国際保健用語集

用語 文化能力
概要 (英語訳: Cultural Competence)

文化能力とは、文化背景の異なる対象を理解し、文化的に適切な医療やケアを提供する能力であり、文化についての知識、態度、技術が複雑に統合された資質のことである。単一の共通した定義はないが、具体的には自文化の世界観への気づき、多様な文化に対する適切な態度形成、他民族の社会や文化に関する知識、言語的および非言語的なコミュニケーション能力、文化に即した医療やケアを提供する能力、経済・文化・言語の違いなどに起因する差別や不利益から対象を保護する能力などである。

Campinha-Bacoteは、文化能力について、文化への気づき(cultural awareness)、文化についての知識(cultural knowledge)、文化をアセスメントする技術(cultural skill)、文化との出会い(cultural encounters)、文化を理解したいという願望(cultural desire)という5つのプロセスにより獲得されると提唱した。

文化能力は、個人が獲得するだけでなく、組織も向上させる必要がある。組織の文化能力とは、1)組織の異文化に関する価値観や原則を示し、それらを組織の行動、態度、方針、構造に反映させること、2)組織内の多様性を尊重し、文化能力を自己評価し、構成員の違いによって生じる問題を管理し、組織として異文化に関する知識を蓄え、それを組織が関わるコミュニティに適応すること、3)方針策定、管理、実施、サービス提供に組織の文化方針や価値観を具現化させ、患者、関係者、住民などの参加を促すこと、を含む。

文化能力は、短期間の研修などで身につく知識やノウハウではなく、異文化に対する自分の態度を含むため、時間をかけて発達するものである。(柳澤理子)
用語 米国国際開発庁
概要 (英語訳: USAID, United States Agency for International Development)
 
米国政府において、世界の貧困の終焉、強靭かつ民主的な社会の実現を理念として、ジョン.F. ケネディ大統領時代の1961年に設置された機関。本部はワシントンD.C。

米国の利益の拡大と開発途上国における生活の向上という2つの目的を持つ米国の対外支援政策の実施を行い、100か国以上に支援を提供している。USAIDの事業実績は約131億ドル(2017年)で、保健に対する支出はHIV/エイズ対策を中心に19.4億ドル(約15%)を占めている。

支援分野は、経済成長、民主化と良い統治、人権、グローバルヘルス、食糧安全保障と農業、持続的な環境、教育、紛争予防と復興、人道支援と多岐にわたっている。そのうち、グローバルヘルスに関しては、家族計画、母子保健、マラリア対策や栄養に関する「母と子の死亡の予防」、米国大統領緊急エイズ救援計画(U.S. President's Emergency Plan for AIDS Relief: PEPFAR)の主要実施機関として「HIV/エイズ蔓延のコントロール」、結核対策や顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Disease: NTD)に新興感染症対策を含めた「感染症への対策」の3つの優先戦略事項を掲げている。(平岡久和)
用語 産前健診・妊婦健診
概要 (英語訳:ANC, Antenatal Care or Prenatal Care)

妊婦およびその胎児の健康状態や社会経済状況のスクリーニングとケアを行うこと。

一般的なスクリーニング項目は、体重、血圧、腹部(子宮)の計測、胎児心音の聴取、尿検査等である。医師、助産師、および産前健診に必要な技術をもった保健医療職員が妊娠・出産に伴うリスク因子を査定し、リスクの程度に応じた妊娠期の生活指導や出産場所を検討する。途上国では特に、破傷風の予防接種、貧血の予防・治療、HIV 陽性者へのART(抗レトロウィルス療法)、マラリアの予防・治療などの機会として重要である。

その他、栄養、母乳育児、生活習慣や妊娠中の危険な徴候についての指導も行う。産後ケア(Postnatal Care: PNC)とともに周産期死亡率の低減および肯定的な出産体験に不可欠とされ、WHOは妊娠中に最低 8回の産前健診を推奨している。産前健診の実施率(Antenatal Care Coverage: ANC Coverage: 15~49 歳の女性で、妊娠中に少なくとも 1 回、助産専門技能者によるケアを受けた女性の比率)は、妊娠期のヘルスケアへのアクセスと利用に関する指標の1つであり、国・地域で格差があるだけではなく、同国内の居住地や世帯資産によっても大きな格差がある。(小黒道子)
用語 保健のための公共と民間のパートナーシップ
概要

(英語訳: PPP, Public Private Partnership for Health)

保健分野の公共と民間のパートナーシップは、一般的には、「NGOを含む民間セクターの参加を伴う公共保健サービスプログラム」であると定義されることが多い。この範疇に含まれる大規模なものには、GAVI(the Global Alliance for Vaccines and Immunization)Roll Back MalariaStop TB partnershipなどがあり、地域レベルでは、NGOなどが政府との協調のもと実施している基礎保健サービス事業などがある。したがっていわゆる“公共サービスの民営化”とは区別して考えるべきである。民間とのパートナーシップが特に注目されるのは、公共セクターとは違った技術や知識、また斬新的なアプローチで、公共セクターが容易にサービスを提供できない地域・住民・貧困層にアクセスできる点にある。また、公共セクターが基本的に知識や経験を有していない分野、例えば医薬品開発やそのマーケティング・流通などに大きな強みがあり、民間セクターとパートナーシップを築くことは、公共保健セクターにとって大きなメリットがある。しかしながら、民間セクターとの協力をより効果的・公正に実施するためには、利害関係に常に注意するとともに、民間セクターが興味を示しにくい国々(紛争国や不安定国、貧困層が人口の多く占め、利潤が期待できない国など)へのアプローチの開発、いまだに多い現物・製品の支給によるパートナーシップ形態(輸送・配布・モニタリング・報告に多額の資金と時間が費やされる)の問題など、改善すべき課題は多い。(平林国彦)

用語 橋本イニシアチブ
概要
 (英語訳 : Hashimoto Initiative) 

1997年、デンバーで開催されたG8サミットで、橋本龍太郎首相(当時)は寄生虫症の国際的対策の重要性を訴え、G8各国が協力分担して当たるべきことを強調した。

翌1998年のバーミンガムサミットでは、橋本首相のこの提言が「感染症及び寄生虫症に関する相互協力を強化し、これからの分野における世界保健機関(WHO)の努力を支援すること」とコミュニケに盛り込まれ、世界は21世紀に向けた国際寄生虫戦略を、国際政治上の最も高いコミットを受けて展開してゆくこととなった。この提唱を「橋本イニシアチブ」と呼ぶ。

日本は様々な社会的・経済的困難を克服し、寄生虫症の流行を制圧した経験を持っているので、この経験を生かすことで、わが国がG8各国の中にあって国際寄生虫戦略でリーダーシップを発揮してゆくことを橋本首相は切望された。現在まで、独立行政法人国際協力機構(JICA)を通した「橋本イニシアチブ」としては、アジアに1カ所(タイ・マヒドン大学)、アフリカに2カ所(ケニア・ケニア中央医学研究所、ガーナ・野口記念研究所)の寄生虫対策の拠点「Centres of International Parasite Control: CIPACs」が開設され、人材開発プロジェクトを中心とした寄生虫対策が拠点周辺諸国を含めて展開されている。

「国際寄生虫対策ワークショップ2004」では、日本政府は「橋本イニシアチブ」の一層の充実をめざし、厚生労働省、外務省、文部科学省、JICA、日本寄生虫学会等を中心とした専門家会合を続け、WHOWorld Bank等と情報交換を行いながら、さらなる効果的な国際寄生虫対策の実施に向けて、他のドナー機関との連携を強化していくことが重要であると確認された。