国際保健用語集

用語 文化能力
概要 (英語訳: Cultural Competence)

文化能力とは、文化背景の異なる対象を理解し、文化的に適切な医療やケアを提供する能力であり、文化についての知識、態度、技術が複雑に統合された資質のことである。単一の共通した定義はないが、具体的には自文化の世界観への気づき、多様な文化に対する適切な態度形成、他民族の社会や文化に関する知識、言語的および非言語的なコミュニケーション能力、文化に即した医療やケアを提供する能力、経済・文化・言語の違いなどに起因する差別や不利益から対象を保護する能力などである。

Campinha-Bacoteは、文化能力について、文化への気づき(cultural awareness)、文化についての知識(cultural knowledge)、文化をアセスメントする技術(cultural skill)、文化との出会い(cultural encounters)、文化を理解したいという願望(cultural desire)という5つのプロセスにより獲得されると提唱した。

文化能力は、個人が獲得するだけでなく、組織も向上させる必要がある。組織の文化能力とは、1)組織の異文化に関する価値観や原則を示し、それらを組織の行動、態度、方針、構造に反映させること、2)組織内の多様性を尊重し、文化能力を自己評価し、構成員の違いによって生じる問題を管理し、組織として異文化に関する知識を蓄え、それを組織が関わるコミュニティに適応すること、3)方針策定、管理、実施、サービス提供に組織の文化方針や価値観を具現化させ、患者、関係者、住民などの参加を促すこと、を含む。

文化能力は、短期間の研修などで身につく知識やノウハウではなく、異文化に対する自分の態度を含むため、時間をかけて発達するものである。(柳澤理子)
用語 新生児ケア
概要 (英語訳 : Neonatal Care, Newborn Care) 

出生時より28日間の子どもを「新生児」と呼び、生後1週間以内を「早期新生児」、それ以後を「後期新生児」と区別する。子宮外という新環境に適応しなくてはならない新生児期は、人生の中で最も生命が危険に晒される時期である。産科と小児科の領域の狭間で十分あるいは適正なケアが受けられずに死亡してしまう児も多い。新生児ケアの対象は、?出生直後の全ての児、?治療的介入を必要とする病的新生児・低出生体重児、であり、その状態および予後は、出生前の胎児期とも密接に関連する。

新生児の主要死亡原因は、未熟性、仮死、肺炎や髄膜炎等の感染症であり、死亡の多くは出生後24時間以内に起こる*1。各症候に対して効果的な介入の根拠が既に複数示されており、介入パッケージの普及で予防可能な死亡の減少が期待できる*2。しかし開発途上国では医学的介入だけでなく、種々の課題(自宅出生、保健医療施設へのアクセスの困難さ、受診した施設の水や電気等の未整備・適切なスキルを身につけたスタッフの不足、等)に同時に取り組むことが不可欠である。さらに自宅やコミュニティーで新生児を継続的にケアできる家族や保健ボランティアの役割も重視されている。

2015年に世界で死亡した5才未満の子ども590万人中、約46%(270万人)を新生児が占めた*3。子どもの死亡数減少に伴う新生児死亡の割合の相対的上昇により、新生児ケアに対する国際社会の関心は徐々に高まってきた。2014年に発表された「全ての新生児のための行動計画」では、世界の新生児死亡率を2035年までに出生1000対10以下に削減するという目標が掲げられている。(岩本あづさ) 
用語 新興感染症
概要 (英語訳 : emerging infectious diseases) 

世界保健機関(WHO)はWorld Health Report 1996で、新興感染症に対処する能力の強化と、その監視・対策のための国内・国際間協力体制の支援を表明している。新興感染症とは、「過去約20年の間に、それまで明らかにされていなかった病原体に起因した公衆衛生学上問題となるような新たな感染症」と当時は定義し、1973年のRotavirus(小児下痢症の原因ウイルス)、1976年のCryptosporidium parvum(水系感染下痢症を起こす原虫)、1977年のEbora virus(エボラ出血熱の原因ウイルス)、Legionella pneumophila(レジオネラ症の原因菌)、Hantaan virus(腎症候性出血熱を起こすウイルス)、Campylobacter jejuni(下痢症・食中毒起因菌)などの微生物発見を端緒として、これ以降に明らかとなった感染症の国際的重要性を強調している。近年では、「新たにヒトへの感染が証明された微生物で、(またはそれまでその土地では存在していなかったが、新たにそこで)ヒトへ病気を起こし初めてきたもの」と定義するのが良く、まずヒトの病気として成立することが前提となる。さらに「原因が不明であった疾患で、感染性病原微生物が明らかとなり、公衆衛生上地域的あるいは国際的に問題になるもの」も含まれる。近年の代表例では、1997年にインフルエンザA型ウイルス(H5N1亜型)が、鳥インフルエンザウイルスとして認識されていたものがヒトへ感染して病気を起こすことが明らかとなったこと、2003年のSARS corona virusによる急性肺炎の世界的拡散が記憶に新しい。近い将来は、インフルエンザ(H5N1)が、ヒトでパンデミックを起こす新型インフルエンザに変異した場合が想定できる。(狩野繁之)
用語 旅行者下痢症
概要

(英語訳:Traveler's diarrhea)
 
海外渡航者がおこす下痢を旅行者下痢症と呼び、感染性腸炎がその大部分を占める。開発途上国に1カ月間滞在した渡航者の約20~60%が本症を発症するとされている。病原体としては病原性大腸菌(とくに毒素原性大腸菌)、サルモネラ菌、キャンピロバクターなどが多く、通常は数日の経過で軽快するが、赤痢菌やコレラ菌などにより、重篤な症状を呈する例も時にみられる。原虫や寄生虫が原因になる下痢は慢性の経過をたどることが多い。

本症の予防にはミネラルウオーターや煮沸した水を飲用すること、食品はなるたけ加熱したものを摂取することなどが重要なポイントである。外食をする際も衛生状態の良い店を選ぶようにする。リスクの高い旅行者には止痢薬を持参させ、症状があれば服用するように指導する。ただし、血便や高熱をきたしている下痢の場合、止痢薬の使用は推奨できない。なお、症状の強い時は、電解質飲料などで水分補給に努めることも大切である。

帰国後に下痢症状を呈している患者については、便の細菌培養と寄生虫検査(直接塗沫法、集卵法)を行い、病原体を明らかにする。暫定的な治療にはニューキノロン系抗菌薬やアジスロマイシンが推奨されている。(濱田篤郎)

用語 有資格出産介助者
概要

(英語訳:SBA, Skilled Birth Attendant)

医師、助産師といった医療専門職として助産に係る正規の教育課程を修了し、正常な妊娠・出産・産褥期の管理と妊産褥婦や新生児の合併症の発見や緊急搬送に係る必要な技能を習熟していると認証を受けた出産介助者の総称のこと。

1997年の「安全な母性イニシアティブ(Safe Motherhood Initiative)」レビュー会議以降、妊産婦死亡や新生児死亡の減少を目指し、助産師の養育成等積極的にSBAの能力強化と配置が世界的に実施された。妊産婦死亡や新生児死亡は、出生後24時間までの間に起こることが多く、緊急時の技術を修得したSBAによる出産介助によって、新生児死亡の43%減少、妊産婦死亡の3分の2を防ぐと言われているが、2012年にはサブサハラアフリカや東南アジアの約4000万の出産はSBAによる出産介助を受けていないと報告されている。SBAによる出産介助が推奨される一方、SBAに必要な技能習熟に関する統一された評価方法はまだ確立されていない。(橋本麻由美) 

用語 条件付現金給付
概要

(英語訳: Conditional Cash Transfer )

特定の行動を遂行することを条件に、貧困層を主な対象に現金を給付する社会扶助プログラムであり、貧困削減政策の一環でもある。1990年代後半以降、ラテンアメリカ諸国で普及したが、現在アフリカ、アジア諸国でも、開発銀行やUNICEF(国連児童基金)等の国連機関、英国国際開発省などの政府援助機関の後押しで拡大している。所得やサービスを直接移転することで貧困の軽減を目指すという短期的目標と、子供の就学や予防接種などを現金給付の条件にすることで、人的資本を形成し、経済的な自立を支援するという長期的目標がある。給付対象者となる貧困層の選別の難しさ、プライバシー侵害の危険性も指摘されているが、条件付現金給付を実施するには行政能力も重要であり、ドナーはその財源の融資のほか、プログラムのデザイン計画やモニタリング評価に対する支援も行っている。現金給付を得る条件となる保健や教育のサービスのアクセスや質が不十分であれば、その有効性が薄れてしまうため、対象となるサービスの充実が課題となる。ジェンダー面に対して、女性の伝統的役割や家事負担の増加など負の影響も指摘され配慮が必要である。サービス利用は向上するが、健康状態の改善など長期的なインパクトには至らないこともある。ラテンアメリカ諸国における貧富格差の減少の一因として条件付現金給付があげられる一方、貧困を一時抑え込むだけで、格差の原因である社会構造を変える根本的な解決にはならないという意見も根強い。(神谷保彦)

用語 栄養失調(栄養不良)
概要

(英語訳 : Malnutrition)

栄養失調(栄養不良)とは、健康に育つためのバランスのとれた栄養が摂取できていない状態を示し、発育阻害(stunting)、消耗症(wasting)、低体重(underweight)、過体重(overweight)などの形態がある。発育阻害は年齢に対する身長(height for age)で評価され、長期に渡る慢性的な栄養状態を示す指標となる。消耗症は身長に対する体重(weight-for-height)で短期的・急性的な栄養状態の評価に多く用いられる。低体重は年齢に対する体重(weight for age)で、過体重は消耗症同様に身長に対する体重(weight for height)で評価される。2017年時点で世界の5歳未満の発育障害が1億5,100万人、消耗症が5,100万人、過体重が3.800万人と推定されている。これら栄養不良の形態は低栄養と過栄養の問題に大別できるが、栄養転換期にある低中所得国においては、低栄養と過栄養が混在する「栄養不良の二重負荷(double burden of malnutrition)」が多くみられる。栄養不良の二重負荷は、国レベル(都市部と農村部)、世帯レベル(親と子)、また、個人レベル(過剰エネルギー摂取と微量栄養素欠乏の混在など)でも存在する。持続可能な開発目標(SDGs)には「2030年までにあらゆる形態の栄養失調を撲滅する」という指標が設定されており、目標達成に向けて国際社会全体での取り組みが行われている。(水元芳)

用語 栄養転換
概要

(英語訳:Nutrition Transition)

1980年代頃よりアジア、南米、北アフリカ、中東、そしてサブサハラアフリカの都市部など世界中の多くの地域で、食習慣、身体活動習慣を含む人々のライフスタイルは変化の一途をたどっている。栄養転換とは、「欧米型」と言われるような高脂肪(不飽和脂肪酸)、高糖質、食物繊維に乏しい食事の摂取機会が増え、同時に身体活動の機会減少も伴い、集団の体格組成が変化する現象である。人口転換(多産多死から少産少死への移行、そして高齢化の現象)、疫学転換(低栄養や飢饉、衛生環境に起因する感染症から、都市化や産業化に伴うライフスタイルの変化に起因する慢性疾患の増加へと疾病構造が変化する現象)に伴って、あるいはそれらに続いて起こる。特に低中所得国においては、都市部を中心に過剰栄養が増加する一方、農村部では依然として低栄養・微量栄養素欠乏等が多く存在する「二重負荷:double burden」を抱えることも多い。近年では成人肥満だけでなく、小児肥満・幼児肥満も問題になっている。栄養転換の指標としては、多くの非感染性疾患の危険因子である肥満が用いられることが多い。

栄養転換のステージがさらに進み、多くの高所得国、また一部の低中所得国では、肥満の増加に加えて食事関連の非感染性疾患(Diet-related Noncommunicable Diseases: DR-NCDs)の増加が問題となっており、特に低中所得国においてはその一連の移行がかつてないほどに急速に進んでいることから、食料システムを含めた地球規模での対策が急務である。(野村真利香)