国際保健用語集

用語 プライマリ・ヘルス・ケア
概要

(英語訳:PHC, Primary Health Care)

20世紀後半に、世界の保健・医療におけるアクセスの改善、公平性、住民参加、地域資源の有効活用、多分野間協力、予防活動重視などの実現を求めて形成された理念かつ方法論。1978年のアルマ・アタ宣言を基礎にPHCは、途上国の社会開発課題として構想された面があり、その意味では、BHN(Basic Human Needs)や「もう一つの開発」など、近代化論による開発の弊害への反省に立った、第二世代の開発論と言える。それとともに、世界人権宣言(1948)や国連社会権規約(1966)に謳われた、「人権としての医療」の思想を継ぐものである。また、CBR(地域リハビリテーション)や参加型教育法(PRAなど)との交流や相互啓発を見逃すこともできない。日本においても、戦後長野県などの農村地域で試みられてきた、住民参加型保健活動は、PHCの優れたモデルとなった。

しかしPHCは、早くも1979年には「選択的PHC」が暫定戦略としてWalshらにより提唱され、WHOUNICEFにより、1980~90年代に世界的に推進された拡大予防接種計画(EPI)や下痢症に対するORT(経口補水療法)など垂直型プログラムの理論的根拠となった。一方で、デビッド・ワーナーらによる、「包括的PHC」の主張は、選択的PHCに潜む、官僚的、技術至上主義的なアプローチを厳しく批判し、人びとの主体的な学びや参加を基にした、医療運動をメキシコなどの地域で進め、豊かな成果を生んだ。WHOが2008年の世界保健報告で示したように、21世紀にPHCのリバイバルが起き、UHC(Universal Health Coverage)による健康格差への取り組みの戦略的な柱として重視されるようになった。(本田徹)

用語 プラネタリーヘルス
概要

(英語訳:Planetary Health)

プラネタリーヘルスは、人類の繁栄を限界づける地球環境に対して多大な影響を及ぼしている人間の政治経済、社会システムに対して真摯に向き合い、文明化された人の健康と地球環境の密接な状態の関係に注目することを通して、健康、福祉の増進と公平な社会を目指すこととされている。人類は地球環境に対し、地球温暖化や海洋酸性化を通して気候変動や生物多様性の減少など悪影響を及ぼしており、人類の健康や生存自体を脅かすまでになっている。その脅威は将来さらに強まり、大規模な自然災害、人的災害など壊滅的なクライシスが起こりうるという危機感からプラネタリーヘルスが生まれた。

地球と人間は別々な存在ではなく相互依存関係にあることを強調するプラネタリーヘルスは、地球環境、生態系、全ての生命に対する倫理、自然に対する人間の責務を含んでいるが、その貢献は現在のところ、主に地球環境や将来世代への責任を喚起するアドボカシーにとどまっている。グローバルヘルス、ワンヘルス、エコヘルスなど先行するヘルス概念に比べ、プラネタリーヘルスは地球環境や次世代を重視するが、それらとの違いよりも共通性を重視し、地球環境と生態系と人や動物の健康との関連性に関する研究や活動で協調することを目指している。プラネタリーヘルスといっても、グローバルなアクションだけでなく、里山を守るなど、人にも優しくローカルで地道な自然保護の取り組みも重要である。(神谷保彦)

用語 プリシード・プロシードモデル
概要 (英語訳:PRECEDE-PROCEED Model)

米国、カナダを中心に、世界各地でよく用いられているヘルスプロモーションや保健プログラムの企画・評価モデルである。PRECEDE-PROCEEDモデルは以下の段階からなる。

第1段階:社会アセスメント:対象集団が自分自身のニーズやQOLをどう考えているのかを知る段階。
第2段階a:疫学アセスメント:健康目的を具体的に特定する段階。
第2段階b:行動・環境アセスメント:健康問題の原因となっている行動要因と環境要因を特定する段階。重要性と変わりやすさによって要因をしぼり、行動目的あるいは環境目的を作成する。
第3段階:教育/エコロジカル・アセスメント:行動・環境目的を達成させるために、具体的に変えていかなくてはならない要因を特定する段階。要因は準備要因、強化要因、実現要因の3つのカテゴリーにわけられる。
第4段階:運営・政策アセスメント:プログラムに必要な予算や人材などの資源とプログラム実施の際の障害などを明らかにする。現行の政策、法規制、組織内での促進要因や障害要因なども明らかにする。
第5~8段階:実施と評価:プログラムの実施段階では、さまざまな介入策を組み合わせていく。評価の視点は最初の段階からもったほうがよい。第4段階までに適切な指標を作ることによって、後の評価が簡単になる。

実施がある程度すすんだところでプロセス評価を行う。事業に投入した内容、実施段階での諸活動、プログラム関係者の反応などを評価する。次は影響評価である。第2b、第3段階で設定した行動・環境目的と、準備要因、実現要因、強化要因の分析結果に基づいて得られた諸目的が、どの程度達成されたかを評価する。
最後に結果評価である。第1,第2a段階で設定したQOLに指標と健康目的を評価する。 Precede-Proceedモデルはあまりにも包括的すぎて、難しいという側面もある。しかしながら、このモデルの概要を知っておくことは、国際保健領域におけるヘルスプロモーション活動実践のためにも重要である。(神馬征峰)
用語 プロジェクト・サイクル・マネイジメント
概要 (英語訳:PCM, Project Cycle Management) 

プロジェクトとは一定の予算と期間内に,定められた目標を達成する事業のことであり, 計画・立案,実施,モニタリング,評価という段階から成り立ち,このサイクルが新たなプロジェクトの計画・立案に結びついて行くように,サイクルの発展を伴う.このサイクルをいかに効率効果的に運営管理するかがプロジェクト・マネイジメントといえよう.

PCM手法は,「一貫性」,「論理性」,「参加型」という大きな特徴を持っている.「一貫性」とは,プロジェクトの計画・立案,実施,評価の各段階が,この手法に沿って作成される事業の主要要素を論理的に示すPDM(プロジェクト・デザイン・マトリクス)と呼ばれる概要表に基づいて行われるからである.つまり計画・立案,実施,評価のすべての段階で同一PDMを用いることにより,プロジェクトを「一貫性」を持って運営管理することが可能となる.「論理性」とは,立案へ至る分析段階で「原因-結果」,「手段-目的」という論理的な視点で事象を捉え分析し,また,一定の論理構成でPDMを作成することによる.PDMが論理的枠組み(Logical Framework)と呼ばれる所以でもある.

「参加型」とは,想定されるプロジェクトに関係するステークホルダーと呼ばれる様々な組織,団体,個人がプロジェクトの計画段階から参画することにより,利害や立場の違いを計画に反映させることが可能となる.

このPCM手法は,大きく「参加型計画手法」,「モニタリング・評価手法」の2つの分かれる.「参加型計画手法」は,さらに,参加者分析,問題分析,目的分析,プロジェクトの選択からなる分析段階とPDM作成,活動計画表作成からなる立案段階に分かれている一般にこの一連の作業をプロジェクト形成時にその段階に応じて数回行うほか,プロジェクト開始後中間時ならびに完了時に行うことを原則としている.このPCM手法は、プリシード・プロシードモデルやPATCHのように健康づくりに特化された形で開発された手法ではなく、広く「開発」や問題解決を目指した事業の計画・実施・評価のために開発された手法といえる。(兵井伸行)
用語 プロジェクト・サイクル・マネジメント
概要 (英語訳 : PCM, Project Cycle Management:) 

プロジェクト・サイクル・マネジメント(PCM)手法とは、開発援助プロジェクトの計画立案・実施・評価という一連のサイクルを、「プロジェクト・デザイン・マトリックス(PDM)」とよばれるプロジェクト概要表を用いて運営管理する手法である。国際協力機構(JICA)では1994 年以来、技術協力プロジェクトなどの事業マネジメント手法としてPCM手法を活用してきている。

PDMとは、開発援助の分野でプロジェクトを管理運営するために用いられてきたロジカルフレームワーク(Logical Framework)の一つである。PDMではプロジェクトの概要がひと目でわかるように、一枚のフォームの中にプロジェクトの目標、成果、活動、投入等といったプロジェクトの構成要因や、各構成要因の論理的な相関関係が、「原因」と「結果」の連鎖関係で組み立てられている。また、PDMでは事前に目標や成果の期待値を指標として示すと共に、プロジェクトの成否に影響を与えるかもしれない外部用件を特定している。

PCM手法の特色としては、次の3つが挙げられる:(1)一貫性:PDMを用いてプロジェクトの全サイクルを管理するという一貫性、(2)論理性:PDM作成に至る、それぞれの分析過程における論理性、(3)参加型:様々なレベルの関係者が一同に集まり、意見をたたかわせるという参加型(ワークショップ)。(和田知代)