国際保健用語集

用語 熱帯病研究訓練特別計画
概要 (英語訳:TDR: The Special Programme for Research and Training in Tropical Diseases)

TDRは、世界保健機関(WHO)の組織として、国連児童基金(UNICEF)国連開発計画(UNDP)世界銀行(WB)が共同スポンサーとなって、開発途上国に蔓延するマラリア、住血吸虫症、フィラリア症(リンパ系フィラリア症、オンコセルカ症)、ハンセン氏病、トリパノソーマ症及びリーシュマニア症の6疾患に焦点を合わせ、研究開発や教育訓練を行う事業として1975年に設立された。近年では、TDRの研究開発は、貧しい人びとの居住する地域や国家の公衆衛生に関する制度を総合的により広く検討し、住血吸虫症、結核デング熱なども含めた、いわゆる「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases:NTDs)」の予防・診断・治療に関する事業を行っている。一方、TDRは自らの研究施設や研究者を持たないので、各国の保健省をはじめとする政府機関、公的な研究施設や大学研究機関、製薬企業やNGOなどの官民のパートナーシップを繋ぐネットワークオーガナイザーとしての役割が主要業務といえる。(狩野繁之)
用語 狂犬病
概要 (英語訳:Rabies)

狂犬病ウイルスはイヌ以外にも多数の野生動物が保有し、これらによる咬傷、稀には噴霧気道感染により感染する。全世界では、毎年数万人が狂犬病によって死亡しているといわれ、アジア地域での発生が最も多い。

わが国では2006年、30数年ぶりに2名の患者が報告されたが、フィリピンでの受傷であった。感染から発症までの潜伏期間は個々の症例で異なるが、一般的には1~2カ月である。発熱、頭痛、倦怠感、筋痛などの感冒様症状ではじまり、咬傷部位の疼痛やその周辺の知覚異常、筋の攣縮を伴う。中枢神経症状は運動過多、興奮、不安狂躁から始まり、錯乱、幻覚、攻撃性、恐水発作等の筋痙攣を呈し、最終的には昏睡状態から呼吸停止で死にいたる。狂犬病は一度発症すれば、致死率はほぼ100%である。

狂犬病が疑われるイヌ、ネコおよび野生動物にかまれたり、ひっかかれたりした場合、まず傷口を石鹸と水でよく洗い流し、医療機関を受診する。必要に応じて、狂犬病ワクチン(曝露後免疫)・抗狂犬病ガンマグロブリンを投与する。
狂犬病は一旦発症すれば特異的治療法が無いので、できるだけ早期にワクチンとガンマグロブリンで対処する必要があるが、国内では抗狂犬病免疫グロブリン製剤は入手できない。予防目的でのワクチン接種(曝露前免疫)も有効である。(中野貴司)
用語 環境社会学
概要

(英語訳 : Environmental Sociology)

環境社会学は、人間社会の社会的、文化的環境だけではなく、その生物的、物理的、化学的環境にも目を向け、むしろそれらを主要な対象として、人間社会との相互関係を解明することを目的とする。そのため、環境社会学は自ら現場に出て行き、現場から実証的なデータを積み上げ、ときには住民の人々と一緒に考えたりしながら、それらを総合的に分析・研究することで問題の解決法を考え、行動する学問である。

日本では、1960年代から70年代にかけて、農村社会学や地域社会学の分野で実証的研究成果がなされ、生活破壊論、被害(-加害)構造論、受益圏・受苦圏論、社会的ジレンマ論、生活環境主義、コモンズ論をめぐる研究がなされている(Wikipedia)。飯島は、従来の社会学では、『対象と関わることなくニュートラル』であることが研究上の基本的な姿勢とされがちだが、環境問題を含んだ社会問題は、『ニュートラルな第三者』では研究し切れない。汚染や公害と人間社会の関係を研究する場合、問題の発生原因とその解決策を解明する点において環境社会学ほど適切な学問はない、としている。水俣病にしろ、福島の原発事故にしろ、医学、公衆衛生学だけでは問題は解決しない。統合的な水俣学やフクシマ学が必要であり、その中核を環境社会学が担うことが期待されている。(門司和彦)

用語 生活習慣病
概要 (英語訳:Noncommunicable Diseases;NCDs /Chronic Diseases/Lifestyle-related Disease)

脳卒中や癌、心疾患、糖尿病、高血圧症、動脈硬化など、その発症や進行に、食生活や運動、喫煙、飲酒などの生活習慣が深く関係するとされる疾病の総称。従来は、加齢に伴って増加することから「成人病」と呼ばれてきたが、発症時期が低年齢化していることや、予防のためには生活習慣が重要であるとする立場から、1997年、厚生省(当時)は新しい名称を導入した。これに伴い、疾病の早期発見・早期治療といった二次予防中心の対策から、生活習慣の見直しや支援的な環境づくりによる発症の予防といった一次予防中心の対策が重視されるようになった。

国際的には非感染性疾患(Noncommunicable Diseases;NCDs)、慢性疾患(Chronic Diseases)と呼ばれ、WHOは、全死亡のうち270万は果物と野菜の摂取不足、190万は運動不足に起因しているとして、2004年に「食事、身体活動、健康に関する世界戦略Global Strategy on Diet, Physical Activity and Health (DPAS).」を採択した。
加盟国政府や国際機関、市民集団、NGO、民間セクターなどの関係者に、健康的な食事や身体活動などのライフスタイルを促進するための国家政策、計画、プログラムの実施を促進するよう呼びかけ、それらの実施・運営支援のために、データベースの整備や、モニタリング・評価の枠組み、身体活動を増やすポピュレーションベースアプローチのガイド、適切な野菜・果物の生産・消費のためのより効果的な介入、職場における非感染性疾患対策などに関する資料を提供している。先進国の問題と思われがちであるが、糖尿病による死亡の80%は、中・低所得国で起こっており、途上国にとっても深刻な問題である。(西田美佐)
用語 産前健診・妊婦健診
概要 (英語訳:ANC, Antenatal Care or Prenatal Care)

妊婦およびその胎児の健康状態や社会経済状況のスクリーニングとケアを行うこと。

一般的なスクリーニング項目は、体重、血圧、腹部(子宮)の計測、胎児心音の聴取、尿検査等である。医師、助産師、および産前健診に必要な技術をもった保健医療職員が妊娠・出産に伴うリスク因子を査定し、リスクの程度に応じた妊娠期の生活指導や出産場所を検討する。途上国では特に、破傷風の予防接種、貧血の予防・治療、HIV 陽性者へのART(抗レトロウィルス療法)、マラリアの予防・治療などの機会として重要である。

その他、栄養、母乳育児、生活習慣や妊娠中の危険な徴候についての指導も行う。産後ケア(Postnatal Care: PNC)とともに周産期死亡率の低減および肯定的な出産体験に不可欠とされ、WHOは妊娠中に最低 8回の産前健診を推奨している。産前健診の実施率(Antenatal Care Coverage: ANC Coverage: 15~49 歳の女性で、妊娠中に少なくとも 1 回、助産専門技能者によるケアを受けた女性の比率)は、妊娠期のヘルスケアへのアクセスと利用に関する指標の1つであり、国・地域で格差があるだけではなく、同国内の居住地や世帯資産によっても大きな格差がある。(小黒道子)
用語 産科救急ケア
概要 (英語訳 : Emergency Obstetrics Care) 

妊産婦死亡を減らすために熟練した専門技能者(Skilled Birth Attendant:SBA)による分娩介助が必要であり、その熟練した専門技能者の分娩介助の下で緊急時に必要とされるケアを緊急産科ケア(Emergency Obstetric Care:EmOC)という。また、分娩周辺期のケアは新生児死亡にも大きく関わることから、緊急産科新生児ケア(Emergency Obstetric and Newborn Care: EmONC)ということが多い。

緊急産科新生児ケアは基礎的ケア、包括的ケアとレベルによって分けられている。
1)基礎的緊急産科新生児ケア(Basic EmONC)
抗生剤・子宮収縮剤・抗痙攣剤の使用、胎盤の用手摘出、流産等の子宮内遺残物の除去、吸引分娩等の器械的分娩補助、基礎的な新生児蘇生
2)包括的緊急産科新生児ケア(Comprehensive EmONC)
帝王切開、安全な輸血、仮死児の蘇生や低出生体重児のケア

人口50万人につき緊急産科新生児ケアを提供できる施設が最低5施設あること(うち1施設は包括的緊急産科新生児ケアが提供できる)、すべての女性が直接的産科合併症のケアを受けられること、全分娩に占める帝王切開率が5-15%であること、直接的産科合併症による死亡が施設で1%未満であること、が指標として最低限目標とすべきレベルとされている。(松本安代)
用語 産間調節
概要 (英語訳: Birth Spacing)

出産間隔が短いと母体への負担が大きく、また十分な授乳期間や育児時間が確保できないことで子供への影響も大きい。特に産後1年以内の妊娠は、母児ともにリスクが高く、早産、低出生体重、胎内発育不全などのリスクが高くなると言われている。出産間隔を24か月以上あけると5歳未満児死亡が13%、36か月あけると25%減少するという。このため出産間隔をあけることが推奨され、これをbirth spacingと呼ぶ。

家族計画(Family Planning)が家族のサイズ、すなわち子どもの数を調整する志向を持つのに対し、産間調節は出産間隔をあけるという点を強調する。子供の人数を制限するという考え方が好まれない文化では、birth spacingという表現を選択的に使う場合もある。しかし、産間調節は家族計画の一部であり、家族計画を達成する手段である。WHOではPostpartum Family Planning (PPFP)の重要性を強調しており、産後に次の出産までの間隔をあけるよう指導することを強調しているが、PPHPにおいても産間調節という概念は重要である。(柳澤理子)
用語 疾病負荷
概要 (英語訳 : Global Disease Burden) 

世界中で、疾病により失われた生命や生活の質の総合計を「疾病負荷(GBD: Global Burden of Diseases)」という。

傷害や生活の質の度合いを考慮した健康指標として「健康寿命」、「質を考慮した生存年数(QALY: Quality -Adjusted Life Years)」、「失われた生活年数(YPLL: Years of Productive (or Potential) Life Lost)」、「障害と共に生活する年数(YLDs: Years Lived with Disability)」などの指標が使われている。

QALYを使った事例として、ガンによる生存年数が3年であった場合、後遺症が残れば効用値(重み付け)である0.5を掛けて3×0.5=1.5年と計算する。QALY等の効用により重み付けされた健康指標は費用効果分析などに活用される。 
用語 直接服薬確認短期化学療法
概要 (英語訳 : DOTS, Directly Observed Treatment, Short Course)

DOTSは“Directly Observed Treatment, Short Course”の略称で、1994年にWHO(世界保健機関)が作成した「効果的な結核対策のための枠組み」(Framework for Effective Tuberculosis Control)に提示された結核対策の戦略であり、以下5つの政策要素から構成されている。 

(1)全国を網羅した既存の制度の中での結核対策を強化するため、政府が強力に取り組む。
(2)有症状受診者に対する喀痰塗抹検査により結核患者を発見する。
(3)標準短期化学療法による6~8ヶ月間の適切な治療を服薬確認しつつ提供する。
(4)薬剤安定供給システムを確立する。
(5)地域における結核対策の実施状況をモニタリングし、定期的に評価するために、結核患者台帳を整備し、それに基づく患者の発見と治療結果のまとめとを報告するシステムを確立する。(大角晃弘)