国際保健用語集

用語 VCT
概要

(英語訳:Voluntary Counseling & Testing)

自発的にHIV検査を受ける方法として、人権尊重の観点から1980年代後半から推奨されてきた。VCTでは、検査前のpre-test counsellingと、検査、post-test counsellingの順番で実施される。Pre-test counsellingでは検査前に検査を受ける理由や結果を知ることの有利な点と不利な点を話し合い、最終的にクライアント自身がHIV検査を受けるかどうかを決定する。Post-test counsellingでは、もし結果が陽性であれば適切な治療を含めたケアへのアクセスのエントリーポイントととなり、陰性であれば受検者にHIV感染予防の情報と知識を与えることになる。

しかし、近年ではHIV陽性者への治療拡大や母子感染予防のため、HIV陽性者の確認を積極的に行う必要が出てきた。HIV検査受検の自発性に大きく依存するVCTでは、HIV検査受検率が十分に高くならないことなどから、最近ではHIV testing and counselling(HTC)やprovider-initiated TC(PITC)といったような実施方法が主流となり、VCTと言う言葉は最近では使われることが少なくなってきた。最近では、このようなサービスをHIV testing services(HTS)と称する傾向にあり、VCTにあった “pre-test counselling”は “pre-test information”に置き換わっている。WHOは、HIV検査に当たっては、「5 Cs」(Consent:同意、Confidentiality:守秘性、Counselling:カウンセリング、Correct test results:正確な検査結果、Connection/linkage to prevention, care and treatment:予防とケア、治療への接続)が必要と強調している。(垣本和宏)
 

用語 ハーム・リダクション
概要

(英語訳:Harm Reduction)

ある行動が原因となっている健康被害を行動変容などにより予防または軽減させることをハーム・リダクションと呼ぶ。特にHIV対策では、注射薬物使用者(IDU: Injecting Drug User)が注射器や針を共有することによるHIV感染を、注射器交換や経口薬物への薬物代替によって予防する対策として取り上げられることが多い。これに相当する日本語は見当たらず、通常「ハーム・リダクション」とそのままカタカナで使用している。

ハーム・リダクションは、この対策自体が薬物使用を抑制するのでも逆に奨励するものでもない。注射器や針の共有によるHIV感染を予防するための現実的な対策であり、法規制と相反するものでもない。むしろ、違法性を強調してIDUへの取り締まりを強化するのみでは、IDUは地下組織にますます入り込み、対策が難しくなるとも言われている。また最近ではハーム・リダクションを通じて薬剤依存症の治療へのアクセスも期待されている。

同様に、セックス・ワーカーに対してもセックス・ワーカーを取り締まるなどの対策でなく、セックス・ワーカーへのコンドーム配布などより安全な性行為へと行動様式を変えることが、結果的にセックス・ワーカーの健康を守ることにつながると考えられる。

これらを実施するためには、社会の理解や法的な整備が必要であり、ヨーロッパ、カナダ、オセアニア、中国、タイ、インドなどは国家政策として積極的に推進している一方で、米国、ロシア、日本などにおいては、その取組みは限定的である。(垣本和宏) 

用語 中東呼吸器症候群
概要

(英語訳:MERS, Middle east respiratory syndrome)

MERSコロナウイルスの感染により重篤な呼吸器症状と発熱、咳などを引き起こし、重症化により死亡する感染症で、2012年にサウジアラビアで初めての患者が報告された。予防のためのワクチンや治療薬はない。2012年9月から2017年6月6日までにWHOにはMERSの確定患者が1980例報告されており、そのうち死亡例は少なくとも699例であった。ヒトコブラクダが感染源と言われており、多くのヒトコブラクダからMERSコロナウイルスが検出されている。MERS患者の多くにヒトコブラクダとの接触歴があり、持続的なヒト-ヒト感染は否定的であるが、医療機関においては医療従事者が感染するなどヒト‐ヒト感染も多く報告されている。中東以外の国で報告されている患者のすべては中東からの輸入例で、2015年にはバーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビア、カタールに滞在した一人の患者が韓国で発病し、院内感染等により韓国国内で186人が感染し(うち、1人は中国で発病)、36人が死亡した。

日本では、MERSは2015年1月に感染症法上の二類感染症に分類され、検疫法上の検疫感染症にも指定された。(垣本和宏) 

用語 オタワ憲章
概要

(英語訳:Ottawa Charter)

1986年、カナダのオタワにおいて第1回ヘルスプロモーション世界会議が開催され、その成果がオタワ憲章としてまとめられた。憲章のなかで、ヘルスプロモーションは、「自らの健康を決定づける要因を、自らよりよくコントロールできるようにしていくこと」と定義し、健康とは「・・・日々の暮らしの資源の一つであり、生きるための目的ではない」としている。このようにオタワ憲章では、健康を目的としてではなく手段ととらえている。健康の改善には必要な条件があることも示している。平和、シェルター(住居)、教育、食料、収入、安定した生態系、持続可能な資源、社会正義、公平である。

オタワ憲章は健康改善のための以下の5つのヘルスプロモーション戦略を示している。1) 健康的な政策づくり、2) 健康を支援する環境づくり、3) 地域活動の強化、4)個人の技術の開発、5)ヘルス・サービスの方向転換。この5戦略はその後のWHOによる、健康都市や包括的学校保健活動など、世界規模のヘルスプロモーション活動の基盤をなしている。

さらに、ヘルスプロモーターの新たな役割として、以下の3点をあげている。1) advocating(政策提言を行う):健康は社会的、経済的、個人的発展のための資源であり、目的ではないという立場をとる、2) enabling(能力をひきだす):すべての人が、健康になるために自らの潜在能力を発揮できるような支援を行う、3) mediating(調停を行う):他分野間との協調をはかる。(渡部明人)

用語 ハンセン病
概要

(英語訳:Hansen’s disease 、Leprosy)

ハンセン病は、Mycobacterium lepraeという抗酸菌により起こる慢性感染症である。感染したヒトからの咳やくしゃみによる飛沫感染やアルマジロ等との接触により、皮膚、末梢神経、気道粘膜、眼に感染する。非常にゆっくりと成長する菌であるため、平均潜伏期間は5年で症状出現に20年かかることもある。特徴的な皮膚病変、しびれや感覚障害といった末梢神経障害、失明が出現し不可逆的に進行する。かつて日本では治療不可能な疾患と考えられ、患者への過剰な差別、隔離が行なわれていた。しかし現在では早期診断できれば、抗菌薬で治療可能である。標準治療薬はダプソンとリファンピシン、multibacillary多菌型の場合にはクロファジミンを追加する多剤併用療法である。治療薬は、半年から2年間内服を続けなければならない。WHOは1990年台から排除に向けた取り組みを開始した。1995年からは日本財団等のドナーの協力のもと、治療薬が無料で提供されている。人口1万人あたりの患者数は1983年に21.1人であったが、2016年末には0.23人と99%減少している。しかし、インド、ブラジル、インドネシア、コンゴ民主共和国、バングラデシュ等では年間3000件以上の新規患者報告がある。WHOはハンセン病の無い世界を目指し、特に流行地での対策を強化する新たな世界戦略を2016年発表し、ハンセン病の無い世界を目指すべく、流行地域にターゲットを絞った保健人材育成や薬物供給といった取り組みが行なわれている。(法月正太郎)

用語 母乳栄養
概要

(英語訳:Breast Feeding)

新生児・乳児の栄養方法の1つであり、母乳で子どもを育てること。以前は人工乳で子どもを育てる「人工栄養」との対比でこの語が用いられた。しかし本邦において、1990年ごろから母乳栄養に代わり「母乳育児」の用語が用いられている。これは、母乳で子どもを育てることが単に子供に必要な「栄養」を与えるだけではなく、母子相互作用を含めた「育児」の側面を重視する必要性が認識された点が大きい。歴史的には、第二次世界大戦後、世界的に人工乳が普及し、途上国においては「哺乳びん病(bottle disease)の悲劇」と呼ばれる、不適切な人工栄養による乳幼児死亡の被害が激増した。その結果、人工乳メーカーへの批判が高まり、1981年には世界保健総会において人工乳メーカーの販売活動を規制する「母乳代用品のマーケティングに関する国際基準」が採択された。さらにWHO(世界保健機関)とUNICEF(国連児童基金)は、1989年には「母乳育児成功のための10か条」を提唱、1991年には母乳育児推進を先進的に取り組む産科施設を認定する「赤ちゃんにやさしい病院運動(Baby Friendly Hospital Initiative: BFHI)の活動を開始し、世界で発展を続けている。一方でHIV感染症の産婦による母乳育児についてもガイドラインを作成し、安易に人工乳を使用せず、状況に応じたカウンセリングを行う方針が示されている。 (小黒道子) 

用語 ワンヘルス(ひとつの健康)
概要

(英語訳:One Health)

ワンヘルス(ひとつの健康)は、地球上に暮らす人間、動物、環境の3者が協調して、3者全ての健康を維持、増進させる取り組みのことを言う。近年、急速な経済発展と人口増加により新興・再興感染症が世界的な脅威となっている。新興・再興感染症のほとんどが人獣共通感染症であり、人間、動物(野生動物、家畜、ペット)、環境という3者それぞれの対策と改善が求められている。西アフリカでの大規模なエボラ出血熱の流行もその一つであり、これらの対策には人間、動物、環境の要素が複雑に絡み合うため、協調して問題解決にあたる必要がある。一方、これまでの対策は、人間の健康に関する問題はWHO、動物に関する問題は国際獣疫事務局(OIE)、環境や農業に関する問題は国際連合食糧農業機関(FAO)というように、国際機関が縦割りで対応するなど、協調性に欠けていた。このため近年ではワンヘルスの概念に基づき、地球規模の健康維持増進のため3者が協調して問題解決すべきであると考えられるようになってきた。例えば、抗菌薬耐性菌の問題は、ヒトに対する対策だけでなく、家畜に対する抗菌薬を適正に使用することが非常に重要である。地球上の生態系の保全は、ヒトおよび動物の健康の両者が相まって初めて達成できる。その実現と維持のためには、3者が協調して人と動物の健康維持にむけた取り組みが重要である。(法月正太郎)

用語 世界保健機関
概要

(英語訳:WHO, World Health Organization)

世界保健機関は、人間の健康を基本的人権の一つと捉え、その達成を目的として設立された国際連合の専門機関(国際連合機関)である。1948年、55カ国のメンバーにより、国際連合の専門機関として設立され、本部はスイス・ジュネーヴ。設立日である4月7日は、世界保健デーになっている。当時の課題としては、マラリア、女性と子どもの健康、結核、性病、栄養、環境衛生であったが、現在は緊急公衆衛生危機対応、非感染性疾患、保健システム、気候変動と健康など、非常に広範囲な課題を抱えている。2018年4月現在、194の国と地域が加盟し、年一度、世界保健会議(WHA, World Health Assembly)が開催され、グローバルヘルスの課題および解決策を協議する。ジュネーブに本部を持ち、6つの地域事務局(ヨーロッパ、アフリカ、東地中海、南東アジア、西太平洋、アメリカ)を有し、世界のすべての人々の身体的、精神的及び社会的な健康(WHO憲章前文)を目指している。

具体的な活動としては、保健医療情報の収集および公開や国際基準の設定、多国間協力の推進、災害時緊急対策、感染症対策(緊急公衆衛生危機対応含む)、健康都市問題の取り組み推進があげられる。これまでの活動の一番大きな成果としては、1979年に天然痘を撲滅した事例があげられる。現在は、1)ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)、2)国際保健規則(2015)、3)医薬品へのアクセス向上、健康に関する社会・経済・環境要因への対策、非感染性疾患、4)保健関連ミレニアム開発目標分野への対策の継続、をWHOの重点活動として掲げている。また、西アフリカにおけるエボラ対応への反省から、緊急公衆衛生危機予防・対応を中心としたWHO緊急改革が2015年より行われている。(渡部明人)

用語 環境社会学
概要

(英語訳 : Environmental Sociology)

環境社会学は、人間社会の社会的、文化的環境だけではなく、その生物的、物理的、化学的環境にも目を向け、むしろそれらを主要な対象として、人間社会との相互関係を解明することを目的とする。そのため、環境社会学は自ら現場に出て行き、現場から実証的なデータを積み上げ、ときには住民の人々と一緒に考えたりしながら、それらを総合的に分析・研究することで問題の解決法を考え、行動する学問である。

日本では、1960年代から70年代にかけて、農村社会学や地域社会学の分野で実証的研究成果がなされ、生活破壊論、被害(-加害)構造論、受益圏・受苦圏論、社会的ジレンマ論、生活環境主義、コモンズ論をめぐる研究がなされている(Wikipedia)。飯島は、従来の社会学では、『対象と関わることなくニュートラル』であることが研究上の基本的な姿勢とされがちだが、環境問題を含んだ社会問題は、『ニュートラルな第三者』では研究し切れない。汚染や公害と人間社会の関係を研究する場合、問題の発生原因とその解決策を解明する点において環境社会学ほど適切な学問はない、としている。水俣病にしろ、福島の原発事故にしろ、医学、公衆衛生学だけでは問題は解決しない。統合的な水俣学やフクシマ学が必要であり、その中核を環境社会学が担うことが期待されている。(門司和彦)

用語 保健医療情報システム
概要

(英語訳:Health Information Systems, HIS)

保健医療情報システムは、保健人材開発、サービス提供、保健財政を含めさまざまな保健医療政策を策定し実施していく上で欠かせないものであり、保健システムの中で重要な構成要素の一つである。

保健および関連セクターからデータを収集し、データの質を確認し、収集したデータを分析し、保健関連の意思決定の土台となるような情報に変換する、この一連の流れが保健情報システムである。

保健マネジメント情報システム(Health management information system, HMIS)は、感染症情報や疾病統計などの保健統計に加え、人的資源に関する情報、医薬品の在庫や供給情報、財務指標などの情報も収集し、保健医療サービスを運営するために使用される。また、人口・健康および栄養の分野における幅広いモニタリングおよびインパクト評価指標のデータを提供する全国規模の世帯調査として、人口保健調査(Demographic Health Survey, DHS)がある。さらに、出生登録や死因の記載を含む出生・死亡登録と動態統計(Civil registration and vital statistics, CRVS)の有用性が認識されているが、導入され機能している国はまだ少ない。

健康の決定要因や保健システムへの投入、保健システムから得られた成果などが健康に及ぼす影響を分析するなど多様な目的のために、個人レベル、保健医療施設レベル、人口レベルのデータや公衆衛生サーベイランスのデータなどが多角的に活用される。信頼性の高い保健情報システムが重要であり、そのデータを得るための情報収集・分析方法がさらに開発されている。(江上由里子)

用語 京都議定書
概要

(英語訳 : Kyoto Protocol)

1997年に京都市で開かれた第3回気候変動枠組条約締約国会議(地球温暖化防止京都会議、The 3rd Session of the Conference of the Parties to the United Nations Framework Convention on Climate Change: COP3)で採択された気候変動枠組条約に関する議定書「気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書」のこと。

温室効果ガスである、二酸化炭素 (CO2)、メタン (CH4)、亜酸化窒素 (N2O)、ハイドロフルオロカーボン類 (HFCs)、パーフルオロカーボン類 (PFCs)、六フッ化硫黄 (SF6) について、先進国における削減率を1990年を基準として各国別に定め、達成することが定められた。また、京都メカニズム(クリーン開発メカニズム. Clean Development Mechanism ,CDM)、排出権取引Carbon emission trading, ET)、共同実施(:Joint Implementation, JI))や、植林や植生回復による二酸化炭素吸収源活動(carbon dioxide sink)など多くの方策が盛り込まれた。2001年に開かれた第7回気候変動枠組条約締約国会議(COP7、マラケシュ会議)において運用細目が定められた。それまでスローガンに過ぎなかった努力目標を法的拘束力や罰則がある国際約束に変えたことが京都議定書の意義である。それ以降、COP会議が続き、2015年にはフランス・パリでCOP21が開催され、パリ協定が採択された。(門司和彦)

用語 ヘルシンキ宣言
概要

(英語訳:Declaration of Helsinki)

ヘルシンキ宣言は、ヒトを対象とする医学研究の倫理原則である。この宣言は、1964年フィンランド(ヘルシンキ)で開催された第18回世界医師会総会で採択され、それ以降2017年までに9回改訂されてきた。2002年と2004年には項目明確化のための注釈が追加されている。ヘルシンキ宣言のねらいは、その内容から以下のとおりまとめられる。

医学の進歩は、最終的にはヒトを対象とする試験に多かれ少なかれ依存せざるを得ない。そうした医学研究は、予防・診断・治療方法の改善や疾病の原因・病理の理解の向上を目的とし、最善であると証明された予防・診断・治療方法であっても、その有効性・効率性・利用し易さ・質などを絶えず再検証するものであることから、医学の進歩はもとより日々刻々と変化する人間の健康問題に対処していくうえで必要不可欠なものである。しかし、そうした医学研究には危険や負担が伴うこともある。ヘルシンキ宣言は、医学研究に参加する被験者個人の福利を科学や社会の利益よりも優先すること、とくに社会的・経済的・医学的に不利な立場に置かれている人びとや特別な保護を要する人びとの権利を尊重することを強く主張するとともに、ときには生命の危険が伴う医学研究において、いかに被験者の健康や権利を擁護すべきかを示した倫理基準といえる。(市川政雄)

用語 アルマ・アタ宣言
概要

(英語訳:Declaration of Alma Ata) 

1978年9月、旧ソ連邦のカザフ共和国の首都(当時)アルマ・アタに、WHOUNICEFの主導で、世界の134カ国、67国際機関の代表が集い、プライマリ・ヘルス・ケア(PHC)について出された、歴史的な宣言である。同宣言によれば、「PHCとは、実践的で、科学的に有効で、社会に受容されうる手段と技術に基づいた、欠くことのできない保健活動のことである。 PHCは国家の保健システムの中心的機能と主要な部分を構成するが、保健システムだけではなく、地域社会の全体的な社会経済開発の一部でもある。 PHCは、国家保健システムと個人、家族、地域社会とが最初に接するレベルであって、人々が生活し労働する場所になるべく近接して保健サービスを提供する、継続的な保健活動の過程の第一段階を構成する。」*1

PHCは以下の4つの原則に立つ(Kaprio LA)。即ち1)住民のニーズ尊重、2)住民参加、3)地域資源の有効活用、4)包括的保健システムを地域で担うことである。
アルマ・アタ宣言は、東西冷戦の谷間の短い平和の時期に起きた一つの奇跡と言えるが、当時の中ソ対立の結果として、中国の保健ボランティア(はだしの医者)の養成と活用といった、PHCのモデルを作った中国の参加を得られないなどの皮肉を生んだ。

21世紀においてアルマ・アタ宣言は、MDGs(ミレニアム開発目標)やUHC(Universal Health Coverage)、更に2015年新たに確定された、グローバルな持続的開発目標SDGsの達成に、不可欠な戦略と考えられるようになった。(本田徹)

*1 : 高木史江訳

用語 プライマリ・ヘルス・ケア
概要

(英語訳:PHC, Primary Health Care)

20世紀後半に、世界の保健・医療におけるアクセスの改善、公平性、住民参加、地域資源の有効活用、多分野間協力、予防活動重視などの実現を求めて形成された理念かつ方法論。1978年のアルマ・アタ宣言を基礎にPHCは、途上国の社会開発課題として構想された面があり、その意味では、BHN(Basic Human Needs)や「もう一つの開発」など、近代化論による開発の弊害への反省に立った、第二世代の開発論と言える。それとともに、世界人権宣言(1948)や国連社会権規約(1966)に謳われた、「人権としての医療」の思想を継ぐものである。また、CBR(地域リハビリテーション)や参加型教育法(PRAなど)との交流や相互啓発を見逃すこともできない。日本においても、戦後長野県などの農村地域で試みられてきた、住民参加型保健活動は、PHCの優れたモデルとなった。

しかしPHCは、早くも1979年には「選択的PHC」が暫定戦略としてWalshらにより提唱され、WHOUNICEFにより、1980~90年代に世界的に推進された拡大予防接種計画(EPI)や下痢症に対するORT(経口補水療法)など垂直型プログラムの理論的根拠となった。一方で、デビッド・ワーナーらによる、「包括的PHC」の主張は、選択的PHCに潜む、官僚的、技術至上主義的なアプローチを厳しく批判し、人びとの主体的な学びや参加を基にした、医療運動をメキシコなどの地域で進め、豊かな成果を生んだ。WHOが2008年の世界保健報告で示したように、21世紀にPHCのリバイバルが起き、UHC(Universal Health Coverage)による健康格差への取り組みの戦略的な柱として重視されるようになった。(本田徹)

用語 旅行者下痢症
概要

(英語訳:Traveler's diarrhea)
 
海外渡航者がおこす下痢を旅行者下痢症と呼び、感染性腸炎がその大部分を占める。開発途上国に1カ月間滞在した渡航者の約20~60%が本症を発症するとされている。病原体としては病原性大腸菌(とくに毒素原性大腸菌)、サルモネラ菌、キャンピロバクターなどが多く、通常は数日の経過で軽快するが、赤痢菌やコレラ菌などにより、重篤な症状を呈する例も時にみられる。原虫や寄生虫が原因になる下痢は慢性の経過をたどることが多い。

本症の予防にはミネラルウオーターや煮沸した水を飲用すること、食品はなるたけ加熱したものを摂取することなどが重要なポイントである。外食をする際も衛生状態の良い店を選ぶようにする。リスクの高い旅行者には止痢薬を持参させ、症状があれば服用するように指導する。ただし、血便や高熱をきたしている下痢の場合、止痢薬の使用は推奨できない。なお、症状の強い時は、電解質飲料などで水分補給に努めることも大切である。

帰国後に下痢症状を呈している患者については、便の細菌培養と寄生虫検査(直接塗沫法、集卵法)を行い、病原体を明らかにする。暫定的な治療にはニューキノロン系抗菌薬やアジスロマイシンが推奨されている。(濱田篤郎)

用語 母子保健
概要

(英語訳:Maternal and Child Health)

母子保健は、母と子の健康の保持と増進を図り、そのための活動や研究が行われている分野を指す。母子保健は、母性と小児保健に分けられることが多かったが、現在では、十代や新生児にも明確に焦点が当てられ、それらも包含する時間的、空間的な継続性を含む見方が母子保健の中に加わり、実際にはリプロダクティブ、母性新生児小児保健(Reproductive, Maternal, Newborn, Child Health)を包含することが多い。母子保健には様々な指標がある中で注目される指標は、妊産婦死亡率、熟練した医療従事者(医師、看護師、助産師)の立ち会いによる出産率、新生児死亡率、5歳未満児死亡率などである。1990~2015年に向けてのミレニアム開発目標(MDGs)の中に乳幼児死亡率の削減、妊産婦の健康状態の改善が掲げられ、世界各国は取り組んできた。5歳未満児死亡率妊産婦死亡率の削減については、改善は見られたものの世界的には目標の水準には及ばなかった。よって、2030年に向かっての持続可能な開発のための目標(SDGs)の中のターゲットにも、新生児死亡率(出生1000件中12件以下)、5歳未満児死亡率(出生1000件中25件以下)、妊産婦死亡率(出生10万人当たり70人未満)の削減と、新生児及び5歳未満児の予防可能な死亡を根絶することが含まれている。母子保健の指標は、国レベル、地域レベル、世界レベルで示されることが多いが、具体的な活動に際しては、国内での地域差、貧富の差などを配慮し対応することが求められる。(杉浦康夫)

用語 栄養転換
概要

(英語訳:Nutrition Transition)

1980年代頃よりアジア、南米、北アフリカ、中東、そしてサブサハラアフリカの都市部など世界中の多くの地域で、食習慣、身体活動習慣を含む人々のライフスタイルは変化の一途をたどっている。栄養転換とは、「欧米型」と言われるような高脂肪(不飽和脂肪酸)、高糖質、食物繊維に乏しい食事の摂取機会が増え、同時に身体活動の機会減少も伴い、集団の体格組成が変化する現象である。人口転換(多産多死から少産少死への移行、そして高齢化の現象)、疫学転換(低栄養や飢饉、衛生環境に起因する感染症から、都市化や産業化に伴うライフスタイルの変化に起因する慢性疾患の増加へと疾病構造が変化する現象)に伴って、あるいはそれらに続いて起こる。特に低中所得国においては、都市部を中心に過剰栄養が増加する一方、農村部では依然として低栄養・微量栄養素欠乏等が多く存在する「二重負荷:double burden」を抱えることも多い。近年では成人肥満だけでなく、小児肥満・幼児肥満も問題になっている。栄養転換の指標としては、多くの非感染性疾患の危険因子である肥満が用いられることが多い。

栄養転換のステージがさらに進み、多くの高所得国、また一部の低中所得国では、肥満の増加に加えて食事関連の非感染性疾患(Diet-related Noncommunicable Diseases: DR-NCDs)の増加が問題となっており、特に低中所得国においてはその一連の移行がかつてないほどに急速に進んでいることから、食料システムを含めた地球規模での対策が急務である。(野村真利香)

用語 スピリチュアル・ヘルス
概要

(英語訳:Spiritual Health)

スピリチュアル・ヘルスに、確立した定義はないが、1980年代のマーラー事務局長時代からWHO(世界保健機構)では、健康概念に「非物質的な」要素に配慮することの重要性が議論されてきた。1946年以来の「健康」の定義に、スピリチュアル(霊性的)な価値を第4の次元として取り入れ、以下のように改正することが、1998年WHOの執行理事会に提案され了承されたが、WHO総会での正式承認には至っていない。

「健康とは、病気でないとか、脆弱でないということではなく、肉体的にも、精神的にも、霊性的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた動的な状態にあることをいいます。」
(下線部が1998年のWHO執行理事会の提案内容。日本WHO協会訳を改変)
これは明らかに、物質的、技術至上主義的な健康概念に対しての見直しを図った試みと言える。一方、健康における次元には、文化や宗教依存的な面があり、この変更がWHOでも主に、東地中海地域事務局内のイスラム諸国から提案されたことも警戒され、合意形成には至らなかった。

しかし21世紀の今日、緩和ケア、代替医療、死の教育、自殺予防、メンタルケア、認知症地域ケアなどの課題が切実になっているグローバルな保健医療状況の中で、身体的健康概念はゆらぎ、改めてスピリチュアル・ヘルスの意味づけや役割が問われていると言える。  
(本田徹) 

用語 リプロダクティブ・ヘルス・ライツ
概要

(英語訳:Reproductive Health/Rights)

リプロダクティブ・ヘルス/ライツとは、人間の生殖システム、その機能と(活動)過程のすべての側面において、単に疾病、障害がないというばかりでなく、身体的、精神的、社会的に完全な良好な状態にあることを指し、1994年にカイロで開かれた国際人口開発会議の行動計画で採択された。その具体的内容は、1)カップルが自分たちの意志でいつ何人子どもを産むか産まないかを選ぶ自由を持つこと、2)カップルが性感染症の恐れなく安全で満足のいく性生活を持てること、3)女性が安全な妊娠と出産を享受できること、4)生まれてくる子どもが健全な小児期を過ごせること、であり、思春期や更年期における健康上の問題等生涯を通じての性と生殖に関する課題が幅広く議論された。

翌年北京で開催された第4回世界女性会議でも、リプロダクティブ・ヘルス・ライツは女性の人権であり、女性は自らの出産数を管理する権利を持ち、リプロダクティブ・ヘルスを促進すべきであること、とされ、カイロ会議と同様の定義の下、最高水準の健康を享受する女性の権利は、全ライフサイクルを通じて男性と平等に保障されなければならない、と行動綱領に明記された。

2014年カイロでの国際人口開発会議から20年の節目となり、MDGsの達成期限の2015年を前に、1)尊厳と人権、2)保健、3)人の移動、4)ガバナンスとアカウンタビリティー、5)持続可能性、を5つの柱として行動計画の実施状況の検討が行われた。(松本安代) 

用語 国連環境計画
概要

(英語訳 : UNEP, United Nations Environment Programme)

1972年ストックホルムで開催された国連人間環境会議での、「人間環境宣言」および「環境国際行動計画」を実施すために設立された常設機関。環境に関する国連諸機関の活動の調整と国際協力の推進を目的とし,気候変動、災害・紛争、生態系管理、環境ガバナンス、化学物質・廃棄物、資源効率性、環境レビューの7つのサブプログラムを中心に活動を行っている。本拠地はケニアのナイロビにあり、アジア太平洋地域事務所はタイのバンコクにある。絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関するワシントン条約、オゾン層保護に関するウィーン条約、国境を越えた廃棄物の禁止を定めたバーゼル条約、フロン類の排出規制に関するモントリオール条約、生物多様性条約等の事務局を担当。世界気象機関(WMO)と共にIPCCを設立させるなど、国際的な環境問題の解決に主導的役割を果たしてきた。課題としては、執行権をもたず、気候変動問題、海洋汚染、生物多様性関連など管轄外の問題も多く、政治的権力と資金の不足があげられる。(門司和彦)