国際保健用語集

用語 難民
概要

(英語訳: Refugee)  

「難民の地位に関する条約」(1951年)では、「難民」について「紛争に巻き込まれたり、人種、宗教、国籍、政治的意見や特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるなど、生命の安全を脅かされ、他国に逃れなければならなかった人々」と定義されている。現在世界に約1,600万人いると推定されているが、そのうち約8割が子どもと女性である。近年、紛争、圧政、自然災害によって居住地を追われたが、国境を越えずに国内で避難生活を送っている国内避難民が推計で3,750万人と急増している。国境を越えた難民のみならず、国内避難民に対しても国連難民高等弁務官事務所をはじめとする国際機関などが人道支援を行うようになってきているが、南スーダンやシリアなどでは紛争地から逃避できず、援助がきわめて届きにくい紛争被害者もいる。厳密には条約難民には該当しないが、内戦が続くシリアや政治経済情勢の不安定な北アフリカから多くの人が難を逃れてヨーロッパに殺到する問題も見逃せない。難民や国内避難民の多くはキャンプ生活を余儀なくされ、生活全般を現地政府や援助機関の支援に依存せざるを得ない。そこでは人権の保護とともに、水・衛生、栄養と食料、シェルター等の基本的な生存、生活に対する支援が *1プロジェクトに基づいた基準で提供されるべきである。しかし、治安悪化で援助機関が撤退し、最低限の支援さえできないこともある。難民の長期的な解決策として、出身国への帰還、現住地への定住、第三国への再移住が考えられるが、どれも容易ではない。(神谷保彦)

*1 : スフィア>人道支援を行うNGOのグループと国際赤十字・赤新月運動による1997年に開始された、難民の人道上の責務に基づいたプロジェクト

用語 障害を調整した生存(人生・生命)年数
概要 (英語訳 : Disabilty adjusted life years) 

疾病により失われた生命や生活の質を包括的に測定するための指標として「障害を考慮した生存年数(DALYs: Disability-Adjusted Life Years)」 は開発された。

生活の質を調整した指標であるQALYに社会的価値判断(年齢による重み付け)等を加えている。

生活の質を調整した死亡・障害の度合いをあらわす指標はいくつかあるが、その中でもDALYsは1993年に世界銀行が発表した「World Development Report (世界開発報告) -Investment in Health(健康への投資)」 でハーバード大学のMurrayらがその中で使用したことをきっかけに、WHO世界銀行などの国際機関が保健政策の優先度を決める場合の指標として広く使われるようになった。
現時点では発展途上国における下痢症急性呼吸器感染症によるDALYsの損失が全世界では大きいが、今後生活習慣病や喫煙による呼吸器疾患等の非感染性疾患や精神疾患によるDALYsの損失が増えることが予測されている。  
用語 開発援助委員会
概要 (英語訳: DAC, Development Assistance Committee) 

世界の経済開発や福祉の向上のための政策を推進する経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and Development: OECD)において、経済開発や関係する政策の推進を行う役割を持つ専門委員会として1961年に設置された。アジアからの日本及び韓国を含む30メンバー(29か国とEU)が加盟し、開発分野に係る基準や規範の設定やモニタリングに取り組んでいる。

ODAの定義設定やDAC 援助受取国・地域リスト(DAC List of ODA Recipients)の作成など開発援助に関する基準・規範設定、開発協力報告書(Development Co_operation Report)の発行などのODAに係る統計の管理、開発援助相互レビュー(Peer Review of Development Co-operation)の推進による開発援助の改善、DAC賞(DAC Prize)の設置による優良事例の共有などを具体的に行っている。(平岡久和)
用語 開発原病
概要 (英語訳:developogenic disease, developo-genic disease, disease of development)

開発による自然・社会環境の変化および人間行動の変化などにより、新たに流行が引き起こされる疾病を指す。初出は1970年に出版されたHughesとHunterの論文Disease and‘development’in Africaで、医療行為が原因となって起こる病気である医原病(iatrogenic disease)にヒントを得て名づけられた。 

開発原病としては、灌漑施設・ダム・貯水池など水に関わる開発によって生態系に変化が起こり、中間宿主である蚊や貝が繁殖し、マラリアや住血吸虫症が流行した例が良く知られている。他にも、換金作物栽培導入によって地域の伝統的食生活が乱れ栄養不良が引き起こされたり、森林破壊によって動物と人間が接触する機会が増え新たな病原性ウィルスによる新興感染症が流行するなど、人々の健康に対する開発の悪影響が明らかになってきた。

近年、開発援助に関わる国際機関では、環境や社会に配慮するガイドラインを制定し、現地への負のインパクトを回避または最小限にする努力が払われるようになってきている。保健分野に関する取り組みとしては、道路建設プロジェクトにおいて建設労働者と地域住民の双方に対してHIV/AIDS対策を実施する、灌漑プロジェクトにおいて感染症を媒介する昆虫等のコントロールや診断・治療・予防啓発を強化する、といったことが行われている。しかしながら、このような取り組みが始まってからの年数は浅く、ガイドラインの適切な運用や対策の継続性など、取り組むべき課題も多い。(森重裕子)
用語 開発とジェンダー
概要 (英語訳:Gender and Development )

開発とジェンダー (Gender and Development: GAD) とは、女性と男性の相対的で流動的な社会的関係 (ジェンダー関係) を重視し、ジェンダー間の不平等・不公平をなくすことが、公正で持続可能な開発につながるという考え方のことである。先行するWID (Women in Development 開発と女性) の考え方は、女性が開発過程に参加することによって、その生活や社会的地位を向上させようとするものであった。それに対し、1980年代以降、ジェンダー視点を取り入れて発展したGADの概念では、女性のエンパワーメントを進めて男性との不平等な関係を変え、女性の状態が改善しても男性との格差が残ったり拡大したりしてはならないことに着目している。女性と男性が同等に決定に参画する、公平で持続可能な開発を目標としており、究極的には、社会や経済の枠組み・構造や、権力関係までもが問われる。GADの考え方を進めて、開発援助機関や各国政府は、ジェンダーの主流化 (Gender mainstreaming) に取り組んでおり、分野や対象を問わずすべての開発プログラムにジェンダーの視点を取り入れようとしている。(青山温子)