国際保健用語集

用語 人獣共通感染症
概要

(英語訳:Zoonosis, Zoonotic disease)

人獣共通感染症は、微生物(細菌、ウイルス、真菌、寄生虫)が種の壁を超えて、動物と人の両方に感染する感染症である。動物には、野生動物、家畜、ペットが含まれ、ヒトには病気を引き起こすものの、動物は無症状である微生物も含まれている。人獣共通感染症には、野生動物との接触でエボラウイルスに感染するエボラウイルス感染症、イヌなどの哺乳類に噛まれて狂犬病ウイルスに感染する狂犬病、蚊に刺されてデングウイルスに感染するデング熱、鶏を生で喫食することでカンピロバクター菌に感染するカンピロバクター腸炎などがある。このようにヒトの感染症の60%は人獣共通感染症であり、新興・再興感染症の殆ど全てが人獣共通感染症である。急速な経済発展と人口増加により森林が伐採され、ヒトと動物の接触機会が増え、ヒトが国境を超えた移動をすることで、短時間で世界的に広がる人獣共通感染症が増えている。多くのヒトに免疫がないため、大規模なアウトブレイクや重症化につながり、国際的な脅威となっている。このため、Global Health Security Agendaの中にも人獣共通感染症がアクションパッケージの中に明記された。世界が協調し、One Healthのアプローチで人獣共通感染症に立ち向かうことが必要である。(法月正太郎)

用語 VCT
概要

(英語訳:Voluntary Counseling & Testing)

自発的にHIV検査を受ける方法として、人権尊重の観点から1980年代後半から推奨されてきた。VCTでは、検査前のpre-test counsellingと、検査、post-test counsellingの順番で実施される。Pre-test counsellingでは検査前に検査を受ける理由や結果を知ることの有利な点と不利な点を話し合い、最終的にクライアント自身がHIV検査を受けるかどうかを決定する。Post-test counsellingでは、もし結果が陽性であれば適切な治療を含めたケアへのアクセスのエントリーポイントととなり、陰性であれば受検者にHIV感染予防の情報と知識を与えることになる。

しかし、近年ではHIV陽性者への治療拡大や母子感染予防のため、HIV陽性者の確認を積極的に行う必要が出てきた。HIV検査受検の自発性に大きく依存するVCTでは、HIV検査受検率が十分に高くならないことなどから、最近ではHIV testing and counselling(HTC)やprovider-initiated TC(PITC)といったような実施方法が主流となり、VCTと言う言葉は最近では使われることが少なくなってきた。最近では、このようなサービスをHIV testing services(HTS)と称する傾向にあり、VCTにあった “pre-test counselling”は “pre-test information”に置き換わっている。WHOは、HIV検査に当たっては、「5 Cs」(Consent:同意、Confidentiality:守秘性、Counselling:カウンセリング、Correct test results:正確な検査結果、Connection/linkage to prevention, care and treatment:予防とケア、治療への接続)が必要と強調している。(垣本和宏)
 

用語 ハーム・リダクション
概要

(英語訳:Harm Reduction)

ある行動が原因となっている健康被害を行動変容などにより予防または軽減させることをハーム・リダクションと呼ぶ。特にHIV対策では、注射薬物使用者(IDU: Injecting Drug User)が注射器や針を共有することによるHIV感染を、注射器交換や経口薬物への薬物代替によって予防する対策として取り上げられることが多い。これに相当する日本語は見当たらず、通常「ハーム・リダクション」とそのままカタカナで使用している。

ハーム・リダクションは、この対策自体が薬物使用を抑制するのでも逆に奨励するものでもない。注射器や針の共有によるHIV感染を予防するための現実的な対策であり、法規制と相反するものでもない。むしろ、違法性を強調してIDUへの取り締まりを強化するのみでは、IDUは地下組織にますます入り込み、対策が難しくなるとも言われている。また最近ではハーム・リダクションを通じて薬剤依存症の治療へのアクセスも期待されている。

同様に、セックス・ワーカーに対してもセックス・ワーカーを取り締まるなどの対策でなく、セックス・ワーカーへのコンドーム配布などより安全な性行為へと行動様式を変えることが、結果的にセックス・ワーカーの健康を守ることにつながると考えられる。

これらを実施するためには、社会の理解や法的な整備が必要であり、ヨーロッパ、カナダ、オセアニア、中国、タイ、インドなどは国家政策として積極的に推進している一方で、米国、ロシア、日本などにおいては、その取組みは限定的である。(垣本和宏) 

用語 中東呼吸器症候群
概要

(英語訳:MERS, Middle east respiratory syndrome)

MERSコロナウイルスの感染により重篤な呼吸器症状と発熱、咳などを引き起こし、重症化により死亡する感染症で、2012年にサウジアラビアで初めての患者が報告された。予防のためのワクチンや治療薬はない。2012年9月から2017年6月6日までにWHOにはMERSの確定患者が1980例報告されており、そのうち死亡例は少なくとも699例であった。ヒトコブラクダが感染源と言われており、多くのヒトコブラクダからMERSコロナウイルスが検出されている。MERS患者の多くにヒトコブラクダとの接触歴があり、持続的なヒト-ヒト感染は否定的であるが、医療機関においては医療従事者が感染するなどヒト‐ヒト感染も多く報告されている。中東以外の国で報告されている患者のすべては中東からの輸入例で、2015年にはバーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビア、カタールに滞在した一人の患者が韓国で発病し、院内感染等により韓国国内で186人が感染し(うち、1人は中国で発病)、36人が死亡した。

日本では、MERSは2015年1月に感染症法上の二類感染症に分類され、検疫法上の検疫感染症にも指定された。(垣本和宏) 

用語 オタワ憲章
概要

(英語訳:Ottawa Charter)

1986年、カナダのオタワにおいて第1回ヘルスプロモーション世界会議が開催され、その成果がオタワ憲章としてまとめられた。憲章のなかで、ヘルスプロモーションは、「自らの健康を決定づける要因を、自らよりよくコントロールできるようにしていくこと」と定義し、健康とは「・・・日々の暮らしの資源の一つであり、生きるための目的ではない」としている。このようにオタワ憲章では、健康を目的としてではなく手段ととらえている。健康の改善には必要な条件があることも示している。平和、シェルター(住居)、教育、食料、収入、安定した生態系、持続可能な資源、社会正義、公平である。

オタワ憲章は健康改善のための以下の5つのヘルスプロモーション戦略を示している。1) 健康的な政策づくり、2) 健康を支援する環境づくり、3) 地域活動の強化、4)個人の技術の開発、5)ヘルス・サービスの方向転換。この5戦略はその後のWHOによる、健康都市や包括的学校保健活動など、世界規模のヘルスプロモーション活動の基盤をなしている。

さらに、ヘルスプロモーターの新たな役割として、以下の3点をあげている。1) advocating(政策提言を行う):健康は社会的、経済的、個人的発展のための資源であり、目的ではないという立場をとる、2) enabling(能力をひきだす):すべての人が、健康になるために自らの潜在能力を発揮できるような支援を行う、3) mediating(調停を行う):他分野間との協調をはかる。(渡部明人)