国際保健用語集

用語 鉄欠乏性貧血
概要

(英語訳:IDA, Iron Deficiency Anemia)

鉄欠乏性貧血は、食事由来の鉄摂取不足、鉄吸収不良、または大量の失血などが原因となって、血中ヘモグロビン濃度が減少している状態である。単一の栄養欠乏症の中では最も多く報告されている栄養障害である。一般的に妊娠可能年齢の女性、妊婦、早産児、生後6カ月以上の乳幼児、10代女児などに多くみられる。

開発途上国では、鉤虫症による血液損失が原因となっている場合や、マラリア結核HIVなどの感染症に伴う場合、妊娠・授乳の繰り返しによる鉄の要求量増加が原因である鉄欠乏性貧血も多い。

鉄欠乏が妊産婦に与える影響は、免疫能の低下による感染症罹患リスクの増大や未熟児・低出生体重児の出産などが挙げられ、約20%の妊産婦死亡が鉄欠乏性貧血に関与しているとされる。乳幼児では鉄欠乏性貧血によって注意力・応答・感情表現の低下や精神発達の阻害などが生じ、学童期の貧血児は学習能力が劣るとされている。低い学習能力は将来の労働力および生産性の低下につながり、その経済損失は世界全体で年間500億ドルを超えると世界銀行は試算している。

国際機関はGlobal Nutrition Targets 2025の1つとして妊娠可能な期間にある女性の貧血の50%減少を目指しており、妊婦を対象とした鉄と葉酸補給プログラム(supplementation)が多くの開発途上国で展開されている。また、2歳未満の乳幼児を対象とした鉄補給プログラムを実施している国も多い。(水元芳)

用語 重症急性呼吸器症候群
概要

(英語訳: SARS, Severe Acute Respiratory Syndrome)

 2002年末からアジアを中心に世界32カ国で流行し、感染者8439人、死者812人を出した新型の肺炎である。病原体であるSARSウイルス(SARS-CoV)は、本来野生動物を宿主とするコロナウイルスが変化したものと考えられる。

感染経路は患者の咳などによる飛沫感染が主であり、流行時には院内感染が多発して、多くの医療従事者が罹患した。そのほか、汚物等に触れることや(接触感染)、空気中に拡散したウイルス粒子により感染することもある。

潜伏期は2~7日で、38℃以上の発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛などで発症する。その後、乾性咳、呼吸困難など下気道症状が出現する。約80%は回復に向かうが、20%は呼吸窮迫症候群に移行する。胸部X線では浸潤影やスリガラス状陰影などの所見が見られる。診断は、臨床症状、SARS-CoVと接触した可能性、病原診断(血清抗体値、ウイルス遺伝子検出など)からなる。確立した治療薬はなく、対症療法、呼吸管理が主となる。

2003年7月に終息宣言が発せられ、その後少数の散発例があったが、2004年4月以降発生例はない。SARSの流行は、適切な初期対応、正確な情報開示、対策における政府のリーダーシップや国際協力の重要性など、様々な教訓を残した。

SARSの拡散を防ぐには、疑わしい患者が搬入された段階から適切なトリアージや感染対策を迅速に実行することが大切である。マスク着用により感染をかなり防ぐことができる。感染者との至近距離での接触や人込みを避けることも重要である。(小原 博)

用語 避妊法/避妊法の種類
概要 (英語訳:Contraceptive method/Kinds of contraceptive method)

妊娠と避妊の定義は、国、地域、宗教、時代などにより異なるが、本稿では妊娠は「受精卵が着床することで成立」し、避妊法とは「妊娠の成立を阻害する方法」と定義する。

自然な状態でのヒトの妊娠成立は、視床下部-脳下垂体-卵巣系のホルモン分泌による卵の成熟と排卵、性交渉による精子の卵管への移動、精子の卵への侵入による受精、受精卵が子宮内に移動し内膜へ着床する、という経過をたどる。よって、この過程のいずれかを阻害すれば避妊を行うことが可能となる。

健康な男女が避妊をせずに標準的な性交渉を持つ場合、85%が1年以内に妊娠するとされている。よって避妊法の有効率は、年間の妊娠成立率で評価できる。

一方、避妊法は古典的方法と現代的方法に分けることができる。古典的方法としては、排卵周辺期に性交を行わない(周期法)、腟内に射精しない(性交中断法)などがある。いずれを完璧に行っても年間3-5%が妊娠する。これらの方法は、しばしば不完全に実施される可能性が高く、25-27%程度が妊娠してしまうと推計されている。

現代的方法として以下の方法(カッコ内はメカニズム)がある。ホルモン剤(排卵または着床を抑制、子宮頸管の粘液変化により精子の侵入を抑制)は経口薬、注射あるいは皮下埋め込み型の徐放剤が利用できる。経口薬は毎日服用する必要があるが、徐放剤では注射で3ヶ月、皮下埋め込み型で3年間効果が持続する。年間妊娠率は0.05-0.3%である。

子宮内避妊具(Intra-uterine device: IUD、着床または精子の受精能抑制)は、清潔操作を行い子宮内に挿入する必要があるため、一定の技術、器具、施設を必要とすることが、その普及を阻害する。年間妊娠率は0.2-0.6%である。

コンドーム(精液の腟内侵入を防ぐ)の年間妊娠率は2%程度と他の方法に比べて高くなるが、性感染症の予防手段としても有効である。

またいわゆる永久避妊法として、男性では精管、女性では卵管を外科的に結紮・切除する方法がある。(松井三明)
用語 適正技術
概要 (英語訳:Appropriate technology)

適正技術とは、その技術の受容者であるコミュニティの環境、文化や習慣、社会経済的背景などに配慮した技術をいう。1973年にSchumacherが「small is beautiful」で提唱した中間技術(intermediate technology)の概念は、適正技術の重要性と理論化に大きな役割を果たした。国際協力において、農業、灌漑、水供給、小工業、環境など多くの分野で適正技術の開発と普及が行なわれている。とくに、近年は、地球温暖化や情報化社会の中で、環境に負担をかけず、資源を浪費せずに、低コストで維持できる適正技術の再評価が行われている。

保健医療分野において、適切技術はアルマ・アタ宣言においてプライマリヘルスケアの重要な原則の一つとして位置付けられた。医療費、施設の維持費、電気などの設備の有無、技術を使いこなせる人材の有無、文化や習慣などの種々の要素から、それぞれの保健医療施設やコミュニティに見合った適正技術を考える必要がある。(中村安秀)
用語 質的調査・研究、質的調査方法
概要 (英語訳: Qualitative Research, Qualitative methods)

質的調査・研究とは、主に集中して深く掘り下げるインタビューや参与観察のような余り定型化されない方法でデータを集め、その結果の報告に際しては、数値による記述や統計的な分析というよりは言葉による記述と分析を中心にする調査研究である。元々行動科学も社会科学も、伝統的には自然科学をモデルにしており特に1950年代から1970年代後半まではかなりの勢力を保っていた。しかし70年代後半に入って社会が急速に変化し、その結果、生活世界が多様化しこれまでにない新しい社会の文脈や視野が現れ出した。そしてこれまで研究者達が当たり前のように用いてきた演繹方法は、研究対象の多様性に十分に対応できないという認識が高まり、既成の理論の検証ではなく、現象の新たな側面を発見し現場での情報、データに基づいて新たな理論を生み出す「帰納方法」が注目を浴びるようになる。人類学、社会学双方の分野でそれまでのいわゆる「科学」的思考法と研究方法、特に実証主義と呼ばれるアプローチに対する異議申し立てが盛んに行われ始めた。社会の中の現象にアプローチするために、厳密に定義された既存の概念と理論から出発する代わりに、問題を大まかに示すだけの「感受概念」を出発点とするような方法が質的調査・研究の基本となっている。なお、質的調査方法はフィールドワークなどを中心に、インタビュー、参与観察フォーカス・グループ・ディスカッション、体系的データ収集法など非常に多岐にわたる。(松山章子)
用語 質的調査、質的調査方法
概要 (英語訳: Qualitative Research, Qualitative methods)

質的調査とは、主に聞き取りの内容を集中して深く掘り下げるインタビューや地域に入り込み観察を行う参与観察などのあまり定型化されない調査方法で情報を収集し、その結果の報告に際しては、数値による記述や統計分析ではなく言葉による分析と記述を中心とする調査研究である。元々行動科学も社会科学も、伝統的には自然科学をモデルにした。しかし70年代に入り社会が急速に変化し、その結果、生活世界が多様化し人間の社会や行動を扱う科学者の前にこれまでにない新しい社会の文脈や視野が現れだした。それまで研究者たちが当たり前のように扱ってきた演繹的方法は、研究対象の多様性に十分に対応できないという認識が高まり、既成の理論の検証ではなく、現象の新たな側面を発見し現場での情報、データに基づいて新たな理論を生成する帰納的方法が注目を浴びるようになる。それまでの実証主義と呼ばれるアプローチを中心とした「科学」的思考法と研究方法に対する異議申し立てが行われたのである。社会の中の現象にアプローチするために厳密に定義された既存の概念と理論から出発し、限定概念を使用する代わりに、問題を大まかに示すだけの「感受概念」を出発点とし、調査対象や物の見方に開放性を持たせるアプローチが質的調査の基本となっている。尚、近年、帰納的方法に加えて 発想法(仮説形成)も提唱されている。質的調査方法は、フィールドワークを中心にインタビュー、参与観察フォーカス・グループ・ディスカッション、体系的データ収集法など多岐にわたる。(松山章子)
用語 貧困削減戦略ペーパー
概要 (英語訳: PRSPs: Poverty Reduction Strategy Papers)

貧困削減戦略ペーパーは、1999年に国際通貨基金(IMF)と世界銀行によって導入された低所得国における貧困削減のための枠組みである。貧困削減戦略ペーパーの作成が、IMFと世界銀行が主導している重債務貧困国(HIPC)イニシアチブによる債務削減や債務返済のための譲与的融資を受ける条件にもなっていた。

貧困削減戦略ペーパーは、低所得国の政府により、国内のステークホルダー及びIMFや世界銀行といった外部の開発パートナーらによる参加プロセスを経た上で準備される。その内容には、その国の様々な分野の成長と貧困削減を目的としたマクロ経済的、構造的、社会的政策やプログラム、資金の必要性や主な財源、貧困削減に関する中長期的な目標とそのモニターや評価方法が含まれる。概ね3年ごとに更新され、プログレスレポートにより各年の進捗状況が報告されている。

国連ミレニアム開発目標(MDGs)の目標と共通する部分があったため、貧困削減戦略ペーパーを作成することが、その国の政策としてMGDsの目標を取り入れることにつながったとも言われている。(北島 勉)
用語 識字率
概要

(英語訳 :literacy rate ) 

成人の識字率と言った場合、15歳以上で読み書きできる者の比率を指すことが多い。実際には、識字・非識字の定義は様々である。文字を読んで理解し書き記すことができる能力のことを指すだけでない。自己の姓名を記し得る者、いわゆる自署率を識字率としている場合もあれば、情報リテラシー、コンピュータ・リテラシー、統計リテラシーといった新しい識字の概念を含めて識字と表現する場合もある。

日本では、成人の識字率は近年公的に調査されておらず、初等・中等教育の就学率が代替データとして示されている。平成27年度に公表された文部科学省による実態調査によると、外国籍など様々な背景により夜間中学やボランティアなどによって運営されている識字教室に通っている生徒が相当数存在し、不登校等により十分な教育を受けないまま中学を卒業している、いわゆる「形式卒業者」も含まれていることが報告されている。

世界的には、ユネスコのほか、ユニセフ世界銀行など国際機関が各国政府機関やNGO等が連携し、万人が初等教育を受けられるよう対策に取り組んでいる。ユネスコのGlobal Education Monitoring (GEM) レポート2017/8によると、直近の推計データで世界の大人の識字率は86%で、7.50億人が識字スキルを欠いていると報告している。(白山芳久)

用語 西太平洋地域事務所
概要 (英語訳:WPRO, Western Pacific Regional Office)

WPRO(西太平洋地域事務局)は、WHO(世界保健機構)の西太平洋地域の代表として、フィリピンのマニラに地域事務所を持ち、西は中国、南はニュージーランド、東は太平洋の37の国・地域に事務所を有する。人口数では、世界の三分の一の16億を超える。目的は、WHOのミッションである世界のすべての人々の肉体的、精神的及び社会的な健康を得るために、あらゆる公衆衛生問題における西太平洋地域における対応を行うことである。

近年の主な活動は、はしかとB型肝炎を中心とした拡大予防接種計画マラリア結核エイズを中心とした感染症対策、新興再興感染症対策、特に新型インフルエンザ流行に備えての緊急対策に重点をおき、世界保健規則(IHR)が発効した2007年からは、これに基づき、この地域のすべての国々がこれらの疾患の流行に対しての検知対応する最低限の能力を持つ事を目的に、アジア太平洋地域における新興感染症対策5カ年活動計画が作成した。

そのほか、小児保健、リプロダクティブヘルス、非感染症疾患対策、緊急人道援助等、幅広い活動を行っている。さらに保健システム強化のためのキャパシティビルディングにも力を入れている。

2000年から2008年まで、日本の尾身 茂氏が事務局長を勤めていた。(仲佐保)
用語 複合災害
概要 (英訳:CHE, Complex (humanitarian) emergencies)

Toole M(1995)は、 Complex emergencyを種々の要因、暴動や民族的色合いを持った紛争、内戦といった緊急で、食糧不足や大規模な住民移動が重なり、多くの犠牲者を出す状況と定義した。その後、Goodhan(1999)やBurkle F(2004)らは、政治的あるいは経済的要因にも注目している。国際赤十字によると、自然災害と人為的災害といった複雑な要因が組み合わさり、権威の失墜という背景に言及している。

現在WHO(世界保健機関)によると、Complex emergencies are situations of disrupted livelihoods and threats to life produced by warfare, civil disturbance and large-scale movements of people, in which any emergency response has to be conducted in a difficult political and security environment (2002). と定義づけられ、生活の破綻と戦争、市民生活の混乱と大規模な住民移動によって引き起こされた市民の生命の差し迫った状況の中で、緊急対応が政治的にそして安全環境の困難な中実施されなければならない、という緊急対応についても付言している。(高橋宗康)