国際保健用語集

用語 低栄養/栄養不良
概要

(英語訳:Undernutrition)

栄養不良は質量ともに不十分な食事摂取,あるいは消化吸収機能の低下によって生じる。栄養必要量を満たすのに十分な量の食物を摂取できない低栄養の状態が続くと、タンパク質・エネルギー欠乏症(protein energy malnutrition: PEM)および鉄、ビタミンA、ヨード、亜鉛等の微量栄養素欠乏症等の栄養不良に陥る。最近では、大規模な自然災害(例:干ばつ、地震、洪水)を除くと、重度のPEMは減少してきているが、表面的に観察しただけでは判定が難しい、中等度・軽度の栄養不良の蔓延が開発途上国において大きな問題となっている。これら中等度・軽度の栄養不良の判定には、身長と体重を測定し、統計ソフトウェアWHO Anthroを用いて健康な小児の基準集団の標準値と比較する形で、身長別体重 weight-for-height、(更に年齢データを用いて)年齢別身長 height-for-age、年齢別体重 weight-for-ageを算出する方法が用いられている。その結果、各指標のZ-scoreが-2未満の小児をそれぞれ、急性栄養不良(Wasting)、慢性栄養不良(Stunting)、低体重(underweight)と判定している。

開発途上国では,5歳未満児の死因のうち半数以上が直接的および間接的に栄養不良に起因していると報告されており、母乳栄養や離乳食に関する親の知識不足が乳幼児の栄養不良の最も大きな要因の一つとなっている。また,下痢症や腸管寄生虫などの感染症は栄養状態を悪化させ,栄養不良に陥ることにより更に感染症に罹患するリスクを高めるという悪循環が生じることが多い。このように,食料不足(Food insecurity)だけではなく、経済的貧困、水と衛生の不備による劣悪な衛生環境,教育・保健サービスの不備、など栄養不良の背景には様々な要因がある。(三好美紀、石川みどり)

用語 粗死亡率
概要

(英語訳 :CMR, Crude Mortality Rate)

ある一定期間での全死亡数をその期間の中央時点の人口で割ることにより算出される。例えば、一定期間を1月から開始し、1年とするならば7月1日の時点の対象エリアの人口で1月から12月までの全死亡数を割ることによって算出される。また、その値に人口何人あたりで示したいかの数をかけて示すことが一般的である。例えば千人あたりであれば1000をかける。この例を数式で表すと以下のようになる。

粗死亡率(人口千人あたり1年間)

ここで注意しなければいけないのは粗死亡率は高齢者の多い人口構成では高くなるのは自然なことであるため、そこで、年齢構成の異なる集団を比較する、国際比較や年次推移を観察したい場合には、人口の年齢構成の差を取り除いた死亡率、「年齢調整死亡率」を用いる必要がある。(伊藤智朗)  

用語 女性器切除
概要

(英語名称:FGM/C, Female Genital Mutilation/Cutting)

女性性器切除(FGM/C)とは、「医学的治療行為としてではなく、女性の外性器の一部または全部を切除、あるいは女性器を損傷すること」を指す。

FGM/Cを実施している国はおよそ30カ国であり、アフリカ、中東、およびアジアの一部(インドネシア)に集中している。現時点で、毎年300万人がFGM/Cを受けている。また少なくとも2億人の被施術者がいると推計されており、うち半数以上はインドネシア、エジプト、エチオピアの3カ国に集中している。

多くの場合5歳以下の乳幼児に対して実施されるが、例えばイエメンでは85%が生後1週間以内の早期新生児期に行われている。その実施者は伝統的治療師が主であるが、インドネシアでは有資格の医療従事者が行うほうが多い。

FGM/Cは、切除する部位、腟を縫合などで閉鎖する処置の有無などにより4つに類型化される。

一般に切除の範囲が広いほど重症度が高い。その短期的合併症として、切除そのものに伴う疼痛、出血、感染、尿閉がある。これらが重症化すればショックから死に至ることも起こりえる。長期的には皮膚の瘢痕またはケロイド形成、尿路および性器の解剖学的変形に伴う急性・慢性感染症や月経困難症が発生する。また腟入口部が閉鎖されていると、性交渉や分娩の際に支障を来すため、医学的処置を要する。FGM/Cおよび上記の合併症発生に伴う精神的苦痛、うつ、不安なども大きな問題である。

FGM/Cが実施される背景には、さまざまな社会/文化的要因があり、したがってその解決手段は一様ではない。しかしながら、FGM/Cは明らかに女性に対する人権侵害である。2003年には、FGMを含めたあらゆる性暴力、性差別を禁じるマプト議定書が採択された。継続的な廃止に向けた啓発活動と法的基盤の整備などの対策が重要であり、2015年に策定されたSDGs「持続可能な開発目標」においても、ターゲット5.3においてFGMを有害な慣行として撤廃することを掲げている。(松井三明)

用語 経済破綻効果
概要

(英語訳:Catastrophic Effectまたは、Catastrophic Health Expenditure)

経済破綻効果は、医療にかかる自己負担の出費によって基本的な生活費が削られ、最低限の暮らしが継続できなくなる壊滅的な影響を意味する。すべての人が経済的な困難を伴うことなく保健医療サービスを享受することを目指すUniversal Health Coverageにとって、この経済破綻効果はなくすべきものである。経済破綻をきたす出費が家計のなかで占める割合の閾値(下限値)として、食費を除いた支出が40%といわれるが、その閾値を全支出の10%と設定したり、貧困レベルに応じて変動させる場合もある。ただし、経済破綻に陥るまでの期間や、それが継続する期間は明確に定義されていない。現在、公共診療施設における利用者支払いは多くの開発途上国で撤廃ないし軽減されつつあるが、健康保険が十分に普及していないことに加え、公共診療施設の質の低さのため貧困層でも有料の民間診療施設を受診することから、医療費の自己負担が貧困に陥る原因の半分を占めているインドのような国も少なくない。健康保険によって医薬品や検査代を含めた診療費がカバーされていても、病院までの交通費、家族の付き添い費用のほとんどが自己負担である。また、稼ぎ手の病気、病人の看護のため仕事ができなくなり、収入が減少することも多い。経済破綻効果をなくすには、コミュニティレベルの搬送費用基金、公共交通システムの整備、社会保障の充実なども必要となる。(神谷保彦)

用語 条件付現金給付
概要

(英語訳: Conditional Cash Transfer )

特定の行動を遂行することを条件に、貧困層を主な対象に現金を給付する社会扶助プログラムであり、貧困削減政策の一環でもある。1990年代後半以降、ラテンアメリカ諸国で普及したが、現在アフリカ、アジア諸国でも、開発銀行やUNICEF(国連児童基金)等の国連機関、英国国際開発省などの政府援助機関の後押しで拡大している。所得やサービスを直接移転することで貧困の軽減を目指すという短期的目標と、子供の就学や予防接種などを現金給付の条件にすることで、人的資本を形成し、経済的な自立を支援するという長期的目標がある。給付対象者となる貧困層の選別の難しさ、プライバシー侵害の危険性も指摘されているが、条件付現金給付を実施するには行政能力も重要であり、ドナーはその財源の融資のほか、プログラムのデザイン計画やモニタリング評価に対する支援も行っている。現金給付を得る条件となる保健や教育のサービスのアクセスや質が不十分であれば、その有効性が薄れてしまうため、対象となるサービスの充実が課題となる。ジェンダー面に対して、女性の伝統的役割や家事負担の増加など負の影響も指摘され配慮が必要である。サービス利用は向上するが、健康状態の改善など長期的なインパクトには至らないこともある。ラテンアメリカ諸国における貧富格差の減少の一因として条件付現金給付があげられる一方、貧困を一時抑え込むだけで、格差の原因である社会構造を変える根本的な解決にはならないという意見も根強い。(神谷保彦)

用語 官民連携
概要

(英語訳: Public Private Partnership)

公共セクターと民間セクターの連携により、公共セクターの社会責任や公平性という役割に、民間セクターの効率的なサービス提供、技術開発、マーケティング能力を組み合わせることで、相互の強みを活かし弱みを補完しながら、主に公共サービスの提供を行うスキームを指す。国際協力の分野でも、民間企業と連携し,開発途上国の開発を支援するとともに,自国の企業の海外展開も後押しする傾向が目立ってきている。開発途上国の道路や港湾など多額の資金を要するが採算性の悪いインフラ部分を政府開発援助で整備し、その生産環境が整った地域に民間企業が進出し地元住民を雇用して、地域経済の活性化を目指すことがある。民間の参入を容易にするため、途上国政府の施策面の整備を含めた支援が行われ、技術移転を行うことで自立発展にも寄与するケースがみられる。国際保健の分野でも、水衛生や栄養に関連する官民連携のほか、医療産業界と政府が官民一体となって国際的な感染症対策に国際機関とともに貢献し、同時に医療産業界の新規市場の開拓を目指す動きがある。官民連携が成功するには、制度面の整備に加え、官民で共有すべきゴール、分担すべき役割や責任が明確にされ、パートナーシップを相互が積極的に維持していく姿勢が重要である。現実には政府機関と民間企業の単なる連携として、透明性や説明責任の欠如、非採算分野に対する軽視もみられるため、市民社会組織や住民自身の参画も求められる。(神谷保彦)

用語 ソーシャルマーケティング
概要

(英語訳:Social Marketing)

ソーシャルマーケティングは、社会とのかかわりを大切にしつつ、商業分野のマーケティング手法を応用し、対象集団と社会の利益、福祉の向上を追求するアプローチである。対象集団を区分けし、行動に関する認識、それを決定する環境を分析した上でプログラムを組み立て、利益が費用を上回るようインセンティブを工夫し、自発的な行動を促進することが、健康教育との違いである。対象集団の主体性を重視し、マーケティングを通して、新たな社会的価値を共同で創造していく面も持っている。具体例として、健康増進や生活習慣病の予防を目指し、果物や野菜の消費を増やすため、生産者、流通業界、スーパーマーケット、メディア、地域社会、消費者自身を巻き込み、様々なメディア戦略を適切に組み合わせ、果物や野菜の健康に対する利益の認識を高め、購買、消費を促進するプログラムがあげられる。この手法は、国際保健の分野でも広く適用されており、母乳栄養や禁煙の促進、避妊法の普及、経口補水治療の利用促進、蚊帳の配布と適切な使用の促進などに応用されている。ソーシャルマーケティングのプログラムを効果的かつ持続的にするためには、供給される物や変化を促す行動の適切な設定、それを有効に行う場所の選択、利益や費用の妥当な設定、メディア等による宣伝・促進キャンペーン、市民社会の参加と協力が必要である。(神谷保彦)

用語 危険な妊娠中絶
概要

(英語訳:Unsafe abortion)

危険な人工妊娠中絶とは、「予期しない妊娠を中断するために行われる処置のうち、必要な技術を持たない者により行われるもの、あるいは必要最低限の医療・衛生水準を満たさない環境で行われるもの、またはその両方」とWHOは定義している。

正確な人工妊娠中絶の数を知ることは、統計の不備に加えて、隠れた中絶が多く実施されているため大変に困難である。やや古い推計値ではあるが、2008年時点の全世界における1年間の人口妊娠中絶数は4380万件、そのうち危険な中絶は2160万件 (49%)である。そのうち地域別の全中絶に占める危険な中絶の割合は、アフリカ(640万件中97%)、ラテンアメリカ(440万件中95%)、アジア(2730万件中40%)、ヨーロッパでは(420万件中9%)と大きな差がある。

危険な中絶の方法として、漂白剤や煎じ薬などを腟または子宮内に注入する、異物を子宮に挿入する、不潔または粗暴な方法で子宮内容除去を行う、下腹部を強打する、misoprostol またはmifepristoneの自己服薬などがある。その結果、年間850万人が合併症の治療を要し、さらに8万7千人が死亡に至っていると推計されている。
危険な中絶は、単に医療施設と資源が乏しい、または医療従事者が少ないことのみに起因するのではない。仮に安全な中絶サービスが提供されていたとしても、情報が女性に行き渡らない、中絶する女性に対する偏見、手続きに時間と費用を要するなど、複数の障壁が存在する。人工妊娠中絶が法的に認められていない場合、望まない妊娠を中断するために危険な方法を利用する以外の手段がない。

どのような中絶であっても、それを必要とする女性にはなんらかの理由があり、また中絶処置によって身体的・精神的苦痛を被る。望まない妊娠そのものを減らす努力とともに、一定条件の下で中絶を認める法整備を行うこと、また適切なサービスを提供できるシステムを整備することを通じて、妊娠した女性を守ることが重要である。(松井三明)

用語 自殺
概要

(英語訳:Suicide)

WHO(世界保健機関)は、1年間に80万人以上が自殺により死亡し、成人1人の自殺死亡には20倍以上の自殺企図があるとしている。自殺企図は、LGBT(性的マイノリティ)等疎外された集団において多い。年齢別にみると、若者と高齢者において自殺念慮と自傷行為が最も多くみられ、自殺死亡率は世界のほぼ全ての地域において男女共70歳以上で最も高く、15~29歳の死因第2位は自殺である。また、高所得国の自殺率は男性が女性の3倍、低中所得国では1.5倍である。自殺手段としては、農薬、縊首、銃器が多いが、文化によって様々な手段がある。自殺は予防可能であり、慢性疼痛や急性の情緒的苦悩等精神疾患以外の危険因子も多いことを鑑み、保健医療と併せて分野横断的で統合的なアプローチが必要である。例えば、銃器、農薬、過量服薬の恐れのある有毒な医薬品へのアクセス制限、メディアによる責任ある報道、自殺リスクの高い人へのケア、早期の同定とマネージメントが効果的とされる。自殺が犯罪として扱われる国がある他、脆弱な統計システム等により、自殺死亡率は低く報告される傾向があるが、自殺率が増加している国も多い。国連「持続可能な開発目標(SDGs)」(2015)では 、目標3に「精神保健及び福祉」の促進(ターゲット3.4)が優先事項に含まれ、この指標として自殺死亡率が採用されている。(堤敦朗・井筒節)

用語 バンコク憲章
概要

(英語訳:Bangkok Charter)

健康の社会的決定要因をコントロールすることの重要性が高まってきたことを受け、第6回ヘルスプロモーション国際会議が2005年にバンコク(タイ)で開催された。

本会議で示されたバンコク憲章では、健康的な世界を目指すには、強力な政治的活動、幅広い協働、持続的な推奨が必要であり、エビデンスに基づくヘルスプロモーション戦略の実行のために、全ての部門と現場が以下の5つの活動に取り組まなければいけないとしている。1)人権と連帯責任に基づいた健康の推奨、2)健康の決定要因を管理するための持続可能な政策、活動、社会基盤への投資、3)政策展開、統率力の発揮、健康づくりの導入、知識の伝達、研究、ヘルス・リテラシーのための生産能力の拡張、4)全ての人々にとっての、安全確保のための規制と、健康と住み良い暮らしの公平な機会を得るための法律の制定、5)持続的活動のための公的私的非政府国際組織と市民団体の協働と提携。

また、バンコク憲章では、ヘルスプロモーションには以下の4つのコミットメントが必要としている。1)国際的発展計画、2)全ての政府の責任の中核をなす、3)地域社会と市民団体の原動力、4)優れた組織活動。(渡部明人)