国際保健用語集

用語 橋本イニシアチブ
概要
 (英語訳 : Hashimoto Initiative) 

1997年、デンバーで開催されたG8サミットで、橋本龍太郎首相(当時)は寄生虫症の国際的対策の重要性を訴え、G8各国が協力分担して当たるべきことを強調した。

翌1998年のバーミンガムサミットでは、橋本首相のこの提言が「感染症及び寄生虫症に関する相互協力を強化し、これからの分野における世界保健機関(WHO)の努力を支援すること」とコミュニケに盛り込まれ、世界は21世紀に向けた国際寄生虫戦略を、国際政治上の最も高いコミットを受けて展開してゆくこととなった。この提唱を「橋本イニシアチブ」と呼ぶ。

日本は様々な社会的・経済的困難を克服し、寄生虫症の流行を制圧した経験を持っているので、この経験を生かすことで、わが国がG8各国の中にあって国際寄生虫戦略でリーダーシップを発揮してゆくことを橋本首相は切望された。現在まで、独立行政法人国際協力機構(JICA)を通した「橋本イニシアチブ」としては、アジアに1カ所(タイ・マヒドン大学)、アフリカに2カ所(ケニア・ケニア中央医学研究所、ガーナ・野口記念研究所)の寄生虫対策の拠点「Centres of International Parasite Control: CIPACs」が開設され、人材開発プロジェクトを中心とした寄生虫対策が拠点周辺諸国を含めて展開されている。

「国際寄生虫対策ワークショップ2004」では、日本政府は「橋本イニシアチブ」の一層の充実をめざし、厚生労働省、外務省、文部科学省、JICA、日本寄生虫学会等を中心とした専門家会合を続け、WHOWorld Bank等と情報交換を行いながら、さらなる効果的な国際寄生虫対策の実施に向けて、他のドナー機関との連携を強化していくことが重要であると確認された。  
用語 栄養転換
概要

(英語訳:Nutrition Transition)

1980年代頃よりアジア、南米、北アフリカ、中東、そしてサブサハラアフリカの都市部など世界中の多くの地域で、食習慣、身体活動習慣を含む人々のライフスタイルは変化の一途をたどっている。栄養転換とは、「欧米型」と言われるような高脂肪(不飽和脂肪酸)、高糖質、食物繊維に乏しい食事の摂取機会が増え、同時に身体活動の機会減少も伴い、集団の体格組成が変化する現象である。人口転換(多産多死から少産少死への移行、そして高齢化の現象)、疫学転換(低栄養や飢饉、衛生環境に起因する感染症から、都市化や産業化に伴うライフスタイルの変化に起因する慢性疾患の増加へと疾病構造が変化する現象)に伴って、あるいはそれらに続いて起こる。特に低中所得国においては、都市部を中心に過剰栄養が増加する一方、農村部では依然として低栄養・微量栄養素欠乏等が多く存在する「二重負荷:double burden」を抱えることも多い。近年では成人肥満だけでなく、小児肥満・幼児肥満も問題になっている。栄養転換の指標としては、多くの非感染性疾患の危険因子である肥満が用いられることが多い。

栄養転換のステージがさらに進み、多くの高所得国、また一部の低中所得国では、肥満の増加に加えて食事関連の非感染性疾患(Diet-related Noncommunicable Diseases: DR-NCDs)の増加が問題となっており、特に低中所得国においてはその一連の移行がかつてないほどに急速に進んでいることから、食料システムを含めた地球規模での対策が急務である。(野村真利香)

用語 栄養失調(栄養不良)
概要

(英語訳 : Malnutrition)

栄養失調(栄養不良)とは、健康に育つためのバランスのとれた栄養が摂取できていない状態を示し、発育阻害(stunting)、消耗症(wasting)、低体重(underweight)、過体重(overweight)などの形態がある。発育阻害は年齢に対する身長(height for age)で評価され、長期に渡る慢性的な栄養状態を示す指標となる。消耗症は身長に対する体重(weight-for-height)で短期的・急性的な栄養状態の評価に多く用いられる。低体重は年齢に対する体重(weight for age)で、過体重は消耗症同様に身長に対する体重(weight for height)で評価される。2017年時点で世界の5歳未満の発育障害が1億5,100万人、消耗症が5,100万人、過体重が3.800万人と推定されている。これら栄養不良の形態は低栄養と過栄養の問題に大別できるが、栄養転換期にある低中所得国においては、低栄養と過栄養が混在する「栄養不良の二重負荷(double burden of malnutrition)」が多くみられる。栄養不良の二重負荷は、国レベル(都市部と農村部)、世帯レベル(親と子)、また、個人レベル(過剰エネルギー摂取と微量栄養素欠乏の混在など)でも存在する。持続可能な開発目標(SDGs)には「2030年までにあらゆる形態の栄養失調を撲滅する」という指標が設定されており、目標達成に向けて国際社会全体での取り組みが行われている。(水元芳)

用語 条件付現金給付
概要

(英語訳: Conditional Cash Transfer )

特定の行動を遂行することを条件に、貧困層を主な対象に現金を給付する社会扶助プログラムであり、貧困削減政策の一環でもある。1990年代後半以降、ラテンアメリカ諸国で普及したが、現在アフリカ、アジア諸国でも、開発銀行やUNICEF(国連児童基金)等の国連機関、英国国際開発省などの政府援助機関の後押しで拡大している。所得やサービスを直接移転することで貧困の軽減を目指すという短期的目標と、子供の就学や予防接種などを現金給付の条件にすることで、人的資本を形成し、経済的な自立を支援するという長期的目標がある。給付対象者となる貧困層の選別の難しさ、プライバシー侵害の危険性も指摘されているが、条件付現金給付を実施するには行政能力も重要であり、ドナーはその財源の融資のほか、プログラムのデザイン計画やモニタリング評価に対する支援も行っている。現金給付を得る条件となる保健や教育のサービスのアクセスや質が不十分であれば、その有効性が薄れてしまうため、対象となるサービスの充実が課題となる。ジェンダー面に対して、女性の伝統的役割や家事負担の増加など負の影響も指摘され配慮が必要である。サービス利用は向上するが、健康状態の改善など長期的なインパクトには至らないこともある。ラテンアメリカ諸国における貧富格差の減少の一因として条件付現金給付があげられる一方、貧困を一時抑え込むだけで、格差の原因である社会構造を変える根本的な解決にはならないという意見も根強い。(神谷保彦)

用語 有資格出産介助者
概要

(英語訳:SBA, Skilled Birth Attendant)

医師、助産師といった医療専門職として助産に係る正規の教育課程を修了し、正常な妊娠・出産・産褥期の管理と妊産褥婦や新生児の合併症の発見や緊急搬送に係る必要な技能を習熟していると認証を受けた出産介助者の総称のこと。

1997年の「安全な母性イニシアティブ(Safe Motherhood Initiative)」レビュー会議以降、妊産婦死亡や新生児死亡の減少を目指し、助産師の養育成等積極的にSBAの能力強化と配置が世界的に実施された。妊産婦死亡や新生児死亡は、出生後24時間までの間に起こることが多く、緊急時の技術を修得したSBAによる出産介助によって、新生児死亡の43%減少、妊産婦死亡の3分の2を防ぐと言われているが、2012年にはサブサハラアフリカや東南アジアの約4000万の出産はSBAによる出産介助を受けていないと報告されている。SBAによる出産介助が推奨される一方、SBAに必要な技能習熟に関する統一された評価方法はまだ確立されていない。(橋本麻由美) 

用語 旅行者下痢症
概要

(英語訳:Traveler's diarrhea)
 
海外渡航者がおこす下痢を旅行者下痢症と呼び、感染性腸炎がその大部分を占める。開発途上国に1カ月間滞在した渡航者の約20~60%が本症を発症するとされている。病原体としては病原性大腸菌(とくに毒素原性大腸菌)、サルモネラ菌、キャンピロバクターなどが多く、通常は数日の経過で軽快するが、赤痢菌やコレラ菌などにより、重篤な症状を呈する例も時にみられる。原虫や寄生虫が原因になる下痢は慢性の経過をたどることが多い。

本症の予防にはミネラルウオーターや煮沸した水を飲用すること、食品はなるたけ加熱したものを摂取することなどが重要なポイントである。外食をする際も衛生状態の良い店を選ぶようにする。リスクの高い旅行者には止痢薬を持参させ、症状があれば服用するように指導する。ただし、血便や高熱をきたしている下痢の場合、止痢薬の使用は推奨できない。なお、症状の強い時は、電解質飲料などで水分補給に努めることも大切である。

帰国後に下痢症状を呈している患者については、便の細菌培養と寄生虫検査(直接塗沫法、集卵法)を行い、病原体を明らかにする。暫定的な治療にはニューキノロン系抗菌薬やアジスロマイシンが推奨されている。(濱田篤郎)

用語 新興感染症
概要 (英語訳 : emerging infectious diseases) 

世界保健機関(WHO)はWorld Health Report 1996で、新興感染症に対処する能力の強化と、その監視・対策のための国内・国際間協力体制の支援を表明している。新興感染症とは、「過去約20年の間に、それまで明らかにされていなかった病原体に起因した公衆衛生学上問題となるような新たな感染症」と当時は定義し、1973年のRotavirus(小児下痢症の原因ウイルス)、1976年のCryptosporidium parvum(水系感染下痢症を起こす原虫)、1977年のEbora virus(エボラ出血熱の原因ウイルス)、Legionella pneumophila(レジオネラ症の原因菌)、Hantaan virus(腎症候性出血熱を起こすウイルス)、Campylobacter jejuni(下痢症・食中毒起因菌)などの微生物発見を端緒として、これ以降に明らかとなった感染症の国際的重要性を強調している。近年では、「新たにヒトへの感染が証明された微生物で、(またはそれまでその土地では存在していなかったが、新たにそこで)ヒトへ病気を起こし初めてきたもの」と定義するのが良く、まずヒトの病気として成立することが前提となる。さらに「原因が不明であった疾患で、感染性病原微生物が明らかとなり、公衆衛生上地域的あるいは国際的に問題になるもの」も含まれる。近年の代表例では、1997年にインフルエンザA型ウイルス(H5N1亜型)が、鳥インフルエンザウイルスとして認識されていたものがヒトへ感染して病気を起こすことが明らかとなったこと、2003年のSARS corona virusによる急性肺炎の世界的拡散が記憶に新しい。近い将来は、インフルエンザ(H5N1)が、ヒトでパンデミックを起こす新型インフルエンザに変異した場合が想定できる。(狩野繁之)
用語 新生児ケア
概要 (英語訳 : Neonatal Care, Newborn Care) 

出生時より28日間の子どもを「新生児」と呼び、生後1週間以内を「早期新生児」、それ以後を「後期新生児」と区別する。子宮外という新環境に適応しなくてはならない新生児期は、人生の中で最も生命が危険に晒される時期である。産科と小児科の領域の狭間で十分あるいは適正なケアが受けられずに死亡してしまう児も多い。新生児ケアの対象は、?出生直後の全ての児、?治療的介入を必要とする病的新生児・低出生体重児、であり、その状態および予後は、出生前の胎児期とも密接に関連する。

新生児の主要死亡原因は、未熟性、仮死、肺炎や髄膜炎等の感染症であり、死亡の多くは出生後24時間以内に起こる*1。各症候に対して効果的な介入の根拠が既に複数示されており、介入パッケージの普及で予防可能な死亡の減少が期待できる*2。しかし開発途上国では医学的介入だけでなく、種々の課題(自宅出生、保健医療施設へのアクセスの困難さ、受診した施設の水や電気等の未整備・適切なスキルを身につけたスタッフの不足、等)に同時に取り組むことが不可欠である。さらに自宅やコミュニティーで新生児を継続的にケアできる家族や保健ボランティアの役割も重視されている。

2015年に世界で死亡した5才未満の子ども590万人中、約46%(270万人)を新生児が占めた*3。子どもの死亡数減少に伴う新生児死亡の割合の相対的上昇により、新生児ケアに対する国際社会の関心は徐々に高まってきた。2014年に発表された「全ての新生児のための行動計画」では、世界の新生児死亡率を2035年までに出生1000対10以下に削減するという目標が掲げられている。(岩本あづさ) 
用語 文化能力
概要 (英語訳: Cultural Competence)

文化能力とは、文化背景の異なる対象を理解し、文化的に適切な医療やケアを提供する能力であり、文化についての知識、態度、技術が複雑に統合された資質のことである。単一の共通した定義はないが、具体的には自文化の世界観への気づき、多様な文化に対する適切な態度形成、他民族の社会や文化に関する知識、言語的および非言語的なコミュニケーション能力、文化に即した医療やケアを提供する能力、経済・文化・言語の違いなどに起因する差別や不利益から対象を保護する能力などである。

Campinha-Bacoteは、文化能力について、文化への気づき(cultural awareness)、文化についての知識(cultural knowledge)、文化をアセスメントする技術(cultural skill)、文化との出会い(cultural encounters)、文化を理解したいという願望(cultural desire)という5つのプロセスにより獲得されると提唱した。

文化能力は、個人が獲得するだけでなく、組織も向上させる必要がある。組織の文化能力とは、1)組織の異文化に関する価値観や原則を示し、それらを組織の行動、態度、方針、構造に反映させること、2)組織内の多様性を尊重し、文化能力を自己評価し、構成員の違いによって生じる問題を管理し、組織として異文化に関する知識を蓄え、それを組織が関わるコミュニティに適応すること、3)方針策定、管理、実施、サービス提供に組織の文化方針や価値観を具現化させ、患者、関係者、住民などの参加を促すこと、を含む。

文化能力は、短期間の研修などで身につく知識やノウハウではなく、異文化に対する自分の態度を含むため、時間をかけて発達するものである。(柳澤理子)
用語 政府開発援助
概要

(英語訳 : Official Development Assistance)

開発途上国の経済や社会の発展、国民の福祉向上や民生の安定に協力するために行われる先進国による政府ベースの経済協力のこと。OECD(経済協力開発機構)の下部機関DAC(開発援助委員会)の定義では、(1)政府ないし政府の実施機関によって供与されるものであること、(2)開発途上国の経済開発や福祉の向上に寄与することを主たる目的としていること、(3)資金協力については、その供与条件が開発途上国にとって重い負担にならないようになっており、グラント・エレメントが25%以上であることが基準となっている。(杉下智彦) 

用語 拡大予防接種計画
概要 (英語訳 : EPI, Expanded Programme on Immunization)

世界のすべての子どもたちを予防可能な感染症から守るために、基本的なワクチン接種の推進を目的としてWHO によって開始されたプログラムである。EPIは、1978年にアルマ・アタ宣言として採択された“health for all by 2000”を達成するために、不可欠な要素のひとつと位置づけられた。EPIが開始された背景には、天然痘の流行がワクチンの普及によって制圧され、さらに根絶も達成したことにより高い費用対効果が実証されたという事実がある。1974 年にEPIが始まった当初は、BCG、ジフテリア、百日咳、破傷風、ポリオ、麻疹の6ワクチンが対象であったが、その後B型肝炎やインフルエンザ菌b型(Hib)も推奨対象に加わり、さらに2000年のGAVIの設立によってEPI活動は加速され新しいワクチンである肺炎球菌結合型やロタウイルスも乳幼児の疾病負荷を軽減するために有用なワクチンと考えらその対象ワクチンは拡大しつつある。予防接種は、小児のみならず、年長児や思春期世代、妊婦においても健康を守るために不可欠な手段の一つである。ポリオ根絶は目標達成の最終段階に入り、麻疹や新生児破傷風の排除も世界各地で成果をあげつつあるが、これらの基本になるのはEPIである。(中野貴司)
用語 成長モニタリング
概要

(英語訳 : Growth monitoring)

成長モニタリングは、生後から定期的に身長や体重、上腕周囲径(MUAC)などを計測・記録し、発育状況と栄養状態の評価を行うことである。150を超える国と地域が導入しており、その多くが5歳未満児を対象として毎月、または予防接種時に合わせて実施している。目的は、成長、栄養状態を把握して健康問題の早期介入、食事や病気が成長に及ぼす影響の知識向上、家族が健康問題に対して適切な初期対応を行う動機付けなどである。成長曲線が広く利用されており、国や地域で独自の成長曲線を作成している場合もあるが、開発途上国の多くはWHO(世界保健機関)が作成した成長曲線を用いている。個々の記録には、予防接種歴と子どもの成長曲線を合わせた小児健康カードが広く普及しているが、より多くの情報を記載できる母子健康手帳を導入した国も2016年時点で40ヵ国を超えている。成長曲線を活用すると、児の計測値が国際基準値(The WHO Child Growth Standards)からどれだけ離れているかを視覚的に確認することができる。WHOでは、統計データによる年齢層別、男女別の基準値をパーセンタイル曲線とzスコア曲線で示したものを、年齢に対する身長(Length/Height for Age)や体重(Weight for Age)、身長に対する体重(Weight for Height)などの指標ごとに作成している。2006年に公表された国際基準値は世界6地域で収集したデータに基づいたものであるが、年齢に対する身長基準値はアジア地域では高すぎるのではないかとの議論もある。(水元芳)

用語 感染症の根絶
概要 (英語訳:eradication of infectious disease)

感染症の根絶(eradication of infectious disease)とは、計画的な対策の結果、特定の病原体による感染症の発生が、恒常的に、世界的にゼロにまで減少したことと定義される。それに対し、感染症の絶滅(extinction of infectious disease)とは、地球上のあらゆる実験室や自然界から病原体が存在しなくなることと定義される。例えば、天然痘は、世界的な対策によって感染症の発生は完全に無くなったことから、根絶となったが、病原体である天然痘ウイルスは、ロシア及び米国の実験室で保管されていることから、絶滅には至っていない。

通常、ある感染症が根絶されると、感染者を減少させるための日常的な疾患対策は不要となるが、病原体が絶滅されない限り、再発生の可能性はゼロとはならない。そのため、発生監視(サーベイランス)や発生時の危機管理は、継続させることが必要となる。(中島一敏)
用語 性感染症
概要

(英語訳 : STIs, Sexually Transmitted Infections)

性行為により感染する疾患の総称。性感染症の中には、輸血や経静脈注射、母子垂直感染など性行為以外の経路によっても感染するものも存在する。主な性感染症は、梅毒、淋菌感染症、性器クラミジア感染症、軟性下疳、性器ヘルペス、B型肝炎、C型肝炎、HIV感染症、腟トリコモナス症、尖圭コンジローマなどである。STDs(Sexually Transmitted Diseases)と記されることが多かったが、HIVのように感染してもすぐには症状がでない疾患もあることより、近年STIsが用いられる傾向にある。

世界中で毎日新たに100万人以上が性感染症に感染しているとされており、代表的なクラミジア、淋菌、梅毒、トリコモナス症など、4つのSTIsだけで、毎年3億7,700万件の新規感染が発生している。

性感染症による直接の症状のみならず、クラミジアや淋菌感染による女性不妊症、パピローマウィルス感染による子宮頚癌など、長期的な影響を及ぼすものもある。また、梅毒合併妊婦における周産期死亡の増加・先天性梅毒の発生、HIVや肝炎ウィルスの母子垂直感染により胎児・出産後の児に影響を与える性感染症も存在する。さらには、HSV 2型や梅毒に感染することで粘膜が傷害され、HIV感染リスクを高める可能性も指摘されている。

性感染症の世界戦略 (2016-2021年)では、性感染症の新規感染ゼロ、性感染症による合併症や死亡ゼロ、性感染症への差別・偏見ゼロの3つのゼロをビジョンとしている。対策は、個人に対する治療・感染予防のみならず、性的パートナーへの感染予防・治療、母子垂直感染予防、ワクチン投与(ワクチンによる予防が可能である疾患の場合)、感染スクリーニング、感染サーベイランスなど多岐に渡る。これまで、医療資源の限られた開発途上国などでは、疾患の診断にこだわらずに症状に応じて治療を提供する、症候別アプローチ(Syndromic management)が推奨されてきたが、半数以上が無症候性であることなどから、臨床検査診断の重要性が認識されるようになった。近年、特に淋病などで薬剤耐性が発生しており、対策上の脅威となっている。(野崎威功真)
 

用語 急性呼吸器感染症
概要 (英語訳 : ARI, Acute Respiratory Infections) 

急性呼吸器感染症(ARI)の中で特に肺炎は、症状が重く死亡率も高いので早期発見と適切な治療が大切である。しかし途上国においては、レントゲン検査が実施できるとは限らない。
そこで呼吸数と陥没呼吸の有無により、ARIを?上気道炎、?軽症肺炎、?重症肺炎、に分類し対処する。
“咳”のみが症状の場合は上気道炎として対症療法を行い、抗菌薬は投与しない。ただし、A群溶連菌感染症や中耳炎に対しては抗菌薬を考慮する。
“咳”と“多呼吸”を認める場合は肺炎である。1分間の正常呼吸回数は年齢によって異なり、低月齢乳児では生理的に呼吸数が多い。
“多呼吸”の判定基準は、2ヶ月未満:60回/分以上、2ヶ月以上1歳未満:50回/分以上、1歳以上5歳未満:40回/分以上である。
「軽症肺炎」の患者には、外来で抗菌薬を投与する。“陥没呼吸”を認めれば、入院治療の必要な「重症肺炎」である。
意識障害や経口摂取不良など“危険な臨床徴候danger signs”に注意することも大切である。
用いる抗菌薬は、ペニシリンが基本薬剤となる。治療開始後48時間で効果を評価し、現状の治療を継続するのか変更するのかを検討する。
低出生体重、栄養不良、母親の知識不足などは児のARI罹患や重症化の危険因子であり、ARI対策として母子保健の向上や教育啓発活動、IMCIの実践が有用である。(中野貴司)
用語 必須医薬品
概要 (英語訳 : Essential MedicineまたはEssential Drug*) 

「必須医薬品とは、大多数の人々が健康を保つために必要不可欠なものであり、決して不足することなく、必要とする人々にとって適切な投与形態で、誰もがアクセスできる値段で提供されるべきものである。」と世界保健機関 (WHO) は定義している。必須医薬品という概念は、1978年のアルマ・アタ宣言における8つのプライマリヘルスケア戦略のひとつとして内容にもりこまれ、必須医薬品が人々の健康にとって必要不可欠なものであることが再確認された。

1977年以来、WHOは必須医薬品モデルリストを定期的に改訂・発行しており、2007年3月には、第15版が発行された。新薬の開発、新興再興感染症の罹患率の変化などから新たな医薬品が追加されてきたが、単に品目数を増やすのみでなく、削除医薬品も検討され収載薬品は増減を繰り返しつつ近年は320種類前後で推移している。また、2007年10月には12歳以下の小児を対象とした小児用必須医薬品モデルリストも初めて発行された。これらのWHOのモデルリストは各国がその国独自の必須医薬品リストを選定する際の参考資料として活用されている。

各国がそれぞれの疾病構造に応じて、治療指針と合わせて必須医薬品リストを作成することで、一部のビタミン剤などのように必要不可欠とはいえないにも関わらず使用されている医薬品を排除することが可能になる。また、同リストは通常、一般名(成分名)で記載されるものがほとんどであることから、ジェネリック医薬品の使用を推進するなど、医療費の削減にも貢献すると考えられる。(奥村順子)

【*注】 近年では麻薬などを意味する‘Drug’と区別するため、‘Medicine’を使うことが多い。
用語 微量栄養素
概要

(英語訳 : Micronutrient) 

微量栄養素とは、微量ながらも人の発達や代謝機能を適切に維持するために必要な栄養素であるビタミン、ミネラル(無機質)を指す。ビタミンはさらに脂溶性(ビタミンA、D、E、Kの4種類)と水溶性(ビタミンB1、B2、B6、B12、パントテン酸、葉酸、ナイアシン、ビオチン、ビタミンCの9種類)に分類される。

ビタミンは、タンパク質、糖質、脂質がエネルギーに変換される際の代謝サイクルに必要不可欠な栄養素であると共に、それぞれが異なる身体機能維持に作用して体を健康な状態に保っている。

ミネラルは、生体を構成する主要4元素(酸素、炭素、水素、窒素)以外の元素の総称で、必須ミネラルは16種類である(カルシウム、リン、カリウム、硫黄、塩素、ナトリウム、マグネシウム、鉄、亜鉛、銅、マンガン、クロム、ヨウ素、セレン、モリブデン、コバルト)。

微量栄養素が長期的に不足すると、欠乏症と呼ばれる健康障害を引き起こす。WHO(世界保健機関)とFAO(国連食糧農業機関)では、年齢、性別ごとの成長に必要、且つ健康維持に必要な微量栄養素の必要摂取量を定めると共に、過剰摂取による健康障害を予防するための許容上限摂取量を設定している。また、WHOは世界の微量栄養素欠乏症情報システム(Vitamin and Mineral Nutrition Information System)を有し、国・地域別の微量栄養素摂取状況や欠乏症有病率などの情報を提供している。(水元芳)

用語 後発開発途上国
概要 (英語訳:LLDC,landlocked developing country)

開発途上国の中でも特に開発の遅れた国を指す。1974年の国連総会で、開発に関して特別な配慮をはらうことを決めた。一人当たりのGDP(99年現在一人当たりGDPが899ドル以下)、人的資源開発の程度(平均余命等)、経済構造の脆弱性(GDPに占める製造業の割合等)を基準として決定する。現在、約50ヶ国が「後発開発途上国」の基準に該当する。このうち半数以上をサハラ以南アフリカ諸国が占める。後発開発途上国に暮らす人口は現時点で約7億人と推定されている。(山本太郎)