国際保健用語集

用語 ハンセン病
概要

(英語訳:Hansen’s disease 、Leprosy)

ハンセン病は、Mycobacterium lepraeという抗酸菌により起こる慢性感染症である。感染したヒトからの咳やくしゃみによる飛沫感染やアルマジロ等との接触により、皮膚、末梢神経、気道粘膜、眼に感染する。非常にゆっくりと成長する菌であるため、平均潜伏期間は5年で症状出現に20年かかることもある。特徴的な皮膚病変、しびれや感覚障害といった末梢神経障害、失明が出現し不可逆的に進行する。かつて日本では治療不可能な疾患と考えられ、患者への過剰な差別、隔離が行なわれていた。しかし現在では早期診断できれば、抗菌薬で治療可能である。標準治療薬はダプソンとリファンピシン、multibacillary多菌型の場合にはクロファジミンを追加する多剤併用療法である。治療薬は、半年から2年間内服を続けなければならない。WHOは1990年台から排除に向けた取り組みを開始した。1995年からは日本財団等のドナーの協力のもと、治療薬が無料で提供されている。人口1万人あたりの患者数は1983年に21.1人であったが、2016年末には0.23人と99%減少している。しかし、インド、ブラジル、インドネシア、コンゴ民主共和国、バングラデシュ等では年間3000件以上の新規患者報告がある。WHOはハンセン病の無い世界を目指し、特に流行地での対策を強化する新たな世界戦略を2016年発表し、ハンセン病の無い世界を目指すべく、流行地域にターゲットを絞った保健人材育成や薬物供給といった取り組みが行なわれている。(法月正太郎)

用語 デング熱
概要 (英語訳 : Dengue fever) 

デング熱は蚊が媒介するウイルス感染症で、病原体にはフラビウイルスに属しDEN-1からDEN-4の4種の血清型がある。主要な媒介蚊は昼間活動性のネッタイシマカ(Aedes aegypti)で、都市に生息してヒトを好んで吸血する。

感染者は不顕性感染から重篤で致命的となる出血熱型まで多様で、血管の透過性が亢進し血小板が減少するものをデング出血熱と診断する。デング熱対策は媒介蚊対策が基本となる。

ネッタイシマカが発生する水場環境をなくす住民教育、蚊の幼虫駆除などが実施されている。デング出血熱になれば早急に入院管理しなくてはならない。
デング熱は人類の活動にあわせて盛隆と衰退の歴史を繰り返した。大航海時代にネッタイシマカとデングウイルスは世界に拡散し、18世紀後半にはアジア、アフリカ、北アメリカに定着し、周期的に流行した。

現在の世界的流行は第二次世界大戦後に発生した東南アジアでの流行が発端で、この頃にデング出血熱の症状が出現した。

アメリカのデング熱流行はドラマティックで、黄熱対策としてネッタイシマカの駆除を徹底し、デング熱も激減したが、1970年に黄熱対策を中断してから徐々に復活した。その復活に拍車をかけるのが1980年代にアジアからアメリカに生息域を拡張した第二の媒介蚊ヒトスジシマカ(Aedes albopictus)の存在がある。
アフリカでもデング出血熱の大流行が懸念され、現在は再興感染症と考えられる。 
用語 タンパク・エネルギー栄養失調症
概要 (英語訳 : Protein Energy Malnutrition) 

タンパク質エネルギー欠乏症は生命に必要な主要栄養素が不足する状態であり、死亡原因になりやすい。アフリカを中心に全世界で4億人が苦しんでいると言われている。通常5歳未満の子どもが最も深刻な影響を受けるが、それより年長の子どもや成人が冒される危険性も高い。

タンパク質エネルギー欠乏症はマラスムス(Marasmus)、クワシオコール (Kwashiorkor)、マラスミッククワシオコール(Marasmic kwashiorkor)に分けられる。

マラスムスは長期間のエネルギーおよびタンパク質両方の不足による低体重で、肩、腕、尻、腿が骨と皮しかない重度の低栄養状態(やせ)である。いわゆる”old man face(老人のような顔)”、”baggy pants(尻の皮膚がたれてだぶだぶのパンツのよう)”の特徴がある。その他の症状として、空腹(hunger)、萎れた様相(wizened appearance)、落ち着きがなく興奮状態、食欲がない、髪が薄いか全くない等がみられる。

クワシオコールは1~4歳に多く診られる。エネルギーに比してタンパク質摂取が不足した状態であり浮腫が診られるのが大きな特徴である。蛋白合成ができないための浮腫により体重は不変かむしろ増加することがあり、太っているように見えることもある。その他の症状として脱色したような髪の色、皮膚病”flaky-paint(肌の色の部分が薄い色になる)”、無表情、陰気、過剰反応、食べる意欲がない等がある。

マラスミッククワシオコールはマラスムスクワシオコールの両者が重なった症状で低体重かつ浮腫が診られる。

タンパク質エネルギー欠乏症に対する一般的な治療は2フェーズからなる。初期段階としての短期的治療と食料援助による注意深いモニタリング、その後の長期的段階としてのリハビリテーションと再発予防である。WHOとユニセフではPEMの対策として完全母乳と適切な補助食の普及を図るためのIYCF(Infant and Young Child Feeding)グローバル戦略を途上国に推奨している。(石川みどり)
用語 ソーシャルマーケティング
概要

(英語訳:Social Marketing)

ソーシャルマーケティングは、社会とのかかわりを大切にしつつ、商業分野のマーケティング手法を応用し、対象集団と社会の利益、福祉の向上を追求するアプローチである。対象集団を区分けし、行動に関する認識、それを決定する環境を分析した上でプログラムを組み立て、利益が費用を上回るようインセンティブを工夫し、自発的な行動を促進することが、健康教育との違いである。対象集団の主体性を重視し、マーケティングを通して、新たな社会的価値を共同で創造していく面も持っている。具体例として、健康増進や生活習慣病の予防を目指し、果物や野菜の消費を増やすため、生産者、流通業界、スーパーマーケット、メディア、地域社会、消費者自身を巻き込み、様々なメディア戦略を適切に組み合わせ、果物や野菜の健康に対する利益の認識を高め、購買、消費を促進するプログラムがあげられる。この手法は、国際保健の分野でも広く適用されており、母乳栄養や禁煙の促進、避妊法の普及、経口補水治療の利用促進、蚊帳の配布と適切な使用の促進などに応用されている。ソーシャルマーケティングのプログラムを効果的かつ持続的にするためには、供給される物や変化を促す行動の適切な設定、それを有効に行う場所の選択、利益や費用の妥当な設定、メディア等による宣伝・促進キャンペーン、市民社会の参加と協力が必要である。(神谷保彦)

用語 セクターワイドアプローチ
概要

(英語訳 : SWAps, Sector-Wide Approaches) 

国際通貨基金(IMF)と世界銀行による当該国の経済政策全体を対象にした1980年代の構造調整政策の失敗と援助側主導のあまりに断片化したプロジェクト型援助への批判を受け、1990年代に入り、当事国主導のセクター単位の援助アプローチが模索され、世界銀行ではセクター投資プログラム(Sector Investment Plan, SIP)が保健や教育セクターに導入された。1990年代後半、SIPは開発途上国の現実のキャパシティを考慮したより柔軟性のあるものへと変容が迫られ、その結果としてセクターワイドアプローチが提唱されるようになった。プログラム・ベースド・アプローチ(Program-based approach, PBA)と呼ばれることもある。このように当該国の状況や進捗に合わせて柔軟に運用されるものであるが唯一無二の定義は存在しない。しかし世界銀行や北欧諸国、英国カナダの開発庁など、セクターワイドアプローチを率先して取り入れた組織による独自の定義によると、概ね以下の要素が共通して含まれている。

1)当事国と開発パートナーが合意したセクター全体政策と戦略
2)その政策・戦略実施のための中期的支出枠組み
3)当事国政府のリーダーシップによる関係者調整
4)合意されたセクター戦略・プログラムの実施・管理プロセス

セクターワイドアプローチの効果に関する評価結果は様々であり、1990年代に導入され引続き継続しているバングラディシュのような国もあればやめた国もある。しかし援助効果にかかるパリ宣言の5つの原則を実践するアプローチとしては、それに代わる新たな援助方式は打ち出されていない。(野田信一郎)

用語 スピリチュアル・ヘルス
概要

(英語訳:Spiritual Health)

スピリチュアル・ヘルスに、確立した定義はないが、1980年代のマーラー事務局長時代からWHO(世界保健機構)では、健康概念に「非物質的な」要素に配慮することの重要性が議論されてきた。1946年以来の「健康」の定義に、スピリチュアル(霊性的)な価値を第4の次元として取り入れ、以下のように改正することが、1998年WHOの執行理事会に提案され了承されたが、WHO総会での正式承認には至っていない。

「健康とは、病気でないとか、脆弱でないということではなく、肉体的にも、精神的にも、霊性的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた動的な状態にあることをいいます。」
(下線部が1998年のWHO執行理事会の提案内容。日本WHO協会訳を改変)
これは明らかに、物質的、技術至上主義的な健康概念に対しての見直しを図った試みと言える。一方、健康における次元には、文化や宗教依存的な面があり、この変更がWHOでも主に、東地中海地域事務局内のイスラム諸国から提案されたことも警戒され、合意形成には至らなかった。

しかし21世紀の今日、緩和ケア、代替医療、死の教育、自殺予防、メンタルケア、認知症地域ケアなどの課題が切実になっているグローバルな保健医療状況の中で、身体的健康概念はゆらぎ、改めてスピリチュアル・ヘルスの意味づけや役割が問われていると言える。  
(本田徹) 

用語 ストップ結核パートナーシップ
概要 (英語訳 : Stop TB Partnership) 

世界の結核制圧を目標として、2000年のアムステルダムで開催された結核高蔓延20カ国による外相会議で設立が呼び掛けられ、2001年にスイスのジュネーブに設立されたパートナーシップである。現在世界100カ国以上で、1500ほどのパートナーで構成されており、構成員は政府機関(保健省等)・研究機関・国際機関・ドナー・非政府組織(NGO)さらに、個人等であり、あらゆる個人や団体が参加することが可能である。

本パートナーシップの目標達成のための指標として、設立当初は「2005年までに70%の感染性結核患者を発見し、その内の85%が治癒すること」と設定され、その後国連ミレニアム開発目標(MDGs、Millennium Development Goals)の指標を補足するものとして、以下の指標が設定されている。「2015年までに、結核死亡数と結核有病率とが1990年における数値を半減させる」、「2050年までに、世界の結核罹患率が人口100万人対1以下(=結核制圧)となるようにする」。

現在このパートナーシップには10の作業部会(薬剤耐性結核、HIV合併結核、結核検査強化、結核伝播終息(感染防御)、公私連携強化、小児結核、新結核診断技術開発、新抗結核薬開発、新結核ワクチン開発、結核患者権利保護の各作業部会)があり、各分野から結核終息に向けてのあらゆる資源と技術の投入を促進している。

日本においても同様な趣旨で、2007年に「ストップ結核パートナーシップ日本(STBJ)」が設立され、日本国内でその趣旨に賛同する個人や団体による世界の結核終息を目指す連携が形成されつつある。(大角晃弘)
用語 ステークホルダー
概要 (英語訳 : stakeholder)

利害関係者と訳される。「ステーク」とは「何かの結果によって失う危険のある大事なもの」で、通常は賭け金や投資など金銭を指す。企業活動などで使われる場合は、「ステークホルダー」とは企業の意思決定によって直接的に大きな影響を受ける人々で、投資家や株主である。他にも間接に金銭的な利害が生じる対象としてビジネスパートナー、取引先、従業員、組合、利用者(消費者)などがある。

最近では、ステークの内容は名声・生活環境・安全など有形無形なものに拡大して解釈される。社会秩序や倫理、自然環境に与えるリスクを考慮すると、全人類や次世代までステークホルダーに含まれることもある。

国際保健の領域で使われるステークホルダーは、介入やプロジェクトを担当する援助機関・相手国実施機関、直接的に便益を受ける対象となるグループや組織、さらにプロジェクトの対象とならないが間接的に便益や不利益を受けるグループや組織である。プロジェクトが及ぼす影響を拡大して解釈すれば、ステークホルダーの範囲も拡大して考えなくてはならない。また、プロジェクトが意図的に影響を与える集団をターゲット・グループと呼び、ステークホルダーよりは限られた集団である。 
用語 スティグマ
概要

(英語訳:Stigma)

スティグマとは、元々は「烙印」と言う意味で、特定の事象や属性を持った個人や集団に対する、間違った認識や根拠のない認識を言う。スティグマは、その結果として対象となる人物や集団に対する差別や偏見となり、不利益や不平等、排除等のネガティブな行動の原因として社会的に問題となることが多い。保健医療分野では、ハンセン病結核HIV感染のような慢性感染症や性感染症、身体および精神障害者、先天性奇形の存在、社会的弱者、孤児、薬物常習者、低所得者、同性愛者等が対象となることが多い。つまり、このようなグループやグループに属する者に対する間違った認識や根拠のない認識が差別や偏見につながることで、さらに彼らにとって不利益となる。スティグマの生じる原因はメディアを含めた文化や社会的要因が複雑に絡まっており容易ではない。

自分自身に対しては “self-stigma”(自己スティグマ)と言う形で、自分自身の状況に対して自分自身に烙印を押し、これが、通常の社会活動への参加の回避、健康増進行動の回避、通常の保健医療サービスへのアクセスの拒否等の行動をもたらすことも問題になっている。スティグマを排除するためには、事象に対する正しい理解に加え、当事者自身の開示が効果的で、そのためには当事者自身が経験したことや望んでいること、必要としていることを話せる社会の理解と協力が必要である。(垣本和宏)
 

用語 スケールアップ
概要 (英語訳:Scale up)

これ自体が特別な用語ではないが、2006年頃からエイズ対策などのプログラムの中で汎用される言葉である。日本語では「拡大」とか「展開」と訳されていることが多い。

政府があるプログラムを開始する際に、ある一部の地域でパイロットとしてプログラムを開始し、パイロット終了後にパイロットを評価し、その後の全国展開の段階を「scale up phase」と呼ぶことがある。また、このような地理的な「スケールアップ」以外に、例えば、病院レベルのみで実施されていたエイズ治療を、保健所やコミュニティーレベルでも実施しようとするときも、「スケールアップ」と呼ぶことがある。

エイズ対策は、一部のパイロット地域や限られた施設でのプログラムの成功例は多くあるが、全ての住民にプログラムでの医療サービスが行き届くようにすることが一番の難しさとも言われている。一方、国連・WHOエイズ対策として2010年までに誰もがエイズ予防・ケア・治療へのアクセスを持つことを目指した「Universal Access」を打ち出しており、最近「スケールアップ」の言葉が多くの国で使用されるようになった。(垣本和宏)