国際保健用語集

用語 ワンヘルス(ひとつの健康)
概要

(英語訳:One Health)

ワンヘルス(ひとつの健康)は、地球上に暮らす人間、動物、環境の3者が協調して、3者全ての健康を維持、増進させる取り組みのことを言う。近年、急速な経済発展と人口増加により新興・再興感染症が世界的な脅威となっている。新興・再興感染症のほとんどが人獣共通感染症であり、人間、動物(野生動物、家畜、ペット)、環境という3者それぞれの対策と改善が求められている。西アフリカでの大規模なエボラ出血熱の流行もその一つであり、これらの対策には人間、動物、環境の要素が複雑に絡み合うため、協調して問題解決にあたる必要がある。一方、これまでの対策は、人間の健康に関する問題はWHO、動物に関する問題は国際獣疫事務局(OIE)、環境や農業に関する問題は国際連合食糧農業機関(FAO)というように、国際機関が縦割りで対応するなど、協調性に欠けていた。このため近年ではワンヘルスの概念に基づき、地球規模の健康維持増進のため3者が協調して問題解決すべきであると考えられるようになってきた。例えば、抗菌薬耐性菌の問題は、ヒトに対する対策だけでなく、家畜に対する抗菌薬を適正に使用することが非常に重要である。地球上の生態系の保全は、ヒトおよび動物の健康の両者が相まって初めて達成できる。その実現と維持のためには、3者が協調して人と動物の健康維持にむけた取り組みが重要である。(法月正太郎)

用語 下痢症
概要 (英語訳: Diarrhoeal Diseases)

臨床経過から急性下痢症と慢性下痢症に分類される。急性下痢症は急に発症し持続が2週間以内のもので、細菌やウイルスによる感染性下痢症が多く、経口補液療法(ORT)が有効である。慢性下痢症は2週間以上続く下痢で、ORTの効果に乏しく予後不良で、感染性因子以外に宿主免疫能や栄養状態の関与が考えられている。細菌性下痢症の中で赤痢とコレラは、適切な抗菌薬投与により予後や排菌期間の改善が期待できる。赤痢に対してはナリジクス酸やキノロン系が効果的であるが、耐性化がきわめて早い。コレラはテトラサイクリン系が有効であるが、小児にはマクロライド系を用いる。コレラ患者では、激しい下痢や嘔吐により身体から大量の水分と電解質が失われるため、急速に脱水が進行し時には循環虚脱に陥る。だからこそ脱水の治療であるORTが著効を示す疾患でもある。ウイルス性下痢症の原因として、ロタウイルス、ノロウイルス、腸管アデノウイルスなどがある。中でもロタウイルスは頻度が高く、脱水の程度も強い。ロタウイルス感染症には先進国の子どもたちも頻繁に罹患するが、輸液療法など治療法の向上により死亡例は少ない。一方途上国では、多くの子どもたちが本疾患により命を落としている。近年欧米諸国で認可された改良ロタウイルスワクチンの、途上国における有用性を評価することは、国際保健における大切な課題である。(中野貴司)
用語 世界エイズ結核マラリア対策基金
概要

(英語訳 : Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis and Malaria) 

2000年のG8九州沖縄サミットで議長国であった日本政府が感染症対策を主要課題として取り上げ、その解決に向けた国際的なパートナーシップの必要性が確認された。その後の国連エイズ特別総会、G8ジェノバサミットなどを経て、2002年1月に世界エイズ・結核・マラリア対策基金が設立された。事務局はスイスのジュネーブにある。

資金は先進国政府のみならず、途上国政府、国際機関、企業や個人からも募り、受益国ごとに国別調整メカニズム(CCM)(政府、二国間・多国間援助機関、NGO、学界、民間企業の代表、HIV陽性者等により構成)を設置して事業計画およびその提出がなされる。事業実施主体は公的セクター・民間セクターを問わないが、資金は一義的な受領組織(プリンシパル・レシピエント:PR)に供与されたのちに実施機関に配分される。

三大感染症と呼ばれる、エイズ結核マラリアの対策に対する資金援助であるが、HIV対策に資金の約半分が支出されており、特に発展途上国でのART(抗レトロウィルス療法)拡大には大きく貢献しておりエイズによる死亡者数は劇的に減少している。その一方で、資金は永続しないため、受益各国のプログラムの持続可能性(sustainability)についての懸念もあり、受益国が将来この基金から自立したプログラム運営に移行できようにも支援している。(垣本和宏)

用語 世界保健機関
概要

(英語訳:WHO, World Health Organization)

世界保健機関は、人間の健康を基本的人権の一つと捉え、その達成を目的として設立された国際連合の専門機関(国際連合機関)である。1948年、55カ国のメンバーにより、国際連合の専門機関として設立され、本部はスイス・ジュネーヴ。設立日である4月7日は、世界保健デーになっている。当時の課題としては、マラリア、女性と子どもの健康、結核、性病、栄養、環境衛生であったが、現在は緊急公衆衛生危機対応、非感染性疾患、保健システム、気候変動と健康など、非常に広範囲な課題を抱えている。2018年4月現在、194の国と地域が加盟し、年一度、世界保健会議(WHA, World Health Assembly)が開催され、グローバルヘルスの課題および解決策を協議する。ジュネーブに本部を持ち、6つの地域事務局(ヨーロッパ、アフリカ、東地中海、南東アジア、西太平洋、アメリカ)を有し、世界のすべての人々の身体的、精神的及び社会的な健康(WHO憲章前文)を目指している。

具体的な活動としては、保健医療情報の収集および公開や国際基準の設定、多国間協力の推進、災害時緊急対策、感染症対策(緊急公衆衛生危機対応含む)、健康都市問題の取り組み推進があげられる。これまでの活動の一番大きな成果としては、1979年に天然痘を撲滅した事例があげられる。現在は、1)ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)、2)国際保健規則(2015)、3)医薬品へのアクセス向上、健康に関する社会・経済・環境要因への対策、非感染性疾患、4)保健関連ミレニアム開発目標分野への対策の継続、をWHOの重点活動として掲げている。また、西アフリカにおけるエボラ対応への反省から、緊急公衆衛生危機予防・対応を中心としたWHO緊急改革が2015年より行われている。(渡部明人)

用語 世界抗結核薬基金
概要 (英語訳:GDF Global Drug Facility ) 

Global Drug Facility (GDF)は、目下のところ「世界抗結核薬基金」と日本語に訳されているものが多いが、未だ定訳はなく、「国際医薬品購入機関」と訳されているものもある。GDFは、DOTSを推進する上で欠かすことができない良質な抗結核薬へのアクセス改善を目指すイニシアチブとして2001年の世界結核デーに設立された。ジュネーブのWHO本部内に設置され、ストップ結核パートナーシップ事務局のメンバーがその管理・運営にあたっている。

従来型の医薬品調達組織とは異なり、GDFは抗結核薬の需要と供給の把握とそのモニタリング、競争入札による安価で確かな医薬品の買い付け、資金管理、結核対策プロジェクトの運営などを各国で実践し、これらの点に関して技術支援を提供する組織である。(奥村順子)
用語 世界的なアウトブレイクに対する警戒と対応ネットワーク
概要 (英語訳:GOARN, Global Outbreak Alert and Response Network)

世界的なアウトブレイクに対する警戒と対応ネットワークは、国際的に重要となる公衆衛生危機を探知し、評価し、対応するための適切な資源や専門家を確保するため、2000年に、WHO(世界保健機関)とパートナーが設立した国際的なネットワーク。世界中の様々な国立公衆衛生機関、病院、保健省、教育研究機関、研究機関やそのネットワーク、UNICEFUNHCR等の国連機関や国際赤十字・赤新月社連盟等の国際機関、非政府組織(NGO)等、多くののパートナーが加盟している。設立以降、様々な感染症アウトブレイクにおいて、当該国に対する包括的な支援を行っている。GOARNに加盟メンバーは、各々独立した組織・機関であり、GOARNはWHOの下部組織ではないが、WHOにおける感染症危機管理の実務力(Operational arm)として認識されている。2005年に国際保健規則(IHR)が改正され、改正IHRに基づくWHOの国際的な健康危機管理対応において大きな役割を果たしている。(中島一敏)  
用語 世界貿易機関
概要 (英語訳: WTO , World Trade Organization)

1995年に国家間の貿易に関する制度を取り扱うために設置された国際機関。本部はスイスのジュネーブにあり、加盟国は2016年7月現在で164か国。WTO協定(WTO設立協定及びその附属協定)では、物品やサービスの貿易に関する協定のほか、知的財産権(Intellectual Property: IP)の貿易に関する協定(通称TRIPs協定)などの国際的規則が定められている。

保健分野においてはWHO(世界保健機関)との緊密な連携を保っており、例えば医薬品やワクチン、医療機材などに関する特許などの知的財産権、FAO(国連食糧農業機関)も含めたコーデックス規格(Codex)と関連した食品安全措置などでの関係がある。(平岡久和)
用語 世界銀行
概要

(英語訳 :The World Bank)

1944年のブレトンウッズ会議でIMF(国際通貨基金)とともにIBRD(国際復興開発銀行)が創設された。世界銀行は独自の規約を持つ国連の特別機関であり、世界最大の援助機関である。世界銀行は一般にIBRD(国際復興開発銀行)とIDA(国際開発協会)を意味する。これに姉妹機関であるIFC(国際金融公社)、MIGA(多数国間投資保証機関)、ICSID(投資紛争解決国際センター)をあわせて世界銀行グループと呼ぶ。本部はワシントンにある。

IBRD(国際復興開発銀行)の当初の目的は、戦争破壊からの復興と開発途上国における生産設備および生産資源の開発であった。最近は、開発途上国の貧困緩和と持続的成長のための支援を目的としている。

IBRDとIDAは各国のマクロ経済調査などの各種調査を行い、国別支援戦略を決定し、支援の重点分野を決定している。その後、借入国政府や他の援助機関との対話を行いつつ、具体的な支援プログラム・プロジェクトを決定している。案件の実施は借入国自身が行い、IBRDとIDAはこれら事業が円滑に実施されるようモニタリングを行っている。2018年7月現在189カ国が加盟している。

IDAは準商業ベースの条件での借入が困難な貧困途上国に対して、より緩和された条件で融資を行うことを目的としている。IBRDの事業資金は市場からの資金調達により行われており、IDAの融資のための事業資金は、先進国からの出資金、IBRDの純益の移転などにより行われている。世界銀行グループの5つの機関はその管理上、共通の事業所を使用しており、世界銀行の総裁に対して責任を負う。(杉下智彦)

用語 中東呼吸器症候群
概要

(英語訳:MERS, Middle east respiratory syndrome)

MERSコロナウイルスの感染により重篤な呼吸器症状と発熱、咳などを引き起こし、重症化により死亡する感染症で、2012年にサウジアラビアで初めての患者が報告された。予防のためのワクチンや治療薬はない。2012年9月から2017年6月6日までにWHOにはMERSの確定患者が1980例報告されており、そのうち死亡例は少なくとも699例であった。ヒトコブラクダが感染源と言われており、多くのヒトコブラクダからMERSコロナウイルスが検出されている。MERS患者の多くにヒトコブラクダとの接触歴があり、持続的なヒト-ヒト感染は否定的であるが、医療機関においては医療従事者が感染するなどヒト‐ヒト感染も多く報告されている。中東以外の国で報告されている患者のすべては中東からの輸入例で、2015年にはバーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビア、カタールに滞在した一人の患者が韓国で発病し、院内感染等により韓国国内で186人が感染し(うち、1人は中国で発病)、36人が死亡した。

日本では、MERSは2015年1月に感染症法上の二類感染症に分類され、検疫法上の検疫感染症にも指定された。(垣本和宏) 

用語 乳児死亡率
概要

(英語訳 : IMR, Infant Mortality Rate)

乳児死亡率とは、年間の出生1000当たりの生後1年未満の死亡数である。乳児死亡率の中にも細かい分類があり、生後28日未満の死亡数を率で表した値が新生児死亡率、1週間未満の死亡数を率で表した値が早期新生児死亡率と呼ばれている。日本の乳児死亡率は出生1000当たり1.9(2017年)で、新生児死亡率は出生1000当たり0.9(2017年)である。一方、2016年の世界統計では最も乳児死亡率が高い国はソマリアとシエラレオネで83、新生児死亡率が高い国は中央アフリカ共和国で42である。 

2016年のデータで比較してみると、世界平均の5歳未満死亡率は41、乳児死亡率31、新生児死亡19であり、死亡する乳幼児の46%は生後1ヶ月未満と早期に死亡する傾向がある。乳児死亡率・新生児死亡率がなかなか低下しない国があることは重要な課題とされている。

新たな「持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)」では2030年までにすべての国が新生児死亡率を少なくとも出生1000件中12件以下まで減らし、予防可能な死亡を低減させることを目標としている。(伊藤智朗)  

用語 京都議定書
概要

(英語訳 : Kyoto Protocol)

1997年に京都市で開かれた第3回気候変動枠組条約締約国会議(地球温暖化防止京都会議、The 3rd Session of the Conference of the Parties to the United Nations Framework Convention on Climate Change: COP3)で採択された気候変動枠組条約に関する議定書「気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書」のこと。

温室効果ガスである、二酸化炭素 (CO2)、メタン (CH4)、亜酸化窒素 (N2O)、ハイドロフルオロカーボン類 (HFCs)、パーフルオロカーボン類 (PFCs)、六フッ化硫黄 (SF6) について、先進国における削減率を1990年を基準として各国別に定め、達成することが定められた。また、京都メカニズム(クリーン開発メカニズム. Clean Development Mechanism ,CDM)、排出権取引Carbon emission trading, ET)、共同実施(:Joint Implementation, JI))や、植林や植生回復による二酸化炭素吸収源活動(carbon dioxide sink)など多くの方策が盛り込まれた。2001年に開かれた第7回気候変動枠組条約締約国会議(COP7、マラケシュ会議)において運用細目が定められた。それまでスローガンに過ぎなかった努力目標を法的拘束力や罰則がある国際約束に変えたことが京都議定書の意義である。それ以降、COP会議が続き、2015年にはフランス・パリでCOP21が開催され、パリ協定が採択された。(門司和彦)

用語 人口ボーナス
概要 (英語訳 : Demographic dividend)

人口と経済成長の関係については古くから、?人口増加が経済成長をもたらす(アダム・スミスの国富論)、?人口増加は経済成長の足かせになる(マルサスの人口論)、?人口増減と経済は関連がない、といった論があるが、これらは人口総数の増減に注目したもので、1990年代終わり頃から、人口年齢構造の変化に注目し、従属人口に比べて生産年齢人口が相対的に増加することが経済を押し上げる、という人口ボーナス論が登場した。日本の1960年代から1980年代、韓国・台湾・香港・シンガポールといったアジア新興国の1990年代以降の著しい経済発展は、この人口ボーナスの効果を最大限に生かしたことによるものとされ、今後は南アジア、さらにアフリカにおいて人口ボーナスを如何に活用できるかが議論されている。また生産年齢人口の割合が上がる「第一の人口ボーナス」に続いて、高い貯蓄性向がある高齢人口が増え始めることにより「第二の人口ボーナス」が生じるとも言われている。人口ボーナスの計測のために、年齢別の所得、消費、資産や世代間移転のデータが国民移転勘定(National Transfer Accounts :NTA)として国際プロジェクトにより整備されている。(林玲子)
用語 人口保健調査
概要

(英語訳:DHS, Demographic Health Survey) 

USAID(米国国際開発庁)をはじめ、UNICEF(国連児童基金)、UNFPA(国連人口基金)、WHO(世界保健機関)などの国連機関の支援のもと、ICF(Inner City Fund、旧Marco International)というコンサルタント会社が実施するThe DHS programと呼ばれるプロジェクト1984年の開始以来、多くの発展途上国を対象に実施されている調査で、対象国の人口保健状況を代表する貴重なデータとなっている。これまで、90か国以上を対象に300以上の調査が実施されており、国レベルの各種保健指標としても用いられている。その内容は主に、リプロダクティブヘルス家族計画、母子保健、ジェンダー、HIV/AIDSマラリア、栄養について、単に出生率や死亡率のような人口統計だけでなく、知識や行動についても集計されている。データの収集は統計学的にその国や国内の各地域を代表できるように調査対象者を抽出しているため、国と国の比較だけでなく、対象国の地域差も詳細に知ることができる。 

調査結果は冊子として販売されているが、The DHS programのウェブサイトから無料でpdfファイルとしてダウンロードすることが可能で、使用した質問票も入手できる。さらに、登録すれば個人情報を取り除いた個々の対象者の全集計データを入手することが可能であり、統計ソフト等を用いて自分で様々な分析することも可能である。(垣本和宏)

用語 人口転換、疫学転換、健康転換
概要 (英語訳 : Demographic Transition、Epidemiological Transition、Health Transition) 

人口転換(Demographic Transition)とは、経済・社会の持続的な発展にともなって、人口が多産多死から多産少死を経て、やがて少産少死にいたる過程を意味する。現在の先進諸国はこの人口転換によって、人口はほぼ一定かやや減少にて転じ、老年人口の割合が高くなってきている。また、発展途上地域では、多産少死の状態がいわゆる人口爆発の原因となっている。

同様に、疾病構造は、周産期疾患や結核など感染症が主体の段階から、肥満、高血圧、糖尿病、がんなど非感染症が主要な段階へと転換する。このような疾病構造の変化を人口転換にならって疫学転換(epidemiologic transition)と呼ぶ。しかし多くの発展途上地域では、この転換がモザイク状で、感染症と非感染症両方からの負担に対応する必要に迫られている。

健康転換とは、この人口構造の転換を基にして、時代とともに人口・疾病構造の変化、保健医療制度の変化、社会経済構造の変化が相互に影響しあいながらある国の健康問題が段階的、構造的に転換することを示すシステム概念である。(兵井伸行)
用語 人獣共通感染症
概要

(英語訳:Zoonosis, Zoonotic disease)

人獣共通感染症は、微生物(細菌、ウイルス、真菌、寄生虫)が種の壁を超えて、動物と人の両方に感染する感染症である。動物には、野生動物、家畜、ペットが含まれ、ヒトには病気を引き起こすものの、動物は無症状である微生物も含まれている。人獣共通感染症には、野生動物との接触でエボラウイルスに感染するエボラウイルス感染症、イヌなどの哺乳類に噛まれて狂犬病ウイルスに感染する狂犬病、蚊に刺されてデングウイルスに感染するデング熱、鶏を生で喫食することでカンピロバクター菌に感染するカンピロバクター腸炎などがある。このようにヒトの感染症の60%は人獣共通感染症であり、新興・再興感染症の殆ど全てが人獣共通感染症である。急速な経済発展と人口増加により森林が伐採され、ヒトと動物の接触機会が増え、ヒトが国境を超えた移動をすることで、短時間で世界的に広がる人獣共通感染症が増えている。多くのヒトに免疫がないため、大規模なアウトブレイクや重症化につながり、国際的な脅威となっている。このため、Global Health Security Agendaの中にも人獣共通感染症がアクションパッケージの中に明記された。世界が協調し、One Healthのアプローチで人獣共通感染症に立ち向かうことが必要である。(法月正太郎)

用語 人間の安全保障
概要 (英語訳 : Human Development Index) 

経済開発中心の開発論が反省され、社会開発・人間開発へとパラダイムシフトしてきたのに合わせ、国家の発展をGNP(国民総生産)だけを基準として測るのではなく、より包括的な社会経済指標を用いて測る方法として、1990年UNDP(国連開発計画)による「人間開発報告書」初版で発表された。より多くの国から入手できるデータとして、寿命、知識、生活水準の3つを基本的な要素として総合して算出している。

寿命には出生時平均余命を、知識には成人識字率(3分の2の比重)と平均就学年数(3分の1の比重)、生活水準としては1人当たり実質GDPに基づく購買力(購買力平価またはPPP)が用いられる。

2001年のHDI順位(UNDP2003)は1位がノルウエーで0.944、日本は9位である。1人当たりGDP順位からHDI順位をひいたものがマイナスであると、経済開発されている割に人間開発が遅れていることを示すが米国は-5である(HDIは7位)。
社会格差を拡大せず縮小していく開発という意味からこのHDIだけでは、不十分であるとして用いられているのがGDI(Gender Development Index)でHDI の各指標にジェンダー格差の有無を考慮して算定しなおしたものである。 
用語 人間貧困指数
概要

(英語訳: HPI, Human Poverty Index)

人間開発指数(HDI Human Development Index)が人間開発の達成度を示すのに対し、人間貧困指数(HPI Human Poverty Index)は基本的な人間開発の剥奪(Deprivation)の程度、つまり、短命、初等教育の欠如、低い生活水準、社会的排除について測定した指数である。開発途上国を対象としたHPI-1と、経済協力開発機構の国々を対象としたHPI-2の二つがある。具体的には、40歳(HPI-1の場合)または60歳(HPI-2の場合)未満で死亡する確率、成人の非識字率、安全な水資源を利用できない人口の割合と5歳未満の低体重児の割合との平均(HPI-1の場合)、貧困所得ライン以下で生活する人々の割合(HPI-2の場合)、長期失業者の割合(HPI-2のみ)の変数をもとに計算される。

貧困を測定する上で、所得だけに着目した場合に忘れがちな側面を組み合わせ一つの貧困指数にまとめたことが画期的であった。人間開発報告1997に採用されて以降毎年公表されてきたが、人間開発報告書2010からは多元的貧困指数(Multidimensional Poverty Index, MPI)が採用されている。(白山芳久)

用語 人間開発指数
概要

(英語訳:HDI, Human Development Index)

国連開発計画(UNDP)の総裁特別顧問であったマブーブル・ハックは1990年、社会の豊かさや進歩を、経済指標にのみ注目して見るそれまでの経済中心の開発に対し、「人間が自らの意思に基づいて自分の選択と機会の幅を拡大させる」ことを目的とする「人間開発」という新しい開発概念を提唱した。その度合いを測るために設定されたのが人間開発指数であり、「健康で長生きすること」「教育を得る機会」「一定水準の生活に必要な経済手段が確保できること」の側面を指数化することによって、時間の経過による改善や後退、またその達成度の国際比較ができるようにしている。そのために各国の出生時平均余命、成人識字率と総就学率、一人当たりGDP(PPP US$、米ドル建て購買力平価)が指標として用いられ、0から1の間の指数が算出されて、毎年出版されるUNDPによる「人間開発報告書」の中で公表されている。

2018年人間開発報告では日本の2017年HDI値は0.909で、順位は188の国と地域のうち19位となっている(白山芳久) 

用語 伝統医療
概要 (英語訳 : Traditional medicine or Indigenous medicine or Folk medicine) 

伝統医療とは、近代的医学が発達する遥か以前から世界各地に存在する、健康に関する実践、方法、知識、信条などの総称であり、植物・動物・鉱物などを素材とする薬や霊的療法、各種用手治療・運動などを単独あるいは組み合わせて治療・診断・予防あるいは健康維持に用いる体系全般のことである。

アフリカ、アジア、ラテン・アメリカなどの国々では、伝統医療は今でも人々のプライマリーヘルスケアへのニーズに応えるために活用されている。特にサブサハラの多くの国では人々の大半が初期治療に伝統医療を利用している。先進国でも、伝統医療は“補完”ないし“代替”医療として受容されており、各地の伝統医療が様々な形で取り入れられている。また、中国、韓国、べトナムなどでは、国策として、伝統医療を公的医療システムに組み入れている。

WHOは安全で効果的かつ廉価な伝統医療の利用を推進しており、鍼治療や幾つかの薬草・用手治療の効能を認めているが、一方で、「伝統医療の不適切な適用は有害な事もあり、伝統医療の実践や薬用植物などに関し、その効果と安全性に関する更なる研究が必要である」としている。そして、アフリカ、アジアの幾つかの国々に協力して、伝統医療の開発・研究やワークショップ開催などを行っている。(清水利恭)
用語 伝統的出産介助者
概要

(英語訳:TBA, Traditional Birth Attendant)

独自に資格はないがあるいは経験を積んで出産介助技術を身につけた人のこと。保健医療専門職として正規の教育を修了した医師や助産師等とは異なり特に資格はない。WHO(世界保健機関)は1992年に「自分の出産経験や他の伝統的出産介助者(TBA)への弟子入り等によって出産介助技術を身につけて、出産中の女性を介助する人」としている。

通常、TBAは、コミュニティからの信頼が厚く、出産介助だけでなく、コミュニティにおける妊娠期から産褥期の主たるケア提供者である場合が多いが、その状況は国や地域によって様々である。法律でTBAの出産介助を禁止している国もあるが、短期間の訓練を受けて正式な保健医療システムの中において活用している国もある。

TBA対象の訓練は、1970年~1980年代に、開発途上国での妊産婦や新生児の死亡率低下やリプロダクティブヘルス向上のために、政府や国際機関、NGOなどにより世界的に積極的に実施された。しかしながら、妊産婦死亡率等の改善が確認できず、1997年の「安全な母性イニシアティブ(Safe Motherhood Initiative)」レビュー会議にて、非識字者も多いTBAは出産介助者に必要な技術(産科合併症の搬送)の習得は難しいとされ、TBAを対象とした出産介助者としての訓練は主流から外れた。その一方、2012年においても開発途上国の出産の約4分の1は、出産時に介助なしかTBAによる介助との報告もあり、出産の医療的側面以外も含めてTBAの役割の再考や登録と定期的訓練の必要性も引き続き議論されている。(橋本麻由美)
 

用語 低栄養/栄養不良
概要

(英語訳:Undernutrition)

栄養不良は質量ともに不十分な食事摂取,あるいは消化吸収機能の低下によって生じる。栄養必要量を満たすのに十分な量の食物を摂取できない低栄養の状態が続くと、タンパク質・エネルギー欠乏症(protein energy malnutrition: PEM)および鉄、ビタミンA、ヨード、亜鉛等の微量栄養素欠乏症等の栄養不良に陥る。最近では、大規模な自然災害(例:干ばつ、地震、洪水)を除くと、重度のPEMは減少してきているが、表面的に観察しただけでは判定が難しい、中等度・軽度の栄養不良の蔓延が開発途上国において大きな問題となっている。これら中等度・軽度の栄養不良の判定には、身長と体重を測定し、統計ソフトウェアWHO Anthroを用いて健康な小児の基準集団の標準値と比較する形で、身長別体重 weight-for-height、(更に年齢データを用いて)年齢別身長 height-for-age、年齢別体重 weight-for-ageを算出する方法が用いられている。その結果、各指標のZ-scoreが-2未満の小児をそれぞれ、急性栄養不良(Wasting)、慢性栄養不良(Stunting)、低体重(underweight)と判定している。

開発途上国では,5歳未満児の死因のうち半数以上が直接的および間接的に栄養不良に起因していると報告されており、母乳栄養や離乳食に関する親の知識不足が乳幼児の栄養不良の最も大きな要因の一つとなっている。また,下痢症や腸管寄生虫などの感染症は栄養状態を悪化させ,栄養不良に陥ることにより更に感染症に罹患するリスクを高めるという悪循環が生じることが多い。このように,食料不足(Food insecurity)だけではなく、経済的貧困、水と衛生の不備による劣悪な衛生環境,教育・保健サービスの不備、など栄養不良の背景には様々な要因がある。(三好美紀、石川みどり)

用語 住民参加
概要 (英語訳:Community Participation)

ある地域で実施されるプロジェクト/事業に、その地域住民自身が参加することである。住民参加の概念は幅広く、誰が参加するのか、何に参加するのか、どのような形で参加するのかなどによって実相は異なってくる。Arnstein(1969)は、住民参加のレベルを8段階に分類した。世論操作(manipulation)および治療(therapy)の段階では、住民のエンパワメントは目的ではなく、行政など事業の実施主体が住民を教育したり間違った行動を治そうとしたりする。この2つは無参加(nonparticipation)レベルである。次が情報提供(informing)、意見聴取・相談(consultation)、懐柔(placation)の段階で、住民は事業実施主体から説明を受け、意見を述べる機会を与えられ、譲歩もしてもらえるが、意思決定には十分参画できず、形式的参加(tokenism)のレベルである。より進んだ住民参加の段階は、協力(partnership)、権限移譲(delegated power)、住民主導(citizen control)であり、意思決定に参加し、住民自身が計画を策定したり遂行したりする。住民参加によって人々は協働して問題を解決する能力を向上させ、コミュニティの一員である自覚と互助の意識を高め、最終的には共同体としての一体感を向上させて、他の課題も自分たちで解決しようという意欲が現れる。このように住民参加は、コミュニティ・エンパワメントのプロセスを促進する。 (柳澤理子)
用語 保健のための公共と民間のパートナーシップ
概要

(英語訳: PPP, Public Private Partnership for Health)

保健分野の公共と民間のパートナーシップは、一般的には、「NGOを含む民間セクターの参加を伴う公共保健サービスプログラム」であると定義されることが多い。この範疇に含まれる大規模なものには、GAVI(the Global Alliance for Vaccines and Immunization)Roll Back MalariaStop TB partnershipなどがあり、地域レベルでは、NGOなどが政府との協調のもと実施している基礎保健サービス事業などがある。したがっていわゆる“公共サービスの民営化”とは区別して考えるべきである。民間とのパートナーシップが特に注目されるのは、公共セクターとは違った技術や知識、また斬新的なアプローチで、公共セクターが容易にサービスを提供できない地域・住民・貧困層にアクセスできる点にある。また、公共セクターが基本的に知識や経験を有していない分野、例えば医薬品開発やそのマーケティング・流通などに大きな強みがあり、民間セクターとパートナーシップを築くことは、公共保健セクターにとって大きなメリットがある。しかしながら、民間セクターとの協力をより効果的・公正に実施するためには、利害関係に常に注意するとともに、民間セクターが興味を示しにくい国々(紛争国や不安定国、貧困層が人口の多く占め、利潤が期待できない国など)へのアプローチの開発、いまだに多い現物・製品の支給によるパートナーシップ形態(輸送・配布・モニタリング・報告に多額の資金と時間が費やされる)の問題など、改善すべき課題は多い。(平林国彦)

用語 保健システム強化
概要

(英語訳:Health system strengthening)

保健システムは、健康に寄与する要因を改善して健康を増進・維持し、必要な人々に適切な疾病治療を行い、保健医療サービスを必要とする人々すべてに適切に提供するために必要な組織とその活動である。保健システムの目的は人々の健康が向上し健康格差が改善し、同時に住民が財政面で巨額な医療支出から守られることであり、そのために行政・財政や人材、医薬品、資機材、施設などを整備・拡充する取り組みが保健システム強化である。

疾病対策などの各プログラムが各々別々に取り組むことによる重複したシステム構築や、部分的な最適化では全体を最適化できないという教訓から、全体的な最適化の重要性に基づいて、保健システム強化の重要性が提唱された。

保健システムとその強化に関する共通理解を促進し優先課題を整理する目的で、WHO(世界保健機関)は2007年に保健システム強化戦略のための統一枠組み(6つのビルディング・ブロック)(→参照:冒頭の図をクリックすると拡大)を提唱し、この枠組みに照らして課題に対処し保健システムを強化して持続性のある成果の達成を目指した。保健システムは、適切な予算とエビデンスに基づいた保健政策と計画に裏打ちされ、質の良い教育を受け動機づけられた保健人材が適切に配置されていることや維持管理された施設・設備、質が担保された医薬品・資器材と技術が調和することで人々の保健サービスへのアクセスが改善されカバレージが広がるとともに、サービスの質と安全性が担保される。

同時に、感染症の流行や緊急事態などのグローバルな保健脅威に対応できる弾力性のあるシステムであることも重要である。(江上由里子)

用語 保健医療情報システム
概要

(英語訳:Health Information Systems, HIS)

保健医療情報システムは、保健人材開発、サービス提供、保健財政を含めさまざまな保健医療政策を策定し実施していく上で欠かせないものであり、保健システムの中で重要な構成要素の一つである。

保健および関連セクターからデータを収集し、データの質を確認し、収集したデータを分析し、保健関連の意思決定の土台となるような情報に変換する、この一連の流れが保健情報システムである。

保健マネジメント情報システム(Health management information system, HMIS)は、感染症情報や疾病統計などの保健統計に加え、人的資源に関する情報、医薬品の在庫や供給情報、財務指標などの情報も収集し、保健医療サービスを運営するために使用される。また、人口・健康および栄養の分野における幅広いモニタリングおよびインパクト評価指標のデータを提供する全国規模の世帯調査として、人口保健調査(Demographic Health Survey, DHS)がある。さらに、出生登録や死因の記載を含む出生・死亡登録と動態統計(Civil registration and vital statistics, CRVS)の有用性が認識されているが、導入され機能している国はまだ少ない。

健康の決定要因や保健システムへの投入、保健システムから得られた成果などが健康に及ぼす影響を分析するなど多様な目的のために、個人レベル、保健医療施設レベル、人口レベルのデータや公衆衛生サーベイランスのデータなどが多角的に活用される。信頼性の高い保健情報システムが重要であり、そのデータを得るための情報収集・分析方法がさらに開発されている。(江上由里子)

用語 健康都市
概要 (英語訳 : Healthy City) 

都市化は人口の増加、大気汚染、水質低下、住宅の密集、交通渋滞、廃棄物管理などにより住民の生活習慣や生活環境を大きく変化させた。このような社会的背景のもとで、都市化は家族や労働環境にも変化をもたらした。健康都市(healthy city)とは、健康を支える物的および社会的環境を創り、向上させ、そこに住む人々が相互に支えあいながら生活する機能を最大限活かすことのできるように、地域の資源をつねに発達させる都市であると定義できる。また、WHOは健康都市の基準として、「都市の役人や指導者が優先順位決定や参加型アプローチに積極的に関与する」こと、「多くの場合、市の発展計画や未来像の要素ともいえる市あるいは町村の健康計画を策定する」ことの2つをあげている。

このように、WHO健康都市プロジェクトの取り組みは、都市に生活する住民の身体的、精神的、社会的健康水準を高めるためには、健康を支える都市の諸条件を整える必要があるという考えに基づき、さまざまな領域の人々にも健康の問題に深く関わってもらい、都市住民の健康を確保するためのしくみを築き新し公衆衛生政策を発展させるというというものである。プライマリ・ヘルス・ケアの目指した「すべての人々に健康を」とオタワ憲章の健康増進を具現化するために1986年に11の都市始まり、現在では世界の1,000以上の都市で展開されている。ここでは、公衆衛生政策と、経済の促進、コミュニティの発展といった都市の政策を関連づけるよう強調されている。また、同じような考え方は、健康な職場(health workplace)、健康な学校(healthy school)などの形をとり広がりを見せている。(兵井伸行)
用語 再興感染症
概要 (英語訳 : re-emerging infectious diseases) 

「公衆衛生上ほとんど問題とならない程度まで患者が減少した後、ふたたび流行し患者数が増加した、または将来的に再び問題となる可能性がある感染症」と定義されている。これまで知られていなかった新しい感染症(新興感染症; emerging infectious disease)と対比して使われることが多い。

感染症が再興する原因は様々であるが、個々の例において原因を特定することは難しい。渡り鳥によるウイルス運搬(ウエストナイル脳炎)、保菌者の高齢化(結核)、抗微生物薬の不適切な使用(多剤耐性菌)などは特異的な原因といえるが、交通網の発達、都市化に伴う人口密度の上昇、気候変動など非特異的な環境要因も再興感染症の登場に寄与しているといわれている。

近年の日本では、デング熱(2014年、ヒトスジシマカが東京の代々木公園を中心に媒介)、麻疹(2016年、関西空港におけるウイルスの拡散)、風疹(2012~2013年に流行し45例の先天性風疹症候群、2018年9月現在患者数が急増中)、結核、梅毒などがあり、世界的にはマラリアが大きな問題となっている。国際化が進む現代において病原微生物は日々国境を越え、再興感染症はどの国においても現実的なリスクになっている。再興感染症の把握、予防、制圧には、国際保健規則などによる緊密な国際協力が必要である。(蜂矢正彦)
用語 包括的PHCと選択的PHC
概要 (英語訳 : Comprehensive PHC and Selective PHC) 

アルマ・アタ宣言(HFA)(1978年)で打ち出されたプライマリ・ヘルス・ケア(PHC)を「包括的PHC」と呼んでいる。「すべての人に健康を!」という目標のもとで、人々がエンパワーすることを重視し、より公正な社会づくりを視野にいれていた。一方の「選択的PHC」は、目標を「子どもたちの生存を!」に変え、限られたコストですぐに目にみえる効果が得られるいくつかの保健プログラムを選んで、それを組み合わせた保健プログラムのことをいう。「子どもの生存革命」などは、「選択的PHC」の典型的なものである。   
用語 医療人類学
概要 (英語訳:Medical Anthropology)
 
医療人類学は「病気とは何か、それはどのような状態を指し、また何が原因で病気になったのかについて人々の疾病観念、病気になったと人々が考えた時病人や周囲の人々がとる対処方法、およびその知識、特定の治療行為をすることを認めたり新たな治療者を養成する制度、またはその治療法を社会が承認したり伝承したりする制度、疾病観念や治療方法と直接結びつく身体観念など広範なものを対象とし、その研究や分析の方法論には文化人類学的方法論を用いる学問」と定義することができる(波平、1994)。医療人類学の発達は様々な学問的、実践的領域の理論や方法論の影響を受けており上記の定義を中核としながらも、その理論、方法論は多様である。国際保健分野においては、医療人類学は地域住民の内なる視点を理解し、健康を促進する諸活動へ結びつける狭義の「応用」的側面が強調されがちである。しかし、文化の相対化という観点から、近代(西洋医学)医療、伝統医療、民間医療などの複数の医療体系が社会の中で共存している「多元的医療体系」の存在の指摘や、健康、病気、生、死、などは単に生物医学的現象ではなく、社会文化的に構築された概念であることなど、近代医療を相対化する現状への「批判」的側面も医療人類学の特徴である。医療人類学には、生態人類学、民族誌的医療研究、批判的医療人類学を含む多岐にわたる専門(下位)領域がある。(松山章子)
用語 医療経済学
概要 (英語訳 : Health Economics) 

医療経済学は1960年代以降、欧米の研究者を中心に発展した新しい学問領域であるが、最近では日本を含むアジア諸国でも急速に研究者層が拡大している。

患者(需要)側の行動、診療(供給)側の行動、保健医療分野のファイナンシング、医療経済評価、医療機関の経営、医療関連産業の分析など、理論的な分野から実学的領域まで様々な研究テーマが扱われている。

医療経済学の基本的前提として、医療サービスの経済学的特殊性(Arrow KJ, 1963)がきわめて重要である。これらは、(1)患者・医療従事者間における情報の非対称性の存在、(2)傷病の発生と経過に関する不確実性の存在、(3)外部性と福祉的役割の存在に整理される。(1)は、患者と医師との間では、医学知識や疾病治療の経験において大きな格差があり、通常の「取引」が成立しにくく、市場を介した取引では患者側の権利が阻害される可能性のあることを示唆している。(2)は、傷病はいつ発生するか予測が困難であり、治療経過にも不確実性が伴うことを意味している。そのため、多くの国で医療保険制度や公営医療制度が発達した。(3)の外部性の存在は、保健医療サービスによって当事者以外にも利益がもたらされることを意味する。具体的には感染症の予防や治療によって、周囲の人々の感染リスクが低下することなどである。

さらに福祉的役割については、病気で苦しんでいる人が経済的理由で治療を受けられないことは望ましい状態ではないと多くの人が考えるであろうことを意味しており、慈善や愛他主義につながるものである。これらの前提のもとで、多くの医療経済学の研究テーマが発展してきた。
用語 医薬品回転資金
概要 (英語訳 : RDF/DRF Revolving Drug FundまたはDrug Revolving Fund) 

1987年マリ共和国の首都バマコで開催されたアフリカ諸国の保健大臣会議で、プライマリ・ヘルスケア(PHC)や母子保健サービスなどの費用を受益者負担とし、そこで回収された資金を地域で管理(コミュニティー・ファイナンシング)し、PHCをエントリーポイントとして保健医療サービスへのアクセスを向上・維持させようとする構想がバマコ・イニシアティブとして採択された。医薬品が必要経費の大部分を占め、公的部門の一次保健医療施設における医薬品不足が住民による同施設の利用率低下の原因となることから、円滑な医薬品供給をめざす医薬品回転資金(RDF)システムがコミュニティー・ファイナンシングの代表的手法として注目された。

RDFによるコミュニティー・ファイナンシングの実施にあたっては、現金もしくは医薬品などの初期投資が必要となる。通常はその国の必須医薬品リストから、一次保健医療施設で必要なものが選定され、初期の医薬品在庫 (Seed stock) が確保される(選定にあたっては、その地域の疾病構造、診療所の規模、医療スタッフの資格、二次保健医療施設までの距離などが考慮される)。患者は処方された薬剤を購入し、その売り上げが次の医薬品購入費用にまわされる。こうして回転資金が形成されることになるが、医薬品の販売価格の設定、貧困層の受益者負担の免除、集まった資金管理の透明性などの検討と対応が成功の鍵となる。

また、医薬品在庫量が増え、かつ資金回収が可能な状況で、不必要に医薬品が処方され適正使用の観点からは問題があるとの報告もあり、医薬品使用に関する医療従事者および住民を対象とした啓発活動なども必要である。(奥村順子)
用語 危険な妊娠中絶
概要

(英語訳:Unsafe abortion)

危険な人工妊娠中絶とは、「予期しない妊娠を中断するために行われる処置のうち、必要な技術を持たない者により行われるもの、あるいは必要最低限の医療・衛生水準を満たさない環境で行われるもの、またはその両方」とWHOは定義している。

正確な人工妊娠中絶の数を知ることは、統計の不備に加えて、隠れた中絶が多く実施されているため大変に困難である。やや古い推計値ではあるが、2008年時点の全世界における1年間の人口妊娠中絶数は4380万件、そのうち危険な中絶は2160万件 (49%)である。そのうち地域別の全中絶に占める危険な中絶の割合は、アフリカ(640万件中97%)、ラテンアメリカ(440万件中95%)、アジア(2730万件中40%)、ヨーロッパでは(420万件中9%)と大きな差がある。

危険な中絶の方法として、漂白剤や煎じ薬などを腟または子宮内に注入する、異物を子宮に挿入する、不潔または粗暴な方法で子宮内容除去を行う、下腹部を強打する、misoprostol またはmifepristoneの自己服薬などがある。その結果、年間850万人が合併症の治療を要し、さらに8万7千人が死亡に至っていると推計されている。
危険な中絶は、単に医療施設と資源が乏しい、または医療従事者が少ないことのみに起因するのではない。仮に安全な中絶サービスが提供されていたとしても、情報が女性に行き渡らない、中絶する女性に対する偏見、手続きに時間と費用を要するなど、複数の障壁が存在する。人工妊娠中絶が法的に認められていない場合、望まない妊娠を中断するために危険な方法を利用する以外の手段がない。

どのような中絶であっても、それを必要とする女性にはなんらかの理由があり、また中絶処置によって身体的・精神的苦痛を被る。望まない妊娠そのものを減らす努力とともに、一定条件の下で中絶を認める法整備を行うこと、また適切なサービスを提供できるシステムを整備することを通じて、妊娠した女性を守ることが重要である。(松井三明)

用語 参与観察
概要 (英語訳:Participant Observation)

フィールド調査を行う際に、調査地での生活や活動に加わることを通じてその社会の文化の有り様を直接に学びながら情報を得て、共有されている視点や意味の構造を内在的に明らかにしようとする調査手法。調べようとする対象である社会や集団に入り込み、出来事が起きるまさにその現場に身を置き、自分の目で見、耳で聞き、手で触れ、肌で感じ、舌で味わった生の体験を基に報告することがそのエッセンスといえる。そのため、参与観察時にはフォーマルなインタビューを記録するだけではなく、フィールドで自分が見聞したことのメモや記録をするフィールド・ノーツの存在が重要となる。マッコールとシモンズによると、参与観察には少なくとも、?社会生活への参加、?対象地域の生活の直接観察、?社会生活に関する聞き取り、?文書資料や文物の収集と分析、?出来事や物事に関する感想や意味付けについてのインタビュー、の5つが調査技法が含まれる。つまり、参与観察を行うフィールドワーカーは、調査地において現地の社会生活に参加しながら、メンバーと同じような立場で出来事をまさにそれが起こるその現場で観察し、また自分が直接観察できないような(たとえば過去に起こった)事の事実関係に関しては、関係した他のメンバーから聞き取りをすることによって情報収集する。(松山章子)
用語 参加型アクションリサーチ
概要 (英語訳 : PAR Participatory Action Research)

住民を中心とした関係者が参加(Paricipatory)して試行を重ねながら行う調査(Research)で、状況の改善や新しいシステムを作るために行う。研究者だけで行った、しかも一度切りの調査は調査が改善やシステム作りに結びつかなかった教訓を生かし、住民自身(およびその人々のことを真剣に考えている関係者)が主体となって、主体者の問題意識や切実なニーズに基づき、「これが良いのではないか」と考えたことを小規模で実際に行ってみて(アクションAcitonをとり)その結果を自らしっかり評価して、改善やシステムの方向性が適切かどうかを吟味する。その評価の結果を基に、次の試行を行う。大きな改善を一度に行うと、その内容が(理論的には良さそうに見えても)うまく行かなくなった時にその負の影響は住民自身にかかってくる。それに対して小さな試行をその改善や新しいシステムの影響を一番受けやすい人々が中心になって何度も試行を重ねながら一番良い方法を見出すことが特徴である。

この試行を重ねるプロセスの中で、人々が多くを学ぶことができ、環境が変わっても、それに対応した柔軟な対応する能力を得ることができる。PARに関わった人々の行動変容が起こることも狙っている。住民がPARに参加することによって学び、次のアクションも起こすというPLA(Participatory Learning and Action)であると言える。PHCを推進する上での中心課題である「住民参加」によって健康自律Health Autonomyを目指す活動の一つでもある。(平山恵)
用語 参加型農村調査
概要 (英語訳:PRA, Participatory Rural Appraisal)

近年、プロジェクトの立案や評価に住民の参加の必要性が認識されるようになり、チェンバースらが提唱した参加型調査手法の一つ。他にも、RRA(Rural Rapid Appraisal:迅速農村調査)、PLA(Participatory Learning and Action:参加による学習と行動)などの参加型調査手法がある。開発援助プロジェクトの多くが専門家の主導により実施されてきたことに対する批判から生まれ、住民がプロジェクトの企画立案、実施、評価にいたるすべての過程において、主体的に参加するべきであるという参加型開発(Participatory Development)の理念に基づいている。これらの参加型調査手法においては、外部者の役割は、地域住民の学びのプロセスを手助け(ファシリテート)することにある。

近年は、国際機関、ドナー機関、NGOなどが参加型手法を用いてプロジェクトの立案や評価を行うことが多くなった。しかし、どのように「参加型」を謳ってみても、一定の資金と期間を限定したプロジェクトを実施するという外部機関の意志と、伝統と文化の中で生きてきた地域住民の行動様式や時間軸の間には大きなギャップが存在する。参加型手法の限界性を認識した上で、使用すべき調査法であると思われる。(中村安秀)
用語 口腔清掃状態
概要 (英語訳:oral hygiene status)

う蝕や歯周病に代表される歯科疾患は、いずれも口腔細菌叢のなかのある種の細菌が異常に増殖することによって歯の周囲に歯垢(デンタル・プラーク)が形成され、これが原因となって発生する。この歯垢の形成能の最も高い基質は、砂糖(ショ糖)であり、食べている限り、生涯、歯科疾患発病のリスクは伴い、特に唾液分泌量の低下や口腔清掃状態の悪化はそのリスクをさらに増大する。この歯科疾患の予防は、歯の喪失の防止に直結する。そして口腔清掃状態の改善は、歯科疾患の予防だけでなく、要介護者に対する誤嚥性肺炎を予防することが明らかなっている(Yoneyama T et al.,1999)。

口腔清掃状態の評価法には、質問紙法あるいはインタビューによって、口腔清掃行動を評価する方法と口腔内を診査するものがある。後者の代表的な指数にOHI(Oral Hygiene Index, Greene JC and Vermillion JR, 1960)およびこれを簡便化したOHI-S(Simplified Oral Hygiene Index, Greene JC and Vermillion JR, 1964)がある。これらは、Debris index(歯垢)とCalculus index(歯石)の合計点で表される。口腔を上下顎、前歯部左右臼歯部で6区分し、DI,CIいずれも0~3点で評価する。OHIは、各区分の唇頬側および舌側の最高値の合計点の総和を検査した区分数で除した数値であり、最低0点から最高値12点である。OHI-Sは、上顎右側中切歯、左右第一大臼歯、下顎左側中切歯の唇面および下顎左右第一大臼歯舌面の6歯面を診査する。OHI-SのScoreは、0~6点である。(深井穫博)
用語 合計特殊出生率
概要

(英語訳 :TFR, Total Fertility Rate)

合計特殊出生率とは、一人の女性が一生に産む子供の平均数を示す。この指標によって、異なる時代、異なる集団間の出生による人口の自然増減を比較・評価する。2種類の算出方法がある。「期間」合計特殊出生率は、ある期間(1年間)の出生状況に着目したもので、その年における各年齢(15~49歳)の女性の出生率を合計したもの。女性人口の年齢構成の違いを除いた「その年の出生率」であり、年次比較、国際比較、地域比較に用いられている。

合計特殊出生率がおおよそ2.08のときには人口は増加も減少もしないとされる。

戦後日本の合計特殊出生率は1947年の4.54をピークに2016年現在は1.44となっている。世界保健統計2015によると、合計特殊出生率が最も高い国はニジェールで、女性1人当たり7.6となっている。概して先進国においては合計特殊出生率が低い傾向にあり、開発途上国は高い水準であるといえるが、近年経済発展した中進国においては低下傾向がみられる国が多く、これは平均寿命の延長など他の要因と関連し社会の高齢化の要因としても国際的な問題として注目されている。(伊藤智朗)   

用語 咀嚼
概要 (英語訳:Mastication)

食物を口に入れ、粉砕し唾液と混和し嚥下できるような食塊(bolus)を作る過程を咀嚼と言う。

咀嚼は上下顎の歯牙、咀嚼筋、唾液腺、舌(味覚)や口腔粘膜や歯根膜の感覚器などが関与する総合運動機能である。歯科医療の供給が脆弱な途上国の住民にとって、歯牙が溶解する齲蝕(むし歯)や歯槽骨が溶解する歯周病は共に硬組織疾患で自然治癒が不可能である。その結果、咀嚼機能が低下し摂食障害を招きQOLに影響を及ぼす。

咀嚼機能を評価するには、良く噛めたどうかを主観的に評価する方法、現在歯数や喪失歯数から評価する方法、噛み合わせの面積や咬合力や顎運動により評価する方法、咀嚼された試料の溶出度や粉砕度(粒度分布)から咀嚼能力を求める評価法など多くの方法がある。しかし、咀嚼は咬断、粉砕、臼摩など複雑な運動様式を総合した機能であり客観的に一つの方法で評価することは困難である。途上国で比較的簡易に咀嚼機能を評価する方法としては現在歯数や喪失歯数からもとめる方法が薦められる。(中村修一)
用語 国立国際医療研究センター
概要 (英語訳:NCGM, National Center for Global Health and Medicine)

国立国際医療研究センターの前身は、1929年に設置された陸軍の病院である。戦後に厚生省の最初の国立病院として東京第一病院となり、その後、国立病院医療センターと改称、1986年には、国際協力への医療者を派遣する事を目的に国際医療協力部を設置し、1993年には国際医療協力を旨としたナショナルセンター 国立国際医療センターとなった。地球上の全人類が悩まされている疾病の克服と健康の増進に貢献している。センターには、約50名の国際協力専任の医療者(医師32名、看護・助産師13名、薬剤師1名、検査技師1名)をかかえる国際医療協力局、全専門科を網羅するベッド数800の病院、国際保健や感染症などの研究を行っている研究所、人材育成を行う看護大学校を持ち、日本における国際保健の中核施設として位置づけられている。現在、WHOなどの国連機関、10を超える世界中の国々へ、医師、看護師らの医療従事者を派遣し、母子保健、感染症、保健システム分野において、国際医療協力を実施している。2015年には、研究開発法人国立国際医療研究センターと名称が変わり、研究開発を行うとともに、日本における国際保健分野における政策提言、人材育成、情報発信、国際保健ネットワークの核となっている。(仲佐保)
用語 国立感染症研究所
概要 (英語訳:National Institute of Infectious Diseases)

国立感染症研究所(National Institute of Infectious Diseases) は、厚生労働省管轄の国立試験研究機関。1947年(昭和22年)、感染症対策に関わる基礎、応用研究や、抗生物質やワクチンなどの開発と品質管理等を行う厚生省付属試験研究機関として設立された国立予防衛生研究所を前身とする。1997年(平成9年)4月、名称を感染症研究所に改名した。「感染症を制圧し、国民の保健医療の向上を図る予防医学の立場から、広く感染症に関する研究を先導的・独創的かつ総合的に行い、国の保健医療行政の科学的根拠を明らかにし、また、これを支援することにある」との目的で、研究業務、感染症のレファレンス業務、感染症のサーベイランス業務、国家検定・検査業務、国際協力業務、研修業務などの業務が行われている。(中島一敏)
用語 国連エイズ合同計画
概要 (英語訳 : UNAIDS the Joint United Nations Programme on HIV/AIDS) 

初めてのエイズ患者の発見以来エイズ対策においてはWHOがその中心を担っていたが、次第にエイズの及ぼす社会的・経済的な影響が明らかとなり、社会全体の問題として取り組む必要のあることが強く認識された。その結果1994年に行われた国連経済社会理事会において国連エイズ合同計画(UNAIDS: the Joint United Nations Programme on HIV/AIDS)の設置が承認され1996年1月に正式に発足した。国連エイズ合同計画は複数の国連機関が協同し、国連システム全体として、HIV新規感染の予防、感染者へのケア、エイズによる様々な影響の軽減など、世界におけるエイズ対策の強化に取り組んでいくことを目的としており、2008年4月現在、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)UNICEF(国連児童基金)?、WFP(世界食糧計画)、UNDP(国連開発計画)UNFPA(国連人口基金)、UNODC(国連薬物犯罪事務所)、ILO(国際労働機関)、UNESCO(国連教育科学文化機関)、WHO(世界保健機関)WB(世界銀行)ら10の機関が共同スポンサーとなっている。本部はジュネーブにあり、22の理事国、共同スポンサーである国連機関、および5つのNGOからなるプログラム調整理事会(PCB:Programme coordinating board)によって、政策などの重要事項が決定される。国連エイズ合同計画では2年毎にThe UNAIDS Unified Budget and Workplan (UBW) とよばれる統合予算および行動計画案を策定しており、この中で定められた共通の優先課題に対して、それぞれの機関とUNAIDS事務局の協調のもと活動が実施されている。主な活動としてはアドボカシーやリーダーシップの動員、方針策定や情報発信、モニタリング、市民組織の巻き込みとパートナーシップの構築、効果的なエイズ対策を支援するための人的・技術的資源及び財源の動員などがあげられる。 (石川尚子)
用語 国連人口基金
概要 (英語訳:UNFPA, United Nations Population Fund)

国連人口基金(UNFPA)は、1969年に設立された国連の人口問題を扱う専門的開発機関である。設立当時は国連開発計画(UNDP)の一部門として「国連人口活動基金」(United Nations Fund for Population Activities)と呼ばれていたが、国際社会で人口問題対策の重要性が認識されるようになり、期待される活動範囲が拡大してきたため、1972年に独立した国連機関となった。本部は米国のニューヨーク。活動は、(a) 国レベルの開発途上国の支援プログラム、(b) 中南米やサハラ以南のアフリカなどの地域全体に共通する課題に取り組む地域プログラムと(c) 政策提言活動などを含む世界全域を対象としたプログラムの3種類がある。本部に置かれていた各地域局は、2007-08年にかけて、アフリカ局はヨハネスブルクとダカールへ、アジア局はバンコクへ、中南米局はパナマへ、アラブ局はカイロへ、東欧・中央アジア局はイスタンブールへと移った。これは、UNFPAによる技術サポートおよびプログラムの実施調整が、より活動現場の近くに置かれるようになったことを示す。

現在、開発途上国の人口問題対策分野では世界最大の国際援助機関であり、150以上の国と地域で支援活動を実施している。重点活動領域は、「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス、リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する健康と権利)」、「人口と開発(国勢調査を含む)」、「ジェンダーの平等」で、開発途上国において、より暮らしやすくゆたかな社会を作っていくための「開発支援活動」と、自然災害や紛争の被災地における緊急性の高い「人道支援活動」のいずれにおいても活発に活動している。(池上清子)
用語 国連人道問題調整事務所
概要 (英訳 UNOCHA United Nations, Office for the Coordination of Humanitarian Affairs)

通称はOCHAと呼ばれる。1992年に設置された国連人道問題局(UNDHA:Department of Humanitarian Affairs)が、1998年に改組され、多発する複合災害(Complex emergencies)や、自然災害に対する国連の人道援助活動能力の強化と、人道NGOなどとの連携調整を行う。以前、各国連機関が個別に提出していたConsolidated Appealなど、あらゆる緊急事態に対する人道支援活動の調整や、政策策定やその提案などを行っているが、あくまで実践機関ではなく、調整機関である。(明石秀親、喜多悦子)
用語 国連児童基金
概要 (英語訳 : UNICEF, United Nations Children’s Fund)

第二次世界大戦後の子どもに対する食糧、衣料品及び医療などの緊急援助を目的として1946年に国際連合によって国連国際児童緊急基金(United Nations International Children's Emergency Fund: UNICEF)として設立された。1953年の国連総会において常設の機関として改組されたが、略称はUNICEFが継続して用いられている。本部は米国ニューヨークにあり、7つの地域事務所、150以上の国事務所を中心に、190か国・地域での活動が実施されている。ワクチン・医薬品の調達などを行う物資供給センター(Supply Division デンマーク、コペンハーゲン)も整備されている。

2017年の支出実績額(管理費等を含む)は58.35億ドルであった。事業支出(54.49億ドル)の内訳としては保健分野が25.2%(13.8億ドル)、教育分野が22.1%、水と衛生(Water, Sanitation &Hygiene: WASH)分野が18.7%、子どもの保護、栄養といった分野が続く。地域的にはサブサハラアフリカの46.6%(25.4億ドル)で事業支出の約半分を占め、中東・北アフリカ、アジアが続いて多くなっている。

2017年の資金調達は65.77億ドルであったが、政府からの拠出金、国際機関間等公的部門が7割、民間・NGOからの寄付等が3割を占めている。日本ユニセフ協会(ユニセフ日本委員会)を通じた寄付は1.3億ドルで米国に次いで2番目に多い(日本政府からの拠出は1.7億ドルで政府・政府間機関で7番目)。(平岡久和)
用語 国連環境計画
概要

(英語訳 : UNEP, United Nations Environment Programme)

1972年ストックホルムで開催された国連人間環境会議での、「人間環境宣言」および「環境国際行動計画」を実施すために設立された常設機関。環境に関する国連諸機関の活動の調整と国際協力の推進を目的とし,気候変動、災害・紛争、生態系管理、環境ガバナンス、化学物質・廃棄物、資源効率性、環境レビューの7つのサブプログラムを中心に活動を行っている。本拠地はケニアのナイロビにあり、アジア太平洋地域事務所はタイのバンコクにある。絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関するワシントン条約、オゾン層保護に関するウィーン条約、国境を越えた廃棄物の禁止を定めたバーゼル条約、フロン類の排出規制に関するモントリオール条約、生物多様性条約等の事務局を担当。世界気象機関(WMO)と共にIPCCを設立させるなど、国際的な環境問題の解決に主導的役割を果たしてきた。課題としては、執行権をもたず、気候変動問題、海洋汚染、生物多様性関連など管轄外の問題も多く、政治的権力と資金の不足があげられる。(門司和彦)  

用語 国連開発計画
概要 (英語訳: UNDP, United Nations Development Programme)

 国連システムの中で、国連総会と国連・経済社会理事会の管轄下にある開発に関する中心的な組織で、約170か国を対象に貧困の撲滅や不平等の削減などのために、政策立案、リーダーシップ能力の醸成や能力強化の支援を進めている。国レベルにおいては、当該国の開発に関する国連システムの調整機関として、国連内の意見調整と相手国の優先課題の調整を図っている。本部は米国のニューヨーク。
支援分野としては、ミレニアム開発目標に引き続き、持続可能な開発のための2030アジェンダの実現に向け、「持続可能な開発」、「民主的ガバナンスと平和構築」、「気候変動と強靭な社会の構築」に重点を置いた支援に取り組んでいる。
UNDPの資金規模は49.15億ドル(2017年)に上り、各国からの拠出金、多国間協力機関や国際機関から構成されている。使途に最も柔軟性がある通常資金(Regular Resource)は全体の12.5%を占めており、日本は通常資金に対して4番目に大きい拠出国となっている(その他の資金を合わせると総額3.05億ドルで2番目に多い)。
UNDPは「人間開発報告書(Human Development Report)」を毎年発行し、開発に関する重要な課題に焦点を当ててその状況を解説するほか、解決に向けての方策の提案などを図っている。(平岡久和)
用語 国連難民高等弁務官事務所
概要 (英語訳 :United Nations High Commissioner for Refugees) 

国連難民高等弁務官事務所規定に基づき、1951年に設立された。高等弁務官は、その権限の範囲にある難民に対して、国連の権威のもとに国際的保護を提供し、これら難民の自発的帰還または新しい国の社会への同化を促進することによって難民問題の恒久的解決を図る。また緊急時には難民に対して法的、物的両面での保護、支援を与えることを目的とする。

難民の保護に加え、国際条約の締結及び国際条約の批准の促進などを実施している。1950年に国連総会で採択された規定によれば、UNHCRが保護を与える難民とは、『人種、国籍、宗教、もしくは政治的意見を理由に迫害を受ける恐れがあるため、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることが出来ない者、または国籍国の保護を受けることを望まない者』を言う。具体的な内容としては、自発的な帰還、受入国における定住、または第三国における定住を図ることにある。その他、難民の発生を未然に防ぐ予防措置に留意した活動、紛争終了後の復旧・復興への円滑な移行のために支援を行う。2003年の時点で世界約120カ国、277カ所に現地事務所を持っている。1990年代にはアフリカのソマリアやルワンダ紛争による難民の援助活動を行い、1999年にはユーゴスラビアにおけるアルバニア系難民の援助、インドネシアの東ティモールからの避難民の援助、などを行った。1954年と1981年にノーベル平和賞を受賞した。本部はスイスのジュネーブに置かれている。