国際保健用語集

用語 ソーシャルマーケティング
概要

(英語訳:Social Marketing)

ソーシャルマーケティングは、社会とのかかわりを大切にしつつ、商業分野のマーケティング手法を応用し、対象集団と社会の利益、福祉の向上を追求するアプローチである。対象集団を区分けし、行動に関する認識、それを決定する環境を分析した上でプログラムを組み立て、利益が費用を上回るようインセンティブを工夫し、自発的な行動を促進することが、健康教育との違いである。対象集団の主体性を重視し、マーケティングを通して、新たな社会的価値を共同で創造していく面も持っている。具体例として、健康増進や生活習慣病の予防を目指し、果物や野菜の消費を増やすため、生産者、流通業界、スーパーマーケット、メディア、地域社会、消費者自身を巻き込み、様々なメディア戦略を適切に組み合わせ、果物や野菜の健康に対する利益の認識を高め、購買、消費を促進するプログラムがあげられる。この手法は、国際保健の分野でも広く適用されており、母乳栄養や禁煙の促進、避妊法の普及、経口補水治療の利用促進、蚊帳の配布と適切な使用の促進などに応用されている。ソーシャルマーケティングのプログラムを効果的かつ持続的にするためには、供給される物や変化を促す行動の適切な設定、それを有効に行う場所の選択、利益や費用の妥当な設定、メディア等による宣伝・促進キャンペーン、市民社会の参加と協力が必要である。(神谷保彦)

用語 危険な妊娠中絶
概要

(英語訳:Unsafe abortion)

危険な人工妊娠中絶とは、「予期しない妊娠を中断するために行われる処置のうち、必要な技術を持たない者により行われるもの、あるいは必要最低限の医療・衛生水準を満たさない環境で行われるもの、またはその両方」とWHOは定義している。

正確な人工妊娠中絶の数を知ることは、統計の不備に加えて、隠れた中絶が多く実施されているため大変に困難である。やや古い推計値ではあるが、2008年時点の全世界における1年間の人口妊娠中絶数は4380万件、そのうち危険な中絶は2160万件 (49%)である。そのうち地域別の全中絶に占める危険な中絶の割合は、アフリカ(640万件中97%)、ラテンアメリカ(440万件中95%)、アジア(2730万件中40%)、ヨーロッパでは(420万件中9%)と大きな差がある。

危険な中絶の方法として、漂白剤や煎じ薬などを腟または子宮内に注入する、異物を子宮に挿入する、不潔または粗暴な方法で子宮内容除去を行う、下腹部を強打する、misoprostol またはmifepristoneの自己服薬などがある。その結果、年間850万人が合併症の治療を要し、さらに8万7千人が死亡に至っていると推計されている。
危険な中絶は、単に医療施設と資源が乏しい、または医療従事者が少ないことのみに起因するのではない。仮に安全な中絶サービスが提供されていたとしても、情報が女性に行き渡らない、中絶する女性に対する偏見、手続きに時間と費用を要するなど、複数の障壁が存在する。人工妊娠中絶が法的に認められていない場合、望まない妊娠を中断するために危険な方法を利用する以外の手段がない。

どのような中絶であっても、それを必要とする女性にはなんらかの理由があり、また中絶処置によって身体的・精神的苦痛を被る。望まない妊娠そのものを減らす努力とともに、一定条件の下で中絶を認める法整備を行うこと、また適切なサービスを提供できるシステムを整備することを通じて、妊娠した女性を守ることが重要である。(松井三明)

用語 自殺
概要

(英語訳:Suicide)

WHO(世界保健機関)は、1年間に80万人以上が自殺により死亡し、成人1人の自殺死亡には20倍以上の自殺企図があるとしている。自殺企図は、LGBT(性的マイノリティ)等疎外された集団において多い。年齢別にみると、若者と高齢者において自殺念慮と自傷行為が最も多くみられ、自殺死亡率は世界のほぼ全ての地域において男女共70歳以上で最も高く、15~29歳の死因第2位は自殺である。また、高所得国の自殺率は男性が女性の3倍、低中所得国では1.5倍である。自殺手段としては、農薬、縊首、銃器が多いが、文化によって様々な手段がある。自殺は予防可能であり、慢性疼痛や急性の情緒的苦悩等精神疾患以外の危険因子も多いことを鑑み、保健医療と併せて分野横断的で統合的なアプローチが必要である。例えば、銃器、農薬、過量服薬の恐れのある有毒な医薬品へのアクセス制限、メディアによる責任ある報道、自殺リスクの高い人へのケア、早期の同定とマネージメントが効果的とされる。自殺が犯罪として扱われる国がある他、脆弱な統計システム等により、自殺死亡率は低く報告される傾向があるが、自殺率が増加している国も多い。国連「持続可能な開発目標(SDGs)」(2015)では 、目標3に「精神保健及び福祉」の促進(ターゲット3.4)が優先事項に含まれ、この指標として自殺死亡率が採用されている。(堤敦朗・井筒節)

用語 バンコク憲章
概要

(英語訳:Bangkok Charter)

健康の社会的決定要因をコントロールすることの重要性が高まってきたことを受け、第6回ヘルスプロモーション国際会議が2005年にバンコク(タイ)で開催された。

本会議で示されたバンコク憲章では、健康的な世界を目指すには、強力な政治的活動、幅広い協働、持続的な推奨が必要であり、エビデンスに基づくヘルスプロモーション戦略の実行のために、全ての部門と現場が以下の5つの活動に取り組まなければいけないとしている。1)人権と連帯責任に基づいた健康の推奨、2)健康の決定要因を管理するための持続可能な政策、活動、社会基盤への投資、3)政策展開、統率力の発揮、健康づくりの導入、知識の伝達、研究、ヘルス・リテラシーのための生産能力の拡張、4)全ての人々にとっての、安全確保のための規制と、健康と住み良い暮らしの公平な機会を得るための法律の制定、5)持続的活動のための公的私的非政府国際組織と市民団体の協働と提携。

また、バンコク憲章では、ヘルスプロモーションには以下の4つのコミットメントが必要としている。1)国際的発展計画、2)全ての政府の責任の中核をなす、3)地域社会と市民団体の原動力、4)優れた組織活動。(渡部明人) 

用語 ヘルスプロモーション
概要

(英語訳:Health Promotion)

1986年のオタワ憲章におけるWHOのヘルスプロモーションの定義は、「自らの健康を決定づける要因を、自らよりよくコントロールできるようにしていくこと」である。また、ヘルスプロモーションには保健セクターのみならず、他分野も入れたより広範囲な領域(マルチセクター)による対応が求められるため、バンコク憲章(2005年)において「健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health)」への対策が盛り込まれ、ヘルシンキ宣言(2013年WMAフォルタレザ総会で修正)において「全ての政策において健康を考慮すること(Health in All Policies)」の重要性が認識された。さらに上海宣言(2016年)では、複雑かつ高度化する市場メカニズムに対して、人が自分の健康をコントロールできるようにする必要性が取り上げられ、政府による市民の「健康リテラシー(Healthy Literacy)」強化も強調されている。

持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)においてもマルチセクターアプローチの重要性が盛り込まれており、不健康な生活を助長する食品や嗜好品の規制と課税のための法制度、目的税を財源としたヘルスプロモーションのための基金、ヘルスプロモーションや予防も要素として含む健康保険・保障制度など、ヘルスプロモーションのためのインフラ・財政の重要性が高まってきている。(渡部明人)