国際保健用語集

用語 ヘルスプロモーション
概要

(英語訳:Health Promotion)

1986年のオタワ憲章におけるWHOのヘルスプロモーションの定義は、「自らの健康を決定づける要因を、自らよりよくコントロールできるようにしていくこと」である。また、ヘルスプロモーションには保健セクターのみならず、他分野も入れたより広範囲な領域(マルチセクター)による対応が求められるため、バンコク憲章(2005年)において「健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health)」への対策が盛り込まれ、ヘルシンキ宣言(2013年WMAフォルタレザ総会で修正)において「全ての政策において健康を考慮すること(Health in All Policies)」の重要性が認識された。さらに上海宣言(2016年)では、複雑かつ高度化する市場メカニズムに対して、人が自分の健康をコントロールできるようにする必要性が取り上げられ、政府による市民の「健康リテラシー(Healthy Literacy)」強化も強調されている。

持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)においてもマルチセクターアプローチの重要性が盛り込まれており、不健康な生活を助長する食品や嗜好品の規制と課税のための法制度、目的税を財源としたヘルスプロモーションのための基金、ヘルスプロモーションや予防も要素として含む健康保険・保障制度など、ヘルスプロモーションのためのインフラ・財政の重要性が高まってきている。(渡部明人)

用語 乳児死亡率
概要

(英語訳 : IMR, Infant Mortality Rate)

乳児死亡率とは、年間の出生1000当たりの生後1年未満の死亡数である。乳児死亡率の中にも細かい分類があり、生後28日未満の死亡数を率で表した値が新生児死亡率、1週間未満の死亡数を率で表した値が早期新生児死亡率と呼ばれている。日本の乳児死亡率は出生1000当たり1.9(2017年)で、新生児死亡率は出生1000当たり0.9(2017年)である。一方、2016年の世界統計では最も乳児死亡率が高い国はソマリアとシエラレオネで83、新生児死亡率が高い国は中央アフリカ共和国で42である。 

2016年のデータで比較してみると、世界平均の5歳未満死亡率は41、乳児死亡率31、新生児死亡19であり、死亡する乳幼児の46%は生後1ヶ月未満と早期に死亡する傾向がある。乳児死亡率・新生児死亡率がなかなか低下しない国があることは重要な課題とされている。

新たな「持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)」では2030年までにすべての国が新生児死亡率を少なくとも出生1000件中12件以下まで減らし、予防可能な死亡を低減させることを目標としている。(伊藤智朗)  

用語 天然痘
概要

(英語名:smallpox、variola)

天然痘ウイルスによるヒトの急性発疹性疾患で、ワクチンにより世界から根絶(eradication)された感染症。感染力が強く(基本再生産数5~7)致死率が高い(約30%)ため、本邦の感染症法では全数報告対象(1類感染症)であり、米国CDC(疾病管理予防センター)は生物兵器カテゴリーAに分類している。

主として飛沫感染により感染し、潜伏期間は約10~14日である。急激な発熱で発症し、頭痛、四肢痛、腰痛などを伴い、第3~4病日頃に顔面と四肢を中心に発疹が出現する。発疹は同一のステージで紅斑→丘疹→水疱→膿疱→結痂→落屑と規則正しく移行する。

天然痘は、初めてワクチンが開発された疾患である。18世紀に英国の医師ジェンナーは、ウシの牛痘に感染した乳搾りの女性の発疹内容液を別のヒトに接種すると天然痘に感染しないことを証明し、免疫学の基礎とワクチンの開発の道を開いた。

有効なワクチンが存在するにもかかわらず年間数百万人が死亡していたため、1958年にWHO(世界保健機関)主導で世界天然痘根絶計画が始まった。事業の過程でワクチン品質管理、接種率、サーベイランス、資金調達、バイオセーフティなど今日の予防接種事業の基礎が出来上がった。これらの努力により患者数は激減し、1977年のソマリアを最後に患者は発生しなくなった。1980年にWHOにより根絶が宣言されたが、1978年に英国の実験室で技師が天然痘で死亡する事故が起こっている。現在、野生株ウイルスは米国とロシアの実験室に保存されており、絶滅(extinction)には至っていない。(蜂矢正彦)

用語 プラネタリーヘルス
概要

(英語訳:Planetary Health)

プラネタリーヘルスは、人類の繁栄を限界づける地球環境に対して多大な影響を及ぼしている人間の政治経済、社会システムに対して真摯に向き合い、文明化された人の健康と地球環境の密接な状態の関係に注目することを通して、健康、福祉の増進と公平な社会を目指すこととされている。人類は地球環境に対し、地球温暖化や海洋酸性化を通して気候変動や生物多様性の減少など悪影響を及ぼしており、人類の健康や生存自体を脅かすまでになっている。その脅威は将来さらに強まり、大規模な自然災害、人的災害など壊滅的なクライシスが起こりうるという危機感からプラネタリーヘルスが生まれた。

地球と人間は別々な存在ではなく相互依存関係にあることを強調するプラネタリーヘルスは、地球環境、生態系、全ての生命に対する倫理、自然に対する人間の責務を含んでいるが、その貢献は現在のところ、主に地球環境や将来世代への責任を喚起するアドボカシーにとどまっている。グローバルヘルス、ワンヘルス、エコヘルスなど先行するヘルス概念に比べ、プラネタリーヘルスは地球環境や次世代を重視するが、それらとの違いよりも共通性を重視し、地球環境と生態系と人や動物の健康との関連性に関する研究や活動で協調することを目指している。プラネタリーヘルスといっても、グローバルなアクションだけでなく、里山を守るなど、人にも優しくローカルで地道な自然保護の取り組みも重要である。(神谷保彦)

用語 HIV/AIDS
概要

(英語訳:Human Immunodeficiency Virus/Acquired ImmunoDeficiency Syndrome)

 1981年に米国において免疫不全からニューモシスチス肺炎を発症した男性患者が発見され、初めてこの疾患が後天性免疫不全症候群(Acquired immunodeficiency syndrome: AIDS)と名付けられた。1983年にはこの疾患の患者のリンパ節から新しいウイルスが発見され、これがヒト免疫不全ウイルス(Human immunodeficiency virus: HIV)と名づけられ、HIVがAIDSの原因ウイルスとされた(2008年、HIVを発見した業績で、パスツール研究所のバレシヌジ(Barr_-Sinoussi)博士とモンタニエ(Montagnier)博士がノーベル医学生理学賞を受賞)。このウイルスはRNAを遺伝子とするレトロウイルスの一種で、Tリンパ球等の細胞表面上のCD4と呼ばれる糖タンパクをレセプターとしている。HIVは細胞内に侵入したのち、自らの逆転写酵素を用いてDNAとしてリンパ球遺伝子に組み込まれるため、体外へのウイルス排除は極めて難しい。
HIV感染後10年前後はほとんど無症状で経過するが、時間と共に血液中のCD4を持つTリンパ球が減少し、血中のCD4陽性リンパ球が200/μl以下になると、通常は病原性のほとんどない微生物による感染症(日和見感染症)などの合併症を発症するようになる。ニューモシスチス肺炎の発症など定められた診断基準に一致した場合にAIDSと診断される。現在は、AIDSとなる前にHAART(本用語集参照)など抗HIV薬を服薬しAIDS発症を予防することが多い。
HIVに感染している者の多くはAIDSを発症していないことなどから、「HIV/AIDS」と言う表現を安易に使用することは避けるべきである。例えば、「HIV/AIDSの予防」とは誤った表現で、HIV予防とAIDS予防は全く異なる意味である。「HIV」と「AIDS」のそれぞれの意味を正しく理解して使用するべきである。(垣本和宏)

用語 若年妊娠
概要

(英語訳:Adolescent pregnancy or teenage pregnancy)

若年妊娠とは20歳未満の妊娠を指す。若年妊娠は、未婚、望まない妊娠が多く、結果として安全ではない人口妊娠中絶により母体の健康に大きな影響を及ぼす。出産前後の母親の健康リスク(貧血、出血、マラリアHIVなどの性感染症合併、うつ病などの精神疾患)、妊産婦死亡のリスクも高い。子供についても死産、低出生体重、早期新生児・乳幼児死亡のリスクもそれぞれ高い。特に15歳未満は、サブサハラアフリカ、中西部・南西アジアで多く、これらのリスクがさらに上がる。

15-19歳の出産が、世界では年間1600万人、全出産の約11%、その90%は低所得国もしくは中所得国であり、低中所得国における若年出産の割合は高所得国の2倍から5倍とされる。若年妊娠女性の多くが喫煙や飲酒の習慣、性感染症があり、生まれた子供の健康発育にも大きな影響を与える。

日本における若年妊娠の場合も、妊娠出産による身体的合併症より、問題となるのはむしろ心理的精神的な未熟性、経済的・家族関係の不安定さである。このため養育困難や家庭内暴力、乳幼児虐待のリスク因子として注目され、妊娠中や出産後の居住場所支援から育児指導まで、行政サービスも含めて支援が必要である。(藤田則子)
 

用語 5歳未満児死亡率
概要

(英語訳 : U5MR, Under 5 Mortality Rate)

ある一定期間(通常1年間あたり)出生1000あたりの生後5年目までの死亡者数から求める。子供の福祉における進展をしめす指標の一つとして5歳未満児死亡率(U5MR)が用いられている。世界では1970年には毎年約1,710万人の5歳未満児が命を落としていた。それに対し2016年には、5歳の誕生日を迎える前に亡くなった子どもは推定576万人であり段階的に減少している。国連ミレニアム開発目標でも、2015年までに5歳未満児死亡率を3分の1に減少することが掲げられていた。1990年から2015年の間に5歳未満児死亡率は90から43へと半数以上が減少したとされている。 

U5MRは様々な保健医療関連事業の成果を反映しているとされ、肺炎治療の抗生物質、マラリア予防の殺虫剤処理を施した蚊帳、母親の栄養状態と保健知識、予防接種や経口補水塩療法の利用水準、母子保健サービス(妊産婦ケアを含む)の利用可能性、家族の所得と食料の入手可能性、安全な飲料水と基礎的衛生設備の利用可能性、子どもの環境の全面的安全確保などがその減少に寄与すると考えられている。新たな「持続可能な開発目標(SDG: Sustainable Development Goal)」では2030年までに5歳未満児死亡率を少なくとも出生1000中25以下まで減らすことを目指している。また5歳未満児の予防可能な死亡を根絶することも目標に挙げられている。(伊藤智朗)
 

用語 難民
概要

(英語訳: Refugee)  

「難民の地位に関する条約」(1951年)では、「難民」について「紛争に巻き込まれたり、人種、宗教、国籍、政治的意見や特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるなど、生命の安全を脅かされ、他国に逃れなければならなかった人々」と定義されている。現在世界に約1,600万人いると推定されているが、そのうち約8割が子どもと女性である。近年、紛争、圧政、自然災害によって居住地を追われたが、国境を越えずに国内で避難生活を送っている国内避難民が推計で3,750万人と急増している。国境を越えた難民のみならず、国内避難民に対しても国連難民高等弁務官事務所をはじめとする国際機関などが人道支援を行うようになってきているが、南スーダンやシリアなどでは紛争地から逃避できず、援助がきわめて届きにくい紛争被害者もいる。厳密には条約難民には該当しないが、内戦が続くシリアや政治経済情勢の不安定な北アフリカから多くの人が難を逃れてヨーロッパに殺到する問題も見逃せない。難民や国内避難民の多くはキャンプ生活を余儀なくされ、生活全般を現地政府や援助機関の支援に依存せざるを得ない。そこでは人権の保護とともに、水・衛生、栄養と食料、シェルター等の基本的な生存、生活に対する支援が *1プロジェクトに基づいた基準で提供されるべきである。しかし、治安悪化で援助機関が撤退し、最低限の支援さえできないこともある。難民の長期的な解決策として、出身国への帰還、現住地への定住、第三国への再移住が考えられるが、どれも容易ではない。(神谷保彦)

*1 : スフィア>人道支援を行うNGOのグループと国際赤十字・赤新月運動による1997年に開始された、難民の人道上の責務に基づいたプロジェクト

用語 母性保護
概要

(英語訳:Maternity protection)

女性は男性と異なり,妊娠,出産,哺育という特有の母体機能をもっている。このような生理的・身体的特質に照らして,労働の場において女性を特別に保護する措置が,母性保護と総称されている。日本では、昭和22年労働基準法が制定されたとき,女性に対する特別な保護として,(1)時間外・休日労働の制限,(2)深夜業の禁止,(3)危険有害業務の就業制限,(4)坑内労働の禁止,(5)産前産後休暇と妊娠中の軽易な業務への転換(出産休暇),(6)育児時間,(7)生理休暇,(8)帰郷旅費、が規定された。昭和60年の男女雇用機会均等法では、さらに、性別を理由とする差別の禁止、婚姻妊娠出産等を理由とする不利益取り扱い禁止、セクシャルハラスメント対策、母性健康管理措置、労働者と事業主との間の紛争の解決が定められ、働く女性の母性健康管理措置は事業主の努力義務から措置義務へと変わるなど、母性保護規定として様々な改訂が行われている。

国際的には、1994年にカイロで開催された「国際人口開発会議」で提起されて以降、母性保護の概念をさらに拡大して、女性の初経から閉経にいたるまで避妊、不妊、妊娠中絶、出産、授乳、更年期まで含む、女性の性と生殖に関する健康(リプロダクティブ・ヘルス)のための権利とされている。(藤田則子)

用語 人間開発指数
概要

(英語訳:HDI, Human Development Index)

国連開発計画(UNDP)の総裁特別顧問であったマブーブル・ハックは1990年、社会の豊かさや進歩を、経済指標にのみ注目して見るそれまでの経済中心の開発に対し、「人間が自らの意思に基づいて自分の選択と機会の幅を拡大させる」ことを目的とする「人間開発」という新しい開発概念を提唱した。その度合いを測るために設定されたのが人間開発指数であり、「健康で長生きすること」「教育を得る機会」「一定水準の生活に必要な経済手段が確保できること」の側面を指数化することによって、時間の経過による改善や後退、またその達成度の国際比較ができるようにしている。そのために各国の出生時平均余命、成人識字率と総就学率、一人当たりGDP(PPP US$、米ドル建て購買力平価)が指標として用いられ、0から1の間の指数が算出されて、毎年出版されるUNDPによる「人間開発報告書」の中で公表されている。

2018年人間開発報告では日本の2017年HDI値は0.909で、順位は188の国と地域のうち19位となっている(白山芳久) 

用語 多次元貧困指数
概要

(英語訳: MPI, Multidimensional Poverty Index)

多次元貧困指数は、人間開発報告2010 から、1997年以降毎年公表されてきた人間貧困指数(HPI)に代わって採用された新しい指標である。世帯単位で多次元的な貧困状態を把握する。

具体的な指標の計算方法は、人間開発報告2015のTechnical Notes 5に詳しく記載されているが、個別世帯調査からのマイクロデータから、?教育、?健康、?生活水準について評価する。

?教育は「学校教育6年間を誰も修了していない」「一人でも学校に通っていない就学年齢の子どもがいる」の2つのチェック項目、?健康は「一人でも栄養失調にある」「一人でも亡くなった子供がいる」の2つのチェック項目、?生活水準は、「電気」「クリーンな飲み水へのアクセス」「適正な衛生状態」のほか6つのチェック項目が用意されている。

これらの計10の項目に該当するかどうか(0, 1)で、予め定められたweightを掛け合わせた値の合計が世帯の剥奪(Deprivation)の度合いとなり、50%を越えると極度の多次元貧困世帯に分類される。

貧困削減に政策として取り組む際に、どのような形態の貧困に対し効率的に資源を投入するべきかを設計することが可能になるとされている。日本を含め、個別世帯でチェック項目に関するデータが揃わない国や地域では指数は算出されていない。(白山芳久)
 

用語 HAART
概要

(英語訳:Highly Active Anti-Retroviral Therapy)

Antiretroviral therapy (ART)はHIVに感染した者に対して抗HIV薬(医学的には抗レトロウイルス薬〈anti-retroviral: ARV〉と呼ばれる)を用いた治療法であるが、現在の標準的な治療方法は3剤以上の抗HIV薬を併用しており、これをhighly active anti-retroviral therapy (HAART)と言う。現在では単にARTと呼ぶことが多い。かつての治療は抗HIV薬の種類も限られていたため1剤を用いた単剤治療であった。しかし、1剤を用いた治療では薬剤耐性ウイルスが誘導されやすいことから、1996年頃より薬剤を組み合わせて処方されるHAARTが主流となっている。主に、核酸系逆転写酵素阻害剤、非核酸系逆転写酵素阻害剤、プロテアーゼ阻害剤を組み合わせて使うことで効果的にウイルス増殖は抑えられ治療成績は上がったが、他の多くの抗ウイルス剤のようにウイルスが完全に体外に排除されることはないので、生涯服薬する必要がある。

開発途上国のHIV対策は、かつては感染予防が中心で、高価なHAARTは開発途上国では現実性がないと考えられていた。しかし、2000年に南アフリカのダーバンで開催された国際エイズ会議でのネルソン・マンデラ氏(元南アフリカ共和国大統領)のスピーチを契機に、開発途上国においてもHAARTを拡大させるための支援が広がった。その結果、開発途上国においてもHAARTを必要とする多くの人々に行き渡るようになり、エイズによる死亡者数が激減するようになった。しかしながら、服薬アドヒアランス(患者が定められた薬を飲み続けること)が悪いと容易に薬剤耐性が引き起こされるなど課題が残されている。(垣本和宏) 

用語 人間貧困指数
概要

(英語訳: HPI, Human Poverty Index)

人間開発指数(HDI Human Development Index)が人間開発の達成度を示すのに対し、人間貧困指数(HPI Human Poverty Index)は基本的な人間開発の剥奪(Deprivation)の程度、つまり、短命、初等教育の欠如、低い生活水準、社会的排除について測定した指数である。開発途上国を対象としたHPI-1と、経済協力開発機構の国々を対象としたHPI-2の二つがある。具体的には、40歳(HPI-1の場合)または60歳(HPI-2の場合)未満で死亡する確率、成人の非識字率、安全な水資源を利用できない人口の割合と5歳未満の低体重児の割合との平均(HPI-1の場合)、貧困所得ライン以下で生活する人々の割合(HPI-2の場合)、長期失業者の割合(HPI-2のみ)の変数をもとに計算される。

貧困を測定する上で、所得だけに着目した場合に忘れがちな側面を組み合わせ一つの貧困指数にまとめたことが画期的であった。人間開発報告1997に採用されて以降毎年公表されてきたが、人間開発報告書2010からは多元的貧困指数(Multidimensional Poverty Index, MPI)が採用されている。(白山芳久)

用語 伝統的出産介助者
概要

(英語訳:TBA, Traditional Birth Attendant)

独自に資格はないがあるいは経験を積んで出産介助技術を身につけた人のこと。保健医療専門職として正規の教育を修了した医師や助産師等とは異なり特に資格はない。WHO(世界保健機関)は1992年に「自分の出産経験や他の伝統的出産介助者(TBA)への弟子入り等によって出産介助技術を身につけて、出産中の女性を介助する人」としている。

通常、TBAは、コミュニティからの信頼が厚く、出産介助だけでなく、コミュニティにおける妊娠期から産褥期の主たるケア提供者である場合が多いが、その状況は国や地域によって様々である。法律でTBAの出産介助を禁止している国もあるが、短期間の訓練を受けて正式な保健医療システムの中において活用している国もある。

TBA対象の訓練は、1970年~1980年代に、開発途上国での妊産婦や新生児の死亡率低下やリプロダクティブヘルス向上のために、政府や国際機関、NGOなどにより世界的に積極的に実施された。しかしながら、妊産婦死亡率等の改善が確認できず、1997年の「安全な母性イニシアティブ(Safe Motherhood Initiative)」レビュー会議にて、非識字者も多いTBAは出産介助者に必要な技術(産科合併症の搬送)の習得は難しいとされ、TBAを対象とした出産介助者としての訓練は主流から外れた。その一方、2012年においても開発途上国の出産の約4分の1は、出産時に介助なしかTBAによる介助との報告もあり、出産の医療的側面以外も含めてTBAの役割の再考や登録と定期的訓練の必要性も引き続き議論されている。(橋本麻由美)
 

用語 有資格出産介助者
概要

(英語訳:SBA, Skilled Birth Attendant)

医師、助産師といった医療専門職として助産に係る正規の教育課程を修了し、正常な妊娠・出産・産褥期の管理と妊産褥婦や新生児の合併症の発見や緊急搬送に係る必要な技能を習熟していると認証を受けた出産介助者の総称のこと。

1997年の「安全な母性イニシアティブ(Safe Motherhood Initiative)」レビュー会議以降、妊産婦死亡や新生児死亡の減少を目指し、助産師の養育成等積極的にSBAの能力強化と配置が世界的に実施された。妊産婦死亡や新生児死亡は、出生後24時間までの間に起こることが多く、緊急時の技術を修得したSBAによる出産介助によって、新生児死亡の43%減少、妊産婦死亡の3分の2を防ぐと言われているが、2012年にはサブサハラアフリカや東南アジアの約4000万の出産はSBAによる出産介助を受けていないと報告されている。SBAによる出産介助が推奨される一方、SBAに必要な技能習熟に関する統一された評価方法はまだ確立されていない。(橋本麻由美) 

用語 国際エイズワクチン推進構想
概要

(英語訳 : IAVI, International AIDS Vaccine Initiative)

安全で有効なエイズワクチンの研究・開発を推進するため、1996年に設立された非政府組織で本部はニューヨークにある。ビル・メリンダ・ゲイツ財団、ロックフェラー財団、ファイザー、グラクソ・スミスクライン、グーグルなどの民間、米国、デンマーク、オランダ、スペイン、英国、日本などの政府の寄付を受け、30以上の民間企業、大学・研究機関および政府機関と共に、これまで1億ドル以上を費やして12カ国でワクチンの治験を実施している。ワクチン候補の開発や治験のみでなく、エイズワクチンに関する政策分析や社会科学研究、疫学研究、アドボカシー活動、研究情報のデータベース作成も行っている。 

HIVはウイルス遺伝子が変異しやすいためワクチンの効果を容易に失いやすいこと、ヒトに特異的に感染するウイルスのためワクチンの効果を検証するために適当な動物モデルがないこと、レトロウイルスの特徴としてウイルス自身の遺伝子がヒトのリンパ球遺伝子内に埋め込まれるため免疫応答から逃れやすいこと、などの理由でエイズワクチンの開発には難しいとされている。そのため、HIV感染そのものを防ぐワクチンのみでなく、HIV感染後に発症を遅らせるためのワクチンも研究されている。(垣本和宏)
 

用語 人口保健調査
概要

(英語訳:DHS, Demographic Health Survey) 

USAID(米国国際開発庁)をはじめ、UNICEF(国連児童基金)、UNFPA(国連人口基金)、WHO(世界保健機関)などの国連機関の支援のもと、ICF(Inner City Fund、旧Marco International)というコンサルタント会社が実施するThe DHS programと呼ばれるプロジェクト1984年の開始以来、多くの発展途上国を対象に実施されている調査で、対象国の人口保健状況を代表する貴重なデータとなっている。これまで、90か国以上を対象に300以上の調査が実施されており、国レベルの各種保健指標としても用いられている。その内容は主に、リプロダクティブヘルス家族計画、母子保健、ジェンダー、HIV/AIDSマラリア、栄養について、単に出生率や死亡率のような人口統計だけでなく、知識や行動についても集計されている。データの収集は統計学的にその国や国内の各地域を代表できるように調査対象者を抽出しているため、国と国の比較だけでなく、対象国の地域差も詳細に知ることができる。 

調査結果は冊子として販売されているが、The DHS programのウェブサイトから無料でpdfファイルとしてダウンロードすることが可能で、使用した質問票も入手できる。さらに、登録すれば個人情報を取り除いた個々の対象者の全集計データを入手することが可能であり、統計ソフト等を用いて自分で様々な分析することも可能である。(垣本和宏)

用語 スティグマ
概要

(英語訳:Stigma)

スティグマとは、元々は「烙印」と言う意味で、特定の事象や属性を持った個人や集団に対する、間違った認識や根拠のない認識を言う。スティグマは、その結果として対象となる人物や集団に対する差別や偏見となり、不利益や不平等、排除等のネガティブな行動の原因として社会的に問題となることが多い。保健医療分野では、ハンセン病結核HIV感染のような慢性感染症や性感染症、身体および精神障害者、先天性奇形の存在、社会的弱者、孤児、薬物常習者、低所得者、同性愛者等が対象となることが多い。つまり、このようなグループやグループに属する者に対する間違った認識や根拠のない認識が差別や偏見につながることで、さらに彼らにとって不利益となる。スティグマの生じる原因はメディアを含めた文化や社会的要因が複雑に絡まっており容易ではない。

自分自身に対しては “self-stigma”(自己スティグマ)と言う形で、自分自身の状況に対して自分自身に烙印を押し、これが、通常の社会活動への参加の回避、健康増進行動の回避、通常の保健医療サービスへのアクセスの拒否等の行動をもたらすことも問題になっている。スティグマを排除するためには、事象に対する正しい理解に加え、当事者自身の開示が効果的で、そのためには当事者自身が経験したことや望んでいること、必要としていることを話せる社会の理解と協力が必要である。(垣本和宏)
 

用語 人獣共通感染症
概要

(英語訳:Zoonosis, Zoonotic disease)

人獣共通感染症は、微生物(細菌、ウイルス、真菌、寄生虫)が種の壁を超えて、動物と人の両方に感染する感染症である。動物には、野生動物、家畜、ペットが含まれ、ヒトには病気を引き起こすものの、動物は無症状である微生物も含まれている。人獣共通感染症には、野生動物との接触でエボラウイルスに感染するエボラウイルス感染症、イヌなどの哺乳類に噛まれて狂犬病ウイルスに感染する狂犬病、蚊に刺されてデングウイルスに感染するデング熱、鶏を生で喫食することでカンピロバクター菌に感染するカンピロバクター腸炎などがある。このようにヒトの感染症の60%は人獣共通感染症であり、新興・再興感染症の殆ど全てが人獣共通感染症である。急速な経済発展と人口増加により森林が伐採され、ヒトと動物の接触機会が増え、ヒトが国境を超えた移動をすることで、短時間で世界的に広がる人獣共通感染症が増えている。多くのヒトに免疫がないため、大規模なアウトブレイクや重症化につながり、国際的な脅威となっている。このため、Global Health Security Agendaの中にも人獣共通感染症がアクションパッケージの中に明記された。世界が協調し、One Healthのアプローチで人獣共通感染症に立ち向かうことが必要である。(法月正太郎)