国際保健用語集

用語 フッ化物応用
概要 (英語:Use of fluorides)

う蝕(むし歯)の予防法は、?宿主・歯質対策(フッ化物応用、シーラント)、?食事性基質対策(甘味摂取量・頻度のコントロール)、?微生物対策(歯口清掃)に分類される。このなかで、歯口清掃単独でのう蝕予防効果は低い。それに対して、フッ化物応用は、科学的根拠に基づく口腔保健対策として世界的に普及している方法であり、WHO Global Oral Health Programme(2003)でも最も優先順位の高い施策目標に位置づけられている。先進国を中心に、フッ化物の全身的応用と局所的応用が普及した結果,小児う蝕の激減をもたらしている。その効果は、小児う蝕に限らず、成人の歯根面う蝕にも予防効果が認められている。

歴史的には、エナメル質の形成不全のひとつである「歯のフッ素症(dental fluorosis)」の原因を追究するために行われた1940年代までの米国での広範な疫学調査の結果から、飲料水中のフッ化物によるう蝕抑制効果が確認された。その後、1945年には米国ミシガン州グランドラピッズ市で、水道水フッ化物添加事業(water fluoridation)が開始されて以来、現在では約60カ国3億6千万人以上の人々を対象に実施されている。調整されるフッ化物濃度は、その地域の気候を背景にした飲料水摂取量によって異なるが、概ね1ppmに調整される。これ以外の全身的応用法には、食塩への添加(salt fluoridation)と錠剤の処方がある。一方、局所応用法には、フッ化物歯面塗布法(fluoride topical application、年2~4回)、フッ化物洗口法(fluoride mouth rinses、週1回法または毎日法)、フッ化物配合歯磨剤(fluoride tooth pastes)という方法があり、これらのう蝕予防効果は20~50%である。このうちフッ化物配合歯磨剤は、その利用の簡便性から世界的に最も普及した方法である。一方、フッ化物洗口法は、費用対効果の点で優れた方法であり、学校保健プログラムの一環として行うことでその継続性も確保されるので、局所応用法のなかでは、最も高いう蝕予防効果が報告されている。(深井穫博)
用語 質的調査・研究、質的調査方法
概要 (英語訳: Qualitative Research, Qualitative methods)

質的調査・研究とは、主に集中して深く掘り下げるインタビューや参与観察のような余り定型化されない方法でデータを集め、その結果の報告に際しては、数値による記述や統計的な分析というよりは言葉による記述と分析を中心にする調査研究である。元々行動科学も社会科学も、伝統的には自然科学をモデルにしており特に1950年代から1970年代後半まではかなりの勢力を保っていた。しかし70年代後半に入って社会が急速に変化し、その結果、生活世界が多様化しこれまでにない新しい社会の文脈や視野が現れ出した。そしてこれまで研究者達が当たり前のように用いてきた演繹方法は、研究対象の多様性に十分に対応できないという認識が高まり、既成の理論の検証ではなく、現象の新たな側面を発見し現場での情報、データに基づいて新たな理論を生み出す「帰納方法」が注目を浴びるようになる。人類学、社会学双方の分野でそれまでのいわゆる「科学」的思考法と研究方法、特に実証主義と呼ばれるアプローチに対する異議申し立てが盛んに行われ始めた。社会の中の現象にアプローチするために、厳密に定義された既存の概念と理論から出発する代わりに、問題を大まかに示すだけの「感受概念」を出発点とするような方法が質的調査・研究の基本となっている。なお、質的調査方法はフィールドワークなどを中心に、インタビュー、参与観察フォーカス・グループ・ディスカッション、体系的データ収集法など非常に多岐にわたる。(松山章子)
用語 コンピテンシーモデル
概要 (英語訳 : Competency Model) 

コンピテンシーの定義には幅がみられるが、包括的には「仕事上の役割や機能をうまくこなすために個人に必要とされる、測定可能な知識、技術、能力、行動及びその他の特性のパターン」(アメリカ合衆国人事管理庁)と定義されている。共通しているのは、?行動に表れている、表すことができること、?その能力、特性が結果や成果と結びつくものであることであり、我が国の人事院人物試験技法研究会では、コンピテンシーを「行動に表れる能力、特性。結果や成果と結びつく能力、特性。」と定義し、いわば職務遂行能力と捉えている。

WHOでは、WHOグローバル・コンピテンシー・モデルを作成し、結果をだす仕事ができる人材育成の方針を明らかにしている。コア・コンピテンシー7項目(?信頼できる効果的なコミュニケーション、?自己認識・自己管理、?成果を生み出す行動、?変化する環境への対応、?統合とチームワークの育成、?個人・文化相違の尊重・奨励、?規範の設置)、マネージメント・コンピテンシー3項目(?自己裁量権をつくり労働環境の活性化、?資源の効果的な利用、?組織内・外の連携の強化)、リーダーシップ・コンピテンシー3項目(?将来の成功への起動、?新制度・組織的学習の促進、?WHOの位置づけの促進)の計13項目について、定義、効果的行動特性、非効果的行動特性を整理している。(水嶋春朔)
用語 開発原病
概要 (英語訳:developogenic disease, developo-genic disease, disease of development)

開発による自然・社会環境の変化および人間行動の変化などにより、新たに流行が引き起こされる疾病を指す。初出は1970年に出版されたHughesとHunterの論文Disease and‘development’in Africaで、医療行為が原因となって起こる病気である医原病(iatrogenic disease)にヒントを得て名づけられた。 

開発原病としては、灌漑施設・ダム・貯水池など水に関わる開発によって生態系に変化が起こり、中間宿主である蚊や貝が繁殖し、マラリアや住血吸虫症が流行した例が良く知られている。他にも、換金作物栽培導入によって地域の伝統的食生活が乱れ栄養不良が引き起こされたり、森林破壊によって動物と人間が接触する機会が増え新たな病原性ウィルスによる新興感染症が流行するなど、人々の健康に対する開発の悪影響が明らかになってきた。

近年、開発援助に関わる国際機関では、環境や社会に配慮するガイドラインを制定し、現地への負のインパクトを回避または最小限にする努力が払われるようになってきている。保健分野に関する取り組みとしては、道路建設プロジェクトにおいて建設労働者と地域住民の双方に対してHIV/AIDS対策を実施する、灌漑プロジェクトにおいて感染症を媒介する昆虫等のコントロールや診断・治療・予防啓発を強化する、といったことが行われている。しかしながら、このような取り組みが始まってからの年数は浅く、ガイドラインの適切な運用や対策の継続性など、取り組むべき課題も多い。(森重裕子)
用語 後発開発途上国
概要 (英語訳:LLDC,landlocked developing country)

開発途上国の中でも特に開発の遅れた国を指す。1974年の国連総会で、開発に関して特別な配慮をはらうことを決めた。一人当たりのGDP(99年現在一人当たりGDPが899ドル以下)、人的資源開発の程度(平均余命等)、経済構造の脆弱性(GDPに占める製造業の割合等)を基準として決定する。現在、約50ヶ国が「後発開発途上国」の基準に該当する。このうち半数以上をサハラ以南アフリカ諸国が占める。後発開発途上国に暮らす人口は現時点で約7億人と推定されている。(山本太郎)
用語 国際開発協力銀行
概要 (英語訳:JBIC, Japan Bank for International Cooperation)

1999年に日本輸出入銀行と海外経済協力基金を統合して発足した特殊銀行。相互依存の進む国際経済の健全な発展に貢献することを目的としている。民間金融機関の活動を補完・奨励しつつ以下の業務を行ってきた。1)日本にとって重要な資源の海外における開発及び取得の促進、2)日本産業の国際競争力の維持・向上、3)国際金融秩序の混乱への対処。2008年に予定される組織改変において、国際金融等業務は株式会社日本政策金融公庫へ統合されるが、国際協力銀行からの承継業務を運営する際には、「国際協力銀行」という名称を引き続き対外呼称として使用する。海外経済協力業務は国際協力機構(新JICA)に統合される。(山本太郎)
用語 経済開発協力機構
概要 (英語訳:OECD, Organization for Economic Co-operation and Development)

第二次大戦後の欧州各国の経済的混乱を救済するための欧州復興計画を契機として、1948年に発足した欧州経済協力機構が前身にあたる。その後、1961年に米国、カナダが加わり、新たに経済協力開発機構が発足した。我が国は1964年に加盟。本部はパリに置かれ、1)経済成長、2)貿易自由化、3)途上国支援(これを「OECDの三大目的」という)に貢献することを目的としている。「開発援助委員会」は開発援助を促進するとともに、援助の効果向上を目的とする、経済協力開発機構の委員会である。(山本太郎)
用語 ヘルスリサーチ
概要 (英語訳 :Health research) 

ヘルスリサーチとは、医学、薬学、保健学に代表される自然科学分野と、社会学、経済学、文化人類学、行動科学に代表される社会科学分野について、それぞれ の方法論や研究成果を多角的に用いることによって、最適な保健・医療・福祉システムを構築するための基礎情報を明らかにするための調査研究である。

ヘルスリサーチを実施する上で重要なこととして、大きく二つ挙げられる。第一に、保健・医療・福祉サービスを利用する人々が、どのような社会環境に置か れ、どのようなことを望んでいるのかについて、できるかぎり具体的に把握することである。第二に、保健・医療・福祉における最新の研究成果について、効率 的・効果的に多くの人々に伝えるとともに、それらの成果をより積極的に利用することが可能となるように地域の環境づくりをすすめていくことである。最も重 要なのは、いずれにおいても保健・医療・福祉サービスを利用する人々を主体とした研究姿勢が求められることである。

ヘルスリサーチは対象となる分野がきわめて多岐に渡るとともに、方法論もいまだ確立されていないことから、現時点では発展途上にあるといえる。しかし、自 然科学と社会科学の両方をふまえた新しい学問として、将来期待されるべき有望な分野であり、数多く行われている研究活動を統合し、社会システムとして有効 に機能させるための調査研究を進めていくことが、今後ますます重要になってくると考えられる。(吉村健清)
用語 プロジェクト・サイクル・マネジメント
概要 (英語訳 : PCM, Project Cycle Management:) 

プロジェクト・サイクル・マネジメント(PCM)手法とは、開発援助プロジェクトの計画立案・実施・評価という一連のサイクルを、「プロジェクト・デザイン・マトリックス(PDM)」とよばれるプロジェクト概要表を用いて運営管理する手法である。国際協力機構(JICA)では1994 年以来、技術協力プロジェクトなどの事業マネジメント手法としてPCM手法を活用してきている。

PDMとは、開発援助の分野でプロジェクトを管理運営するために用いられてきたロジカルフレームワーク(Logical Framework)の一つである。PDMではプロジェクトの概要がひと目でわかるように、一枚のフォームの中にプロジェクトの目標、成果、活動、投入等といったプロジェクトの構成要因や、各構成要因の論理的な相関関係が、「原因」と「結果」の連鎖関係で組み立てられている。また、PDMでは事前に目標や成果の期待値を指標として示すと共に、プロジェクトの成否に影響を与えるかもしれない外部用件を特定している。

PCM手法の特色としては、次の3つが挙げられる:(1)一貫性:PDMを用いてプロジェクトの全サイクルを管理するという一貫性、(2)論理性:PDM作成に至る、それぞれの分析過程における論理性、(3)参加型:様々なレベルの関係者が一同に集まり、意見をたたかわせるという参加型(ワークショップ)。(和田知代)
用語 プロジェクト評価
概要 (英語訳 : Project Evaluation) 

わが国の外務省による「『ODA評価体制』の改善に関する報告書(2003年)」によると、ODAの評価を「政策レベル」「プログラム・レベル」「プロジェクト・レベル」の3つに分類している。プロジェクト・レベルの評価とは、個別のプロジェクトを対象として評価するものを指す。

プロジェクト評価は、評価を実施する段階によって、次の4種類に分類される。

?事前評価:プロジェクト実施前に、対象プロジェクトについて、プロジェクト関係者のニーズや実施の必要性を検討し、さらには、プロジェクトの内容や予想される効果などを明確にする。これら作業を通じ、プロジェクト実施の妥当性を総合的に評価する。

?中間評価:プロジェクト実施中の中間時点で、プロジェクトの実績と実施プロセスを把握し、妥当性・効率性などの視点から評価し、必要に応じて当初計画の見直しを行うことを目的とする。

?終了時評価:プロジェクト終了時に、プロジェクト目標の達成度、事業の有効性と効率性、今後の自立発展性の見通しなどの視点から評価する。評価結果を踏まえて、プロジェクト終了の可否や、延長などを判断することを目的とする。

?事後評価:終了後数年を経過したプロジェクトを対象に、プロジェクトがもたらしたインパクトや自立発展性の評価を行い、将来的な類似事業立案や計画に向けた教訓・提言を得ることを目的としている。

(和田知代)
用語 シャーガス病
概要 (英語名:Chagas' disease)

主に中南米において広く蔓延している寄生虫疾患で、貧困層家屋の土壁に多く生息するサシガメが媒介している.サシガメは吸血すると糞をするが、その中にトリパノソーマという寄生虫が生息し.刺口部の痒さから手でこすることにより寄生虫は傷口や眼より感染する.心臓の筋肉に寄生虫が入り込むと心機能(しんきのう)が低下し、消化官に侵入した場合はが、腸 や食道が袋状に巨大化し機能障害を起こすが、病状が進行した場合の効果的治療法は未だ確立されていない。これらのことから、感染予防と家屋内の殺虫剤散布によるサシガメの駆除、初期診断治療を徹底することが重要な戦略となっている。

1990年代には中南米全体では約1,000万人が感染し、毎年約20万人が新たに感染していた。このようななか1998年第51回国連世界保健総会において、「2010年までにシャーガス病の感染中断を達成させる」こと が決議された。これを基にWHOパン・アメリカ地区事務局(PAHO)ではJICAのほかカナダなどの国際機関やMSFなどのNGO?とのパートナーシップ形成を進め、大規模な対策がリージョンで進んだ。この結果、現在では制圧の一歩手前の最終段階まできていると各ドナーは報告している。

また世界的には近年、Chagas' diseaseはNTD:Neglected Tropical Disease?の一つとして位置づけられ対策が進められることになった。(小林潤)
用語 新興感染症
概要 (英語訳 : emerging infectious diseases) 

世界保健機関(WHO)はWorld Health Report 1996で、新興感染症に対処する能力の強化と、その監視・対策のための国内・国際間協力体制の支援を表明している。新興感染症とは、「過去約20年の間に、それまで明らかにされていなかった病原体に起因した公衆衛生学上問題となるような新たな感染症」と当時は定義し、1973年のRotavirus(小児下痢症の原因ウイルス)、1976年のCryptosporidium parvum(水系感染下痢症を起こす原虫)、1977年のEbora virus(エボラ出血熱の原因ウイルス)、Legionella pneumophila(レジオネラ症の原因菌)、Hantaan virus(腎症候性出血熱を起こすウイルス)、Campylobacter jejuni(下痢症・食中毒起因菌)などの微生物発見を端緒として、これ以降に明らかとなった感染症の国際的重要性を強調している。近年では、「新たにヒトへの感染が証明された微生物で、(またはそれまでその土地では存在していなかったが、新たにそこで)ヒトへ病気を起こし初めてきたもの」と定義するのが良く、まずヒトの病気として成立することが前提となる。さらに「原因が不明であった疾患で、感染性病原微生物が明らかとなり、公衆衛生上地域的あるいは国際的に問題になるもの」も含まれる。近年の代表例では、1997年にインフルエンザA型ウイルス(H5N1亜型)が、鳥インフルエンザウイルスとして認識されていたものがヒトへ感染して病気を起こすことが明らかとなったこと、2003年のSARS corona virusによる急性肺炎の世界的拡散が記憶に新しい。近い将来は、インフルエンザ(H5N1)が、ヒトでパンデミックを起こす新型インフルエンザに変異した場合が想定できる。(狩野繁之)
用語 沖縄感染症対策イニシアティブ
概要 (英語訳 :Okinawa Infectious Diseases Initiative)

2000年7月の九州・沖縄サミットにおいて、日本は議長国として開発途上国の感染症問題を主要議題の一つとして取り上げ、日本の政府開発援助(ODA)で2000年度から2004年度までの5年間に総額30億ドルを目途とする包括的な感染症対策支援を行う「沖縄感染症対策イニシアティブ(IDI)」を発表した。このIDIにおける感染症対策の主な方針は、1)途上国の主体的取り組み(オーナーシップ)の強化、2)人材育成、3)市民社会組織、援助国、国際機関との連携、4)南南協力、5)コミュニティ・レベルでの公衆衛生の推進、の5項目である。主な支援内容としては、1)HIV/AIDS(若年層やハイリスク・グループへの予防啓発活動、自発的検査とカウンセリングの普及、検査・診断技術の強化、エイズ遺児のケア)、2)結核(人材育成、DOTS治療の推進)、3)マラリア・寄生虫(薬剤含浸蚊帳の使用促進、ギニア・ワーム根絶支援、国際寄生虫対策(橋本イニシアチブ)センター(タイ・ガーナ・ケニア)での人材育成)、4)ポリオ(ワクチン接種などによるポリオ根絶支援)、5)疾病を超えた保健医療体制の整備(安全な水の供給、プライマリーヘルスケアの充実など)、の5項目である。日本がこの感染症問題への取り組みの重要性を国際社会に訴えたことが契機となって、広く国際社会一般の関心が喚起され、2001年の国連エイズ特別総会やジェノバサミットでの議論を経て、2002年には、「世界エイズ・結核・マラリア対策基金:The Global Fund to fight AIDS, Tuberculosis and Malaria」の設立に至った。(狩野繁之)
用語 アウトリーチ活動
概要 (英訳:Outreach activities)

アウトリーチとは、一般的に言って「コミュニティーにいる人々、特に事務所や病院などに来ることができない、あるいはあまり来ない人々に対して、ある機関がサービスやアドバイスを提供する活動」(オックスフォード現代英英辞典)をいう。国際保健の分野では、医療従事者や職員が病院やヘルスセンターなどの保健医療施設から外に出て、それらの医療施設にたどり着くことが地理的、経済的、社会的、文化的など様々な理由で困難な地域の住民に、直接、診療や予防接種、あるいは健康教育などの保健医療サービス提供を行うことを指す場合が多い。(明石秀親)
用語 医薬品回転資金
概要 (英語訳 : RDF/DRF Revolving Drug FundまたはDrug Revolving Fund) 

1987年マリ共和国の首都バマコで開催されたアフリカ諸国の保健大臣会議で、プライマリ・ヘルスケア(PHC)や母子保健サービスなどの費用を受益者負担とし、そこで回収された資金を地域で管理(コミュニティー・ファイナンシング)し、PHCをエントリーポイントとして保健医療サービスへのアクセスを向上・維持させようとする構想がバマコ・イニシアティブとして採択された。医薬品が必要経費の大部分を占め、公的部門の一次保健医療施設における医薬品不足が住民による同施設の利用率低下の原因となることから、円滑な医薬品供給をめざす医薬品回転資金(RDF)システムがコミュニティー・ファイナンシングの代表的手法として注目された。

RDFによるコミュニティー・ファイナンシングの実施にあたっては、現金もしくは医薬品などの初期投資が必要となる。通常はその国の必須医薬品リストから、一次保健医療施設で必要なものが選定され、初期の医薬品在庫 (Seed stock) が確保される(選定にあたっては、その地域の疾病構造、診療所の規模、医療スタッフの資格、二次保健医療施設までの距離などが考慮される)。患者は処方された薬剤を購入し、その売り上げが次の医薬品購入費用にまわされる。こうして回転資金が形成されることになるが、医薬品の販売価格の設定、貧困層の受益者負担の免除、集まった資金管理の透明性などの検討と対応が成功の鍵となる。

また、医薬品在庫量が増え、かつ資金回収が可能な状況で、不必要に医薬品が処方され適正使用の観点からは問題があるとの報告もあり、医薬品使用に関する医療従事者および住民を対象とした啓発活動なども必要である。(奥村順子)
用語 医療経済学
概要 (英語訳 : Health Economics) 

医療経済学は1960年代以降、欧米の研究者を中心に発展した新しい学問領域であるが、最近では日本を含むアジア諸国でも急速に研究者層が拡大している。

患者(需要)側の行動、診療(供給)側の行動、保健医療分野のファイナンシング、医療経済評価、医療機関の経営、医療関連産業の分析など、理論的な分野から実学的領域まで様々な研究テーマが扱われている。

医療経済学の基本的前提として、医療サービスの経済学的特殊性(Arrow KJ, 1963)がきわめて重要である。これらは、(1)患者・医療従事者間における情報の非対称性の存在、(2)傷病の発生と経過に関する不確実性の存在、(3)外部性と福祉的役割の存在に整理される。(1)は、患者と医師との間では、医学知識や疾病治療の経験において大きな格差があり、通常の「取引」が成立しにくく、市場を介した取引では患者側の権利が阻害される可能性のあることを示唆している。(2)は、傷病はいつ発生するか予測が困難であり、治療経過にも不確実性が伴うことを意味している。そのため、多くの国で医療保険制度や公営医療制度が発達した。(3)の外部性の存在は、保健医療サービスによって当事者以外にも利益がもたらされることを意味する。具体的には感染症の予防や治療によって、周囲の人々の感染リスクが低下することなどである。

さらに福祉的役割については、病気で苦しんでいる人が経済的理由で治療を受けられないことは望ましい状態ではないと多くの人が考えるであろうことを意味しており、慈善や愛他主義につながるものである。これらの前提のもとで、多くの医療経済学の研究テーマが発展してきた。
用語 エンデミック、エピデミック
概要 (英語訳 : endemic、epidemic) 

エンデミックとエピデミックはどちらも「流行・地方流行」などと訳されることが多いが、明確に区別しなくてはならない。感染症のエンデミックは一定の地域に一定の罹患率で、または一定の季節的周期で繰り返される常在的な状況である。特定の地域に強く限定される場合は「風土病」と呼ぶ。

一方のエピデミックは一定の地域にある種の感染症が通常の期待値を超えて罹患する、またはこれまでは流行がなかった地域に感染症がみられる予期せぬ状況で、一定の期間に限られた現象である。エンデミックは予測することができるが、エピデミックでは予測は困難である。エピデミックの規模が大きくなった状況をoutbreakと呼び、エピデミックが同時期に世界の複数の地域で発生することをパンデミック:pandemicと呼ぶ。

エンデミック, エピデミック, パンデミックの使い分けは感染症の種類や通例によって厳密ではない。デング熱では、周期的(典型的には4年周期)に出現するデング熱の流行をエピデミックとして、流行が一層進行し毎年デング熱が流行している状況、さらに通年的に流行している状況をエンデミックとする。通常の感染症対策はエンデミックに対して対策法を計画する。エピデミックは予期せぬ流行であるため対策は一層困難である。

エンデミックと同様に前もって対応を準備するだけでなく、エピデミックでは予想される流行にインパクトを軽減(減災)する対策やエピデミックを予知する、または迅速にエピデミックを判断する方策を開発しなくてはならない。  
用語 オーナーシップ
概要
 (英語訳:Ownership)

オーナーシップとは、一般的には「所有者であること、所有権」などを指しているが、国際保健の分野では、「援助機関が考えて途上国の人々に何かをさせる(donor-driven assistance)」という考え方に対して、「途上国の人々が自分で考えて、自分で実施していく」という考え方を指す。すなわち、例えば世界銀行はCDF(Comprehensive Development Framework)の中で、Country ownershipについて「途上国やその政府が運転席にいること」と表現しているが、別の言い方をすると「途上国主導で計画策定・実施・モニタリング・評価がなされること」であり、さらに現場に近いレベルでは、途上国の機関や職員のオーナーシップを指す場合もある。すなわちオーナーシップとは、取りも直さず「途上国(の人々)が主体的に事業を行うこと」あるいはそのような「意識」を指す場合が多い。(明石秀親) 
用語 開発とジェンダー
概要 (英語訳:Gender and Development )

開発とジェンダー (Gender and Development: GAD) とは、女性と男性の相対的で流動的な社会的関係 (ジェンダー関係) を重視し、ジェンダー間の不平等・不公平をなくすことが、公正で持続可能な開発につながるという考え方のことである。先行するWID (Women in Development 開発と女性) の考え方は、女性が開発過程に参加することによって、その生活や社会的地位を向上させようとするものであった。それに対し、1980年代以降、ジェンダー視点を取り入れて発展したGADの概念では、女性のエンパワーメントを進めて男性との不平等な関係を変え、女性の状態が改善しても男性との格差が残ったり拡大したりしてはならないことに着目している。女性と男性が同等に決定に参画する、公平で持続可能な開発を目標としており、究極的には、社会や経済の枠組み・構造や、権力関係までもが問われる。GADの考え方を進めて、開発援助機関や各国政府は、ジェンダーの主流化 (Gender mainstreaming) に取り組んでおり、分野や対象を問わずすべての開発プログラムにジェンダーの視点を取り入れようとしている。(青山温子)