国際保健用語集

用語 人獣共通感染症
概要

(英語訳:Zoonosis, Zoonotic disease)

人獣共通感染症は、微生物(細菌、ウイルス、真菌、寄生虫)が種の壁を超えて、動物と人の両方に感染する感染症である。動物には、野生動物、家畜、ペットが含まれ、ヒトには病気を引き起こすものの、動物は無症状である微生物も含まれている。人獣共通感染症には、野生動物との接触でエボラウイルスに感染するエボラウイルス感染症、イヌなどの哺乳類に噛まれて狂犬病ウイルスに感染する狂犬病、蚊に刺されてデングウイルスに感染するデング熱、鶏を生で喫食することでカンピロバクター菌に感染するカンピロバクター腸炎などがある。このようにヒトの感染症の60%は人獣共通感染症であり、新興・再興感染症の殆ど全てが人獣共通感染症である。急速な経済発展と人口増加により森林が伐採され、ヒトと動物の接触機会が増え、ヒトが国境を超えた移動をすることで、短時間で世界的に広がる人獣共通感染症が増えている。多くのヒトに免疫がないため、大規模なアウトブレイクや重症化につながり、国際的な脅威となっている。このため、Global Health Security Agendaの中にも人獣共通感染症がアクションパッケージの中に明記された。世界が協調し、One Healthのアプローチで人獣共通感染症に立ち向かうことが必要である。(法月正太郎)

用語 スティグマ
概要

(英語訳:Stigma)

スティグマとは、元々は「烙印」と言う意味で、特定の事象や属性を持った個人や集団に対する、間違った認識や根拠のない認識を言う。スティグマは、その結果として対象となる人物や集団に対する差別や偏見となり、不利益や不平等、排除等のネガティブな行動の原因として社会的に問題となることが多い。保健医療分野では、ハンセン病結核HIV感染のような慢性感染症や性感染症、身体および精神障害者、先天性奇形の存在、社会的弱者、孤児、薬物常習者、低所得者、同性愛者等が対象となることが多い。つまり、このようなグループやグループに属する者に対する間違った認識や根拠のない認識が差別や偏見につながることで、さらに彼らにとって不利益となる。スティグマの生じる原因はメディアを含めた文化や社会的要因が複雑に絡まっており容易ではない。

自分自身に対しては “self-stigma”(自己スティグマ)と言う形で、自分自身の状況に対して自分自身に烙印を押し、これが、通常の社会活動への参加の回避、健康増進行動の回避、通常の保健医療サービスへのアクセスの拒否等の行動をもたらすことも問題になっている。スティグマを排除するためには、事象に対する正しい理解に加え、当事者自身の開示が効果的で、そのためには当事者自身が経験したことや望んでいること、必要としていることを話せる社会の理解と協力が必要である。(垣本和宏)
 

用語 人口保健調査
概要

(英語訳:DHS, Demographic Health Survey) 

USAID(米国国際開発庁)をはじめ、UNICEF(国連児童基金)、UNFPA(国連人口基金)、WHO(世界保健機関)などの国連機関の支援のもと、ICF(Inner City Fund、旧Marco International)というコンサルタント会社が実施するThe DHS programと呼ばれるプロジェクト1984年の開始以来、多くの発展途上国を対象に実施されている調査で、対象国の人口保健状況を代表する貴重なデータとなっている。これまで、90か国以上を対象に300以上の調査が実施されており、国レベルの各種保健指標としても用いられている。その内容は主に、リプロダクティブヘルス家族計画、母子保健、ジェンダー、HIV/AIDSマラリア、栄養について、単に出生率や死亡率のような人口統計だけでなく、知識や行動についても集計されている。データの収集は統計学的にその国や国内の各地域を代表できるように調査対象者を抽出しているため、国と国の比較だけでなく、対象国の地域差も詳細に知ることができる。 

調査結果は冊子として販売されているが、The DHS programのウェブサイトから無料でpdfファイルとしてダウンロードすることが可能で、使用した質問票も入手できる。さらに、登録すれば個人情報を取り除いた個々の対象者の全集計データを入手することが可能であり、統計ソフト等を用いて自分で様々な分析することも可能である。(垣本和宏)

用語 国際エイズワクチン推進構想
概要

(英語訳 : IAVI, International AIDS Vaccine Initiative)

安全で有効なエイズワクチンの研究・開発を推進するため、1996年に設立された非政府組織で本部はニューヨークにある。ビル・メリンダ・ゲイツ財団、ロックフェラー財団、ファイザー、グラクソ・スミスクライン、グーグルなどの民間、米国、デンマーク、オランダ、スペイン、英国、日本などの政府の寄付を受け、30以上の民間企業、大学・研究機関および政府機関と共に、これまで1億ドル以上を費やして12カ国でワクチンの治験を実施している。ワクチン候補の開発や治験のみでなく、エイズワクチンに関する政策分析や社会科学研究、疫学研究、アドボカシー活動、研究情報のデータベース作成も行っている。 

HIVはウイルス遺伝子が変異しやすいためワクチンの効果を容易に失いやすいこと、ヒトに特異的に感染するウイルスのためワクチンの効果を検証するために適当な動物モデルがないこと、レトロウイルスの特徴としてウイルス自身の遺伝子がヒトのリンパ球遺伝子内に埋め込まれるため免疫応答から逃れやすいこと、などの理由でエイズワクチンの開発には難しいとされている。そのため、HIV感染そのものを防ぐワクチンのみでなく、HIV感染後に発症を遅らせるためのワクチンも研究されている。(垣本和宏)