日本では、デング熱(2014年、ヒトスジシマカが東京の代々木公園を中心に媒介)、麻疹(2016年、関西空港におけるウイルスの拡散)、風疹(2012~2013年に流行し45例の先天性風疹症候群、2018年9月現在患者数が急増中)、結核、梅毒などがあり、世界的にはマラリアが大きな問題となっている。国際化が進む現代において病原微生物は日々国境を越え、再興感染症はどの国においても現実的なリスクになっている。再興感染症の把握、予防、制圧には、国際保健規則などによる緊密な国際協力が必要である。(蜂矢正彦)
用語 包括的PHCと選択的PHC
概要 (英語訳 : Comprehensive PHC and Selective PHC) 

アルマ・アタ宣言(HFA)(1978年)で打ち出されたプライマリ・ヘルス・ケア(PHC)を「包括的PHC」と呼んでいる。「すべての人に健康を!」という目標のもとで、人々がエンパワーすることを重視し、より公正な社会づくりを視野にいれていた。一方の「選択的PHC」は、目標を「子どもたちの生存を!」に変え、限られたコストですぐに目にみえる効果が得られるいくつかの保健プログラムを選んで、それを組み合わせた保健プログラムのことをいう。「子どもの生存革命」などは、「選択的PHC」の典型的なものである。