国際保健用語集

用語 乳児死亡率
概要

(英語訳 : IMR, Infant Mortality Rate)

乳児死亡率とは、年間の出生1000当たりの生後1年未満の死亡数である。乳児死亡率の中にも細かい分類があり、生後28日未満の死亡数を率で表した値が新生児死亡率、1週間未満の死亡数を率で表した値が早期新生児死亡率と呼ばれている。日本の乳児死亡率は出生1000当たり1.9(2017年)で、新生児死亡率は出生1000当たり0.9(2017年)である。一方、2016年の世界統計では最も乳児死亡率が高い国はソマリアとシエラレオネで83、新生児死亡率が高い国は中央アフリカ共和国で42である。 

2016年のデータで比較してみると、世界平均の5歳未満死亡率は41、乳児死亡率31、新生児死亡19であり、死亡する乳幼児の46%は生後1ヶ月未満と早期に死亡する傾向がある。乳児死亡率・新生児死亡率がなかなか低下しない国があることは重要な課題とされている。

新たな「持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)」では2030年までにすべての国が新生児死亡率を少なくとも出生1000件中12件以下まで減らし、予防可能な死亡を低減させることを目標としている。(伊藤智朗)  

用語 中東呼吸器症候群
概要

(英語訳:MERS, Middle east respiratory syndrome)

MERSコロナウイルスの感染により重篤な呼吸器症状と発熱、咳などを引き起こし、重症化により死亡する感染症で、2012年にサウジアラビアで初めての患者が報告された。予防のためのワクチンや治療薬はない。2012年9月から2017年6月6日までにWHOにはMERSの確定患者が1980例報告されており、そのうち死亡例は少なくとも699例であった。ヒトコブラクダが感染源と言われており、多くのヒトコブラクダからMERSコロナウイルスが検出されている。MERS患者の多くにヒトコブラクダとの接触歴があり、持続的なヒト-ヒト感染は否定的であるが、医療機関においては医療従事者が感染するなどヒト‐ヒト感染も多く報告されている。中東以外の国で報告されている患者のすべては中東からの輸入例で、2015年にはバーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビア、カタールに滞在した一人の患者が韓国で発病し、院内感染等により韓国国内で186人が感染し(うち、1人は中国で発病)、36人が死亡した。

日本では、MERSは2015年1月に感染症法上の二類感染症に分類され、検疫法上の検疫感染症にも指定された。(垣本和宏) 

用語 世界銀行
概要

(英語訳 :The World Bank)

1944年のブレトンウッズ会議でIMF(国際通貨基金)とともにIBRD(国際復興開発銀行)が創設された。世界銀行は独自の規約を持つ国連の特別機関であり、世界最大の援助機関である。世界銀行は一般にIBRD(国際復興開発銀行)とIDA(国際開発協会)を意味する。これに姉妹機関であるIFC(国際金融公社)、MIGA(多数国間投資保証機関)、ICSID(投資紛争解決国際センター)をあわせて世界銀行グループと呼ぶ。本部はワシントンにある。

IBRD(国際復興開発銀行)の当初の目的は、戦争破壊からの復興と開発途上国における生産設備および生産資源の開発であった。最近は、開発途上国の貧困緩和と持続的成長のための支援を目的としている。

IBRDとIDAは各国のマクロ経済調査などの各種調査を行い、国別支援戦略を決定し、支援の重点分野を決定している。その後、借入国政府や他の援助機関との対話を行いつつ、具体的な支援プログラム・プロジェクトを決定している。案件の実施は借入国自身が行い、IBRDとIDAはこれら事業が円滑に実施されるようモニタリングを行っている。2018年7月現在189カ国が加盟している。

IDAは準商業ベースの条件での借入が困難な貧困途上国に対して、より緩和された条件で融資を行うことを目的としている。IBRDの事業資金は市場からの資金調達により行われており、IDAの融資のための事業資金は、先進国からの出資金、IBRDの純益の移転などにより行われている。世界銀行グループの5つの機関はその管理上、共通の事業所を使用しており、世界銀行の総裁に対して責任を負う。(杉下智彦)

用語 世界貿易機関
概要 (英語訳: WTO , World Trade Organization)

1995年に国家間の貿易に関する制度を取り扱うために設置された国際機関。本部はスイスのジュネーブにあり、加盟国は2016年7月現在で164か国。WTO協定(WTO設立協定及びその附属協定)では、物品やサービスの貿易に関する協定のほか、知的財産権(Intellectual Property: IP)の貿易に関する協定(通称TRIPs協定)などの国際的規則が定められている。

保健分野においてはWHO(世界保健機関)との緊密な連携を保っており、例えば医薬品やワクチン、医療機材などに関する特許などの知的財産権、FAO(国連食糧農業機関)も含めたコーデックス規格(Codex)と関連した食品安全措置などでの関係がある。(平岡久和)
用語 世界的なアウトブレイクに対する警戒と対応ネットワーク
概要 (英語訳:GOARN, Global Outbreak Alert and Response Network)

世界的なアウトブレイクに対する警戒と対応ネットワークは、国際的に重要となる公衆衛生危機を探知し、評価し、対応するための適切な資源や専門家を確保するため、2000年に、WHO(世界保健機関)とパートナーが設立した国際的なネットワーク。世界中の様々な国立公衆衛生機関、病院、保健省、教育研究機関、研究機関やそのネットワーク、UNICEFUNHCR等の国連機関や国際赤十字・赤新月社連盟等の国際機関、非政府組織(NGO)等、多くののパートナーが加盟している。設立以降、様々な感染症アウトブレイクにおいて、当該国に対する包括的な支援を行っている。GOARNに加盟メンバーは、各々独立した組織・機関であり、GOARNはWHOの下部組織ではないが、WHOにおける感染症危機管理の実務力(Operational arm)として認識されている。2005年に国際保健規則(IHR)が改正され、改正IHRに基づくWHOの国際的な健康危機管理対応において大きな役割を果たしている。(中島一敏)  
用語 世界抗結核薬基金
概要 (英語訳:GDF Global Drug Facility ) 

Global Drug Facility (GDF)は、目下のところ「世界抗結核薬基金」と日本語に訳されているものが多いが、未だ定訳はなく、「国際医薬品購入機関」と訳されているものもある。GDFは、DOTSを推進する上で欠かすことができない良質な抗結核薬へのアクセス改善を目指すイニシアチブとして2001年の世界結核デーに設立された。ジュネーブのWHO本部内に設置され、ストップ結核パートナーシップ事務局のメンバーがその管理・運営にあたっている。

従来型の医薬品調達組織とは異なり、GDFは抗結核薬の需要と供給の把握とそのモニタリング、競争入札による安価で確かな医薬品の買い付け、資金管理、結核対策プロジェクトの運営などを各国で実践し、これらの点に関して技術支援を提供する組織である。(奥村順子)
用語 世界保健機関
概要

(英語訳:WHO, World Health Organization)

世界保健機関は、人間の健康を基本的人権の一つと捉え、その達成を目的として設立された国際連合の専門機関(国際連合機関)である。1948年、55カ国のメンバーにより、国際連合の専門機関として設立され、本部はスイス・ジュネーヴ。設立日である4月7日は、世界保健デーになっている。当時の課題としては、マラリア、女性と子どもの健康、結核、性病、栄養、環境衛生であったが、現在は緊急公衆衛生危機対応、非感染性疾患、保健システム、気候変動と健康など、非常に広範囲な課題を抱えている。2018年4月現在、194の国と地域が加盟し、年一度、世界保健会議(WHA, World Health Assembly)が開催され、グローバルヘルスの課題および解決策を協議する。ジュネーブに本部を持ち、6つの地域事務局(ヨーロッパ、アフリカ、東地中海、南東アジア、西太平洋、アメリカ)を有し、世界のすべての人々の身体的、精神的及び社会的な健康(WHO憲章前文)を目指している。

具体的な活動としては、保健医療情報の収集および公開や国際基準の設定、多国間協力の推進、災害時緊急対策、感染症対策(緊急公衆衛生危機対応含む)、健康都市問題の取り組み推進があげられる。これまでの活動の一番大きな成果としては、1979年に天然痘を撲滅した事例があげられる。現在は、1)ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)、2)国際保健規則(2015)、3)医薬品へのアクセス向上、健康に関する社会・経済・環境要因への対策、非感染性疾患、4)保健関連ミレニアム開発目標分野への対策の継続、をWHOの重点活動として掲げている。また、西アフリカにおけるエボラ対応への反省から、緊急公衆衛生危機予防・対応を中心としたWHO緊急改革が2015年より行われている。(渡部明人)

用語 世界エイズ結核マラリア対策基金
概要

(英語訳 : Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis and Malaria) 

2000年のG8九州沖縄サミットで議長国であった日本政府が感染症対策を主要課題として取り上げ、その解決に向けた国際的なパートナーシップの必要性が確認された。その後の国連エイズ特別総会、G8ジェノバサミットなどを経て、2002年1月に世界エイズ・結核・マラリア対策基金が設立された。事務局はスイスのジュネーブにある。

資金は先進国政府のみならず、途上国政府、国際機関、企業や個人からも募り、受益国ごとに国別調整メカニズム(CCM)(政府、二国間・多国間援助機関、NGO、学界、民間企業の代表、HIV陽性者等により構成)を設置して事業計画およびその提出がなされる。事業実施主体は公的セクター・民間セクターを問わないが、資金は一義的な受領組織(プリンシパル・レシピエント:PR)に供与されたのちに実施機関に配分される。

三大感染症と呼ばれる、エイズ結核マラリアの対策に対する資金援助であるが、HIV対策に資金の約半分が支出されており、特に発展途上国でのART(抗レトロウィルス療法)拡大には大きく貢献しておりエイズによる死亡者数は劇的に減少している。その一方で、資金は永続しないため、受益各国のプログラムの持続可能性(sustainability)についての懸念もあり、受益国が将来この基金から自立したプログラム運営に移行できようにも支援している。(垣本和宏)

用語 下痢症
概要 (英語訳: Diarrhoeal Diseases)

臨床経過から急性下痢症と慢性下痢症に分類される。急性下痢症は急に発症し持続が2週間以内のもので、細菌やウイルスによる感染性下痢症が多く、経口補液療法(ORT)が有効である。慢性下痢症は2週間以上続く下痢で、ORTの効果に乏しく予後不良で、感染性因子以外に宿主免疫能や栄養状態の関与が考えられている。細菌性下痢症の中で赤痢とコレラは、適切な抗菌薬投与により予後や排菌期間の改善が期待できる。赤痢に対してはナリジクス酸やキノロン系が効果的であるが、耐性化がきわめて早い。コレラはテトラサイクリン系が有効であるが、小児にはマクロライド系を用いる。コレラ患者では、激しい下痢や嘔吐により身体から大量の水分と電解質が失われるため、急速に脱水が進行し時には循環虚脱に陥る。だからこそ脱水の治療であるORTが著効を示す疾患でもある。ウイルス性下痢症の原因として、ロタウイルス、ノロウイルス、腸管アデノウイルスなどがある。中でもロタウイルスは頻度が高く、脱水の程度も強い。ロタウイルス感染症には先進国の子どもたちも頻繁に罹患するが、輸液療法など治療法の向上により死亡例は少ない。一方途上国では、多くの子どもたちが本疾患により命を落としている。近年欧米諸国で認可された改良ロタウイルスワクチンの、途上国における有用性を評価することは、国際保健における大切な課題である。(中野貴司)