国際保健用語集

用語 粗死亡率
概要

(英語訳 :CMR, Crude Mortality Rate)

ある一定期間での全死亡数をその期間の中央時点の人口で割ることにより算出される。例えば、一定期間を1月から開始し、1年とするならば7月1日の時点の対象エリアの人口で1月から12月までの全死亡数を割ることによって算出される。また、その値に人口何人あたりで示したいかの数をかけて示すことが一般的である。例えば千人あたりであれば1000をかける。この例を数式で表すと以下のようになる。

粗死亡率(人口千人あたり1年間)

ここで注意しなければいけないのは粗死亡率は高齢者の多い人口構成では高くなるのは自然なことであるため、そこで、年齢構成の異なる集団を比較する、国際比較や年次推移を観察したい場合には、人口の年齢構成の差を取り除いた死亡率、「年齢調整死亡率」を用いる必要がある。(伊藤智朗)  

用語 女性器切除
概要

(英語名称:FGM/C, Female Genital Mutilation/Cutting)

女性性器切除(FGM/C)とは、「医学的治療行為としてではなく、女性の外性器の一部または全部を切除、あるいは女性器を損傷すること」を指す。

FGM/Cを実施している国はおよそ30カ国であり、アフリカ、中東、およびアジアの一部(インドネシア)に集中している。現時点で、毎年300万人がFGM/Cを受けている。また少なくとも2億人の被施術者がいると推計されており、うち半数以上はインドネシア、エジプト、エチオピアの3カ国に集中している。

多くの場合5歳以下の乳幼児に対して実施されるが、例えばイエメンでは85%が生後1週間以内の早期新生児期に行われている。その実施者は伝統的治療師が主であるが、インドネシアでは有資格の医療従事者が行うほうが多い。

FGM/Cは、切除する部位、腟を縫合などで閉鎖する処置の有無などにより4つに類型化される。

一般に切除の範囲が広いほど重症度が高い。その短期的合併症として、切除そのものに伴う疼痛、出血、感染、尿閉がある。これらが重症化すればショックから死に至ることも起こりえる。長期的には皮膚の瘢痕またはケロイド形成、尿路および性器の解剖学的変形に伴う急性・慢性感染症や月経困難症が発生する。また腟入口部が閉鎖されていると、性交渉や分娩の際に支障を来すため、医学的処置を要する。FGM/Cおよび上記の合併症発生に伴う精神的苦痛、うつ、不安なども大きな問題である。

FGM/Cが実施される背景には、さまざまな社会/文化的要因があり、したがってその解決手段は一様ではない。しかしながら、FGM/Cは明らかに女性に対する人権侵害である。2003年には、FGMを含めたあらゆる性暴力、性差別を禁じるマプト議定書が採択された。継続的な廃止に向けた啓発活動と法的基盤の整備などの対策が重要であり、2015年に策定されたSDGs「持続可能な開発目標」においても、ターゲット5.3においてFGMを有害な慣行として撤廃することを掲げている。(松井三明)

用語 経済破綻効果
概要

(英語訳:Catastrophic Effectまたは、Catastrophic Health Expenditure)

経済破綻効果は、医療にかかる自己負担の出費によって基本的な生活費が削られ、最低限の暮らしが継続できなくなる壊滅的な影響を意味する。すべての人が経済的な困難を伴うことなく保健医療サービスを享受することを目指すUniversal Health Coverageにとって、この経済破綻効果はなくすべきものである。経済破綻をきたす出費が家計のなかで占める割合の閾値(下限値)として、食費を除いた支出が40%といわれるが、その閾値を全支出の10%と設定したり、貧困レベルに応じて変動させる場合もある。ただし、経済破綻に陥るまでの期間や、それが継続する期間は明確に定義されていない。現在、公共診療施設における利用者支払いは多くの開発途上国で撤廃ないし軽減されつつあるが、健康保険が十分に普及していないことに加え、公共診療施設の質の低さのため貧困層でも有料の民間診療施設を受診することから、医療費の自己負担が貧困に陥る原因の半分を占めているインドのような国も少なくない。健康保険によって医薬品や検査代を含めた診療費がカバーされていても、病院までの交通費、家族の付き添い費用のほとんどが自己負担である。また、稼ぎ手の病気、病人の看護のため仕事ができなくなり、収入が減少することも多い。経済破綻効果をなくすには、コミュニティレベルの搬送費用基金、公共交通システムの整備、社会保障の充実なども必要となる。(神谷保彦)

用語 条件付現金給付
概要

(英語訳: Conditional Cash Transfer )

特定の行動を遂行することを条件に、貧困層を主な対象に現金を給付する社会扶助プログラムであり、貧困削減政策の一環でもある。1990年代後半以降、ラテンアメリカ諸国で普及したが、現在アフリカ、アジア諸国でも、開発銀行やUNICEF(国連児童基金)等の国連機関、英国国際開発省などの政府援助機関の後押しで拡大している。所得やサービスを直接移転することで貧困の軽減を目指すという短期的目標と、子供の就学や予防接種などを現金給付の条件にすることで、人的資本を形成し、経済的な自立を支援するという長期的目標がある。給付対象者となる貧困層の選別の難しさ、プライバシー侵害の危険性も指摘されているが、条件付現金給付を実施するには行政能力も重要であり、ドナーはその財源の融資のほか、プログラムのデザイン計画やモニタリング評価に対する支援も行っている。現金給付を得る条件となる保健や教育のサービスのアクセスや質が不十分であれば、その有効性が薄れてしまうため、対象となるサービスの充実が課題となる。ジェンダー面に対して、女性の伝統的役割や家事負担の増加など負の影響も指摘され配慮が必要である。サービス利用は向上するが、健康状態の改善など長期的なインパクトには至らないこともある。ラテンアメリカ諸国における貧富格差の減少の一因として条件付現金給付があげられる一方、貧困を一時抑え込むだけで、格差の原因である社会構造を変える根本的な解決にはならないという意見も根強い。(神谷保彦)

用語 官民連携
概要

(英語訳: Public Private Partnership)

公共セクターと民間セクターの連携により、公共セクターの社会責任や公平性という役割に、民間セクターの効率的なサービス提供、技術開発、マーケティング能力を組み合わせることで、相互の強みを活かし弱みを補完しながら、主に公共サービスの提供を行うスキームを指す。国際協力の分野でも、民間企業と連携し,開発途上国の開発を支援するとともに,自国の企業の海外展開も後押しする傾向が目立ってきている。開発途上国の道路や港湾など多額の資金を要するが採算性の悪いインフラ部分を政府開発援助で整備し、その生産環境が整った地域に民間企業が進出し地元住民を雇用して、地域経済の活性化を目指すことがある。民間の参入を容易にするため、途上国政府の施策面の整備を含めた支援が行われ、技術移転を行うことで自立発展にも寄与するケースがみられる。国際保健の分野でも、水衛生や栄養に関連する官民連携のほか、医療産業界と政府が官民一体となって国際的な感染症対策に国際機関とともに貢献し、同時に医療産業界の新規市場の開拓を目指す動きがある。官民連携が成功するには、制度面の整備に加え、官民で共有すべきゴール、分担すべき役割や責任が明確にされ、パートナーシップを相互が積極的に維持していく姿勢が重要である。現実には政府機関と民間企業の単なる連携として、透明性や説明責任の欠如、非採算分野に対する軽視もみられるため、市民社会組織や住民自身の参画も求められる。(神谷保彦)