国際保健用語集
用語 | 産間調節 |
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概要 |
(英語訳: Birth Spacing) 出産間隔が短いと母体への負担が大きく、また十分な授乳期間や育児時間が確保できないことで子供への影響も大きい。特に産後1年以内の妊娠は、母児ともにリスクが高く、早産、低出生体重、胎内発育不全などのリスクが高くなると言われている。出産間隔を24か月以上あけると5歳未満児死亡が13%、36か月あけると25%減少するという。このため出産間隔をあけることが推奨され、これをbirth spacingと呼ぶ。 家族計画(Family Planning)が家族のサイズ、すなわち子どもの数を調整する志向を持つのに対し、産間調節は出産間隔をあけるという点を強調する。子供の人数を制限するという考え方が好まれない文化では、birth spacingという表現を選択的に使う場合もある。しかし、産間調節は家族計画の一部であり、家族計画を達成する手段である。WHOではPostpartum Family Planning (PPFP)の重要性を強調しており、産後に次の出産までの間隔をあけるよう指導することを強調しているが、PPHPにおいても産間調節という概念は重要である。(柳澤理子) |
用語 | 新生児ケア |
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概要 |
(英語訳 : Neonatal Care, Newborn Care) 出生時より28日間の子どもを「新生児」と呼び、生後1週間以内を「早期新生児」、それ以後を「後期新生児」と区別する。子宮外という新環境に適応しなくてはならない新生児期は、人生の中で最も生命が危険に晒される時期である。産科と小児科の領域の狭間で十分あるいは適正なケアが受けられずに死亡してしまう児も多い。新生児ケアの対象は、?出生直後の全ての児、?治療的介入を必要とする病的新生児・低出生体重児、であり、その状態および予後は、出生前の胎児期とも密接に関連する。 新生児の主要死亡原因は、未熟性、仮死、肺炎や髄膜炎等の感染症であり、死亡の多くは出生後24時間以内に起こる*1。各症候に対して効果的な介入の根拠が既に複数示されており、介入パッケージの普及で予防可能な死亡の減少が期待できる*2。しかし開発途上国では医学的介入だけでなく、種々の課題(自宅出生、保健医療施設へのアクセスの困難さ、受診した施設の水や電気等の未整備・適切なスキルを身につけたスタッフの不足、等)に同時に取り組むことが不可欠である。さらに自宅やコミュニティーで新生児を継続的にケアできる家族や保健ボランティアの役割も重視されている。 2015年に世界で死亡した5才未満の子ども590万人中、約46%(270万人)を新生児が占めた*3。子どもの死亡数減少に伴う新生児死亡の割合の相対的上昇により、新生児ケアに対する国際社会の関心は徐々に高まってきた。2014年に発表された「全ての新生児のための行動計画」では、世界の新生児死亡率を2035年までに出生1000対10以下に削減するという目標が掲げられている。(岩本あづさ) |
用語 | 世界的なアウトブレイクに対する警戒と対応ネットワーク |
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概要 |
(英語訳:GOARN, Global Outbreak Alert and Response Network) 世界的なアウトブレイクに対する警戒と対応ネットワークは、国際的に重要となる公衆衛生危機を探知し、評価し、対応するための適切な資源や専門家を確保するため、2000年に、WHO(世界保健機関)とパートナーが設立した国際的なネットワーク。世界中の様々な国立公衆衛生機関、病院、保健省、教育研究機関、研究機関やそのネットワーク、UNICEFやUNHCR等の国連機関や国際赤十字・赤新月社連盟等の国際機関、非政府組織(NGO)等、多くののパートナーが加盟している。設立以降、様々な感染症アウトブレイクにおいて、当該国に対する包括的な支援を行っている。GOARNに加盟メンバーは、各々独立した組織・機関であり、GOARNはWHOの下部組織ではないが、WHOにおける感染症危機管理の実務力(Operational arm)として認識されている。2005年に国際保健規則(IHR)が改正され、改正IHRに基づくWHOの国際的な健康危機管理対応において大きな役割を果たしている。(中島一敏) |
用語 | 世界貿易機関 |
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概要 |
(英語訳: WTO , World Trade Organization) 1995年に国家間の貿易に関する制度を取り扱うために設置された国際機関。本部はスイスのジュネーブにあり、加盟国は2016年7月現在で164か国。WTO協定(WTO設立協定及びその附属協定)では、物品やサービスの貿易に関する協定のほか、知的財産権(Intellectual Property: IP)の貿易に関する協定(通称TRIPs協定)などの国際的規則が定められている。 保健分野においてはWHO(世界保健機関)との緊密な連携を保っており、例えば医薬品やワクチン、医療機材などに関する特許などの知的財産権、FAO(国連食糧農業機関)も含めたコーデックス規格(Codex)と関連した食品安全措置などでの関係がある。(平岡久和) |
用語 | 精神保健 |
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概要 |
(英語訳:Mental Health and Well-being) WHO(世界保健機関)は、精神保健を「個人が、それぞれの可能性を実現し、日々の通常のストレスに対処でき、生産的かつ有意義に働くことができ、自身のコミュニティに貢献することができるようなウェルビーイングの状態」としている。WHOの健康の定義(1946)や国際人権規約が定める健康権(1966)にも精神保健が含まれている。国際行動計画である「包括的メンタルヘルスアクションプラン2013-2020」(WHO、2013)では、国際疾病分類ICD-10の「精神および行動の障害」を精神疾患と捉え、うつ病、双極性感情障害、統合失調症、不安障害、認知症、物質使用障害、知的障害、自閉症を含む児童期および青年期に通常発症する発達および行動の障害、自殺やてんかん等を含む。WHOは、精神疾患の生涯有病率を4人に1人、精神保健への$1の投資が$4の利益を生むとしている。青年女子の死因1位が自殺であること等を踏まえ、国連「持続可能な開発目標(SDGs)」(2015)では 、目標3に「精神保健及び福祉」の促進(ターゲット3.4)及び薬物・アルコール等「物質乱用の防止・治療」の強化(3.5)が含まれ、国際の優先事項となった。国連障害者権利条約(2006)にも、身体的及び感覚的機能障害と共に精神的及び知的機能障害が含まれている。今後は、従来の医学モデルに代わる障害者権利条約の社会モデルに基づき、地域における分野横断的で統合的なアプローチによる、精神障害のある人々の人権保護・促進及びウェルビーイングの向上が急務である。(井筒節・堤敦朗) |
用語 | 避妊法/避妊法の種類 |
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概要 |
(英語訳:Contraceptive method/Kinds of contraceptive method) 妊娠と避妊の定義は、国、地域、宗教、時代などにより異なるが、本稿では妊娠は「受精卵が着床することで成立」し、避妊法とは「妊娠の成立を阻害する方法」と定義する。 自然な状態でのヒトの妊娠成立は、視床下部-脳下垂体-卵巣系のホルモン分泌による卵の成熟と排卵、性交渉による精子の卵管への移動、精子の卵への侵入による受精、受精卵が子宮内に移動し内膜へ着床する、という経過をたどる。よって、この過程のいずれかを阻害すれば避妊を行うことが可能となる。 健康な男女が避妊をせずに標準的な性交渉を持つ場合、85%が1年以内に妊娠するとされている。よって避妊法の有効率は、年間の妊娠成立率で評価できる。 一方、避妊法は古典的方法と現代的方法に分けることができる。古典的方法としては、排卵周辺期に性交を行わない(周期法)、腟内に射精しない(性交中断法)などがある。いずれを完璧に行っても年間3-5%が妊娠する。これらの方法は、しばしば不完全に実施される可能性が高く、25-27%程度が妊娠してしまうと推計されている。 現代的方法として以下の方法(カッコ内はメカニズム)がある。ホルモン剤(排卵または着床を抑制、子宮頸管の粘液変化により精子の侵入を抑制)は経口薬、注射あるいは皮下埋め込み型の徐放剤が利用できる。経口薬は毎日服用する必要があるが、徐放剤では注射で3ヶ月、皮下埋め込み型で3年間効果が持続する。年間妊娠率は0.05-0.3%である。 子宮内避妊具(Intra-uterine device: IUD、着床または精子の受精能抑制)は、清潔操作を行い子宮内に挿入する必要があるため、一定の技術、器具、施設を必要とすることが、その普及を阻害する。年間妊娠率は0.2-0.6%である。 コンドーム(精液の腟内侵入を防ぐ)の年間妊娠率は2%程度と他の方法に比べて高くなるが、性感染症の予防手段としても有効である。 またいわゆる永久避妊法として、男性では精管、女性では卵管を外科的に結紮・切除する方法がある。(松井三明) |
用語 | 複合災害 |
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概要 |
(英訳:CHE, Complex (humanitarian) emergencies) Toole M(1995)は、 Complex emergencyを種々の要因、暴動や民族的色合いを持った紛争、内戦といった緊急で、食糧不足や大規模な住民移動が重なり、多くの犠牲者を出す状況と定義した。その後、Goodhan(1999)やBurkle F(2004)らは、政治的あるいは経済的要因にも注目している。国際赤十字によると、自然災害と人為的災害といった複雑な要因が組み合わさり、権威の失墜という背景に言及している。 現在WHO(世界保健機関)によると、Complex emergencies are situations of disrupted livelihoods and threats to life produced by warfare, civil disturbance and large-scale movements of people, in which any emergency response has to be conducted in a difficult political and security environment (2002). と定義づけられ、生活の破綻と戦争、市民生活の混乱と大規模な住民移動によって引き起こされた市民の生命の差し迫った状況の中で、緊急対応が政治的にそして安全環境の困難な中実施されなければならない、という緊急対応についても付言している。(高橋宗康) |
用語 | 文化能力 |
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概要 |
(英語訳: Cultural Competence) 文化能力とは、文化背景の異なる対象を理解し、文化的に適切な医療やケアを提供する能力であり、文化についての知識、態度、技術が複雑に統合された資質のことである。単一の共通した定義はないが、具体的には自文化の世界観への気づき、多様な文化に対する適切な態度形成、他民族の社会や文化に関する知識、言語的および非言語的なコミュニケーション能力、文化に即した医療やケアを提供する能力、経済・文化・言語の違いなどに起因する差別や不利益から対象を保護する能力などである。 Campinha-Bacoteは、文化能力について、文化への気づき(cultural awareness)、文化についての知識(cultural knowledge)、文化をアセスメントする技術(cultural skill)、文化との出会い(cultural encounters)、文化を理解したいという願望(cultural desire)という5つのプロセスにより獲得されると提唱した。 文化能力は、個人が獲得するだけでなく、組織も向上させる必要がある。組織の文化能力とは、1)組織の異文化に関する価値観や原則を示し、それらを組織の行動、態度、方針、構造に反映させること、2)組織内の多様性を尊重し、文化能力を自己評価し、構成員の違いによって生じる問題を管理し、組織として異文化に関する知識を蓄え、それを組織が関わるコミュニティに適応すること、3)方針策定、管理、実施、サービス提供に組織の文化方針や価値観を具現化させ、患者、関係者、住民などの参加を促すこと、を含む。 文化能力は、短期間の研修などで身につく知識やノウハウではなく、異文化に対する自分の態度を含むため、時間をかけて発達するものである。(柳澤理子) |
用語 | 米国国際開発庁 |
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概要 |
(英語訳: USAID, United States Agency for International Development) 米国政府において、世界の貧困の終焉、強靭かつ民主的な社会の実現を理念として、ジョン.F. ケネディ大統領時代の1961年に設置された機関。本部はワシントンD.C。 米国の利益の拡大と開発途上国における生活の向上という2つの目的を持つ米国の対外支援政策の実施を行い、100か国以上に支援を提供している。USAIDの事業実績は約131億ドル(2017年)で、保健に対する支出はHIV/エイズ対策を中心に19.4億ドル(約15%)を占めている。 支援分野は、経済成長、民主化と良い統治、人権、グローバルヘルス、食糧安全保障と農業、持続的な環境、教育、紛争予防と復興、人道支援と多岐にわたっている。そのうち、グローバルヘルスに関しては、家族計画、母子保健、マラリア対策や栄養に関する「母と子の死亡の予防」、米国大統領緊急エイズ救援計画(U.S. President's Emergency Plan for AIDS Relief: PEPFAR)の主要実施機関として「HIV/エイズ蔓延のコントロール」、結核対策や顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Disease: NTD)に新興感染症対策を含めた「感染症への対策」の3つの優先戦略事項を掲げている。(平岡久和) |
用語 | 産前健診・妊婦健診 |
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概要 |
(英語訳:ANC, Antenatal Care or Prenatal Care) 妊婦およびその胎児の健康状態や社会経済状況のスクリーニングとケアを行うこと。 一般的なスクリーニング項目は、体重、血圧、腹部(子宮)の計測、胎児心音の聴取、尿検査等である。医師、助産師、および産前健診に必要な技術をもった保健医療職員が妊娠・出産に伴うリスク因子を査定し、リスクの程度に応じた妊娠期の生活指導や出産場所を検討する。途上国では特に、破傷風の予防接種、貧血の予防・治療、HIV 陽性者へのART(抗レトロウィルス療法)、マラリアの予防・治療などの機会として重要である。 その他、栄養、母乳育児、生活習慣や妊娠中の危険な徴候についての指導も行う。産後ケア(Postnatal Care: PNC)とともに周産期死亡率の低減および肯定的な出産体験に不可欠とされ、WHOは妊娠中に最低 8回の産前健診を推奨している。産前健診の実施率(Antenatal Care Coverage: ANC Coverage: 15~49 歳の女性で、妊娠中に少なくとも 1 回、助産専門技能者によるケアを受けた女性の比率)は、妊娠期のヘルスケアへのアクセスと利用に関する指標の1つであり、国・地域で格差があるだけではなく、同国内の居住地や世帯資産によっても大きな格差がある。(小黒道子) |