国際保健用語集

用語 国際疾病分類
概要 (英語訳:ICD, International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems)

正式には、International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems 疾病及び関連保健問題の国際統計分類の事である。

異なる国や地域から、異なる時点で集計された死亡や疾病のデータの体系的な記録、分析、解釈及び比較を行うため、世界保健機関憲章に基づき、世界保健機関(WHO)が作成した分類である。起源としては、1950年代に死因(Cause of Mortality)のリストとしてはじめられたものであり、1893年に国際統計協会(the International Statistical Institute)が使用するようになり、約10年ごとに改定が行われちた。死因だけではなく疾病原因(Cause of Morbidity)を含む第6版が出版された1948年に、WHOが責任機関として引き継ぐこととなった。

最新の分類は、ICDの第10回目の修正版として、1990年の第43回世界保健総会において採択されたものであり、ICD-10と呼ばれている。現在、我が国では、一部改正の勧告であるICD-10(2003)に準拠した「疾病、傷害及び死因分類」を作成し、統計法に基づく統計調査に使用されるほか、医学的分類として医療機関における診療録の管理等に活用されている。(仲佐保)
用語 下痢症
概要 (英語訳: Diarrhoeal Diseases)

臨床経過から急性下痢症と慢性下痢症に分類される。急性下痢症は急に発症し持続が2週間以内のもので、細菌やウイルスによる感染性下痢症が多く、経口補液療法(ORT)が有効である。慢性下痢症は2週間以上続く下痢で、ORTの効果に乏しく予後不良で、感染性因子以外に宿主免疫能や栄養状態の関与が考えられている。細菌性下痢症の中で赤痢とコレラは、適切な抗菌薬投与により予後や排菌期間の改善が期待できる。赤痢に対してはナリジクス酸やキノロン系が効果的であるが、耐性化がきわめて早い。コレラはテトラサイクリン系が有効であるが、小児にはマクロライド系を用いる。コレラ患者では、激しい下痢や嘔吐により身体から大量の水分と電解質が失われるため、急速に脱水が進行し時には循環虚脱に陥る。だからこそ脱水の治療であるORTが著効を示す疾患でもある。ウイルス性下痢症の原因として、ロタウイルス、ノロウイルス、腸管アデノウイルスなどがある。中でもロタウイルスは頻度が高く、脱水の程度も強い。ロタウイルス感染症には先進国の子どもたちも頻繁に罹患するが、輸液療法など治療法の向上により死亡例は少ない。一方途上国では、多くの子どもたちが本疾患により命を落としている。近年欧米諸国で認可された改良ロタウイルスワクチンの、途上国における有用性を評価することは、国際保健における大切な課題である。(中野貴司)
用語 ヘルスセクターリフォーム
概要 (英語訳 : Health Sector Reform / HSR ) 

HSRは、「保健セクターの効率性、公平性、効果を向上させるための持続的かつ目的のある変革」と定義されている。1980年代末になり、個々の vertical program の有効性に限界が指摘され、また、構造調整政策などの影響もあり、保健医療分野においては財源の逼迫は大きな課題であった。1990年代初期には、多くのドナーや国際機関が途上国の保健医療分野の包括的長期開発戦略の策定を援助の対象とした。

一方、同時期は、HSRは途上国だけではなく、先進国でも重要な課題であり、それぞれに様々な試みが行われていた。世界銀行は、途上国のヘルスシステムを分析し、世界開発報告「健康への投資」(1993)で、抜本的な改革に必要な一連の社会改革を提唱し、その綿密さと名声によって瞬く間に世界中の保健セクター改革の宣言文となった。この中で、疾病の負担の減少につながる進歩を妨げ、健康問題への新たな取り組みを妨害しているとして、「不適切な配分」、「不公平」、「非効率」、「医療コストの激増」の4つの欠陥を特定し、これらを是正するための処方箋として以下の政策目標を掲げている。

1)家庭の健康増進を可能にする環境作り、
2)保健への政府投資の改善、
3)民間セクターの関与の促進。

これらの政策目標は、保健省を再編する、公的医療サービスに利用者負担を導入する、健康保険制度を設置あるいは拡大する、地方/県政府レベルへ分権化する、公的医療サービスを民営化する等の方法論に凝縮されている。
HSRは、しばらくの間、保健医療分野の国際協力を席巻したが、策定された開発戦略に沿って各ドナーによる援助が調整された国はわずかである。

保健医療分野における潮流は、Sector reformへの協力に加えて、Sector Wide Approach (SWAP) やSector Investment Program (SIP)等のSector Program Approachという新しいプロセスにおける試みが行われつつある。  
用語 タンパク・エネルギー栄養失調症
概要 (英語訳 : Protein Energy Malnutrition) 

タンパク質エネルギー欠乏症は生命に必要な主要栄養素が不足する状態であり、死亡原因になりやすい。アフリカを中心に全世界で4億人が苦しんでいると言われている。通常5歳未満の子どもが最も深刻な影響を受けるが、それより年長の子どもや成人が冒される危険性も高い。

タンパク質エネルギー欠乏症はマラスムス(Marasmus)、クワシオコール (Kwashiorkor)、マラスミッククワシオコール(Marasmic kwashiorkor)に分けられる。

マラスムスは長期間のエネルギーおよびタンパク質両方の不足による低体重で、肩、腕、尻、腿が骨と皮しかない重度の低栄養状態(やせ)である。いわゆる”old man face(老人のような顔)”、”baggy pants(尻の皮膚がたれてだぶだぶのパンツのよう)”の特徴がある。その他の症状として、空腹(hunger)、萎れた様相(wizened appearance)、落ち着きがなく興奮状態、食欲がない、髪が薄いか全くない等がみられる。

クワシオコールは1~4歳に多く診られる。エネルギーに比してタンパク質摂取が不足した状態であり浮腫が診られるのが大きな特徴である。蛋白合成ができないための浮腫により体重は不変かむしろ増加することがあり、太っているように見えることもある。その他の症状として脱色したような髪の色、皮膚病”flaky-paint(肌の色の部分が薄い色になる)”、無表情、陰気、過剰反応、食べる意欲がない等がある。

マラスミッククワシオコールはマラスムスクワシオコールの両者が重なった症状で低体重かつ浮腫が診られる。

タンパク質エネルギー欠乏症に対する一般的な治療は2フェーズからなる。初期段階としての短期的治療と食料援助による注意深いモニタリング、その後の長期的段階としてのリハビリテーションと再発予防である。WHOとユニセフではPEMの対策として完全母乳と適切な補助食の普及を図るためのIYCF(Infant and Young Child Feeding)グローバル戦略を途上国に推奨している。(石川みどり)
用語 スケールアップ
概要 (英語訳:Scale up)

これ自体が特別な用語ではないが、2006年頃からエイズ対策などのプログラムの中で汎用される言葉である。日本語では「拡大」とか「展開」と訳されていることが多い。

政府があるプログラムを開始する際に、ある一部の地域でパイロットとしてプログラムを開始し、パイロット終了後にパイロットを評価し、その後の全国展開の段階を「scale up phase」と呼ぶことがある。また、このような地理的な「スケールアップ」以外に、例えば、病院レベルのみで実施されていたエイズ治療を、保健所やコミュニティーレベルでも実施しようとするときも、「スケールアップ」と呼ぶことがある。

エイズ対策は、一部のパイロット地域や限られた施設でのプログラムの成功例は多くあるが、全ての住民にプログラムでの医療サービスが行き届くようにすることが一番の難しさとも言われている。一方、国連・WHOエイズ対策として2010年までに誰もがエイズ予防・ケア・治療へのアクセスを持つことを目指した「Universal Access」を打ち出しており、最近「スケールアップ」の言葉が多くの国で使用されるようになった。(垣本和宏)
用語 地理情報システム
概要 (英語訳:GIS, Geographic Information Systems)

GISは、デジタル化された地図データや位置情報を持つさまざまなデータを統合的に扱い、データの作成、視覚化、保存、利用、管理する情報システムそのものを意味してきた。データは地図上に表示されるので、解析対象の分布や密度、空間検索や空間分析の結果を視覚的に把握することができる。我が国では、1995年の阪神淡路大震災での復興支援事業を契機に、空間的思考や意思決定を支援する新しいツールとして幅広く認知されるようになった。今日では、地理情報に固有な問題を幅広く対象とし、地理情報を系統的に処理する方法論を研究する新しい学問領域(地理情報科学 Geographical Information Science)として知られる。
保健医療分野におけるGISの利用は、疫学情報の視覚化(疾病地図)、疾病の地域集積性の検出、疾病の地域リスク要因の検討、感染症媒介生物の生態解析、保健医療サービスの計画・評価、保健医療情報のインターネット配信など多岐に渡る。地理空間的視点から疫学研究に取り組む空間疫学(Spatial Epidemiology)は、GISと親和性が高い。

センサスやサーベイランスにGISを導入する事例が増えており、GPS(Global Positioning System)で測位した位置情報と調査データを連結させて、疾病対策などに活用されている。広域観測が可能な地球観測衛星から得られる植物活性、土地被覆分類、地形情報、大気情報、海面温度などの種々のリモートセンシングデータは、定量的かつ面的なもので、患者や感染症媒介生物の地理情報と組み合わせて、疫学分析に活用されている。(谷村晋)
用語 咀嚼
概要 (英語訳:Mastication)

食物を口に入れ、粉砕し唾液と混和し嚥下できるような食塊(bolus)を作る過程を咀嚼と言う。

咀嚼は上下顎の歯牙、咀嚼筋、唾液腺、舌(味覚)や口腔粘膜や歯根膜の感覚器などが関与する総合運動機能である。歯科医療の供給が脆弱な途上国の住民にとって、歯牙が溶解する齲蝕(むし歯)や歯槽骨が溶解する歯周病は共に硬組織疾患で自然治癒が不可能である。その結果、咀嚼機能が低下し摂食障害を招きQOLに影響を及ぼす。

咀嚼機能を評価するには、良く噛めたどうかを主観的に評価する方法、現在歯数や喪失歯数から評価する方法、噛み合わせの面積や咬合力や顎運動により評価する方法、咀嚼された試料の溶出度や粉砕度(粒度分布)から咀嚼能力を求める評価法など多くの方法がある。しかし、咀嚼は咬断、粉砕、臼摩など複雑な運動様式を総合した機能であり客観的に一つの方法で評価することは困難である。途上国で比較的簡易に咀嚼機能を評価する方法としては現在歯数や喪失歯数からもとめる方法が薦められる。(中村修一)