国際保健用語集

用語 橋本イニシアチブ
概要
 (英語訳 : Hashimoto Initiative) 

1997年、デンバーで開催されたG8サミットで、橋本龍太郎首相(当時)は寄生虫症の国際的対策の重要性を訴え、G8各国が協力分担して当たるべきことを強調した。

翌1998年のバーミンガムサミットでは、橋本首相のこの提言が「感染症及び寄生虫症に関する相互協力を強化し、これからの分野における世界保健機関(WHO)の努力を支援すること」とコミュニケに盛り込まれ、世界は21世紀に向けた国際寄生虫戦略を、国際政治上の最も高いコミットを受けて展開してゆくこととなった。この提唱を「橋本イニシアチブ」と呼ぶ。

日本は様々な社会的・経済的困難を克服し、寄生虫症の流行を制圧した経験を持っているので、この経験を生かすことで、わが国がG8各国の中にあって国際寄生虫戦略でリーダーシップを発揮してゆくことを橋本首相は切望された。現在まで、独立行政法人国際協力機構(JICA)を通した「橋本イニシアチブ」としては、アジアに1カ所(タイ・マヒドン大学)、アフリカに2カ所(ケニア・ケニア中央医学研究所、ガーナ・野口記念研究所)の寄生虫対策の拠点「Centres of International Parasite Control: CIPACs」が開設され、人材開発プロジェクトを中心とした寄生虫対策が拠点周辺諸国を含めて展開されている。

「国際寄生虫対策ワークショップ2004」では、日本政府は「橋本イニシアチブ」の一層の充実をめざし、厚生労働省、外務省、文部科学省、JICA、日本寄生虫学会等を中心とした専門家会合を続け、WHOWorld Bank等と情報交換を行いながら、さらなる効果的な国際寄生虫対策の実施に向けて、他のドナー機関との連携を強化していくことが重要であると確認された。  
用語 必須医薬品
概要 (英語訳 : Essential MedicineまたはEssential Drug*) 

「必須医薬品とは、大多数の人々が健康を保つために必要不可欠なものであり、決して不足することなく、必要とする人々にとって適切な投与形態で、誰もがアクセスできる値段で提供されるべきものである。」と世界保健機関 (WHO) は定義している。必須医薬品という概念は、1978年のアルマ・アタ宣言における8つのプライマリヘルスケア戦略のひとつとして内容にもりこまれ、必須医薬品が人々の健康にとって必要不可欠なものであることが再確認された。

1977年以来、WHOは必須医薬品モデルリストを定期的に改訂・発行しており、2007年3月には、第15版が発行された。新薬の開発、新興再興感染症の罹患率の変化などから新たな医薬品が追加されてきたが、単に品目数を増やすのみでなく、削除医薬品も検討され収載薬品は増減を繰り返しつつ近年は320種類前後で推移している。また、2007年10月には12歳以下の小児を対象とした小児用必須医薬品モデルリストも初めて発行された。これらのWHOのモデルリストは各国がその国独自の必須医薬品リストを選定する際の参考資料として活用されている。

各国がそれぞれの疾病構造に応じて、治療指針と合わせて必須医薬品リストを作成することで、一部のビタミン剤などのように必要不可欠とはいえないにも関わらず使用されている医薬品を排除することが可能になる。また、同リストは通常、一般名(成分名)で記載されるものがほとんどであることから、ジェネリック医薬品の使用を推進するなど、医療費の削減にも貢献すると考えられる。(奥村順子)

【*注】 近年では麻薬などを意味する‘Drug’と区別するため、‘Medicine’を使うことが多い。
用語 ビタミンA欠乏症
概要 (英語訳 : Vitamin A Deficiency) 

ビタミンAは視覚の重要な機能物質といえる。また、細胞分化、細胞膜の安定に必須の物質で、感染防御、創傷治癒転機、骨・歯の発育、成長発育に関わっている。

ビタミンAの欠乏は夜盲症を招き、さらに眼球乾燥症から角膜軟化症へと進行し、最悪の場合は失明する。また、麻疹や下痢などの一般的な感染症で死に至る可能性が25%も高くなるとも言われる。

ビタミンA欠乏症はアフリカや東南アジアを中心に途上国では公衆衛生的問題とされる。発症リスクが高いのは途上国の乳幼児と妊婦である。特に、新生児の肝臓にはビタミンAの貯蔵が少なく、母乳などによる補充が必要であるが、途上国の女性では母乳中ビタミンAが少なく完全母乳でもビタミンA欠乏症が起こることがある。2000年のデータでは1億4000万人の未就学児と700万人の妊娠期女性がビタミンA欠乏状態にある。出産に関連した原因で死亡する妊産婦死亡の大部分は、ビタミンAを含む母体の栄養状態改善によって改善が可能である。 

ビタミンA欠乏症の予防のため多くの途上国では拡大予防接種計画(EPI)の一部として生後9ヶ月に接種される麻疹のワクチンと一緒にビタミンAの補給(Supplementation)が行われている。途上国の6~59ヶ月齢児の59%がビタミンAの補給をうけていると推定されている。(石川みどり)
用語 包括的PHCと選択的PHC
概要 (英語訳 : Comprehensive PHC and Selective PHC) 

アルマ・アタ宣言(HFA)(1978年)で打ち出されたプライマリ・ヘルス・ケア(PHC)を「包括的PHC」と呼んでいる。「すべての人に健康を!」という目標のもとで、人々がエンパワーすることを重視し、より公正な社会づくりを視野にいれていた。一方の「選択的PHC」は、目標を「子どもたちの生存を!」に変え、限られたコストですぐに目にみえる効果が得られるいくつかの保健プログラムを選んで、それを組み合わせた保健プログラムのことをいう。「子どもの生存革命」などは、「選択的PHC」の典型的なものである。   
用語 補完代替医療
概要 (英語訳 : Complementary and Alternative Medicine)

補完代替医療とは、科学的に検証されておらず、西洋医学を実践する通常の病院では行なわれていない医療をさす。

補完代替医療は、インドのアーユルヴェーダや中国医学など長い歴史を持つ伝統医療から、食事療法、リラクセーション、マッサージ、カイロプラクティックにいたるまで非常に多岐にわたる。そのため、現代西洋医学以外の医療という以外に共通する特徴をあげることは困難である。近年、補完代替医療を求める患者が世界的に増加しており、それと平行してその研究も活発に行なわれるようになっている。

たとえばアメリカでは、1992年米国国立衛生研究所内に年間予算200万ドルが設立された代替医療事務局(OAM)は、1998年に国立補完代替医療センター(NCCAM)に格上げされ、2005年には年間予算1億2110 万ドルで運営されるにいたっている。補完代替医療が地域の文化に根ざしていることが少なくない。その意味で、国際医療保健に携わる者は、活動する現場でどのような補完代替医療が行なわれているかを知ることが望ましいと考えられる。