国際保健用語集

用語 国際協力機構
概要

(英語訳:JICA, Japan International Cooperation Agency)

正式名は独立行政法人国際協力機構。前身は、国際協力事業団。外務省所管の特殊法人であった。歴史的には、1974年に、海外技術事業団と海外移住事業団が統合して国際協力事業団となっている。開発途上地域等の経済及び社会の発展に寄与し、国際協力の促進に資することを目的としている。2008年に、国際協力銀行業務のうち、海外経済協力業務を継承し、国際協力機構(新JICA)に統合された。事業内容は多岐にわたっており、その基本は「人を通じた国際協力」である。(杉下智彦)

用語 小児肥満
概要

(英語訳 : Childhood Obesity)

世界における肥満人口は年々増加しており、小児肥満人口もまた増加の一途をたどっている。WHO(世界保健機関)では、体格指数の「身長に対する体重(kg/m2)」が国際基準値(The WHO Child Growth Standards)の3標準偏差(SD)を超える児を肥満、2標準偏差を超える児を「過体重」と定義付けている。1990年、低中所得国で750万人であった過体重児数が2014年には2倍以上の1,550万人まで増加していた。低中所得国での過体重児は特に都市部の社会経済的ステイタスが比較的高い世帯に多くみられ、体重増加の要因は高エネルギーの食事のみではなく、子どもたちのテレビ視聴、コンピューターや携帯ゲーム機の使用が増えて日常の活動量が低下していることも要因の一つとして指摘されている。小児肥満は成人肥満移行への可能性が高く、その後の人生で生活習慣病を発症するリスクが増加して世帯レベル、また国レベルの医療費にも深刻な影響を与えることとなる。国際機関は過体重児を増加させないことをGlobal Nutrition Targets 2025の1つの目標として掲げ、適切な母乳栄養と離乳食によって乳幼児期から正しい食習慣を身に着けること、学童期では栄養バランスのよい食事摂取と共に、身体活動量増加についても奨励している。また、食品業界に対して、脂質や砂糖、食塩を控えた商品の開発、さらに、子どもを対象とした食品には責任あるマーケティングを行うよう呼びかけている。(水元芳) 

用語 妊産婦死亡率
概要

(英語訳 : MMR, Maternal Mortality Ratio)

妊産婦死亡率は妊娠中または分娩後42日未満に死亡した母体の比(ratio)のことで出生数10万人に対する年間の妊産婦死亡数で表される。 

妊産婦死亡率を、正確に測定するには、出生届と死亡届が必要であり、かつ死亡届に「妊娠と関連して死亡した」と記載する欄がある届出システムがあることが前提となる。実際の開発途上国ではこうしたシステムが適切に機能しないことが多く、妊産婦死亡率の誤差は大きく、介入の効果指標としては必ずしも適さないとされる。

1990年に妊産婦死亡率の高かった11カ国(ブータン、カンボジア、カーボヴェルデ、赤道ギニア、エリトリア、ラオス、モルディブ、ネパール、ルーマニア、ルワンダ、東ティモール)は、2015年までに1990年の死亡率を75%に減少する「国連ミレニアム開発目標(MDG)」を既に達成しているとされる一方、この目標を達成することができなかった低・中所得国も多い。

115カ国、6万人以上の妊産婦の死因に関してWHO(世界保健機関)が研究した結果によると、妊娠する前から患っていた病気(糖尿病、マラリアHIV、肥満など)と、妊娠によって悪化したことに起因する死亡が、全体の28%を占めていた。

妊産婦死亡率の地域格差の大きさは問題であり、MDGs5では、1990~2015年の間に妊産婦死亡率を75%減少することを求めているのに対し、持続可能な開発目標(SDGs)では出生10万件当たり妊産婦死亡70未満という、意欲的なターゲットが設定された。(伊藤智朗)  

用語 合計特殊出生率
概要

(英語訳 :TFR, Total Fertility Rate)

合計特殊出生率とは、一人の女性が一生に産む子供の平均数を示す。この指標によって、異なる時代、異なる集団間の出生による人口の自然増減を比較・評価する。2種類の算出方法がある。「期間」合計特殊出生率は、ある期間(1年間)の出生状況に着目したもので、その年における各年齢(15~49歳)の女性の出生率を合計したもの。女性人口の年齢構成の違いを除いた「その年の出生率」であり、年次比較、国際比較、地域比較に用いられている。

合計特殊出生率がおおよそ2.08のときには人口は増加も減少もしないとされる。

戦後日本の合計特殊出生率は1947年の4.54をピークに2016年現在は1.44となっている。世界保健統計2015によると、合計特殊出生率が最も高い国はニジェールで、女性1人当たり7.6となっている。概して先進国においては合計特殊出生率が低い傾向にあり、開発途上国は高い水準であるといえるが、近年経済発展した中進国においては低下傾向がみられる国が多く、これは平均寿命の延長など他の要因と関連し社会の高齢化の要因としても国際的な問題として注目されている。(伊藤智朗)   

用語 実践科学
概要

(英語訳:Implementation Science)

実践科学とは、科学的な根拠であるエビデンスのみを重視する政策だけでなく、実践に十分に活用されうる方法に対する科学的な探求を意味する。本来、エビデンスは政策、実践に繋がってこそ意味があるが、政策に反映されず、また政策が策定されても、実践上のバリアのため適切に実行されるとは限らない。エビデンス自体が実践現場の現実から遊離した概念や枠組みに基づき、疫学的な変数間の因果関係に還元した形で得られることもあり、実践からの見直しも重要である。開発途上国の保健医療の現場では、人材や予算の制約、実践能力の不足により、エビデンスに基づく政策が適切に実行されず、有効な成果を得られないことが多いため、実践科学への期待は大きい。実践科学には、実践を取り巻く環境や文脈の理解に基づいてそのプロセスを検討し問題点を系統付けるだけでなく、問題点を克服する刷新的なアプローチをいくつか考案し、その優先順位付けを検討するオペレーションリサーチ、それを実践し評価するアクションリサーチも含まれる。例えば、医療サービスへのアクセスについて、そのバリアを同定し、系統付け、それに応じた改善策を現場で検討する。実践科学では実践の文脈特異性を重視するため、現地の社会文化的要因を探る社会学や人類学を含む学際的アプローチを採用するが、現場のスタッフとの協働も欠かせない。現在の実践科学の難点は、政策や実践に影響を与える政治経済を追及するポリティカルエコノミー研究との協調が不十分な点である。(神谷保彦)

用語 地球温暖化
概要

(英語訳:Global warming)

地球温暖化(または、温暖化)とは、地球規模で気温上昇が世紀単位の長期で発生している現象を指す。地球温暖化の理由として、大気温の上昇が原因であるとメディアなどで報道されているが、その主な理由は1970年代より起こっている海洋温度の上昇によるものである。また、温暖化により南極・北極の氷は融解し大気温も上昇している。地球温暖化の原因は、主に人間の活動に伴って排出される温室効果ガス(二酸化炭素など)である。温暖化の進行は、地球に降り注ぐ太陽エネルギーの宇宙への放熱が温室効果ガスにより遮断されたことが発端となり、これまでの地球と宇宙に関わる熱収支の均衡が崩れ、地球上に熱エネルギーが蓄積され、最終的に温暖化を招く。地球温暖化の影響は大気温上昇や海水面の上昇、降水量の変化、亜熱帯地域での砂漠化の進行などで地域により異なる。その他には、急激な天候悪化の発生などの影響がある。これらの現象は、農作物の生産量に影響を及ぼすため、食糧問題と密接な関係がある。(星知矩(門司和彦))

用語 オゾンホール
概要

(英訳名:Ozone hole)

オゾン(O3)は酸素(O2)が紫外線のエネルギーを受けることで作り出され、さらに自然と分解される反応を繰り返している。大気中のオゾンの9割は成層圏に存在し、標高20-30kmに層状になっており、オゾン層と呼ばれる。オゾンは紫外線を吸収する性質があるため、地球に降り注ぐ太陽からの紫外線を吸収する役割を担ってその97-99%は吸収される。かつて1970年代にオゾン層が-約4%一定に減少し、また春期に南極・北極上空にて大量に減少-が観察されたりした。オゾンホールとは、後者の事象を指しているが、その原因は、オゾンを分解する化学物質(フロンやハロン)が人間の活動で大量に消費されたことで、オゾン生成と分解のバランスが崩れたことがあげられる。1987年、問題解決を目指し、モントリオール議定書により、オゾン層を破壊しない代替物質の利用が推し進められた。現在、それら代替物質の使用が広まり、オゾンホール問題は解決の兆しがみえてきた。現在の状態が継続すれば、オゾンホールは2050年頃までに完全に閉じるとされている。(星知矩(門司和彦))

用語 重症急性呼吸器症候群
概要

(英語訳: SARS, Severe Acute Respiratory Syndrome)

 2002年末からアジアを中心に世界32カ国で流行し、感染者8439人、死者812人を出した新型の肺炎である。病原体であるSARSウイルス(SARS-CoV)は、本来野生動物を宿主とするコロナウイルスが変化したものと考えられる。

感染経路は患者の咳などによる飛沫感染が主であり、流行時には院内感染が多発して、多くの医療従事者が罹患した。そのほか、汚物等に触れることや(接触感染)、空気中に拡散したウイルス粒子により感染することもある。

潜伏期は2~7日で、38℃以上の発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛などで発症する。その後、乾性咳、呼吸困難など下気道症状が出現する。約80%は回復に向かうが、20%は呼吸窮迫症候群に移行する。胸部X線では浸潤影やスリガラス状陰影などの所見が見られる。診断は、臨床症状、SARS-CoVと接触した可能性、病原診断(血清抗体値、ウイルス遺伝子検出など)からなる。確立した治療薬はなく、対症療法、呼吸管理が主となる。

2003年7月に終息宣言が発せられ、その後少数の散発例があったが、2004年4月以降発生例はない。SARSの流行は、適切な初期対応、正確な情報開示、対策における政府のリーダーシップや国際協力の重要性など、様々な教訓を残した。

SARSの拡散を防ぐには、疑わしい患者が搬入された段階から適切なトリアージや感染対策を迅速に実行することが大切である。マスク着用により感染をかなり防ぐことができる。感染者との至近距離での接触や人込みを避けることも重要である。(小原 博)

用語 レシフェ宣言
概要

(英語訳:Recife Political Declaration on Human Resources for Health)

ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)達成のために保健人材をその原動力の中心に据えた政治宣言。2013年、ブラジルレシフェで、世界93か国から、政府、国際機関、援助関係者、人材開発関係者が参加した第3回保健人材に関するグローバルフォーラムで採択された。ここでいう保健人材は専門教育を受けた保健医療専門職から事務職、ボランティアまで含まれる。UHC達成には、数も質も担保された保健人材が支援的な労務環境でモチベーションをもちながら基礎的保健医療サービスを提供し続けることが重要である。本宣言では、国レベルでは、政府・国際機関・援助関係者や国内関連省庁・教育機関・市民社会・労働組合・職能団体など、人材開発に関わる関係者が共通のビジョンをもつための環境作り、財政面で持続可能な保健人材開発計画の策定と実施、保健人材情報システム、教育改革、キャリアパス、人材配置や定着、人事管理(ガバナンス)の改善、保健人材への投資の有効性を確認するための調査研究、などを重視すること、国際レベルでは、「保健医療人材の国際採用に関するWHO世界実施規範」Global Code of Practice on the International Recruitmentを保健システムと人材強化のためにガイドとして用いること、援助機関に対しては人材育成を優先すること、などを呼びかけている。

2014年の第67回WHO総会ではこの「保健人材に関するレシフェ政治宣言」へのコミットメントを働きかける決議が採択され、国際社会として継続的に保健人材に関する注目を呼びかけている。(藤田則子)