国際保健用語集

用語 環境社会学
概要

(英語訳 : Environmental Sociology)

環境社会学は、人間社会の社会的、文化的環境だけではなく、その生物的、物理的、化学的環境にも目を向け、むしろそれらを主要な対象として、人間社会との相互関係を解明することを目的とする。そのため、環境社会学は自ら現場に出て行き、現場から実証的なデータを積み上げ、ときには住民の人々と一緒に考えたりしながら、それらを総合的に分析・研究することで問題の解決法を考え、行動する学問である。

日本では、1960年代から70年代にかけて、農村社会学や地域社会学の分野で実証的研究成果がなされ、生活破壊論、被害(-加害)構造論、受益圏・受苦圏論、社会的ジレンマ論、生活環境主義、コモンズ論をめぐる研究がなされている(Wikipedia)。飯島は、従来の社会学では、『対象と関わることなくニュートラル』であることが研究上の基本的な姿勢とされがちだが、環境問題を含んだ社会問題は、『ニュートラルな第三者』では研究し切れない。汚染や公害と人間社会の関係を研究する場合、問題の発生原因とその解決策を解明する点において環境社会学ほど適切な学問はない、としている。水俣病にしろ、福島の原発事故にしろ、医学、公衆衛生学だけでは問題は解決しない。統合的な水俣学やフクシマ学が必要であり、その中核を環境社会学が担うことが期待されている。(門司和彦)

用語 保健医療情報システム
概要

(英語訳:Health Information Systems, HIS)

保健医療情報システムは、保健人材開発、サービス提供、保健財政を含めさまざまな保健医療政策を策定し実施していく上で欠かせないものであり、保健システムの中で重要な構成要素の一つである。

保健および関連セクターからデータを収集し、データの質を確認し、収集したデータを分析し、保健関連の意思決定の土台となるような情報に変換する、この一連の流れが保健情報システムである。

保健マネジメント情報システム(Health management information system, HMIS)は、感染症情報や疾病統計などの保健統計に加え、人的資源に関する情報、医薬品の在庫や供給情報、財務指標などの情報も収集し、保健医療サービスを運営するために使用される。また、人口・健康および栄養の分野における幅広いモニタリングおよびインパクト評価指標のデータを提供する全国規模の世帯調査として、人口保健調査(Demographic Health Survey, DHS)がある。さらに、出生登録や死因の記載を含む出生・死亡登録と動態統計(Civil registration and vital statistics, CRVS)の有用性が認識されているが、導入され機能している国はまだ少ない。

健康の決定要因や保健システムへの投入、保健システムから得られた成果などが健康に及ぼす影響を分析するなど多様な目的のために、個人レベル、保健医療施設レベル、人口レベルのデータや公衆衛生サーベイランスのデータなどが多角的に活用される。信頼性の高い保健情報システムが重要であり、そのデータを得るための情報収集・分析方法がさらに開発されている。(江上由里子)

用語 京都議定書
概要

(英語訳 : Kyoto Protocol)

1997年に京都市で開かれた第3回気候変動枠組条約締約国会議(地球温暖化防止京都会議、The 3rd Session of the Conference of the Parties to the United Nations Framework Convention on Climate Change: COP3)で採択された気候変動枠組条約に関する議定書「気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書」のこと。

温室効果ガスである、二酸化炭素 (CO2)、メタン (CH4)、亜酸化窒素 (N2O)、ハイドロフルオロカーボン類 (HFCs)、パーフルオロカーボン類 (PFCs)、六フッ化硫黄 (SF6) について、先進国における削減率を1990年を基準として各国別に定め、達成することが定められた。また、京都メカニズム(クリーン開発メカニズム. Clean Development Mechanism ,CDM)、排出権取引Carbon emission trading, ET)、共同実施(:Joint Implementation, JI))や、植林や植生回復による二酸化炭素吸収源活動(carbon dioxide sink)など多くの方策が盛り込まれた。2001年に開かれた第7回気候変動枠組条約締約国会議(COP7、マラケシュ会議)において運用細目が定められた。それまでスローガンに過ぎなかった努力目標を法的拘束力や罰則がある国際約束に変えたことが京都議定書の意義である。それ以降、COP会議が続き、2015年にはフランス・パリでCOP21が開催され、パリ協定が採択された。(門司和彦)

用語 ヘルシンキ宣言
概要

(英語訳:Declaration of Helsinki)

ヘルシンキ宣言は、ヒトを対象とする医学研究の倫理原則である。この宣言は、1964年フィンランド(ヘルシンキ)で開催された第18回世界医師会総会で採択され、それ以降2017年までに9回改訂されてきた。2002年と2004年には項目明確化のための注釈が追加されている。ヘルシンキ宣言のねらいは、その内容から以下のとおりまとめられる。

医学の進歩は、最終的にはヒトを対象とする試験に多かれ少なかれ依存せざるを得ない。そうした医学研究は、予防・診断・治療方法の改善や疾病の原因・病理の理解の向上を目的とし、最善であると証明された予防・診断・治療方法であっても、その有効性・効率性・利用し易さ・質などを絶えず再検証するものであることから、医学の進歩はもとより日々刻々と変化する人間の健康問題に対処していくうえで必要不可欠なものである。しかし、そうした医学研究には危険や負担が伴うこともある。ヘルシンキ宣言は、医学研究に参加する被験者個人の福利を科学や社会の利益よりも優先すること、とくに社会的・経済的・医学的に不利な立場に置かれている人びとや特別な保護を要する人びとの権利を尊重することを強く主張するとともに、ときには生命の危険が伴う医学研究において、いかに被験者の健康や権利を擁護すべきかを示した倫理基準といえる。(市川政雄)

用語 アルマ・アタ宣言
概要

(英語訳:Declaration of Alma Ata) 

1978年9月、旧ソ連邦のカザフ共和国の首都(当時)アルマ・アタに、WHOUNICEFの主導で、世界の134カ国、67国際機関の代表が集い、プライマリ・ヘルス・ケア(PHC)について出された、歴史的な宣言である。同宣言によれば、「PHCとは、実践的で、科学的に有効で、社会に受容されうる手段と技術に基づいた、欠くことのできない保健活動のことである。 PHCは国家の保健システムの中心的機能と主要な部分を構成するが、保健システムだけではなく、地域社会の全体的な社会経済開発の一部でもある。 PHCは、国家保健システムと個人、家族、地域社会とが最初に接するレベルであって、人々が生活し労働する場所になるべく近接して保健サービスを提供する、継続的な保健活動の過程の第一段階を構成する。」*1

PHCは以下の4つの原則に立つ(Kaprio LA)。即ち1)住民のニーズ尊重、2)住民参加、3)地域資源の有効活用、4)包括的保健システムを地域で担うことである。
アルマ・アタ宣言は、東西冷戦の谷間の短い平和の時期に起きた一つの奇跡と言えるが、当時の中ソ対立の結果として、中国の保健ボランティア(はだしの医者)の養成と活用といった、PHCのモデルを作った中国の参加を得られないなどの皮肉を生んだ。

21世紀においてアルマ・アタ宣言は、MDGs(ミレニアム開発目標)やUHC(Universal Health Coverage)、更に2015年新たに確定された、グローバルな持続的開発目標SDGsの達成に、不可欠な戦略と考えられるようになった。(本田徹)

*1 : 高木史江訳

用語 プライマリ・ヘルス・ケア
概要

(英語訳:PHC, Primary Health Care)

20世紀後半に、世界の保健・医療におけるアクセスの改善、公平性、住民参加、地域資源の有効活用、多分野間協力、予防活動重視などの実現を求めて形成された理念かつ方法論。1978年のアルマ・アタ宣言を基礎にPHCは、途上国の社会開発課題として構想された面があり、その意味では、BHN(Basic Human Needs)や「もう一つの開発」など、近代化論による開発の弊害への反省に立った、第二世代の開発論と言える。それとともに、世界人権宣言(1948)や国連社会権規約(1966)に謳われた、「人権としての医療」の思想を継ぐものである。また、CBR(地域リハビリテーション)や参加型教育法(PRAなど)との交流や相互啓発を見逃すこともできない。日本においても、戦後長野県などの農村地域で試みられてきた、住民参加型保健活動は、PHCの優れたモデルとなった。

しかしPHCは、早くも1979年には「選択的PHC」が暫定戦略としてWalshらにより提唱され、WHOUNICEFにより、1980~90年代に世界的に推進された拡大予防接種計画(EPI)や下痢症に対するORT(経口補水療法)など垂直型プログラムの理論的根拠となった。一方で、デビッド・ワーナーらによる、「包括的PHC」の主張は、選択的PHCに潜む、官僚的、技術至上主義的なアプローチを厳しく批判し、人びとの主体的な学びや参加を基にした、医療運動をメキシコなどの地域で進め、豊かな成果を生んだ。WHOが2008年の世界保健報告で示したように、21世紀にPHCのリバイバルが起き、UHC(Universal Health Coverage)による健康格差への取り組みの戦略的な柱として重視されるようになった。(本田徹)

用語 旅行者下痢症
概要

(英語訳:Traveler's diarrhea)
 
海外渡航者がおこす下痢を旅行者下痢症と呼び、感染性腸炎がその大部分を占める。開発途上国に1カ月間滞在した渡航者の約20~60%が本症を発症するとされている。病原体としては病原性大腸菌(とくに毒素原性大腸菌)、サルモネラ菌、キャンピロバクターなどが多く、通常は数日の経過で軽快するが、赤痢菌やコレラ菌などにより、重篤な症状を呈する例も時にみられる。原虫や寄生虫が原因になる下痢は慢性の経過をたどることが多い。

本症の予防にはミネラルウオーターや煮沸した水を飲用すること、食品はなるたけ加熱したものを摂取することなどが重要なポイントである。外食をする際も衛生状態の良い店を選ぶようにする。リスクの高い旅行者には止痢薬を持参させ、症状があれば服用するように指導する。ただし、血便や高熱をきたしている下痢の場合、止痢薬の使用は推奨できない。なお、症状の強い時は、電解質飲料などで水分補給に努めることも大切である。

帰国後に下痢症状を呈している患者については、便の細菌培養と寄生虫検査(直接塗沫法、集卵法)を行い、病原体を明らかにする。暫定的な治療にはニューキノロン系抗菌薬やアジスロマイシンが推奨されている。(濱田篤郎)

用語 母子保健
概要

(英語訳:Maternal and Child Health)

母子保健は、母と子の健康の保持と増進を図り、そのための活動や研究が行われている分野を指す。母子保健は、母性と小児保健に分けられることが多かったが、現在では、十代や新生児にも明確に焦点が当てられ、それらも包含する時間的、空間的な継続性を含む見方が母子保健の中に加わり、実際にはリプロダクティブ、母性新生児小児保健(Reproductive, Maternal, Newborn, Child Health)を包含することが多い。母子保健には様々な指標がある中で注目される指標は、妊産婦死亡率、熟練した医療従事者(医師、看護師、助産師)の立ち会いによる出産率、新生児死亡率、5歳未満児死亡率などである。1990~2015年に向けてのミレニアム開発目標(MDGs)の中に乳幼児死亡率の削減、妊産婦の健康状態の改善が掲げられ、世界各国は取り組んできた。5歳未満児死亡率妊産婦死亡率の削減については、改善は見られたものの世界的には目標の水準には及ばなかった。よって、2030年に向かっての持続可能な開発のための目標(SDGs)の中のターゲットにも、新生児死亡率(出生1000件中12件以下)、5歳未満児死亡率(出生1000件中25件以下)、妊産婦死亡率(出生10万人当たり70人未満)の削減と、新生児及び5歳未満児の予防可能な死亡を根絶することが含まれている。母子保健の指標は、国レベル、地域レベル、世界レベルで示されることが多いが、具体的な活動に際しては、国内での地域差、貧富の差などを配慮し対応することが求められる。(杉浦康夫)

用語 栄養転換
概要

(英語訳:Nutrition Transition)

1980年代頃よりアジア、南米、北アフリカ、中東、そしてサブサハラアフリカの都市部など世界中の多くの地域で、食習慣、身体活動習慣を含む人々のライフスタイルは変化の一途をたどっている。栄養転換とは、「欧米型」と言われるような高脂肪(不飽和脂肪酸)、高糖質、食物繊維に乏しい食事の摂取機会が増え、同時に身体活動の機会減少も伴い、集団の体格組成が変化する現象である。人口転換(多産多死から少産少死への移行、そして高齢化の現象)、疫学転換(低栄養や飢饉、衛生環境に起因する感染症から、都市化や産業化に伴うライフスタイルの変化に起因する慢性疾患の増加へと疾病構造が変化する現象)に伴って、あるいはそれらに続いて起こる。特に低中所得国においては、都市部を中心に過剰栄養が増加する一方、農村部では依然として低栄養・微量栄養素欠乏等が多く存在する「二重負荷:double burden」を抱えることも多い。近年では成人肥満だけでなく、小児肥満・幼児肥満も問題になっている。栄養転換の指標としては、多くの非感染性疾患の危険因子である肥満が用いられることが多い。

栄養転換のステージがさらに進み、多くの高所得国、また一部の低中所得国では、肥満の増加に加えて食事関連の非感染性疾患(Diet-related Noncommunicable Diseases: DR-NCDs)の増加が問題となっており、特に低中所得国においてはその一連の移行がかつてないほどに急速に進んでいることから、食料システムを含めた地球規模での対策が急務である。(野村真利香)

用語 スピリチュアル・ヘルス
概要

(英語訳:Spiritual Health)

スピリチュアル・ヘルスに、確立した定義はないが、1980年代のマーラー事務局長時代からWHO(世界保健機構)では、健康概念に「非物質的な」要素に配慮することの重要性が議論されてきた。1946年以来の「健康」の定義に、スピリチュアル(霊性的)な価値を第4の次元として取り入れ、以下のように改正することが、1998年WHOの執行理事会に提案され了承されたが、WHO総会での正式承認には至っていない。

「健康とは、病気でないとか、脆弱でないということではなく、肉体的にも、精神的にも、霊性的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた動的な状態にあることをいいます。」
(下線部が1998年のWHO執行理事会の提案内容。日本WHO協会訳を改変)
これは明らかに、物質的、技術至上主義的な健康概念に対しての見直しを図った試みと言える。一方、健康における次元には、文化や宗教依存的な面があり、この変更がWHOでも主に、東地中海地域事務局内のイスラム諸国から提案されたことも警戒され、合意形成には至らなかった。

しかし21世紀の今日、緩和ケア、代替医療、死の教育、自殺予防、メンタルケア、認知症地域ケアなどの課題が切実になっているグローバルな保健医療状況の中で、身体的健康概念はゆらぎ、改めてスピリチュアル・ヘルスの意味づけや役割が問われていると言える。  
(本田徹) 

用語 リプロダクティブ・ヘルス・ライツ
概要

(英語訳:Reproductive Health/Rights)

リプロダクティブ・ヘルス/ライツとは、人間の生殖システム、その機能と(活動)過程のすべての側面において、単に疾病、障害がないというばかりでなく、身体的、精神的、社会的に完全な良好な状態にあることを指し、1994年にカイロで開かれた国際人口開発会議の行動計画で採択された。その具体的内容は、1)カップルが自分たちの意志でいつ何人子どもを産むか産まないかを選ぶ自由を持つこと、2)カップルが性感染症の恐れなく安全で満足のいく性生活を持てること、3)女性が安全な妊娠と出産を享受できること、4)生まれてくる子どもが健全な小児期を過ごせること、であり、思春期や更年期における健康上の問題等生涯を通じての性と生殖に関する課題が幅広く議論された。

翌年北京で開催された第4回世界女性会議でも、リプロダクティブ・ヘルス・ライツは女性の人権であり、女性は自らの出産数を管理する権利を持ち、リプロダクティブ・ヘルスを促進すべきであること、とされ、カイロ会議と同様の定義の下、最高水準の健康を享受する女性の権利は、全ライフサイクルを通じて男性と平等に保障されなければならない、と行動綱領に明記された。

2014年カイロでの国際人口開発会議から20年の節目となり、MDGsの達成期限の2015年を前に、1)尊厳と人権、2)保健、3)人の移動、4)ガバナンスとアカウンタビリティー、5)持続可能性、を5つの柱として行動計画の実施状況の検討が行われた。(松本安代) 

用語 国連環境計画
概要

(英語訳 : UNEP, United Nations Environment Programme)

1972年ストックホルムで開催された国連人間環境会議での、「人間環境宣言」および「環境国際行動計画」を実施すために設立された常設機関。環境に関する国連諸機関の活動の調整と国際協力の推進を目的とし,気候変動、災害・紛争、生態系管理、環境ガバナンス、化学物質・廃棄物、資源効率性、環境レビューの7つのサブプログラムを中心に活動を行っている。本拠地はケニアのナイロビにあり、アジア太平洋地域事務所はタイのバンコクにある。絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関するワシントン条約、オゾン層保護に関するウィーン条約、国境を越えた廃棄物の禁止を定めたバーゼル条約、フロン類の排出規制に関するモントリオール条約、生物多様性条約等の事務局を担当。世界気象機関(WMO)と共にIPCCを設立させるなど、国際的な環境問題の解決に主導的役割を果たしてきた。課題としては、執行権をもたず、気候変動問題、海洋汚染、生物多様性関連など管轄外の問題も多く、政治的権力と資金の不足があげられる。(門司和彦)  

用語 パリ宣言
概要

(英語訳:The Paris Declaration on Aid Effectives)

1980年代に、国際通貨基金(IMF)と世界銀行による構造調整政策が失敗したため、プロジェクトの全体最適化における限界やその乱立による当事国のオーナーシップの阻害などが問題視され、1990年代に入り、セクターワイドアプローチに代表される当事国政府のオーナーシップに基づく援助アプローチが模索・実践されるようになった。2000年以降、それらの経験を基に経済開発協力機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)を中心に援助の効果向上の原則が議論され、遂に「援助効果向上にかかるパリ宣言」が2005年パリで91か国、26機関が参加した第2回ハイレベルフォーラムにてまとめられ採択された。

宣言では、以下の5つの原則へのコミットメントが求められた。
1)オーナーシップ:当事国が開発政策、戦略、財政計画、調和のとれた開発行動につきリーダーシップを発揮し、援助側はそれを尊重する。
2)アラインメント:援助側は、全ての支援を当時国の国家開発戦略に整合させ当事国の制度や手続きを活用し、当事国はそのために必要な能力強化を行い、援助側はそれを支援する。
3)調和化:援助側は、簡素化された共通の手続き、効果的な分業を進める。
4)成果マネジメント:求める結果に焦点をあて、それが達成できるよう援助を管理・実施する。
5)相互説明責任:当事国と援助側が、開発成果に関して相互に説明責任を有する。

その後も3年毎にハイレベルフォーラムで援助効果の議論は続けられ、援助の透明性、南南協力、民間セクターの役割、気候変動など新たな視点が追加されているが、パリ宣言の5つの視点は今なお開発効果向上の基本となっている。(野田信一郎)

用語 ロールバックマラリア
概要 (英語訳 : Roll Back Malaria)

1998年5月、WHO中島宏事務局長(当時)の後任にGro Harlem Brundtland前ノルウェー首相が就任し、新規のWHOキャビネットプロジェクトとして宣言されたマラリア対策が、「Roll Back Malaria (RBM) Initiative」と呼ばれた。RBMイニシアチブは従来のようなマラリア撲滅運動ではなく、2010年までにマラリアによる死亡率を半減させるという具体的数値目標を持った対策案であった。RBMで強調されることは、マラリアの治療を必要とするあらゆる人、マラリアの対策を必要とするあらゆる地域にそのサービスがゆき届くよう努力すること、そしてこのRBMの旗頭が、各マラリア流行国の保健システム強化の先導役(path finder)になることである。 

RBMの具体的な戦略は、マラリアサミット(1992年)で起草されたGlobal Malaria Control Strategyのフォーミュラーを応用し、(1)マラリア患者の早期診断と迅速な治療、(2)突発性流行の検出と対策、(3)薬剤含浸蚊帳を用いた媒介蚊対策、(4)妊婦のマラリアの予防、の4項目を基盤に展開するものである。そのうえで流行国と多くの国際機関との連携、開発支援2国間援助の推進、研究グループとの協力、製薬会社などの民間セクターや非政府組織(NGO)、財団、マスメディアとのいわゆる「パートナーシップ」を築き上げてゆくことである。現在では、正式にUNICEFUNDPWorld BankWHOが完全連携して、「RBM Partnership」という新しいフレーズが使われることが多い。

RBMのビジョンは、マラリアによる負担がない世界の創出である。2020年までの具体的なビジョンとしては、全ての国々とRBMパートナーによる努力を加速化することである。2015年と比較して、マラリアによる死亡率と罹患率を少なくとも40%減少させること。また、2015年までにマラリアの流行が消失した国々において、マラリアの再興を起こさせないこと。および10か国でマラリアの流行を消失させることである。2030年までには、2015年と比べて、マラリアによる死亡率を少なくとも90%減少させ、さらに35か国でマラリア流行を消失させることを掲げている。(野中大輔)  
用語 気候変動に関する政府間パネル
概要

(英語訳:IPCC, Intergovernmental Panel on Climate Change)

人為起源による気候変化、影響、適応及び緩和方策に関し、科学的、技術的、社会経済学的な見地から包括的な評価を行うことを目的として、1988 年に世界気象機関(WMO)と国連環境計画 (UNEP)により設立された国際的な専門家でつくる組織。2014年10月の第40回総会(デンマーク・コペンハーゲン)で、第5次統合報告書(AR5)の政策決定者向け要約(SPM)が公表され、3つの作業部会(WG1:自然科学的根拠評価、WG2:影響・適応・脆弱性評価、WG3:緩和策評価)の報告書と統合報告書(Synthesis Report)が採択された。人為起源の温室効果ガスの排出は、主に経済成長と人口増加によって工業化以降増加し、二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素の大気中濃度は過去80万年で最大となり、20世紀後半以降に観測された温暖化の支配的原因であった可能性が極めて高いと報告している。近年、大気中の二酸化炭素が増加したことも事実であり、地球の平均気温が上がったことも事実である。気候温暖化によって、洪水、豪雨、旱魃などの極端現象の頻度が増加した。IPCCに対する批判としては、近年、ホッケースティックのように急激に地球の平均温度が上がったとするデータに対する懐疑(AR5では削除されている)、都市部に多い温度観測値に都市温暖化が影響を与えているという観測上の問題、人為的影響と長期気候サイクルの影響の程度に関する議論、それらに対する政治的影響などがあげられる。しかし、急激な地球温暖化は恩恵よりも様々な弊害をもたらす危険性がつよく、全世界として必要な対策を継続して検討・実施していく必要性は明白である。(門司和彦)

用語 セクターワイドアプローチ
概要

(英語訳 : SWAps, Sector-Wide Approaches) 

国際通貨基金(IMF)と世界銀行による当該国の経済政策全体を対象にした1980年代の構造調整政策の失敗と援助側主導のあまりに断片化したプロジェクト型援助への批判を受け、1990年代に入り、当事国主導のセクター単位の援助アプローチが模索され、世界銀行ではセクター投資プログラム(Sector Investment Plan, SIP)が保健や教育セクターに導入された。1990年代後半、SIPは開発途上国の現実のキャパシティを考慮したより柔軟性のあるものへと変容が迫られ、その結果としてセクターワイドアプローチが提唱されるようになった。プログラム・ベースド・アプローチ(Program-based approach, PBA)と呼ばれることもある。このように当該国の状況や進捗に合わせて柔軟に運用されるものであるが唯一無二の定義は存在しない。しかし世界銀行や北欧諸国、英国カナダの開発庁など、セクターワイドアプローチを率先して取り入れた組織による独自の定義によると、概ね以下の要素が共通して含まれている。

1)当事国と開発パートナーが合意したセクター全体政策と戦略
2)その政策・戦略実施のための中期的支出枠組み
3)当事国政府のリーダーシップによる関係者調整
4)合意されたセクター戦略・プログラムの実施・管理プロセス

セクターワイドアプローチの効果に関する評価結果は様々であり、1990年代に導入され引続き継続しているバングラディシュのような国もあればやめた国もある。しかし援助効果にかかるパリ宣言の5つの原則を実践するアプローチとしては、それに代わる新たな援助方式は打ち出されていない。(野田信一郎)

用語 国連人口基金
概要 (英語訳:UNFPA, United Nations Population Fund)

国連人口基金(UNFPA)は、1969年に設立された国連の人口問題を扱う専門的開発機関である。設立当時は国連開発計画(UNDP)の一部門として「国連人口活動基金」(United Nations Fund for Population Activities)と呼ばれていたが、国際社会で人口問題対策の重要性が認識されるようになり、期待される活動範囲が拡大してきたため、1972年に独立した国連機関となった。本部は米国のニューヨーク。活動は、(a) 国レベルの開発途上国の支援プログラム、(b) 中南米やサハラ以南のアフリカなどの地域全体に共通する課題に取り組む地域プログラムと(c) 政策提言活動などを含む世界全域を対象としたプログラムの3種類がある。本部に置かれていた各地域局は、2007-08年にかけて、アフリカ局はヨハネスブルクとダカールへ、アジア局はバンコクへ、中南米局はパナマへ、アラブ局はカイロへ、東欧・中央アジア局はイスタンブールへと移った。これは、UNFPAによる技術サポートおよびプログラムの実施調整が、より活動現場の近くに置かれるようになったことを示す。

現在、開発途上国の人口問題対策分野では世界最大の国際援助機関であり、150以上の国と地域で支援活動を実施している。重点活動領域は、「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス、リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する健康と権利)」、「人口と開発(国勢調査を含む)」、「ジェンダーの平等」で、開発途上国において、より暮らしやすくゆたかな社会を作っていくための「開発支援活動」と、自然災害や紛争の被災地における緊急性の高い「人道支援活動」のいずれにおいても活発に活動している。(池上清子)
用語 産科救急ケア
概要 (英語訳 : Emergency Obstetrics Care) 

妊産婦死亡を減らすために熟練した専門技能者(Skilled Birth Attendant:SBA)による分娩介助が必要であり、その熟練した専門技能者の分娩介助の下で緊急時に必要とされるケアを緊急産科ケア(Emergency Obstetric Care:EmOC)という。また、分娩周辺期のケアは新生児死亡にも大きく関わることから、緊急産科新生児ケア(Emergency Obstetric and Newborn Care: EmONC)ということが多い。

緊急産科新生児ケアは基礎的ケア、包括的ケアとレベルによって分けられている。
1)基礎的緊急産科新生児ケア(Basic EmONC)
抗生剤・子宮収縮剤・抗痙攣剤の使用、胎盤の用手摘出、流産等の子宮内遺残物の除去、吸引分娩等の器械的分娩補助、基礎的な新生児蘇生
2)包括的緊急産科新生児ケア(Comprehensive EmONC)
帝王切開、安全な輸血、仮死児の蘇生や低出生体重児のケア

人口50万人につき緊急産科新生児ケアを提供できる施設が最低5施設あること(うち1施設は包括的緊急産科新生児ケアが提供できる)、すべての女性が直接的産科合併症のケアを受けられること、全分娩に占める帝王切開率が5-15%であること、直接的産科合併症による死亡が施設で1%未満であること、が指標として最低限目標とすべきレベルとされている。(松本安代)
用語 医療人類学
概要 (英語訳:Medical Anthropology)
 
医療人類学は「病気とは何か、それはどのような状態を指し、また何が原因で病気になったのかについて人々の疾病観念、病気になったと人々が考えた時病人や周囲の人々がとる対処方法、およびその知識、特定の治療行為をすることを認めたり新たな治療者を養成する制度、またはその治療法を社会が承認したり伝承したりする制度、疾病観念や治療方法と直接結びつく身体観念など広範なものを対象とし、その研究や分析の方法論には文化人類学的方法論を用いる学問」と定義することができる(波平、1994)。医療人類学の発達は様々な学問的、実践的領域の理論や方法論の影響を受けており上記の定義を中核としながらも、その理論、方法論は多様である。国際保健分野においては、医療人類学は地域住民の内なる視点を理解し、健康を促進する諸活動へ結びつける狭義の「応用」的側面が強調されがちである。しかし、文化の相対化という観点から、近代(西洋医学)医療、伝統医療、民間医療などの複数の医療体系が社会の中で共存している「多元的医療体系」の存在の指摘や、健康、病気、生、死、などは単に生物医学的現象ではなく、社会文化的に構築された概念であることなど、近代医療を相対化する現状への「批判」的側面も医療人類学の特徴である。医療人類学には、生態人類学、民族誌的医療研究、批判的医療人類学を含む多岐にわたる専門(下位)領域がある。(松山章子)
用語 参与観察
概要 (英語訳:Participant Observation)

フィールド調査を行う際に、調査地での生活や活動に加わることを通じてその社会の文化の有り様を直接に学びながら情報を得て、共有されている視点や意味の構造を内在的に明らかにしようとする調査手法。調べようとする対象である社会や集団に入り込み、出来事が起きるまさにその現場に身を置き、自分の目で見、耳で聞き、手で触れ、肌で感じ、舌で味わった生の体験を基に報告することがそのエッセンスといえる。そのため、参与観察時にはフォーマルなインタビューを記録するだけではなく、フィールドで自分が見聞したことのメモや記録をするフィールド・ノーツの存在が重要となる。マッコールとシモンズによると、参与観察には少なくとも、?社会生活への参加、?対象地域の生活の直接観察、?社会生活に関する聞き取り、?文書資料や文物の収集と分析、?出来事や物事に関する感想や意味付けについてのインタビュー、の5つが調査技法が含まれる。つまり、参与観察を行うフィールドワーカーは、調査地において現地の社会生活に参加しながら、メンバーと同じような立場で出来事をまさにそれが起こるその現場で観察し、また自分が直接観察できないような(たとえば過去に起こった)事の事実関係に関しては、関係した他のメンバーから聞き取りをすることによって情報収集する。(松山章子)
用語 質的調査、質的調査方法
概要 (英語訳: Qualitative Research, Qualitative methods)

質的調査とは、主に聞き取りの内容を集中して深く掘り下げるインタビューや地域に入り込み観察を行う参与観察などのあまり定型化されない調査方法で情報を収集し、その結果の報告に際しては、数値による記述や統計分析ではなく言葉による分析と記述を中心とする調査研究である。元々行動科学も社会科学も、伝統的には自然科学をモデルにした。しかし70年代に入り社会が急速に変化し、その結果、生活世界が多様化し人間の社会や行動を扱う科学者の前にこれまでにない新しい社会の文脈や視野が現れだした。それまで研究者たちが当たり前のように扱ってきた演繹的方法は、研究対象の多様性に十分に対応できないという認識が高まり、既成の理論の検証ではなく、現象の新たな側面を発見し現場での情報、データに基づいて新たな理論を生成する帰納的方法が注目を浴びるようになる。それまでの実証主義と呼ばれるアプローチを中心とした「科学」的思考法と研究方法に対する異議申し立てが行われたのである。社会の中の現象にアプローチするために厳密に定義された既存の概念と理論から出発し、限定概念を使用する代わりに、問題を大まかに示すだけの「感受概念」を出発点とし、調査対象や物の見方に開放性を持たせるアプローチが質的調査の基本となっている。尚、近年、帰納的方法に加えて 発想法(仮説形成)も提唱されている。質的調査方法は、フィールドワークを中心にインタビュー、参与観察フォーカス・グループ・ディスカッション、体系的データ収集法など多岐にわたる。(松山章子)
用語 フォーカス・グループ・ディスカッション
概要 (英語訳:FGD , Focus Group Discussion)

ある特定のテーマに関して、通常8~10人ほどのグループで議論をしてもらい情報を得るフィールド・ワークの情報収集技法の一つである。FGDには、参加者の議論を促すファシリテーターの存在が重要である。単なるグループ・インタビューではなく、参加者が意見を交わしながら議論をする中で生まれるグループ・ダイナミズムが知見を深めるところに特徴がある。また、できるだけ参加者が同質(性、年齢層、民族、階級、社会・経済的地位、教育レベルなど)であることで、お互いに躊躇せずに自由な議論が出来る環境をつくる必要がある。例えば、性意識や行動などに関して参加者が男女混ざっている場合、互いに正直な意見を述べにくく、また年功序列の根強い社会では、年配者の前では若者は自由に語ることができない状況が起きるためである。また、理想的には参加者は顔見知りでないほうが良いが、フィールドにおいてはこれらの原則を厳密に当てはめるのは難しいこともある。FGDは手続き的に一見容易な手法に見えるが、例えば開発途上国の就学経験のほとんどない農村の女性にとっては、ディスカッションをすることを自体に馴染みがない場合があり周到な準備が必要である。本来のFGDの意義を理解せずに、フォーカスを当てたトピックに対しての議論を促すことができないと、表層的な情報収集に終わってしまう可能性もある。(松山章子)
用語 人口ボーナス
概要 (英語訳 : Demographic dividend)

人口と経済成長の関係については古くから、?人口増加が経済成長をもたらす(アダム・スミスの国富論)、?人口増加は経済成長の足かせになる(マルサスの人口論)、?人口増減と経済は関連がない、といった論があるが、これらは人口総数の増減に注目したもので、1990年代終わり頃から、人口年齢構造の変化に注目し、従属人口に比べて生産年齢人口が相対的に増加することが経済を押し上げる、という人口ボーナス論が登場した。日本の1960年代から1980年代、韓国・台湾・香港・シンガポールといったアジア新興国の1990年代以降の著しい経済発展は、この人口ボーナスの効果を最大限に生かしたことによるものとされ、今後は南アジア、さらにアフリカにおいて人口ボーナスを如何に活用できるかが議論されている。また生産年齢人口の割合が上がる「第一の人口ボーナス」に続いて、高い貯蓄性向がある高齢人口が増え始めることにより「第二の人口ボーナス」が生じるとも言われている。人口ボーナスの計測のために、年齢別の所得、消費、資産や世代間移転のデータが国民移転勘定(National Transfer Accounts :NTA)として国際プロジェクトにより整備されている。(林玲子)
用語 渡航医学
概要 rainman.gif?u_id=53462&sid=118.240.119.42.1622684476146940&revisit=1&target=doc&article_id=2182287&cid=1599&scid=1946&no_cache=393091&vinterval=3&vcount=156&r=https%3A%2F%2Fseesaawiki.jp%2Fw%2Fjaih%2Fl%2F%3Fp%3D2%26order%3Dlastupdate%26on_desc%3D0
(英語訳:Travel Medicine)
 
渡航医学とは「国際間の人の移動にともなう健康問題や疾病を扱う医学」で、旅行医学とも呼ばれている。渡航医学の対象者には、自国から外国へ向かう「アウトバウンド渡航者」と、外国から自国を訪問する「インバウンド渡航者」の2つがある。日本を中心に考えれば、アウトバウンドは海外旅行者、海外出張者、駐在員、留学生、インバウンドは訪日外国人や在日外国人という位置づけになる。欧米諸国では渡航医学の専門医療施設であるトラベルクリニックが数多く設置されているが、日本でも2000年代より、経済のグローバル化や海外旅行ブームとともに、その数が増えつつある。

渡航医学があつかう健康問題としては、自然環境の変化による疾病(気候による疾病、航空機内の疾病、時差症候群、高山病など)や衛生環境の変化による感染症がその代表的なものである。さらに長期滞在者にとっては、生活習慣病メンタルヘルス不全も大きな健康問題となる。また、滞在先での医療機関の受診や医療費の支払いも重要な課題である。

トラベルクリニックでは、こうした健康問題を未然に防ぐ予防対策に重点がおかれる。出国前には健康指導や現地医療情報の提供を行い、必要に応じて健康診断を実施する。ワクチン接種も感染症予防のために重要な対策である。また、帰国後の有症者への診療もトラベルクリニックの業務に含まれる。

国内のトラベルクリニックの所在情報は、検疫所や日本渡航医学会のホームページから検索することができる。(濱田篤郎)
用語 キー・インフォーマント・インタビュー
概要 (英語訳:Key informant interview)

キー(重要な)インフォーマント(情報提供者)に対するインタビュー(直接の聞き取り)である。

人類学では、研究対象となる社会、文化の一員であり調査者が知りたい事柄に精通し、概念、言語、世界観、具体的事例などに関して口述で詳細な表現ができる人のことを指す。

キー(核となる重要な)という言葉から研究対象地域で、地域リーダー、教師、医療スタッフなど、社会的役割を担っている人という意味で誤用されている時があるが、本来は調査のトピックに関して知識がある重要な情報を持っているという意味でのキー・インフォーマントである。

実験における被験者、心理学研究における被験者、アンケートを使う社会調査の回答者と異なる点は、元々長期にわたり調査地域に入り込みフィールドワークを行う研究者に対して、現場において研究者と密接に接触し情報提供を行うことである。

そのため、ラポール(友好的な人間関係、信頼関係)の構築が必須である。また、原則的にはこの様なインフォーマントから十分な情報を得るためには、一度のインタビューでは十分でないため、複数回のインタビューを重ねる必要が出てくる。

通常、構造化インタビューではなく、調査トピックの大まかな枠組みの中で自由且つ臨機応変に質問を行って、インフォーマントやその周辺の人々の考え方、価値観、意見などに対して内容を深めながら聞き取る方法である。その意味ではキー・インフォーマント・インタビューとIn-depth-interviewとほぼ同義語といえる。(松山章子)
用語 人口転換、疫学転換、健康転換
概要 (英語訳 : Demographic Transition、Epidemiological Transition、Health Transition) 

人口転換(Demographic Transition)とは、経済・社会の持続的な発展にともなって、人口が多産多死から多産少死を経て、やがて少産少死にいたる過程を意味する。現在の先進諸国はこの人口転換によって、人口はほぼ一定かやや減少にて転じ、老年人口の割合が高くなってきている。また、発展途上地域では、多産少死の状態がいわゆる人口爆発の原因となっている。

同様に、疾病構造は、周産期疾患や結核など感染症が主体の段階から、肥満、高血圧、糖尿病、がんなど非感染症が主要な段階へと転換する。このような疾病構造の変化を人口転換にならって疫学転換(epidemiologic transition)と呼ぶ。しかし多くの発展途上地域では、この転換がモザイク状で、感染症と非感染症両方からの負担に対応する必要に迫られている。

健康転換とは、この人口構造の転換を基にして、時代とともに人口・疾病構造の変化、保健医療制度の変化、社会経済構造の変化が相互に影響しあいながらある国の健康問題が段階的、構造的に転換することを示すシステム概念である。(兵井伸行)
用語 感染症の根絶
概要 (英語訳:eradication of infectious disease)

感染症の根絶(eradication of infectious disease)とは、計画的な対策の結果、特定の病原体による感染症の発生が、恒常的に、世界的にゼロにまで減少したことと定義される。それに対し、感染症の絶滅(extinction of infectious disease)とは、地球上のあらゆる実験室や自然界から病原体が存在しなくなることと定義される。例えば、天然痘は、世界的な対策によって感染症の発生は完全に無くなったことから、根絶となったが、病原体である天然痘ウイルスは、ロシア及び米国の実験室で保管されていることから、絶滅には至っていない。

通常、ある感染症が根絶されると、感染者を減少させるための日常的な疾患対策は不要となるが、病原体が絶滅されない限り、再発生の可能性はゼロとはならない。そのため、発生監視(サーベイランス)や発生時の危機管理は、継続させることが必要となる。(中島一敏)
用語 国立感染症研究所
概要 (英語訳:National Institute of Infectious Diseases)

国立感染症研究所(National Institute of Infectious Diseases) は、厚生労働省管轄の国立試験研究機関。1947年(昭和22年)、感染症対策に関わる基礎、応用研究や、抗生物質やワクチンなどの開発と品質管理等を行う厚生省付属試験研究機関として設立された国立予防衛生研究所を前身とする。1997年(平成9年)4月、名称を感染症研究所に改名した。「感染症を制圧し、国民の保健医療の向上を図る予防医学の立場から、広く感染症に関する研究を先導的・独創的かつ総合的に行い、国の保健医療行政の科学的根拠を明らかにし、また、これを支援することにある」との目的で、研究業務、感染症のレファレンス業務、感染症のサーベイランス業務、国家検定・検査業務、国際協力業務、研修業務などの業務が行われている。(中島一敏)
用語 米国疾病管理予防センター
概要 (英語訳:CDC, Centers for Disease Control and Prevention)

米国疾病管理予防センターは、米国民の健康改善のため、疾患の予防と管理、環境衛生、健康増進、健康教育活動を行う米国の政府機関。米国保健社会福祉省(Department of Health and Human Services)の下部組織にあたる。組織は, 長官局(Office of the Director)の下、州・部族・地方・地域支援局(Office for State, Tribal, Local, and Territorial Support), 公衆衛生に関する科学的サービス局(Office of Public Health Scientific Services), 非感染症・外傷・環境衛生局(Office of Noncommunicable Diseases, Injury, and Environmental Health), 感染症局(Office of Infectious Diseases)から構成される。長官は、Robert R. Redfield博士(2018年3月27日現在)(中島一敏)
用語 国際緊急援助隊
概要 (英語訳:JDR, Japan Disaster Relief Team)

日本の海外における災害に対する国際緊急援助は人的援助と物的援助があるが、国際緊急援助隊は人的援助に含まれる。1979年に内戦でタイに脱出したカンボジア難民に対して政府医療チームを派遣したのがきっかけになり、日本政府は1982年に国際緊急医療チーム(JMTDR)を設立した。紛争に起因しない人為的災害や自然災害に対応するという法整備(1987年 国際緊急援助隊は派遣に関する法律(JDR法))が行われ、各種チームが派遣されるようになった。5つのチームで構成されている。

1)医療チーム:現地で医療活動を実施。医療チームとして、タイプ2の国際認証を受け、入院や手術を実施展開できる(派遣実績は57回 2018年9月現在)。
2)救助チーム:要救助者の捜索、救助、応急処置、移送に当たる。国際捜索救助諮問グループが定めるヘビー級を2010年3月に認定取得した(派遣回数20回 2018年9月現在)。
3)感染症対策チーム 2015年10月 発足。疫学、検査診断、診療・感染制御、公衆衛生対応、ロジスティックからなる。(派遣実績は2回 2018年9月現在)。
4)専門家チーム 被害の発生・拡大を防止する助言や指導を行う。関係省庁・自治体などの各分野の専門家から構成される(派遣回数 49回 2018年9月現在)。
5)自衛隊部隊:被災状況広範囲・大規模であるときに、自衛隊員によって、輸送、給水、医療・防疫を実施する(派遣回数 19回 2018年9月現在)。(高橋宗康)
用語 直接服薬確認短期化学療法
概要 (英語訳 : DOTS, Directly Observed Treatment, Short Course)

DOTSは“Directly Observed Treatment, Short Course”の略称で、1994年にWHO(世界保健機関)が作成した「効果的な結核対策のための枠組み」(Framework for Effective Tuberculosis Control)に提示された結核対策の戦略であり、以下5つの政策要素から構成されている。 

(1)全国を網羅した既存の制度の中での結核対策を強化するため、政府が強力に取り組む。
(2)有症状受診者に対する喀痰塗抹検査により結核患者を発見する。
(3)標準短期化学療法による6~8ヶ月間の適切な治療を服薬確認しつつ提供する。
(4)薬剤安定供給システムを確立する。
(5)地域における結核対策の実施状況をモニタリングし、定期的に評価するために、結核患者台帳を整備し、それに基づく患者の発見と治療結果のまとめとを報告するシステムを確立する。(大角晃弘)
 
用語 ストップ結核パートナーシップ
概要 (英語訳 : Stop TB Partnership) 

世界の結核制圧を目標として、2000年のアムステルダムで開催された結核高蔓延20カ国による外相会議で設立が呼び掛けられ、2001年にスイスのジュネーブに設立されたパートナーシップである。現在世界100カ国以上で、1500ほどのパートナーで構成されており、構成員は政府機関(保健省等)・研究機関・国際機関・ドナー・非政府組織(NGO)さらに、個人等であり、あらゆる個人や団体が参加することが可能である。

本パートナーシップの目標達成のための指標として、設立当初は「2005年までに70%の感染性結核患者を発見し、その内の85%が治癒すること」と設定され、その後国連ミレニアム開発目標(MDGs、Millennium Development Goals)の指標を補足するものとして、以下の指標が設定されている。「2015年までに、結核死亡数と結核有病率とが1990年における数値を半減させる」、「2050年までに、世界の結核罹患率が人口100万人対1以下(=結核制圧)となるようにする」。

現在このパートナーシップには10の作業部会(薬剤耐性結核、HIV合併結核、結核検査強化、結核伝播終息(感染防御)、公私連携強化、小児結核、新結核診断技術開発、新抗結核薬開発、新結核ワクチン開発、結核患者権利保護の各作業部会)があり、各分野から結核終息に向けてのあらゆる資源と技術の投入を促進している。

日本においても同様な趣旨で、2007年に「ストップ結核パートナーシップ日本(STBJ)」が設立され、日本国内でその趣旨に賛同する個人や団体による世界の結核終息を目指す連携が形成されつつある。(大角晃弘)
用語 貧困削減戦略ペーパー
概要 (英語訳: PRSPs: Poverty Reduction Strategy Papers)

貧困削減戦略ペーパーは、1999年に国際通貨基金(IMF)と世界銀行によって導入された低所得国における貧困削減のための枠組みである。貧困削減戦略ペーパーの作成が、IMFと世界銀行が主導している重債務貧困国(HIPC)イニシアチブによる債務削減や債務返済のための譲与的融資を受ける条件にもなっていた。

貧困削減戦略ペーパーは、低所得国の政府により、国内のステークホルダー及びIMFや世界銀行といった外部の開発パートナーらによる参加プロセスを経た上で準備される。その内容には、その国の様々な分野の成長と貧困削減を目的としたマクロ経済的、構造的、社会的政策やプログラム、資金の必要性や主な財源、貧困削減に関する中長期的な目標とそのモニターや評価方法が含まれる。概ね3年ごとに更新され、プログレスレポートにより各年の進捗状況が報告されている。

国連ミレニアム開発目標(MDGs)の目標と共通する部分があったため、貧困削減戦略ペーパーを作成することが、その国の政策としてMGDsの目標を取り入れることにつながったとも言われている。(北島 勉)
用語 住民参加
概要 (英語訳:Community Participation)

ある地域で実施されるプロジェクト/事業に、その地域住民自身が参加することである。住民参加の概念は幅広く、誰が参加するのか、何に参加するのか、どのような形で参加するのかなどによって実相は異なってくる。Arnstein(1969)は、住民参加のレベルを8段階に分類した。世論操作(manipulation)および治療(therapy)の段階では、住民のエンパワメントは目的ではなく、行政など事業の実施主体が住民を教育したり間違った行動を治そうとしたりする。この2つは無参加(nonparticipation)レベルである。次が情報提供(informing)、意見聴取・相談(consultation)、懐柔(placation)の段階で、住民は事業実施主体から説明を受け、意見を述べる機会を与えられ、譲歩もしてもらえるが、意思決定には十分参画できず、形式的参加(tokenism)のレベルである。より進んだ住民参加の段階は、協力(partnership)、権限移譲(delegated power)、住民主導(citizen control)であり、意思決定に参加し、住民自身が計画を策定したり遂行したりする。住民参加によって人々は協働して問題を解決する能力を向上させ、コミュニティの一員である自覚と互助の意識を高め、最終的には共同体としての一体感を向上させて、他の課題も自分たちで解決しようという意欲が現れる。このように住民参加は、コミュニティ・エンパワメントのプロセスを促進する。 (柳澤理子)
用語 職業上の安全のおよび健康を促進するための枠組みに関する条約
概要 (英語訳 : Promotional Framework for Occupational Safety and Health Convention)

ILO(国際労働機関)の第187号条約として2006年に採択された。本条約の目的は、すべての働く人々の健康と安全の向上のために安全健康予防文化の確立を推進することである。そのために、職場における健康および安全リスク評価活動を推進し、見つかったリスクに対応する。また、政府は労働者、経営者代表と協力して5年程度の中期的な国家労働安全衛生計画を策定し実施する。その過程において、国内の労働安全衛生の現状を分析し、優先行動課題を決定して到達目標を設定する。

アジア諸国では本条約を参照しながら自国の働く人々 の健康と安全対策を促進している。ベトナム、ラオス、インドネシア、タイ、中国、モンゴル、シンガポールなどが国家労働安全衛生計画を策定し、実施を進めている。

各国はそれぞれの国家計画の枠組みの中で、労働安全衛生法の強化と効果的な実施の他に、中小零細企業、家内労働、農業、鉱山や建設業等のリスクの高い職場の対策強化、外国人労働者の労働安全衛生保護拡大等の重要課題にも取り組んでいる。

この条約により、労働安全衛生マネジメントシステムに基づいた体制と実施の継続的な改善、ならびに労働安全衛生が国としての重要課題に位置づけられることが期待されている。(和田耕治)  
用語 拡大予防接種計画
概要 (英語訳 : EPI, Expanded Programme on Immunization)

世界のすべての子どもたちを予防可能な感染症から守るために、基本的なワクチン接種の推進を目的としてWHO によって開始されたプログラムである。EPIは、1978年にアルマ・アタ宣言として採択された“health for all by 2000”を達成するために、不可欠な要素のひとつと位置づけられた。EPIが開始された背景には、天然痘の流行がワクチンの普及によって制圧され、さらに根絶も達成したことにより高い費用対効果が実証されたという事実がある。1974 年にEPIが始まった当初は、BCG、ジフテリア、百日咳、破傷風、ポリオ、麻疹の6ワクチンが対象であったが、その後B型肝炎やインフルエンザ菌b型(Hib)も推奨対象に加わり、さらに2000年のGAVIの設立によってEPI活動は加速され新しいワクチンである肺炎球菌結合型やロタウイルスも乳幼児の疾病負荷を軽減するために有用なワクチンと考えらその対象ワクチンは拡大しつつある。予防接種は、小児のみならず、年長児や思春期世代、妊婦においても健康を守るために不可欠な手段の一つである。ポリオ根絶は目標達成の最終段階に入り、麻疹や新生児破傷風の排除も世界各地で成果をあげつつあるが、これらの基本になるのはEPIである。(中野貴司)
用語 GAVI(ワクチンと予防接種のための世界同盟)
概要 (英語訳;GAVI, The Global Alliance for Vaccines and Immunization)

貧困地域に住む子どもたちの命と健康を守ることを目的として、十分に普及していないワクチンや新しいワクチンを届けるために、2000 年に結成された同盟で、事務局はスイスのジュネーブにある。開発途上国及び先進国政府、ワクチン製造会社、NGOs、研究機関、ユニセフWHO、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団、世界銀行など公的および私的組織により構成されている。1974年に始まった拡大予防接種計画(EPI)により、感染症の予防手段であるワクチンは世界に普及し、基本的な6種類のワクチンの接種率は80%にまで達したとされた。しかし1990年代にその普及の進展は頭打ち状態となり、当時は子どもたちをさらに守ることのできる新しいワクチンも開発されたが、それらは貧困地域には浸透せず、世界の中での格差は広がるばかりであった。新しいワクチンは、非常に高価であるという問題点も存在した。先進国では10種類を超えるワクチンが乳幼児に接種されていたにもかかわらず、開発途上国では基本的なワクチンさえ届いていない地域もあった。この状況を打破するために、公的組織と私的組織が一緒になって活動する本同盟が発足した。現在GAVIが掲げる主な活動目標は、1.世界全体の接種率向上、2.保健医療システムにおける予防接種の有効性と能率性の強化、3.国の予防接種プログラムの維持、4.ワクチンや関連製品の市場の形成である。また、「予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)」による「ワクチン債」の発行による革新的な資金調達も行ってきた。(中野貴司)
用語 合計特殊出生率
概要

(英語訳 :TFR, Total Fertility Rate)

合計特殊出生率とは、一人の女性が一生に産む子供の平均数を示す。この指標によって、異なる時代、異なる集団間の出生による人口の自然増減を比較・評価する。2種類の算出方法がある。「期間」合計特殊出生率は、ある期間(1年間)の出生状況に着目したもので、その年における各年齢(15~49歳)の女性の出生率を合計したもの。女性人口の年齢構成の違いを除いた「その年の出生率」であり、年次比較、国際比較、地域比較に用いられている。

合計特殊出生率がおおよそ2.08のときには人口は増加も減少もしないとされる。

戦後日本の合計特殊出生率は1947年の4.54をピークに2016年現在は1.44となっている。世界保健統計2015によると、合計特殊出生率が最も高い国はニジェールで、女性1人当たり7.6となっている。概して先進国においては合計特殊出生率が低い傾向にあり、開発途上国は高い水準であるといえるが、近年経済発展した中進国においては低下傾向がみられる国が多く、これは平均寿命の延長など他の要因と関連し社会の高齢化の要因としても国際的な問題として注目されている。(伊藤智朗)   

用語 実践科学
概要

(英語訳:Implementation Science)

実践科学とは、科学的な根拠であるエビデンスのみを重視する政策だけでなく、実践に十分に活用されうる方法に対する科学的な探求を意味する。本来、エビデンスは政策、実践に繋がってこそ意味があるが、政策に反映されず、また政策が策定されても、実践上のバリアのため適切に実行されるとは限らない。エビデンス自体が実践現場の現実から遊離した概念や枠組みに基づき、疫学的な変数間の因果関係に還元した形で得られることもあり、実践からの見直しも重要である。開発途上国の保健医療の現場では、人材や予算の制約、実践能力の不足により、エビデンスに基づく政策が適切に実行されず、有効な成果を得られないことが多いため、実践科学への期待は大きい。実践科学には、実践を取り巻く環境や文脈の理解に基づいてそのプロセスを検討し問題点を系統付けるだけでなく、問題点を克服する刷新的なアプローチをいくつか考案し、その優先順位付けを検討するオペレーションリサーチ、それを実践し評価するアクションリサーチも含まれる。例えば、医療サービスへのアクセスについて、そのバリアを同定し、系統付け、それに応じた改善策を現場で検討する。実践科学では実践の文脈特異性を重視するため、現地の社会文化的要因を探る社会学や人類学を含む学際的アプローチを採用するが、現場のスタッフとの協働も欠かせない。現在の実践科学の難点は、政策や実践に影響を与える政治経済を追及するポリティカルエコノミー研究との協調が不十分な点である。(神谷保彦)

用語 地球温暖化
概要

(英語訳:Global warming)

地球温暖化(または、温暖化)とは、地球規模で気温上昇が世紀単位の長期で発生している現象を指す。地球温暖化の理由として、大気温の上昇が原因であるとメディアなどで報道されているが、その主な理由は1970年代より起こっている海洋温度の上昇によるものである。また、温暖化により南極・北極の氷は融解し大気温も上昇している。地球温暖化の原因は、主に人間の活動に伴って排出される温室効果ガス(二酸化炭素など)である。温暖化の進行は、地球に降り注ぐ太陽エネルギーの宇宙への放熱が温室効果ガスにより遮断されたことが発端となり、これまでの地球と宇宙に関わる熱収支の均衡が崩れ、地球上に熱エネルギーが蓄積され、最終的に温暖化を招く。地球温暖化の影響は大気温上昇や海水面の上昇、降水量の変化、亜熱帯地域での砂漠化の進行などで地域により異なる。その他には、急激な天候悪化の発生などの影響がある。これらの現象は、農作物の生産量に影響を及ぼすため、食糧問題と密接な関係がある。(星知矩(門司和彦))

用語 オゾンホール
概要

(英訳名:Ozone hole)

オゾン(O3)は酸素(O2)が紫外線のエネルギーを受けることで作り出され、さらに自然と分解される反応を繰り返している。大気中のオゾンの9割は成層圏に存在し、標高20-30kmに層状になっており、オゾン層と呼ばれる。オゾンは紫外線を吸収する性質があるため、地球に降り注ぐ太陽からの紫外線を吸収する役割を担ってその97-99%は吸収される。かつて1970年代にオゾン層が-約4%一定に減少し、また春期に南極・北極上空にて大量に減少-が観察されたりした。オゾンホールとは、後者の事象を指しているが、その原因は、オゾンを分解する化学物質(フロンやハロン)が人間の活動で大量に消費されたことで、オゾン生成と分解のバランスが崩れたことがあげられる。1987年、問題解決を目指し、モントリオール議定書により、オゾン層を破壊しない代替物質の利用が推し進められた。現在、それら代替物質の使用が広まり、オゾンホール問題は解決の兆しがみえてきた。現在の状態が継続すれば、オゾンホールは2050年頃までに完全に閉じるとされている。(星知矩(門司和彦))

用語 重症急性呼吸器症候群
概要

(英語訳: SARS, Severe Acute Respiratory Syndrome)

 2002年末からアジアを中心に世界32カ国で流行し、感染者8439人、死者812人を出した新型の肺炎である。病原体であるSARSウイルス(SARS-CoV)は、本来野生動物を宿主とするコロナウイルスが変化したものと考えられる。

感染経路は患者の咳などによる飛沫感染が主であり、流行時には院内感染が多発して、多くの医療従事者が罹患した。そのほか、汚物等に触れることや(接触感染)、空気中に拡散したウイルス粒子により感染することもある。

潜伏期は2~7日で、38℃以上の発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛などで発症する。その後、乾性咳、呼吸困難など下気道症状が出現する。約80%は回復に向かうが、20%は呼吸窮迫症候群に移行する。胸部X線では浸潤影やスリガラス状陰影などの所見が見られる。診断は、臨床症状、SARS-CoVと接触した可能性、病原診断(血清抗体値、ウイルス遺伝子検出など)からなる。確立した治療薬はなく、対症療法、呼吸管理が主となる。

2003年7月に終息宣言が発せられ、その後少数の散発例があったが、2004年4月以降発生例はない。SARSの流行は、適切な初期対応、正確な情報開示、対策における政府のリーダーシップや国際協力の重要性など、様々な教訓を残した。

SARSの拡散を防ぐには、疑わしい患者が搬入された段階から適切なトリアージや感染対策を迅速に実行することが大切である。マスク着用により感染をかなり防ぐことができる。感染者との至近距離での接触や人込みを避けることも重要である。(小原 博)

用語 レシフェ宣言
概要

(英語訳:Recife Political Declaration on Human Resources for Health)

ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)達成のために保健人材をその原動力の中心に据えた政治宣言。2013年、ブラジルレシフェで、世界93か国から、政府、国際機関、援助関係者、人材開発関係者が参加した第3回保健人材に関するグローバルフォーラムで採択された。ここでいう保健人材は専門教育を受けた保健医療専門職から事務職、ボランティアまで含まれる。UHC達成には、数も質も担保された保健人材が支援的な労務環境でモチベーションをもちながら基礎的保健医療サービスを提供し続けることが重要である。本宣言では、国レベルでは、政府・国際機関・援助関係者や国内関連省庁・教育機関・市民社会・労働組合・職能団体など、人材開発に関わる関係者が共通のビジョンをもつための環境作り、財政面で持続可能な保健人材開発計画の策定と実施、保健人材情報システム、教育改革、キャリアパス、人材配置や定着、人事管理(ガバナンス)の改善、保健人材への投資の有効性を確認するための調査研究、などを重視すること、国際レベルでは、「保健医療人材の国際採用に関するWHO世界実施規範」Global Code of Practice on the International Recruitmentを保健システムと人材強化のためにガイドとして用いること、援助機関に対しては人材育成を優先すること、などを呼びかけている。

2014年の第67回WHO総会ではこの「保健人材に関するレシフェ政治宣言」へのコミットメントを働きかける決議が採択され、国際社会として継続的に保健人材に関する注目を呼びかけている。(藤田則子)

用語 低栄養/栄養不良
概要

(英語訳:Undernutrition)

栄養不良は質量ともに不十分な食事摂取,あるいは消化吸収機能の低下によって生じる。栄養必要量を満たすのに十分な量の食物を摂取できない低栄養の状態が続くと、タンパク質・エネルギー欠乏症(protein energy malnutrition: PEM)および鉄、ビタミンA、ヨード、亜鉛等の微量栄養素欠乏症等の栄養不良に陥る。最近では、大規模な自然災害(例:干ばつ、地震、洪水)を除くと、重度のPEMは減少してきているが、表面的に観察しただけでは判定が難しい、中等度・軽度の栄養不良の蔓延が開発途上国において大きな問題となっている。これら中等度・軽度の栄養不良の判定には、身長と体重を測定し、統計ソフトウェアWHO Anthroを用いて健康な小児の基準集団の標準値と比較する形で、身長別体重 weight-for-height、(更に年齢データを用いて)年齢別身長 height-for-age、年齢別体重 weight-for-ageを算出する方法が用いられている。その結果、各指標のZ-scoreが-2未満の小児をそれぞれ、急性栄養不良(Wasting)、慢性栄養不良(Stunting)、低体重(underweight)と判定している。

開発途上国では,5歳未満児の死因のうち半数以上が直接的および間接的に栄養不良に起因していると報告されており、母乳栄養や離乳食に関する親の知識不足が乳幼児の栄養不良の最も大きな要因の一つとなっている。また,下痢症や腸管寄生虫などの感染症は栄養状態を悪化させ,栄養不良に陥ることにより更に感染症に罹患するリスクを高めるという悪循環が生じることが多い。このように,食料不足(Food insecurity)だけではなく、経済的貧困、水と衛生の不備による劣悪な衛生環境,教育・保健サービスの不備、など栄養不良の背景には様々な要因がある。(三好美紀、石川みどり)