国際保健用語集

用語 経口補液療法・経口補水薬
概要 (英語訳:ORT・ORS , Oral Rehydration Therapy・Oral Rehydration Salts)

経口補液療法(ORT)とは、下痢症により引き起こされた脱水を治療する手段である。歴史は1940年代までさかのぼり、大量の水様性下痢により急速に脱水に陥るコレラの治療として用いられたのがその始まりである。途上国では、病院の設備が不十分で医薬品も乏しいという事情により、経静脈輸液治療が実施できない場合が多い。さらには、手技の未熟さや経験不足のため、急速な輸液による心不全や静脈ルートからの感染など経静脈輸液に伴うリスクが大きい。このような現場で多くの子どもたちを救ってきたのは、糖分、塩分を一定の割合で水に溶かして作成した溶液を経口的に補給する治療法であった。1975年には、WHOUNICEF?が統一した組成の経口補水薬(ORS)を奨励するようになった。その後、病態に応じたナトリウム濃度など組成成分の調整、穀物をベースとしたORT 、栄養価や吸湿性についても継続して検討されている。また、ORTは下痢症の治療であるとともに「飲食」という日常の生活にきわめて密着しているということを忘れてはならない。住民たちに浸透し普及するためには、現地における受容性、食生活や離乳食習慣に配慮し、文化人類学的な側面を検討する必要がある。(中野貴司)
用語 行動科学
概要 (英語訳 : Behavioral science)

第二次世界大戦後のシカゴ大学の科学者が、自然科学と社会科学を統合した見方から行動を捉えようとした際に用いられた名称。人間の個人的・集団的行動の一般法則を客観的な観察や調査によって実証しようとする学問であり、心理学、社会学、人類学を中核として、精神医学、コミュニケーション論、情報理論などの領域を含みながら、学際的に発展してきた。

国際保健医療の分野に関連が深いのは「応用行動科学(applied behavioral science)」であろう。人間の対人行動に関する諸理論(対人関係、対人的コミュニケーション、対人的影響過程、集団内行動、リーダーシップ、グループ・ダイナミックス、組織行動など)を応用して、現場で起こっている人間関係的側面の諸問題に働きかけていくものである。アプローチとしてはアクションリサーチのサイクルが用いられる。アクションリサーチの父とされるK.Lewinは、人間関係の改善のための手法としてワークショップ形式で行われるトレーニング(training)を重視した。K.Lewinのこの発想は、彼の弟子たちによって設立された米国NTL Institute for Applied Behavioral Scienceにて、人間関係トレーニング(Human Relations Training、正式名称:ラボラトリー方式の体験学習)として、また、民主的でヒューマニスティックな組織づくりをめざした組織開発(Organization Development)として発展した。(中村和彦)
用語 適正技術
概要 (英語訳:Appropriate technology)

適正技術とは、その技術の受容者であるコミュニティの環境、文化や習慣、社会経済的背景などに配慮した技術をいう。1973年にSchumacherが「small is beautiful」で提唱した中間技術(intermediate technology)の概念は、適正技術の重要性と理論化に大きな役割を果たした。国際協力において、農業、灌漑、水供給、小工業、環境など多くの分野で適正技術の開発と普及が行なわれている。とくに、近年は、地球温暖化や情報化社会の中で、環境に負担をかけず、資源を浪費せずに、低コストで維持できる適正技術の再評価が行われている。

保健医療分野において、適切技術はアルマ・アタ宣言においてプライマリヘルスケアの重要な原則の一つとして位置付けられた。医療費、施設の維持費、電気などの設備の有無、技術を使いこなせる人材の有無、文化や習慣などの種々の要素から、それぞれの保健医療施設やコミュニティに見合った適正技術を考える必要がある。(中村安秀)
用語 母子健康手帳
概要 (英語訳:Maternal and Child Health Handbook)

日本では、1942年に作成された「妊産婦手帳」をもとに、1948年に「母子手帳」が作られ、現在では「母子健康手帳」に発展した。妊娠、出産、子どもの健康の記録が一冊にまとめられ、健康教育教材としての種々のメッセージを含み、両親の手元で保管される母子健康手帳は、妊産婦ケアと新生児・小児ケアをつなぐ有用なツールとして国際的に注目を集めている。

1994年に国際協力機構(JICA)の協力によりインドネシアにてイラストや図を豊富に盛り込んだインドネシア版母子健康手帳が開発され、その後インドネシア全土に普及した。現在、母子健康手帳が使用されている国はタイ、韓国、東ティモール、ニジェール、セネガル、チュニジアなどがあげられ、プロジェクトとして開発されている国や地域は、ベトナム、バングラデシュ、ラオス、カンボジア、パレスチナ、ドミニカ共和国、ユタ州(米国)など世界に広がっている。

母子健康手帳は個別に実施されてきた母子保健サービスを統合する有力な家庭用記録媒体(home-based record)であるが、単に配布するだけでは不十分である。母子保健医療関係者が母子健康手帳を活用して、健康教育や保健医療サービスを実施することにより大きな効果を得ることができる。(中村安秀)
用語 国際労働機関
概要 (英語訳:ILO, International Labour Organization) 

ILOは第一次世界大戦直後の1919年に,世界平和の礎としての社会正義の実現を目指して設立された。現在は社会労働政策を担当する国連専門機関として国際労働基準の作成と実施、および発展途上国への技術協力活動を行っている。ILOは各国の政府、労働者、経営者代表を正式の構成メンバーとしており、三者が独立した投票権を有している。この仕組みは三者構成主義として知られ他の国連機関にはないILOの特色である。

働く人々の健康と安全の向上にILOは設立当初から積極的に取り組んできた。産業保健サービス、アスベスト、職業がん、建設安全衛生、化学物質、鉱業安全衛生、母性保護、農業安全衛生等の国際労働基準が採択され、各国における政策策定と職場における安全衛生の向上に役立っている。特に労働安全衛生サービスの届くにくい発展途上国の中小企業、家内労働、小規模建設現場、農業等の職場を対象に、低コストで地元の資源を用いて改善できる参加型トレーニング手法を開発し地元トレーナーを養成し普及を進めている。またHIVエイズ鳥インフルエンザおよび新型ヒトインフルエンザのような感染症対策においても、ILOが持つ労働者および経営者とのネットワークを生かして職場を直接の対象とした取り組みを進めている。(川上 剛)