国際保健用語集

用語 環境社会学
概要

(英語訳 : Environmental Sociology)

環境社会学は、人間社会の社会的、文化的環境だけではなく、その生物的、物理的、化学的環境にも目を向け、むしろそれらを主要な対象として、人間社会との相互関係を解明することを目的とする。そのため、環境社会学は自ら現場に出て行き、現場から実証的なデータを積み上げ、ときには住民の人々と一緒に考えたりしながら、それらを総合的に分析・研究することで問題の解決法を考え、行動する学問である。

日本では、1960年代から70年代にかけて、農村社会学や地域社会学の分野で実証的研究成果がなされ、生活破壊論、被害(-加害)構造論、受益圏・受苦圏論、社会的ジレンマ論、生活環境主義、コモンズ論をめぐる研究がなされている(Wikipedia)。飯島は、従来の社会学では、『対象と関わることなくニュートラル』であることが研究上の基本的な姿勢とされがちだが、環境問題を含んだ社会問題は、『ニュートラルな第三者』では研究し切れない。汚染や公害と人間社会の関係を研究する場合、問題の発生原因とその解決策を解明する点において環境社会学ほど適切な学問はない、としている。水俣病にしろ、福島の原発事故にしろ、医学、公衆衛生学だけでは問題は解決しない。統合的な水俣学やフクシマ学が必要であり、その中核を環境社会学が担うことが期待されている。(門司和彦)

用語 世界銀行
概要

(英語訳 :The World Bank)

1944年のブレトンウッズ会議でIMF(国際通貨基金)とともにIBRD(国際復興開発銀行)が創設された。世界銀行は独自の規約を持つ国連の特別機関であり、世界最大の援助機関である。世界銀行は一般にIBRD(国際復興開発銀行)とIDA(国際開発協会)を意味する。これに姉妹機関であるIFC(国際金融公社)、MIGA(多数国間投資保証機関)、ICSID(投資紛争解決国際センター)をあわせて世界銀行グループと呼ぶ。本部はワシントンにある。

IBRD(国際復興開発銀行)の当初の目的は、戦争破壊からの復興と開発途上国における生産設備および生産資源の開発であった。最近は、開発途上国の貧困緩和と持続的成長のための支援を目的としている。

IBRDとIDAは各国のマクロ経済調査などの各種調査を行い、国別支援戦略を決定し、支援の重点分野を決定している。その後、借入国政府や他の援助機関との対話を行いつつ、具体的な支援プログラム・プロジェクトを決定している。案件の実施は借入国自身が行い、IBRDとIDAはこれら事業が円滑に実施されるようモニタリングを行っている。2018年7月現在189カ国が加盟している。

IDAは準商業ベースの条件での借入が困難な貧困途上国に対して、より緩和された条件で融資を行うことを目的としている。IBRDの事業資金は市場からの資金調達により行われており、IDAの融資のための事業資金は、先進国からの出資金、IBRDの純益の移転などにより行われている。世界銀行グループの5つの機関はその管理上、共通の事業所を使用しており、世界銀行の総裁に対して責任を負う。(杉下智彦)

用語 マイクロファイナンス
概要

(英語訳:microfinance)

貧困層・低所得層向けの貯蓄・融資・送金・保険など少額の金融サービスの総称。融資だけをさす場合は「マイクロクレジット」も多用される。

1970年代に南アジアや中南米で所得創出活動を対象とする無担保融資が始められ、グループ貸付や分割少額返済といった返済率を高める手法が発展した。1990年代に入って貧困の研究が進むと、貧困層が多様な金融ニーズを抱えていることが明らかになり、供給者主導の画一的なクレジットだけでなく、様々な金融商品を開発・提供する必要性が提唱された。2000年代以降、気軽に預けられる預金、低価格の保険、携帯電話と電子マネーによる送金・決済サービスなどが登場し、サービスや資金の提供者として援助団体だけでなく民間企業が参入するようになった。

2000年代後半に入ると、援助機関がマイクロファイナンスに代わる用語として、「金融包摂(financial inclusion)」を頻繁に使うようになっている。マイクロファイナンスが貧困層・低所得層に特化した金融セクターとして扱われてきたのに対し、金融包摂では通常の金融制度にマイクロファイナンスを統合し、すべての人々が、政府の規制・監督を受けた金融サービスを安全かつ持続的に利用できることをめざしている。

既存のマイクロファイナンス機関の規格に合わず金融サービスを利用できない層、あるいは交通が不便な地域へサービスを拡大するためには、様々な機関が参入・連携し、革新的なサービスを開発する必要があるという認識に基づく。(吉田秀美) 

用語 政府開発援助
概要

(英語訳 : Official Development Assistance)

開発途上国の経済や社会の発展、国民の福祉向上や民生の安定に協力するために行われる先進国による政府ベースの経済協力のこと。OECD(経済協力開発機構)の下部機関DAC(開発援助委員会)の定義では、(1)政府ないし政府の実施機関によって供与されるものであること、(2)開発途上国の経済開発や福祉の向上に寄与することを主たる目的としていること、(3)資金協力については、その供与条件が開発途上国にとって重い負担にならないようになっており、グラント・エレメントが25%以上であることが基準となっている。(杉下智彦) 

用語 外傷後ストレス障害
概要

(英語訳 PTSD, Post Traumatic Stress Disorder)

心的外傷(トラウマ)となる犯罪や災害などの生死にかかわる経験、死傷の現場を目撃するなどの恐怖体験が契機となり、1か月以上持続して症状を呈し、強い苦痛や生活上の機能障害をきたす精神障害。世界的にはベトナム戦争など紛争体験者、その兵士、日本では阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件後に注目されるようになったが、交通事故、虐待、レイプなどでも生じる。

おもな症状は、侵入(フラッシュバック、悪夢、想起刺激による心理的苦痛や生理学的反応)、回避(トラウマ体験に関連する状況や感情を避ける)、認知と気分の陰性変化(自身や他者の過剰な否定、大事な活動への関心や参加の著しい減退、愛情を感じなくなるなどの感情領域の狭小化)、覚醒度と反応性の著しい変化(睡眠障害、過度の警戒心、過剰な驚愕反応、集中困難)の4種類に分類される。

心理療法や薬物療法が主たる治療法となる。なお、PTSDを発症した人の半数以上がうつ病、不安障害、アルコール依存などを合併することが知られている。(井上信明)

用語 ジェネリック医薬品
概要

(英語訳 : Generic Medicine)

医師の診断によって処方される医薬品は、開発の経緯によって「新薬(先発医薬品)」と「ジェネリック医薬品(後発医薬品)」とに分類されまる。

医薬品を人に使用するのに先立ち、期待する効能・効果を有するか(有効性)、効能効果に比して著しく有害な作用を有しないか(安全性)などを証明する必要がある。そのため主成分である「有効成分に関する試験」と投与用に加工された「製剤化された医薬品に関する試験」が必要である。毒性試験、薬理試験及び治験と呼ばれる人による臨床試験など、新薬開発に要する期間は約9~17年、費用は約300億円以上かかる。国はデータに基づいて審査し、厚生労働大臣が承認したものだけが医薬品として流通が許される。

一方、ジェネリック医薬品は先発医薬品の長年の臨床使用経験を踏まえて開発、製造され、先発医薬品と同一の有効成分を同一量含有しており、対象とする疾病や発揮する効能・効果や使用方法・使用量(用法・用量)も基本的には変わらない。添加剤の成分や配合量が先発医薬品と異なるが有効性や安全性に違いが出ることがないように、ジェネリック医薬品の承認審査においては、生物学的同等性試験のテータの提出を求め、主成分の血中濃度の挙動が先発医薬品と同等であることが求められる。 有効性・安全性の評価が先発医薬品により既にある程度確立しているため、ジェネリック医薬品の開発期間は、約3-5年、費用も約1億円ですみ、情報収集・提供等に関する販売管理費も少額のため、低価格での提供が可能である。政府の政策的後押しにより、2005年から2015年の10年間にジェネリック医薬品の販売数量は1.7倍に増加している。(木村和子)  

用語 オペレーショナルリサーチ
概要

(英語訳 : operational research [英], operations research [米])

オペレーショナルリサーチは、国際保健分野においては、アクションリサーチやインプリメンテーションリサーチと同じ意味で使われることが多いが、数学的・統計的モデル、アルゴリズムの利用によって、複雑なシステムにおける意思決定を支援し、また意思決定の根拠を他人に説明するためのツールとして用いられるなど、複数の用法が混在するため、注意が必要である。そのため、定義も標準化に至っていないが、提案されている定義の多くに共通するのは、その研究の目的を、研究対象のプログラムの質、有効性、または適用範囲を高めることができる介入、戦略、またはツールに関する知識の検索をするため、あるいはより具体的に保健プログラム実施上の課題に対して対応策を検討するため、と定めている。つまり、オペレーショナルリサーチの重要な要素は、保健プログラムの活動(予防、ケア、または治療)の実施中に遭遇する制約と課題を特定することによってリサーチクエスチョンを同定し、これらの質問に対する回答が直接的・間接的に問題を解決し、ヘルスケア提供の改善に寄与することである。もちろん、これは一度に起こるわけではなく、しばしば連続的かつ反復的なプロセスとなる。

その方法論としては、記述研究 (もし強力な分析要素が存在する場合、横断研究)、症例対照研究、後ろ向きまたは前向きコホート研究の3つが主に用いられ、基礎科学研究やランダム化比較研究は通常含まれない。また、データ収集方法に着目し、既存のデータ収集メカニズムを通じて収集されたデータを用いる調査・研究をオペレーショナルリサーチとして、インプリメンテーションリサーチと区別する定義を提案するものもある。いづれにしても、伝統的な科学研究が、全ての状況にあてはまる「一般化」される成果をめざすのに対し、特定のプログラムの実施上の課題に対する対応策を検討するため、特殊な状況や地域特性などに焦点をあてることを目指すことに特徴付けられると言える。

一方、数学的・統計的モデルを用いて意思決定を支援する、古典的な意味でのオペレーショナルリサーチの保健への適用も、保健システム管理や病院管理などの分野で試行されているが、先進国での実施が多いようである。(野崎威功真)

用語 ロールバックマラリア
概要 (英語訳 : Roll Back Malaria)

1998年5月、WHO中島宏事務局長(当時)の後任にGro Harlem Brundtland前ノルウェー首相が就任し、新規のWHOキャビネットプロジェクトとして宣言されたマラリア対策が、「Roll Back Malaria (RBM) Initiative」と呼ばれた。RBMイニシアチブは従来のようなマラリア撲滅運動ではなく、2010年までにマラリアによる死亡率を半減させるという具体的数値目標を持った対策案であった。RBMで強調されることは、マラリアの治療を必要とするあらゆる人、マラリアの対策を必要とするあらゆる地域にそのサービスがゆき届くよう努力すること、そしてこのRBMの旗頭が、各マラリア流行国の保健システム強化の先導役(path finder)になることである。 

RBMの具体的な戦略は、マラリアサミット(1992年)で起草されたGlobal Malaria Control Strategyのフォーミュラーを応用し、(1)マラリア患者の早期診断と迅速な治療、(2)突発性流行の検出と対策、(3)薬剤含浸蚊帳を用いた媒介蚊対策、(4)妊婦のマラリアの予防、の4項目を基盤に展開するものである。そのうえで流行国と多くの国際機関との連携、開発支援2国間援助の推進、研究グループとの協力、製薬会社などの民間セクターや非政府組織(NGO)、財団、マスメディアとのいわゆる「パートナーシップ」を築き上げてゆくことである。現在では、正式にUNICEFUNDPWorld BankWHOが完全連携して、「RBM Partnership」という新しいフレーズが使われることが多い。

RBMのビジョンは、マラリアによる負担がない世界の創出である。2020年までの具体的なビジョンとしては、全ての国々とRBMパートナーによる努力を加速化することである。2015年と比較して、マラリアによる死亡率と罹患率を少なくとも40%減少させること。また、2015年までにマラリアの流行が消失した国々において、マラリアの再興を起こさせないこと。および10か国でマラリアの流行を消失させることである。2030年までには、2015年と比べて、マラリアによる死亡率を少なくとも90%減少させ、さらに35か国でマラリア流行を消失させることを掲げている。(野中大輔)  
用語 国連人口基金
概要 (英語訳:UNFPA, United Nations Population Fund)

国連人口基金(UNFPA)は、1969年に設立された国連の人口問題を扱う専門的開発機関である。設立当時は国連開発計画(UNDP)の一部門として「国連人口活動基金」(United Nations Fund for Population Activities)と呼ばれていたが、国際社会で人口問題対策の重要性が認識されるようになり、期待される活動範囲が拡大してきたため、1972年に独立した国連機関となった。本部は米国のニューヨーク。活動は、(a) 国レベルの開発途上国の支援プログラム、(b) 中南米やサハラ以南のアフリカなどの地域全体に共通する課題に取り組む地域プログラムと(c) 政策提言活動などを含む世界全域を対象としたプログラムの3種類がある。本部に置かれていた各地域局は、2007-08年にかけて、アフリカ局はヨハネスブルクとダカールへ、アジア局はバンコクへ、中南米局はパナマへ、アラブ局はカイロへ、東欧・中央アジア局はイスタンブールへと移った。これは、UNFPAによる技術サポートおよびプログラムの実施調整が、より活動現場の近くに置かれるようになったことを示す。

現在、開発途上国の人口問題対策分野では世界最大の国際援助機関であり、150以上の国と地域で支援活動を実施している。重点活動領域は、「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス、リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する健康と権利)」、「人口と開発(国勢調査を含む)」、「ジェンダーの平等」で、開発途上国において、より暮らしやすくゆたかな社会を作っていくための「開発支援活動」と、自然災害や紛争の被災地における緊急性の高い「人道支援活動」のいずれにおいても活発に活動している。(池上清子)
用語 産科救急ケア
概要 (英語訳 : Emergency Obstetrics Care) 

妊産婦死亡を減らすために熟練した専門技能者(Skilled Birth Attendant:SBA)による分娩介助が必要であり、その熟練した専門技能者の分娩介助の下で緊急時に必要とされるケアを緊急産科ケア(Emergency Obstetric Care:EmOC)という。また、分娩周辺期のケアは新生児死亡にも大きく関わることから、緊急産科新生児ケア(Emergency Obstetric and Newborn Care: EmONC)ということが多い。

緊急産科新生児ケアは基礎的ケア、包括的ケアとレベルによって分けられている。
1)基礎的緊急産科新生児ケア(Basic EmONC)
抗生剤・子宮収縮剤・抗痙攣剤の使用、胎盤の用手摘出、流産等の子宮内遺残物の除去、吸引分娩等の器械的分娩補助、基礎的な新生児蘇生
2)包括的緊急産科新生児ケア(Comprehensive EmONC)
帝王切開、安全な輸血、仮死児の蘇生や低出生体重児のケア

人口50万人につき緊急産科新生児ケアを提供できる施設が最低5施設あること(うち1施設は包括的緊急産科新生児ケアが提供できる)、すべての女性が直接的産科合併症のケアを受けられること、全分娩に占める帝王切開率が5-15%であること、直接的産科合併症による死亡が施設で1%未満であること、が指標として最低限目標とすべきレベルとされている。(松本安代)