国際保健用語集

用語 スピリチュアル・ヘルス
概要

(英語訳:Spiritual Health)

スピリチュアル・ヘルスに、確立した定義はないが、1980年代のマーラー事務局長時代からWHO(世界保健機構)では、健康概念に「非物質的な」要素に配慮することの重要性が議論されてきた。1946年以来の「健康」の定義に、スピリチュアル(霊性的)な価値を第4の次元として取り入れ、以下のように改正することが、1998年WHOの執行理事会に提案され了承されたが、WHO総会での正式承認には至っていない。

「健康とは、病気でないとか、脆弱でないということではなく、肉体的にも、精神的にも、霊性的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた動的な状態にあることをいいます。」
(下線部が1998年のWHO執行理事会の提案内容。日本WHO協会訳を改変)
これは明らかに、物質的、技術至上主義的な健康概念に対しての見直しを図った試みと言える。一方、健康における次元には、文化や宗教依存的な面があり、この変更がWHOでも主に、東地中海地域事務局内のイスラム諸国から提案されたことも警戒され、合意形成には至らなかった。

しかし21世紀の今日、緩和ケア、代替医療、死の教育、自殺予防、メンタルケア、認知症地域ケアなどの課題が切実になっているグローバルな保健医療状況の中で、身体的健康概念はゆらぎ、改めてスピリチュアル・ヘルスの意味づけや役割が問われていると言える。  
(本田徹) 

用語 ストップ結核パートナーシップ
概要 (英語訳 : Stop TB Partnership) 

世界の結核制圧を目標として、2000年のアムステルダムで開催された結核高蔓延20カ国による外相会議で設立が呼び掛けられ、2001年にスイスのジュネーブに設立されたパートナーシップである。現在世界100カ国以上で、1500ほどのパートナーで構成されており、構成員は政府機関(保健省等)・研究機関・国際機関・ドナー・非政府組織(NGO)さらに、個人等であり、あらゆる個人や団体が参加することが可能である。

本パートナーシップの目標達成のための指標として、設立当初は「2005年までに70%の感染性結核患者を発見し、その内の85%が治癒すること」と設定され、その後国連ミレニアム開発目標(MDGs、Millennium Development Goals)の指標を補足するものとして、以下の指標が設定されている。「2015年までに、結核死亡数と結核有病率とが1990年における数値を半減させる」、「2050年までに、世界の結核罹患率が人口100万人対1以下(=結核制圧)となるようにする」。

現在このパートナーシップには10の作業部会(薬剤耐性結核、HIV合併結核、結核検査強化、結核伝播終息(感染防御)、公私連携強化、小児結核、新結核診断技術開発、新抗結核薬開発、新結核ワクチン開発、結核患者権利保護の各作業部会)があり、各分野から結核終息に向けてのあらゆる資源と技術の投入を促進している。

日本においても同様な趣旨で、2007年に「ストップ結核パートナーシップ日本(STBJ)」が設立され、日本国内でその趣旨に賛同する個人や団体による世界の結核終息を目指す連携が形成されつつある。(大角晃弘)
用語 ステークホルダー
概要 (英語訳 : stakeholder)

利害関係者と訳される。「ステーク」とは「何かの結果によって失う危険のある大事なもの」で、通常は賭け金や投資など金銭を指す。企業活動などで使われる場合は、「ステークホルダー」とは企業の意思決定によって直接的に大きな影響を受ける人々で、投資家や株主である。他にも間接に金銭的な利害が生じる対象としてビジネスパートナー、取引先、従業員、組合、利用者(消費者)などがある。

最近では、ステークの内容は名声・生活環境・安全など有形無形なものに拡大して解釈される。社会秩序や倫理、自然環境に与えるリスクを考慮すると、全人類や次世代までステークホルダーに含まれることもある。

国際保健の領域で使われるステークホルダーは、介入やプロジェクトを担当する援助機関・相手国実施機関、直接的に便益を受ける対象となるグループや組織、さらにプロジェクトの対象とならないが間接的に便益や不利益を受けるグループや組織である。プロジェクトが及ぼす影響を拡大して解釈すれば、ステークホルダーの範囲も拡大して考えなくてはならない。また、プロジェクトが意図的に影響を与える集団をターゲット・グループと呼び、ステークホルダーよりは限られた集団である。 
用語 スティグマ
概要

(英語訳:Stigma)

スティグマとは、元々は「烙印」と言う意味で、特定の事象や属性を持った個人や集団に対する、間違った認識や根拠のない認識を言う。スティグマは、その結果として対象となる人物や集団に対する差別や偏見となり、不利益や不平等、排除等のネガティブな行動の原因として社会的に問題となることが多い。保健医療分野では、ハンセン病結核HIV感染のような慢性感染症や性感染症、身体および精神障害者、先天性奇形の存在、社会的弱者、孤児、薬物常習者、低所得者、同性愛者等が対象となることが多い。つまり、このようなグループやグループに属する者に対する間違った認識や根拠のない認識が差別や偏見につながることで、さらに彼らにとって不利益となる。スティグマの生じる原因はメディアを含めた文化や社会的要因が複雑に絡まっており容易ではない。

自分自身に対しては “self-stigma”(自己スティグマ)と言う形で、自分自身の状況に対して自分自身に烙印を押し、これが、通常の社会活動への参加の回避、健康増進行動の回避、通常の保健医療サービスへのアクセスの拒否等の行動をもたらすことも問題になっている。スティグマを排除するためには、事象に対する正しい理解に加え、当事者自身の開示が効果的で、そのためには当事者自身が経験したことや望んでいること、必要としていることを話せる社会の理解と協力が必要である。(垣本和宏)
 

用語 スケールアップ
概要 (英語訳:Scale up)

これ自体が特別な用語ではないが、2006年頃からエイズ対策などのプログラムの中で汎用される言葉である。日本語では「拡大」とか「展開」と訳されていることが多い。

政府があるプログラムを開始する際に、ある一部の地域でパイロットとしてプログラムを開始し、パイロット終了後にパイロットを評価し、その後の全国展開の段階を「scale up phase」と呼ぶことがある。また、このような地理的な「スケールアップ」以外に、例えば、病院レベルのみで実施されていたエイズ治療を、保健所やコミュニティーレベルでも実施しようとするときも、「スケールアップ」と呼ぶことがある。

エイズ対策は、一部のパイロット地域や限られた施設でのプログラムの成功例は多くあるが、全ての住民にプログラムでの医療サービスが行き届くようにすることが一番の難しさとも言われている。一方、国連・WHOエイズ対策として2010年までに誰もがエイズ予防・ケア・治療へのアクセスを持つことを目指した「Universal Access」を打ち出しており、最近「スケールアップ」の言葉が多くの国で使用されるようになった。(垣本和宏)