国際保健用語集

用語 クワシオコール・マラスムス
概要 (英語:Kwashiorkor ,Marasmus)

クワシオコール、マラスムスは、重度低栄養の病態分類である。クワシオコールは主にタンパク質の摂取不足が原因とされ、体重減少は比較的少なく、特徴的な両足の浮腫をもって診断される。一方マラスムスはエネルギー摂取不足が原因とされ、体重減少が極めて顕著であるため、身長対体重が70パーセンタイル未満あるいは -3SD未満で診断される。しかし実際には両病態を合併する場合(マラスミッククワシオコール)も少なくない。コミュニティにおいては、簡易的に上腕周囲径(MUAC:Mid-upper Arm Circumference)を測定し、スクリーニングすることもある。

これらの重度低栄養は特に小児に多くみられ、低血糖症、低体温症、各感染症、重度電解質平衡異常などの、小児にとっては生死にかかわる疾病をきたすことも多い。このため一連の治療計画として、アセスメント、治療、マネジメント、規則的な栄養供給、そしてモニタリングが必要である。回復には数週間を要し、低栄養状態が繰り返すことのないよう、計画的な退院を実施する。さらに近年では、WHOUNICEF?により、ビスケットやペーストのようなすぐ食べられる治療食(RUTF:Ready to use therapeutic foods)を使用し、合併症のない重度低栄養の子どもを対象としたコミュニティベースの試みも始められている。(野村真利香)
用語 健康都市
概要 (英語訳 : Healthy City) 

都市化は人口の増加、大気汚染、水質低下、住宅の密集、交通渋滞、廃棄物管理などにより住民の生活習慣や生活環境を大きく変化させた。このような社会的背景のもとで、都市化は家族や労働環境にも変化をもたらした。健康都市(healthy city)とは、健康を支える物的および社会的環境を創り、向上させ、そこに住む人々が相互に支えあいながら生活する機能を最大限活かすことのできるように、地域の資源をつねに発達させる都市であると定義できる。また、WHOは健康都市の基準として、「都市の役人や指導者が優先順位決定や参加型アプローチに積極的に関与する」こと、「多くの場合、市の発展計画や未来像の要素ともいえる市あるいは町村の健康計画を策定する」ことの2つをあげている。

このように、WHO健康都市プロジェクトの取り組みは、都市に生活する住民の身体的、精神的、社会的健康水準を高めるためには、健康を支える都市の諸条件を整える必要があるという考えに基づき、さまざまな領域の人々にも健康の問題に深く関わってもらい、都市住民の健康を確保するためのしくみを築き新し公衆衛生政策を発展させるというというものである。プライマリ・ヘルス・ケアの目指した「すべての人々に健康を」とオタワ憲章の健康増進を具現化するために1986年に11の都市始まり、現在では世界の1,000以上の都市で展開されている。ここでは、公衆衛生政策と、経済の促進、コミュニティの発展といった都市の政策を関連づけるよう強調されている。また、同じような考え方は、健康な職場(health workplace)、健康な学校(healthy school)などの形をとり広がりを見せている。(兵井伸行)
用語 ロジカルフレームワーク
概要 (英語訳:Logical Framework)

プロジェクトは、明確な目標のもと一定の予算を用い、ある期間内に実施される事業と考えられる。このプロジェクトに必要な活動、投入、外部条件、指標などの諸要素とそれらの間の論理的な相関関係を示したプロジェクトの概要表のことを、「プロジェクト・デザイン・マトリクス(PDM)」あるいはロジカル・フレームワーク(論理的枠組み)と呼んでいる。

PCM(プロジェクト・サイクル・マネイジメント)とは、このプロジェクトつまり事業の計画・実施・評価そしてフィードバックという一連のサイクルをこのPDMあるいはロジカル・フレームワークと呼ばれる事業の概要表に基づいて一元的に運営管理する方法である。このような事業概要表は、1960年代後半に米国で、特に目的に沿った効果的な事業評価を行うために開発されたロジカル・フレームワークに起源を発している。このロジカル・フレームワークは、その後、多くの国際機関に導入され日常的に活用されるようになった。さらに、1980年代前半にドイツでこのロジカル・フレームワークを作成する計画段階に「参加型」の概念を取り入れ、論理的かつ段階的に計画策定を行う手法へと発展した。日本では、これを基に、1990年代前半、国際開発高等教育機構が、参加型で計画を策定する段階のみならず、事業のあらゆる段階において活用できるようなPCM手法を開発し、現在国内外の事業の運営管理に適用されつつある。(兵井伸行)
用語 プロジェクト・サイクル・マネイジメント
概要 (英語訳:PCM, Project Cycle Management) 

プロジェクトとは一定の予算と期間内に,定められた目標を達成する事業のことであり, 計画・立案,実施,モニタリング,評価という段階から成り立ち,このサイクルが新たなプロジェクトの計画・立案に結びついて行くように,サイクルの発展を伴う.このサイクルをいかに効率効果的に運営管理するかがプロジェクト・マネイジメントといえよう.

PCM手法は,「一貫性」,「論理性」,「参加型」という大きな特徴を持っている.「一貫性」とは,プロジェクトの計画・立案,実施,評価の各段階が,この手法に沿って作成される事業の主要要素を論理的に示すPDM(プロジェクト・デザイン・マトリクス)と呼ばれる概要表に基づいて行われるからである.つまり計画・立案,実施,評価のすべての段階で同一PDMを用いることにより,プロジェクトを「一貫性」を持って運営管理することが可能となる.「論理性」とは,立案へ至る分析段階で「原因-結果」,「手段-目的」という論理的な視点で事象を捉え分析し,また,一定の論理構成でPDMを作成することによる.PDMが論理的枠組み(Logical Framework)と呼ばれる所以でもある.

「参加型」とは,想定されるプロジェクトに関係するステークホルダーと呼ばれる様々な組織,団体,個人がプロジェクトの計画段階から参画することにより,利害や立場の違いを計画に反映させることが可能となる.

このPCM手法は,大きく「参加型計画手法」,「モニタリング・評価手法」の2つの分かれる.「参加型計画手法」は,さらに,参加者分析,問題分析,目的分析,プロジェクトの選択からなる分析段階とPDM作成,活動計画表作成からなる立案段階に分かれている一般にこの一連の作業をプロジェクト形成時にその段階に応じて数回行うほか,プロジェクト開始後中間時ならびに完了時に行うことを原則としている.このPCM手法は、プリシード・プロシードモデルやPATCHのように健康づくりに特化された形で開発された手法ではなく、広く「開発」や問題解決を目指した事業の計画・実施・評価のために開発された手法といえる。(兵井伸行)
用語 参加型アクションリサーチ
概要 (英語訳 : PAR Participatory Action Research)

住民を中心とした関係者が参加(Paricipatory)して試行を重ねながら行う調査(Research)で、状況の改善や新しいシステムを作るために行う。研究者だけで行った、しかも一度切りの調査は調査が改善やシステム作りに結びつかなかった教訓を生かし、住民自身(およびその人々のことを真剣に考えている関係者)が主体となって、主体者の問題意識や切実なニーズに基づき、「これが良いのではないか」と考えたことを小規模で実際に行ってみて(アクションAcitonをとり)その結果を自らしっかり評価して、改善やシステムの方向性が適切かどうかを吟味する。その評価の結果を基に、次の試行を行う。大きな改善を一度に行うと、その内容が(理論的には良さそうに見えても)うまく行かなくなった時にその負の影響は住民自身にかかってくる。それに対して小さな試行をその改善や新しいシステムの影響を一番受けやすい人々が中心になって何度も試行を重ねながら一番良い方法を見出すことが特徴である。

この試行を重ねるプロセスの中で、人々が多くを学ぶことができ、環境が変わっても、それに対応した柔軟な対応する能力を得ることができる。PARに関わった人々の行動変容が起こることも狙っている。住民がPARに参加することによって学び、次のアクションも起こすというPLA(Participatory Learning and Action)であると言える。PHCを推進する上での中心課題である「住民参加」によって健康自律Health Autonomyを目指す活動の一つでもある。(平山恵)
用語 う蝕経験歯数
概要 (英語訳:DMF, Decayed, Missed, Filled)

1938年にKlein Hらによって開発されたう蝕(むし歯)(dental caries)を評価する指標である。う蝕に罹患すると自然治癒が期待できないために、経験歯数として表すべきだとして、未処置歯、処置歯、喪失歯の合計をDMFと表記された。この指標は地域や集団におけるう蝕状況を表す指標として広く用いられている。大文字のDMFは永久歯のう蝕を表すのに対して、小文字のdmf(def)は乳歯う蝕を示している。

D(d):Decayedの略で保存可能な未処置歯
M(m):Missing because of cariesの略でう蝕が原因の抜去歯
F(f):Filledの略でう蝕が原因で修復した歯
e:乳歯の未処置歯の要抜去歯

乳歯は、う蝕の有無に関係なく生理的に脱落するので、永久歯のMに相当する歯の計上は困難であるとからdefを使用する。ただし、永久歯の萌出が始まる以前の年齢ではdmf方式の使用は可能である。

DMF方式を用いた集団におけるう蝕状況を示す指数には下記のものがある。
DMF者率=DMFのいずれか1歯を有する者の数/被験者数×100(%)
DMFT指数(一人平均DMF歯数)=被験者のDMF歯数の合計/被験者数
DMFS指数(一人平均DMF歯面数)=被験者のDMF歯面数の合計/被験者数
DMF歯率=被験歯のDMF歯数の合計/被験歯数(D+M+F+健全歯)×100(%)

WHOのGlobal Oral Data Bankに100カ国以上の12歳児のDMFT指数(DMFT index)が公開されている。(深井穫博)
用語  地域歯周病指数
概要 (英語訳:CPI, Community Periodontal Index)

歯周病(periodontal disease)は、400種以上の口腔内常在菌のなかの約10種類の特異な歯周病細菌による感染症であると共に、口腔清掃、喫煙、ストレスなどに関連する生活習慣病としても定義されている。歯肉部の炎症に限局する歯肉炎(gingivitis)と歯槽骨に炎症が進展した歯周炎(periodontitis)に分類される。全ての歯肉炎が必ずしも歯周炎には進行せず、ある進行リスクが生じた部位に急激に骨の吸収が起こり、歯周病変が進行すると考えられている。この部位特異性に関するエビデンスが報告されるにつれて、1940~1960年代にかけて提唱された歯周病の進行度をスコア化してその1歯当たりの平均値で表した歯周病の指標(PMA index, Periodontal Index等)を改善するために、1977年にWHOによってCPITN(community periodontal index of treatment needs)が提案された。1997年に出版された「WHO口腔診査法第4版」からは、CPI(community periodontal index)と表記されるようになった。

診査法は、WHO型プローブを用い、歯周部位のプロービングによって行う。正常な場合をコード0、出血が見られる場合をコード1、歯石の存在する場合をコード2、4~5mmの歯周ポケットが存在する場合をコード3、6mm以上のポケットが存在する場合をコード4とする。このコードは、0~4のスコアを平均して使用するものではない。

全ての歯の診査を行い、上下顎、前歯・臼歯部の6ブロック(セクスタント)に分け、各セクスタントで最も高い数値の歯のコードを選ぶ方法と、前歯部は上顎右側中切歯、下顎左側中切歯を診査し、臼歯部は、第一大臼歯と第二大臼歯を診査し、各最大コードを選ぶ方法がある。

1995年からWHOのGlobal Oral Data Bankに100カ国以上の35~44歳の住民のCPIが公開されている。(深井穫博)
用語 口腔清掃状態
概要 (英語訳:oral hygiene status)

う蝕や歯周病に代表される歯科疾患は、いずれも口腔細菌叢のなかのある種の細菌が異常に増殖することによって歯の周囲に歯垢(デンタル・プラーク)が形成され、これが原因となって発生する。この歯垢の形成能の最も高い基質は、砂糖(ショ糖)であり、食べている限り、生涯、歯科疾患発病のリスクは伴い、特に唾液分泌量の低下や口腔清掃状態の悪化はそのリスクをさらに増大する。この歯科疾患の予防は、歯の喪失の防止に直結する。そして口腔清掃状態の改善は、歯科疾患の予防だけでなく、要介護者に対する誤嚥性肺炎を予防することが明らかなっている(Yoneyama T et al.,1999)。

口腔清掃状態の評価法には、質問紙法あるいはインタビューによって、口腔清掃行動を評価する方法と口腔内を診査するものがある。後者の代表的な指数にOHI(Oral Hygiene Index, Greene JC and Vermillion JR, 1960)およびこれを簡便化したOHI-S(Simplified Oral Hygiene Index, Greene JC and Vermillion JR, 1964)がある。これらは、Debris index(歯垢)とCalculus index(歯石)の合計点で表される。口腔を上下顎、前歯部左右臼歯部で6区分し、DI,CIいずれも0~3点で評価する。OHIは、各区分の唇頬側および舌側の最高値の合計点の総和を検査した区分数で除した数値であり、最低0点から最高値12点である。OHI-Sは、上顎右側中切歯、左右第一大臼歯、下顎左側中切歯の唇面および下顎左右第一大臼歯舌面の6歯面を診査する。OHI-SのScoreは、0~6点である。(深井穫博)
用語 フッ化物応用
概要 (英語:Use of fluorides)

う蝕(むし歯)の予防法は、?宿主・歯質対策(フッ化物応用、シーラント)、?食事性基質対策(甘味摂取量・頻度のコントロール)、?微生物対策(歯口清掃)に分類される。このなかで、歯口清掃単独でのう蝕予防効果は低い。それに対して、フッ化物応用は、科学的根拠に基づく口腔保健対策として世界的に普及している方法であり、WHO Global Oral Health Programme(2003)でも最も優先順位の高い施策目標に位置づけられている。先進国を中心に、フッ化物の全身的応用と局所的応用が普及した結果,小児う蝕の激減をもたらしている。その効果は、小児う蝕に限らず、成人の歯根面う蝕にも予防効果が認められている。

歴史的には、エナメル質の形成不全のひとつである「歯のフッ素症(dental fluorosis)」の原因を追究するために行われた1940年代までの米国での広範な疫学調査の結果から、飲料水中のフッ化物によるう蝕抑制効果が確認された。その後、1945年には米国ミシガン州グランドラピッズ市で、水道水フッ化物添加事業(water fluoridation)が開始されて以来、現在では約60カ国3億6千万人以上の人々を対象に実施されている。調整されるフッ化物濃度は、その地域の気候を背景にした飲料水摂取量によって異なるが、概ね1ppmに調整される。これ以外の全身的応用法には、食塩への添加(salt fluoridation)と錠剤の処方がある。一方、局所応用法には、フッ化物歯面塗布法(fluoride topical application、年2~4回)、フッ化物洗口法(fluoride mouth rinses、週1回法または毎日法)、フッ化物配合歯磨剤(fluoride tooth pastes)という方法があり、これらのう蝕予防効果は20~50%である。このうちフッ化物配合歯磨剤は、その利用の簡便性から世界的に最も普及した方法である。一方、フッ化物洗口法は、費用対効果の点で優れた方法であり、学校保健プログラムの一環として行うことでその継続性も確保されるので、局所応用法のなかでは、最も高いう蝕予防効果が報告されている。(深井穫博)
用語 質的調査・研究、質的調査方法
概要 (英語訳: Qualitative Research, Qualitative methods)

質的調査・研究とは、主に集中して深く掘り下げるインタビューや参与観察のような余り定型化されない方法でデータを集め、その結果の報告に際しては、数値による記述や統計的な分析というよりは言葉による記述と分析を中心にする調査研究である。元々行動科学も社会科学も、伝統的には自然科学をモデルにしており特に1950年代から1970年代後半まではかなりの勢力を保っていた。しかし70年代後半に入って社会が急速に変化し、その結果、生活世界が多様化しこれまでにない新しい社会の文脈や視野が現れ出した。そしてこれまで研究者達が当たり前のように用いてきた演繹方法は、研究対象の多様性に十分に対応できないという認識が高まり、既成の理論の検証ではなく、現象の新たな側面を発見し現場での情報、データに基づいて新たな理論を生み出す「帰納方法」が注目を浴びるようになる。人類学、社会学双方の分野でそれまでのいわゆる「科学」的思考法と研究方法、特に実証主義と呼ばれるアプローチに対する異議申し立てが盛んに行われ始めた。社会の中の現象にアプローチするために、厳密に定義された既存の概念と理論から出発する代わりに、問題を大まかに示すだけの「感受概念」を出発点とするような方法が質的調査・研究の基本となっている。なお、質的調査方法はフィールドワークなどを中心に、インタビュー、参与観察フォーカス・グループ・ディスカッション、体系的データ収集法など非常に多岐にわたる。(松山章子)