国際保健用語集

用語 自殺
概要

(英語訳:Suicide)

WHO(世界保健機関)は、1年間に80万人以上が自殺により死亡し、成人1人の自殺死亡には20倍以上の自殺企図があるとしている。自殺企図は、LGBT(性的マイノリティ)等疎外された集団において多い。年齢別にみると、若者と高齢者において自殺念慮と自傷行為が最も多くみられ、自殺死亡率は世界のほぼ全ての地域において男女共70歳以上で最も高く、15~29歳の死因第2位は自殺である。また、高所得国の自殺率は男性が女性の3倍、低中所得国では1.5倍である。自殺手段としては、農薬、縊首、銃器が多いが、文化によって様々な手段がある。自殺は予防可能であり、慢性疼痛や急性の情緒的苦悩等精神疾患以外の危険因子も多いことを鑑み、保健医療と併せて分野横断的で統合的なアプローチが必要である。例えば、銃器、農薬、過量服薬の恐れのある有毒な医薬品へのアクセス制限、メディアによる責任ある報道、自殺リスクの高い人へのケア、早期の同定とマネージメントが効果的とされる。自殺が犯罪として扱われる国がある他、脆弱な統計システム等により、自殺死亡率は低く報告される傾向があるが、自殺率が増加している国も多い。国連「持続可能な開発目標(SDGs)」(2015)では 、目標3に「精神保健及び福祉」の促進(ターゲット3.4)が優先事項に含まれ、この指標として自殺死亡率が採用されている。(堤敦朗・井筒節)

用語 鉄欠乏性貧血
概要

(英語訳:IDA, Iron Deficiency Anemia)

鉄欠乏性貧血は、食事由来の鉄摂取不足、鉄吸収不良、または大量の失血などが原因となって、血中ヘモグロビン濃度が減少している状態である。単一の栄養欠乏症の中では最も多く報告されている栄養障害である。一般的に妊娠可能年齢の女性、妊婦、早産児、生後6カ月以上の乳幼児、10代女児などに多くみられる。

開発途上国では、鉤虫症による血液損失が原因となっている場合や、マラリア結核HIVなどの感染症に伴う場合、妊娠・授乳の繰り返しによる鉄の要求量増加が原因である鉄欠乏性貧血も多い。

鉄欠乏が妊産婦に与える影響は、免疫能の低下による感染症罹患リスクの増大や未熟児・低出生体重児の出産などが挙げられ、約20%の妊産婦死亡が鉄欠乏性貧血に関与しているとされる。乳幼児では鉄欠乏性貧血によって注意力・応答・感情表現の低下や精神発達の阻害などが生じ、学童期の貧血児は学習能力が劣るとされている。低い学習能力は将来の労働力および生産性の低下につながり、その経済損失は世界全体で年間500億ドルを超えると世界銀行は試算している。

国際機関はGlobal Nutrition Targets 2025の1つとして妊娠可能な期間にある女性の貧血の50%減少を目指しており、妊婦を対象とした鉄と葉酸補給プログラム(supplementation)が多くの開発途上国で展開されている。また、2歳未満の乳幼児を対象とした鉄補給プログラムを実施している国も多い。(水元芳)

用語 薬剤耐性
概要

(英語訳:AMR, Antimicrobial Resistance)

微生物(細菌、真菌、ウイルス、寄生虫)による感染症に対し、抗微生物薬が無効になる、または効果が減弱する事象を薬剤耐性という。

これまで微生物による感染症に対し、ワクチンや抗菌薬など抗微生物薬が次々と開発されてきたが、抗菌薬開発の歴史は薬剤耐性との闘いの歴史でもあった。1960年代にはペニシリンが無効な黄色ブドウ球菌に有効なメチシリンが開発されるなど、細菌感染症は最早不治の病ではないという認識が広まった。先進国では死因は感染症から非感染性疾患に変化し、1980年代以降新たな抗微生物薬の開発は減少していった。一方で、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)など薬剤耐性グラム陽性球菌、多剤耐性緑膿菌、アーテスネート耐性マラリア原虫、多剤耐性結核菌など世界規模で耐性菌が拡がっている。

また、動物用抗菌性物質や抗菌性飼料添加物が使用されることにより、畜産物を介した薬剤耐性菌の伝播の可能性もあり、ヒトと動物の垣根を超えた世界規模での取り組み「ワンヘルスアプローチ」が必要であると認識されるようになった。
2015年世界保健総会で「薬剤耐性に関するグローバルアクションプラン」が採択され、日本でも2016年4月国際的に脅威となる感染症関係閣僚会議は「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2016-2020」を取りまとめた。同年5月「国際保健のためのG7伊勢志摩ビジョン」は薬剤耐性の対策強化に具体的行動をとることにコミットした。(木村和子) 

用語 性感染症
概要

(英語訳 : STIs, Sexually Transmitted Infections)

性行為により感染する疾患の総称。性感染症の中には、輸血や経静脈注射、母子垂直感染など性行為以外の経路によっても感染するものも存在する。主な性感染症は、梅毒、淋菌感染症、性器クラミジア感染症、軟性下疳、性器ヘルペス、B型肝炎、C型肝炎、HIV感染症、腟トリコモナス症、尖圭コンジローマなどである。STDs(Sexually Transmitted Diseases)と記されることが多かったが、HIVのように感染してもすぐには症状がでない疾患もあることより、近年STIsが用いられる傾向にある。

世界中で毎日新たに100万人以上が性感染症に感染しているとされており、代表的なクラミジア、淋菌、梅毒、トリコモナス症など、4つのSTIsだけで、毎年3億7,700万件の新規感染が発生している。

性感染症による直接の症状のみならず、クラミジアや淋菌感染による女性不妊症、パピローマウィルス感染による子宮頚癌など、長期的な影響を及ぼすものもある。また、梅毒合併妊婦における周産期死亡の増加・先天性梅毒の発生、HIVや肝炎ウィルスの母子垂直感染により胎児・出産後の児に影響を与える性感染症も存在する。さらには、HSV 2型や梅毒に感染することで粘膜が傷害され、HIV感染リスクを高める可能性も指摘されている。

性感染症の世界戦略 (2016-2021年)では、性感染症の新規感染ゼロ、性感染症による合併症や死亡ゼロ、性感染症への差別・偏見ゼロの3つのゼロをビジョンとしている。対策は、個人に対する治療・感染予防のみならず、性的パートナーへの感染予防・治療、母子垂直感染予防、ワクチン投与(ワクチンによる予防が可能である疾患の場合)、感染スクリーニング、感染サーベイランスなど多岐に渡る。これまで、医療資源の限られた開発途上国などでは、疾患の診断にこだわらずに症状に応じて治療を提供する、症候別アプローチ(Syndromic management)が推奨されてきたが、半数以上が無症候性であることなどから、臨床検査診断の重要性が認識されるようになった。近年、特に淋病などで薬剤耐性が発生しており、対策上の脅威となっている。(野崎威功真)
 

用語 結核
概要

(英語訳:TB, Tuberculosis)

結核は、抗酸菌群のひとつである結核菌(Mycobacterium tuberculosis)が原因で起こる感染症であり、主な感染経路は空気感染(飛沫核感染)である。結核患者から排出された喀痰等に含まれる結核菌が空気中を浮遊し、それを吸い込むことで感染するため、日常生活において、結核の感染を予防するのは困難である。

WHOは、世界人口の3分の1、約20億人が既に結核菌に感染していると推計しており、そのうちLTBI(潜在性結核菌感染症)の約10%が、一生の間に結核を発病すると考えられている。結核の発病を促進する最も強力な因子の一つは、HIV感染であり、HIV感染者が結核に感染している場合、結核の発病率は非常に高くなる。

WHOによると、2015年には約1000万人の新規結核患者が発生し、約140万人が死亡したと推計されており、患者の発生と死亡との大半は、アフリカとアジアである。新規結核患者のうち約6割は、インド・インドネシア・中国・ナイジェリア・パキスタンおよび南アフリカの6カ国において発生している。

結核の診断で最も重要な検査は、結核菌自体を見つける菌検査(塗抹検査・培養検査・遺伝子検査等の結核菌検査)であり、開発途上国においても同様である。結核の治療は、複数の抗結核薬の組み合わせを一定期間服用する標準的治療方法が適用される。現在推奨されている標準的な結核治療法は、ヒドラジド(INH)、リファンピシン(RFP)、エタンブトール(EB)またはストレプトマイシン(SM)、ピラジナミド(PZA)の組み合わせにより、6~8ヶ月間実施するもので、薬剤耐性がなければ、ほとんどの結核患者で治癒することが可能である。
WHOは、2035年までに世界における結核蔓延状況を終息させることを目指した「結核終息戦略The End TB Strategy」を2015年に発表し、「統合された患者中心のケアと予防」・「骨太の政策と支援システム」・「研究と技術革新の強化」を柱として、今後20年間(2016-2035)結核対策に取り組む姿勢を示した。(大角晃弘)