国際保健用語集

用語 ハンセン病
概要

(英語訳:Hansen’s disease 、Leprosy)

ハンセン病は、Mycobacterium lepraeという抗酸菌により起こる慢性感染症である。感染したヒトからの咳やくしゃみによる飛沫感染やアルマジロ等との接触により、皮膚、末梢神経、気道粘膜、眼に感染する。非常にゆっくりと成長する菌であるため、平均潜伏期間は5年で症状出現に20年かかることもある。特徴的な皮膚病変、しびれや感覚障害といった末梢神経障害、失明が出現し不可逆的に進行する。かつて日本では治療不可能な疾患と考えられ、患者への過剰な差別、隔離が行なわれていた。しかし現在では早期診断できれば、抗菌薬で治療可能である。標準治療薬はダプソンとリファンピシン、multibacillary多菌型の場合にはクロファジミンを追加する多剤併用療法である。治療薬は、半年から2年間内服を続けなければならない。WHOは1990年台から排除に向けた取り組みを開始した。1995年からは日本財団等のドナーの協力のもと、治療薬が無料で提供されている。人口1万人あたりの患者数は1983年に21.1人であったが、2016年末には0.23人と99%減少している。しかし、インド、ブラジル、インドネシア、コンゴ民主共和国、バングラデシュ等では年間3000件以上の新規患者報告がある。WHOはハンセン病の無い世界を目指し、特に流行地での対策を強化する新たな世界戦略を2016年発表し、ハンセン病の無い世界を目指すべく、流行地域にターゲットを絞った保健人材育成や薬物供給といった取り組みが行なわれている。(法月正太郎)

用語 デング熱
概要 (英語訳 : Dengue fever) 

デング熱は蚊が媒介するウイルス感染症で、病原体にはフラビウイルスに属しDEN-1からDEN-4の4種の血清型がある。主要な媒介蚊は昼間活動性のネッタイシマカ(Aedes aegypti)で、都市に生息してヒトを好んで吸血する。

感染者は不顕性感染から重篤で致命的となる出血熱型まで多様で、血管の透過性が亢進し血小板が減少するものをデング出血熱と診断する。デング熱対策は媒介蚊対策が基本となる。

ネッタイシマカが発生する水場環境をなくす住民教育、蚊の幼虫駆除などが実施されている。デング出血熱になれば早急に入院管理しなくてはならない。
デング熱は人類の活動にあわせて盛隆と衰退の歴史を繰り返した。大航海時代にネッタイシマカとデングウイルスは世界に拡散し、18世紀後半にはアジア、アフリカ、北アメリカに定着し、周期的に流行した。

現在の世界的流行は第二次世界大戦後に発生した東南アジアでの流行が発端で、この頃にデング出血熱の症状が出現した。

アメリカのデング熱流行はドラマティックで、黄熱対策としてネッタイシマカの駆除を徹底し、デング熱も激減したが、1970年に黄熱対策を中断してから徐々に復活した。その復活に拍車をかけるのが1980年代にアジアからアメリカに生息域を拡張した第二の媒介蚊ヒトスジシマカ(Aedes albopictus)の存在がある。
アフリカでもデング出血熱の大流行が懸念され、現在は再興感染症と考えられる。 
用語 タンパク・エネルギー栄養失調症
概要 (英語訳 : Protein Energy Malnutrition) 

タンパク質エネルギー欠乏症は生命に必要な主要栄養素が不足する状態であり、死亡原因になりやすい。アフリカを中心に全世界で4億人が苦しんでいると言われている。通常5歳未満の子どもが最も深刻な影響を受けるが、それより年長の子どもや成人が冒される危険性も高い。

タンパク質エネルギー欠乏症はマラスムス(Marasmus)、クワシオコール (Kwashiorkor)、マラスミッククワシオコール(Marasmic kwashiorkor)に分けられる。

マラスムスは長期間のエネルギーおよびタンパク質両方の不足による低体重で、肩、腕、尻、腿が骨と皮しかない重度の低栄養状態(やせ)である。いわゆる”old man face(老人のような顔)”、”baggy pants(尻の皮膚がたれてだぶだぶのパンツのよう)”の特徴がある。その他の症状として、空腹(hunger)、萎れた様相(wizened appearance)、落ち着きがなく興奮状態、食欲がない、髪が薄いか全くない等がみられる。

クワシオコールは1~4歳に多く診られる。エネルギーに比してタンパク質摂取が不足した状態であり浮腫が診られるのが大きな特徴である。蛋白合成ができないための浮腫により体重は不変かむしろ増加することがあり、太っているように見えることもある。その他の症状として脱色したような髪の色、皮膚病”flaky-paint(肌の色の部分が薄い色になる)”、無表情、陰気、過剰反応、食べる意欲がない等がある。

マラスミッククワシオコールはマラスムスクワシオコールの両者が重なった症状で低体重かつ浮腫が診られる。

タンパク質エネルギー欠乏症に対する一般的な治療は2フェーズからなる。初期段階としての短期的治療と食料援助による注意深いモニタリング、その後の長期的段階としてのリハビリテーションと再発予防である。WHOとユニセフではPEMの対策として完全母乳と適切な補助食の普及を図るためのIYCF(Infant and Young Child Feeding)グローバル戦略を途上国に推奨している。(石川みどり)
用語 ソーシャルマーケティング
概要

(英語訳:Social Marketing)

ソーシャルマーケティングは、社会とのかかわりを大切にしつつ、商業分野のマーケティング手法を応用し、対象集団と社会の利益、福祉の向上を追求するアプローチである。対象集団を区分けし、行動に関する認識、それを決定する環境を分析した上でプログラムを組み立て、利益が費用を上回るようインセンティブを工夫し、自発的な行動を促進することが、健康教育との違いである。対象集団の主体性を重視し、マーケティングを通して、新たな社会的価値を共同で創造していく面も持っている。具体例として、健康増進や生活習慣病の予防を目指し、果物や野菜の消費を増やすため、生産者、流通業界、スーパーマーケット、メディア、地域社会、消費者自身を巻き込み、様々なメディア戦略を適切に組み合わせ、果物や野菜の健康に対する利益の認識を高め、購買、消費を促進するプログラムがあげられる。この手法は、国際保健の分野でも広く適用されており、母乳栄養や禁煙の促進、避妊法の普及、経口補水治療の利用促進、蚊帳の配布と適切な使用の促進などに応用されている。ソーシャルマーケティングのプログラムを効果的かつ持続的にするためには、供給される物や変化を促す行動の適切な設定、それを有効に行う場所の選択、利益や費用の妥当な設定、メディア等による宣伝・促進キャンペーン、市民社会の参加と協力が必要である。(神谷保彦)

用語 セクターワイドアプローチ
概要

(英語訳 : SWAps, Sector-Wide Approaches) 

国際通貨基金(IMF)と世界銀行による当該国の経済政策全体を対象にした1980年代の構造調整政策の失敗と援助側主導のあまりに断片化したプロジェクト型援助への批判を受け、1990年代に入り、当事国主導のセクター単位の援助アプローチが模索され、世界銀行ではセクター投資プログラム(Sector Investment Plan, SIP)が保健や教育セクターに導入された。1990年代後半、SIPは開発途上国の現実のキャパシティを考慮したより柔軟性のあるものへと変容が迫られ、その結果としてセクターワイドアプローチが提唱されるようになった。プログラム・ベースド・アプローチ(Program-based approach, PBA)と呼ばれることもある。このように当該国の状況や進捗に合わせて柔軟に運用されるものであるが唯一無二の定義は存在しない。しかし世界銀行や北欧諸国、英国カナダの開発庁など、セクターワイドアプローチを率先して取り入れた組織による独自の定義によると、概ね以下の要素が共通して含まれている。

1)当事国と開発パートナーが合意したセクター全体政策と戦略
2)その政策・戦略実施のための中期的支出枠組み
3)当事国政府のリーダーシップによる関係者調整
4)合意されたセクター戦略・プログラムの実施・管理プロセス

セクターワイドアプローチの効果に関する評価結果は様々であり、1990年代に導入され引続き継続しているバングラディシュのような国もあればやめた国もある。しかし援助効果にかかるパリ宣言の5つの原則を実践するアプローチとしては、それに代わる新たな援助方式は打ち出されていない。(野田信一郎)

用語 スピリチュアル・ヘルス
概要

(英語訳:Spiritual Health)

スピリチュアル・ヘルスに、確立した定義はないが、1980年代のマーラー事務局長時代からWHO(世界保健機構)では、健康概念に「非物質的な」要素に配慮することの重要性が議論されてきた。1946年以来の「健康」の定義に、スピリチュアル(霊性的)な価値を第4の次元として取り入れ、以下のように改正することが、1998年WHOの執行理事会に提案され了承されたが、WHO総会での正式承認には至っていない。

「健康とは、病気でないとか、脆弱でないということではなく、肉体的にも、精神的にも、霊性的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた動的な状態にあることをいいます。」
(下線部が1998年のWHO執行理事会の提案内容。日本WHO協会訳を改変)
これは明らかに、物質的、技術至上主義的な健康概念に対しての見直しを図った試みと言える。一方、健康における次元には、文化や宗教依存的な面があり、この変更がWHOでも主に、東地中海地域事務局内のイスラム諸国から提案されたことも警戒され、合意形成には至らなかった。

しかし21世紀の今日、緩和ケア、代替医療、死の教育、自殺予防、メンタルケア、認知症地域ケアなどの課題が切実になっているグローバルな保健医療状況の中で、身体的健康概念はゆらぎ、改めてスピリチュアル・ヘルスの意味づけや役割が問われていると言える。  
(本田徹) 

用語 ストップ結核パートナーシップ
概要 (英語訳 : Stop TB Partnership) 

世界の結核制圧を目標として、2000年のアムステルダムで開催された結核高蔓延20カ国による外相会議で設立が呼び掛けられ、2001年にスイスのジュネーブに設立されたパートナーシップである。現在世界100カ国以上で、1500ほどのパートナーで構成されており、構成員は政府機関(保健省等)・研究機関・国際機関・ドナー・非政府組織(NGO)さらに、個人等であり、あらゆる個人や団体が参加することが可能である。

本パートナーシップの目標達成のための指標として、設立当初は「2005年までに70%の感染性結核患者を発見し、その内の85%が治癒すること」と設定され、その後国連ミレニアム開発目標(MDGs、Millennium Development Goals)の指標を補足するものとして、以下の指標が設定されている。「2015年までに、結核死亡数と結核有病率とが1990年における数値を半減させる」、「2050年までに、世界の結核罹患率が人口100万人対1以下(=結核制圧)となるようにする」。

現在このパートナーシップには10の作業部会(薬剤耐性結核、HIV合併結核、結核検査強化、結核伝播終息(感染防御)、公私連携強化、小児結核、新結核診断技術開発、新抗結核薬開発、新結核ワクチン開発、結核患者権利保護の各作業部会)があり、各分野から結核終息に向けてのあらゆる資源と技術の投入を促進している。

日本においても同様な趣旨で、2007年に「ストップ結核パートナーシップ日本(STBJ)」が設立され、日本国内でその趣旨に賛同する個人や団体による世界の結核終息を目指す連携が形成されつつある。(大角晃弘)
用語 ステークホルダー
概要 (英語訳 : stakeholder)

利害関係者と訳される。「ステーク」とは「何かの結果によって失う危険のある大事なもの」で、通常は賭け金や投資など金銭を指す。企業活動などで使われる場合は、「ステークホルダー」とは企業の意思決定によって直接的に大きな影響を受ける人々で、投資家や株主である。他にも間接に金銭的な利害が生じる対象としてビジネスパートナー、取引先、従業員、組合、利用者(消費者)などがある。

最近では、ステークの内容は名声・生活環境・安全など有形無形なものに拡大して解釈される。社会秩序や倫理、自然環境に与えるリスクを考慮すると、全人類や次世代までステークホルダーに含まれることもある。

国際保健の領域で使われるステークホルダーは、介入やプロジェクトを担当する援助機関・相手国実施機関、直接的に便益を受ける対象となるグループや組織、さらにプロジェクトの対象とならないが間接的に便益や不利益を受けるグループや組織である。プロジェクトが及ぼす影響を拡大して解釈すれば、ステークホルダーの範囲も拡大して考えなくてはならない。また、プロジェクトが意図的に影響を与える集団をターゲット・グループと呼び、ステークホルダーよりは限られた集団である。 
用語 スティグマ
概要

(英語訳:Stigma)

スティグマとは、元々は「烙印」と言う意味で、特定の事象や属性を持った個人や集団に対する、間違った認識や根拠のない認識を言う。スティグマは、その結果として対象となる人物や集団に対する差別や偏見となり、不利益や不平等、排除等のネガティブな行動の原因として社会的に問題となることが多い。保健医療分野では、ハンセン病結核HIV感染のような慢性感染症や性感染症、身体および精神障害者、先天性奇形の存在、社会的弱者、孤児、薬物常習者、低所得者、同性愛者等が対象となることが多い。つまり、このようなグループやグループに属する者に対する間違った認識や根拠のない認識が差別や偏見につながることで、さらに彼らにとって不利益となる。スティグマの生じる原因はメディアを含めた文化や社会的要因が複雑に絡まっており容易ではない。

自分自身に対しては “self-stigma”(自己スティグマ)と言う形で、自分自身の状況に対して自分自身に烙印を押し、これが、通常の社会活動への参加の回避、健康増進行動の回避、通常の保健医療サービスへのアクセスの拒否等の行動をもたらすことも問題になっている。スティグマを排除するためには、事象に対する正しい理解に加え、当事者自身の開示が効果的で、そのためには当事者自身が経験したことや望んでいること、必要としていることを話せる社会の理解と協力が必要である。(垣本和宏)
 

用語 スケールアップ
概要 (英語訳:Scale up)

これ自体が特別な用語ではないが、2006年頃からエイズ対策などのプログラムの中で汎用される言葉である。日本語では「拡大」とか「展開」と訳されていることが多い。

政府があるプログラムを開始する際に、ある一部の地域でパイロットとしてプログラムを開始し、パイロット終了後にパイロットを評価し、その後の全国展開の段階を「scale up phase」と呼ぶことがある。また、このような地理的な「スケールアップ」以外に、例えば、病院レベルのみで実施されていたエイズ治療を、保健所やコミュニティーレベルでも実施しようとするときも、「スケールアップ」と呼ぶことがある。

エイズ対策は、一部のパイロット地域や限られた施設でのプログラムの成功例は多くあるが、全ての住民にプログラムでの医療サービスが行き届くようにすることが一番の難しさとも言われている。一方、国連・WHOエイズ対策として2010年までに誰もがエイズ予防・ケア・治療へのアクセスを持つことを目指した「Universal Access」を打ち出しており、最近「スケールアップ」の言葉が多くの国で使用されるようになった。(垣本和宏)
用語 ジェネリック医薬品
概要

(英語訳 : Generic Medicine)

医師の診断によって処方される医薬品は、開発の経緯によって「新薬(先発医薬品)」と「ジェネリック医薬品(後発医薬品)」とに分類されまる。

医薬品を人に使用するのに先立ち、期待する効能・効果を有するか(有効性)、効能効果に比して著しく有害な作用を有しないか(安全性)などを証明する必要がある。そのため主成分である「有効成分に関する試験」と投与用に加工された「製剤化された医薬品に関する試験」が必要である。毒性試験、薬理試験及び治験と呼ばれる人による臨床試験など、新薬開発に要する期間は約9~17年、費用は約300億円以上かかる。国はデータに基づいて審査し、厚生労働大臣が承認したものだけが医薬品として流通が許される。

一方、ジェネリック医薬品は先発医薬品の長年の臨床使用経験を踏まえて開発、製造され、先発医薬品と同一の有効成分を同一量含有しており、対象とする疾病や発揮する効能・効果や使用方法・使用量(用法・用量)も基本的には変わらない。添加剤の成分や配合量が先発医薬品と異なるが有効性や安全性に違いが出ることがないように、ジェネリック医薬品の承認審査においては、生物学的同等性試験のテータの提出を求め、主成分の血中濃度の挙動が先発医薬品と同等であることが求められる。 有効性・安全性の評価が先発医薬品により既にある程度確立しているため、ジェネリック医薬品の開発期間は、約3-5年、費用も約1億円ですみ、情報収集・提供等に関する販売管理費も少額のため、低価格での提供が可能である。政府の政策的後押しにより、2005年から2015年の10年間にジェネリック医薬品の販売数量は1.7倍に増加している。(木村和子)  

用語 シャーガス病
概要 (英語名:Chagas' disease)

主に中南米において広く蔓延している寄生虫疾患で、貧困層家屋の土壁に多く生息するサシガメが媒介している.サシガメは吸血すると糞をするが、その中にトリパノソーマという寄生虫が生息し.刺口部の痒さから手でこすることにより寄生虫は傷口や眼より感染する.心臓の筋肉に寄生虫が入り込むと心機能(しんきのう)が低下し、消化官に侵入した場合はが、腸 や食道が袋状に巨大化し機能障害を起こすが、病状が進行した場合の効果的治療法は未だ確立されていない。これらのことから、感染予防と家屋内の殺虫剤散布によるサシガメの駆除、初期診断治療を徹底することが重要な戦略となっている。

1990年代には中南米全体では約1,000万人が感染し、毎年約20万人が新たに感染していた。このようななか1998年第51回国連世界保健総会において、「2010年までにシャーガス病の感染中断を達成させる」こと が決議された。これを基にWHOパン・アメリカ地区事務局(PAHO)ではJICAのほかカナダなどの国際機関やMSFなどのNGO?とのパートナーシップ形成を進め、大規模な対策がリージョンで進んだ。この結果、現在では制圧の一歩手前の最終段階まできていると各ドナーは報告している。

また世界的には近年、Chagas' diseaseはNTD:Neglected Tropical Disease?の一つとして位置づけられ対策が進められることになった。(小林潤)
用語 コンピテンシーモデル
概要 (英語訳 : Competency Model) 

コンピテンシーの定義には幅がみられるが、包括的には「仕事上の役割や機能をうまくこなすために個人に必要とされる、測定可能な知識、技術、能力、行動及びその他の特性のパターン」(アメリカ合衆国人事管理庁)と定義されている。共通しているのは、?行動に表れている、表すことができること、?その能力、特性が結果や成果と結びつくものであることであり、我が国の人事院人物試験技法研究会では、コンピテンシーを「行動に表れる能力、特性。結果や成果と結びつく能力、特性。」と定義し、いわば職務遂行能力と捉えている。

WHOでは、WHOグローバル・コンピテンシー・モデルを作成し、結果をだす仕事ができる人材育成の方針を明らかにしている。コア・コンピテンシー7項目(?信頼できる効果的なコミュニケーション、?自己認識・自己管理、?成果を生み出す行動、?変化する環境への対応、?統合とチームワークの育成、?個人・文化相違の尊重・奨励、?規範の設置)、マネージメント・コンピテンシー3項目(?自己裁量権をつくり労働環境の活性化、?資源の効果的な利用、?組織内・外の連携の強化)、リーダーシップ・コンピテンシー3項目(?将来の成功への起動、?新制度・組織的学習の促進、?WHOの位置づけの促進)の計13項目について、定義、効果的行動特性、非効果的行動特性を整理している。(水嶋春朔)
用語 グローバルヘルス
概要 (英訳:Global Health)

保健医療問題が国境を越えて拡がる事が多くなってきた。発展途上国、工業国にかかわらず国際保健医療の問題が発生して健康格差が生じている。

これらの問題の実態を明らかにして解決方法を探り対策を講じる必要性が増している。今までインターナショナルヘルスが一般に使用されてきたが、地球規模の問題は国境の概念を超えるので用語にもグローバルヘルスが導入、使用され始めている。

交通運輸の革命的発展がこれらの進行を促進している。国際政治の世界的展開にも関わりグローバルヘルス問題はますます関心を集める様になっている。地球環境問題の影響の拡がりも大きな要因である。世界の保健医療問題を世界規模で対応するのは国連の世界保健機関(WHO)であるが、各国共に関心が増大しODA, 財団などNGOも積極的に乗り出している。

グローバルヘルスで対象となる分野は極めて広いが、従来からの懸案として挙がっているのは感染症、母子保健、栄養不足問題などインターナショナルヘルスと同様であるが、難民の保健問題、糖尿病など栄養異常問題、生殖医学、生命倫理などを取り入れる立場もある。感染症問題ではエイズ結核マラリア(ATM)が三大感染症として大きく取り上げられているが、その他にも生命に大きく関わる下痢症、呼吸器感染症などに支援がなされている。

ワクチンで予防できる感染症は世界規模で対策が進められていて天然痘の根絶成功いらいポリオ、麻疹などに進展が期待されている。インフルエンザ、SARSなども地球規模(Global)の対策が必須である。如何にして対応するかが国際的な競争の中で研究、実行されている。(石井 明)
用語 グローバルエイジング
概要 (英語訳 : Global Ageing)

国連の人口推計によれば、2015年の世界人口において65歳以上人口が占める割合は8.3%であるが、この割合は2050年にはほぼ倍の15.8%に上昇する。世界全域で高齢人口割合は上昇するが、いまだ低いアフリカ地域においても、高齢者数に注目すると、2010年から2030年にかけて高齢者数は倍増し、アジアやラテンアメリカと同様の伸びを示す。人口高齢化は、出生率・死亡率の低下、若者の移出といった要因によりもたらされる。死亡率が低下した長寿社会が高齢社会であり、それは祝福すべきことであるが、低すぎる出生率、多すぎる若者の移出は社会の存続をおびやかすものである。保健分野に注目すれば、高齢化により慢性疾患が増加し医療費の増大をもたらすが、さらに低・中所得国では早すぎる人口高齢化により、感染性疾患と慢性疾患のいずれもが蔓延する二重負担(Double Burden)状態となっており、保健システムの拡充が求められる。2002年にスペイン・マドリッドで開催された高齢者問題世界会議(国連主催)では、世界全域における高齢化に対し、活動的な高齢化(Active Ageing)の推進をはじめ、高齢者の活発な社会参加と開発、環境整備を謳っている。(林玲子)
用語 グローバリゼーション
概要 (英語訳 : Globalization) 

モノ、サービス、資本、情報、人、文化など、経済活動をはじめとする人間の様々な営みが国家の枠組みを超えて地球規模に拡大することをいう。交通・通信手段の発達によって可能になった。グローバリゼーションの波は過去3回あるとされ、1回目の1870~1914年には世界中で1人当たりの所得が急上昇し、2回目の1950~80年には先進国の経済統合が進んだ。3回目に当たる現在のグローバリゼーションは1980年ごろからとされ、途上国の世界経済への統合が進みつつある。こうした中、統合に成功した途上国では経済・社会的な成長が見られる一方、潮流に取り残された途上国では20億人もの人々が経済の縮小や貧困の拡大の中で暮らすなど、途上国間で格差が広がっている。グローバリゼーションの影響は経済的側面だけに限らない。世界中に張り巡らされたインターネット網・テレビ映像から伝えられる外国の情報やそれに付随した価値観は自国の伝統的な文化・社会的制度の変容を加速させ、また大量高速輸送網に支えられた頻繁な人の移動は感染症の急速な拡大を容易にする。2002年に中国で最初の感染が確認されたSARS(重症急性呼吸器症候群)は、北京や香港からの人の移動によって瞬く間に世界に感染が広がり、グローバリゼーション時代を象徴する公衆衛生学上の新たな課題として世界中から大きな注目を集めた。(小堀栄子)
用語 クワシオコール・マラスムス
概要 (英語:Kwashiorkor ,Marasmus)

クワシオコール、マラスムスは、重度低栄養の病態分類である。クワシオコールは主にタンパク質の摂取不足が原因とされ、体重減少は比較的少なく、特徴的な両足の浮腫をもって診断される。一方マラスムスはエネルギー摂取不足が原因とされ、体重減少が極めて顕著であるため、身長対体重が70パーセンタイル未満あるいは -3SD未満で診断される。しかし実際には両病態を合併する場合(マラスミッククワシオコール)も少なくない。コミュニティにおいては、簡易的に上腕周囲径(MUAC:Mid-upper Arm Circumference)を測定し、スクリーニングすることもある。

これらの重度低栄養は特に小児に多くみられ、低血糖症、低体温症、各感染症、重度電解質平衡異常などの、小児にとっては生死にかかわる疾病をきたすことも多い。このため一連の治療計画として、アセスメント、治療、マネジメント、規則的な栄養供給、そしてモニタリングが必要である。回復には数週間を要し、低栄養状態が繰り返すことのないよう、計画的な退院を実施する。さらに近年では、WHOUNICEF?により、ビスケットやペーストのようなすぐ食べられる治療食(RUTF:Ready to use therapeutic foods)を使用し、合併症のない重度低栄養の子どもを対象としたコミュニティベースの試みも始められている。(野村真利香)
用語 キー・インフォーマント・インタビュー
概要 (英語訳:Key informant interview)

キー(重要な)インフォーマント(情報提供者)に対するインタビュー(直接の聞き取り)である。

人類学では、研究対象となる社会、文化の一員であり調査者が知りたい事柄に精通し、概念、言語、世界観、具体的事例などに関して口述で詳細な表現ができる人のことを指す。

キー(核となる重要な)という言葉から研究対象地域で、地域リーダー、教師、医療スタッフなど、社会的役割を担っている人という意味で誤用されている時があるが、本来は調査のトピックに関して知識がある重要な情報を持っているという意味でのキー・インフォーマントである。

実験における被験者、心理学研究における被験者、アンケートを使う社会調査の回答者と異なる点は、元々長期にわたり調査地域に入り込みフィールドワークを行う研究者に対して、現場において研究者と密接に接触し情報提供を行うことである。

そのため、ラポール(友好的な人間関係、信頼関係)の構築が必須である。また、原則的にはこの様なインフォーマントから十分な情報を得るためには、一度のインタビューでは十分でないため、複数回のインタビューを重ねる必要が出てくる。

通常、構造化インタビューではなく、調査トピックの大まかな枠組みの中で自由且つ臨機応変に質問を行って、インフォーマントやその周辺の人々の考え方、価値観、意見などに対して内容を深めながら聞き取る方法である。その意味ではキー・インフォーマント・インタビューとIn-depth-interviewとほぼ同義語といえる。(松山章子)
用語 キャパシティ・ディベロップメント
概要

(英語訳 : CD, Capacity Development) 

キャパシティ・ディベロップメント(CD)の概念化・理論化に最も早くから取り組んでいる国際機関の一つである国連開発計画(UNDP)は、キャパシティを「個人・組織・社会が、期待される役割を果たし、問題を解決し、目標を設定してそれを達成する、自立発展的な能力」、CDを「個人・組織・社会がキャパシティを獲得し、高め、維持していく経時的な過程」と定義している。また、日本政府の援助機関であり、被援助国のCDを重視する国際協力機構(JICA)によると、CDとは「途上国の課題対処能力が、個人、組織、社会などの複数のレベルの総体として向上していくプロセス」である。

このように、CDの定義にはいくつかのバリエーションが見られるが、多くに共通するのは、被援助国自身の自立的な問題解決能力の獲得・向上・維持(主体性・自立性)に焦点を当て、個人、組織、制度・社会という複数のレベルにおける総合的な能力向上(複層性・包括性)を重視する視点である。

なお、キャパシティ・ビルディング(Capacity Building)については、CDとほぼ同義で用いられることもあるが、?個人または組織における個別的能力向上に限定した概念、?能力向上を促す外からの介入行為に焦点を当てた概念、?単発的な能力向上に焦点を当てた概念として、包括性、自発性、継続性を重視するCDと区別して用いられることもある。(瀧澤郁雄)

用語 カナダグローバル連携省
概要 (英語訳:Global Affairs Canada)

カナダにおける国際協力の窓口機関であったカナダ国際開発庁(Canadian International Development Agency: CIDA)が、外務国際貿易省(Department of Foreign Affairs and International Trade: DFAIT)と2013年に統合されて外 務 貿 易 開 発 省(Department of Foreign Affairs, Trade and Development: DFATD)となった後、更に改組されて設立された、国際開発大臣のもとで開発について取り組むカナダの政府開発援助の主要な実施機関。全実施機関の*1約53.4億カナダドル(2016~17予算年度)のうち、約39.1億カナダドル(約73.2 %)がGlobal Affairs Canadaを通じて提供されている。

カナダ全体では、アフリカへの協力が中心となっており、2016年のODAは34%を占め、アジア(大洋州含む)の18%と続いている。二国間で見ると、2016年はアフガニスタン、エチオピア、マリの順で多くの支援を行った。分野別では保健分野に対しての協力は二国間協力総額の約20.4%を占めている。さらに、カナダの知見と組織の活用も積極的に進めており、2016年の二国間ODAのうち、市民社会組織(CSOs)を通じた協力が28.9%を占めている。(平岡久和)
用語 オーナーシップ
概要
 (英語訳:Ownership)

オーナーシップとは、一般的には「所有者であること、所有権」などを指しているが、国際保健の分野では、「援助機関が考えて途上国の人々に何かをさせる(donor-driven assistance)」という考え方に対して、「途上国の人々が自分で考えて、自分で実施していく」という考え方を指す。すなわち、例えば世界銀行はCDF(Comprehensive Development Framework)の中で、Country ownershipについて「途上国やその政府が運転席にいること」と表現しているが、別の言い方をすると「途上国主導で計画策定・実施・モニタリング・評価がなされること」であり、さらに現場に近いレベルでは、途上国の機関や職員のオーナーシップを指す場合もある。すなわちオーナーシップとは、取りも直さず「途上国(の人々)が主体的に事業を行うこと」あるいはそのような「意識」を指す場合が多い。(明石秀親) 
用語 オペレーショナルリサーチ
概要

(英語訳 : operational research [英], operations research [米])

オペレーショナルリサーチは、国際保健分野においては、アクションリサーチやインプリメンテーションリサーチと同じ意味で使われることが多いが、数学的・統計的モデル、アルゴリズムの利用によって、複雑なシステムにおける意思決定を支援し、また意思決定の根拠を他人に説明するためのツールとして用いられるなど、複数の用法が混在するため、注意が必要である。そのため、定義も標準化に至っていないが、提案されている定義の多くに共通するのは、その研究の目的を、研究対象のプログラムの質、有効性、または適用範囲を高めることができる介入、戦略、またはツールに関する知識の検索をするため、あるいはより具体的に保健プログラム実施上の課題に対して対応策を検討するため、と定めている。つまり、オペレーショナルリサーチの重要な要素は、保健プログラムの活動(予防、ケア、または治療)の実施中に遭遇する制約と課題を特定することによってリサーチクエスチョンを同定し、これらの質問に対する回答が直接的・間接的に問題を解決し、ヘルスケア提供の改善に寄与することである。もちろん、これは一度に起こるわけではなく、しばしば連続的かつ反復的なプロセスとなる。

その方法論としては、記述研究 (もし強力な分析要素が存在する場合、横断研究)、症例対照研究、後ろ向きまたは前向きコホート研究の3つが主に用いられ、基礎科学研究やランダム化比較研究は通常含まれない。また、データ収集方法に着目し、既存のデータ収集メカニズムを通じて収集されたデータを用いる調査・研究をオペレーショナルリサーチとして、インプリメンテーションリサーチと区別する定義を提案するものもある。いづれにしても、伝統的な科学研究が、全ての状況にあてはまる「一般化」される成果をめざすのに対し、特定のプログラムの実施上の課題に対する対応策を検討するため、特殊な状況や地域特性などに焦点をあてることを目指すことに特徴付けられると言える。

一方、数学的・統計的モデルを用いて意思決定を支援する、古典的な意味でのオペレーショナルリサーチの保健への適用も、保健システム管理や病院管理などの分野で試行されているが、先進国での実施が多いようである。(野崎威功真)

用語 オタワ憲章
概要

(英語訳:Ottawa Charter)

1986年、カナダのオタワにおいて第1回ヘルスプロモーション世界会議が開催され、その成果がオタワ憲章としてまとめられた。憲章のなかで、ヘルスプロモーションは、「自らの健康を決定づける要因を、自らよりよくコントロールできるようにしていくこと」と定義し、健康とは「・・・日々の暮らしの資源の一つであり、生きるための目的ではない」としている。このようにオタワ憲章では、健康を目的としてではなく手段ととらえている。健康の改善には必要な条件があることも示している。平和、シェルター(住居)、教育、食料、収入、安定した生態系、持続可能な資源、社会正義、公平である。

オタワ憲章は健康改善のための以下の5つのヘルスプロモーション戦略を示している。1) 健康的な政策づくり、2) 健康を支援する環境づくり、3) 地域活動の強化、4)個人の技術の開発、5)ヘルス・サービスの方向転換。この5戦略はその後のWHOによる、健康都市や包括的学校保健活動など、世界規模のヘルスプロモーション活動の基盤をなしている。

さらに、ヘルスプロモーターの新たな役割として、以下の3点をあげている。1) advocating(政策提言を行う):健康は社会的、経済的、個人的発展のための資源であり、目的ではないという立場をとる、2) enabling(能力をひきだす):すべての人が、健康になるために自らの潜在能力を発揮できるような支援を行う、3) mediating(調停を行う):他分野間との協調をはかる。(渡部明人)

用語 オゾンホール
概要

(英訳名:Ozone hole)

オゾン(O3)は酸素(O2)が紫外線のエネルギーを受けることで作り出され、さらに自然と分解される反応を繰り返している。大気中のオゾンの9割は成層圏に存在し、標高20-30kmに層状になっており、オゾン層と呼ばれる。オゾンは紫外線を吸収する性質があるため、地球に降り注ぐ太陽からの紫外線を吸収する役割を担ってその97-99%は吸収される。かつて1970年代にオゾン層が-約4%一定に減少し、また春期に南極・北極上空にて大量に減少-が観察されたりした。オゾンホールとは、後者の事象を指しているが、その原因は、オゾンを分解する化学物質(フロンやハロン)が人間の活動で大量に消費されたことで、オゾン生成と分解のバランスが崩れたことがあげられる。1987年、問題解決を目指し、モントリオール議定書により、オゾン層を破壊しない代替物質の利用が推し進められた。現在、それら代替物質の使用が広まり、オゾンホール問題は解決の兆しがみえてきた。現在の状態が継続すれば、オゾンホールは2050年頃までに完全に閉じるとされている。(星知矩(門司和彦))

用語 エンパワーメント
概要 (英語訳:Empowerment)

WHOヘルスプロモーションにおけるエンパワーメントを、「人々が自分の健康に影響のある意志決定と活動に対し、より大きな支配力(原語control)を得る過程である」と定義している。開発途上国の開発分野では、1970年代以降ジェンダーの視点が取り入れられ、1980年代以降は自助・自立を通して女性たちが力を付け、変革の主体となっていくことをめざす女性のエンパワーメントが重視されるようになった。1995年に開催された国連社会開発サミット(コペンハーゲン)では、貧困が女性に与える影響が指摘され、貧困対策、健康と教育への投資、人々の福祉の増進、女性の開発過程への参画が重要課題となった。女性のエンパワーメントとは、女性が主体的に判断し行動する能力、自らの力で計画・決定・運営していく能力を伸ばし、女性たちの置かれている状況を自ら変えていく能力を高めていくこと、換言すれば女性が様々な能力を修得し、社会参画のために力を付けること、すなわちエンパワーすることを意味している。このことが就業の機会、教育、医療などにおいて、女性と男性の格差を無くし、ジェンダーの平等につながるのである。(丹野かほる)
用語 エンパワメント
概要 (英語訳:Empowerment)

エンパワメントは、一般に個人や社会集団が当事者のニーズや関心を表明し、意思決定に参加する手段を講ずることによって、当事者のニーズが満たされるような政治的、社会的、文化的行動を起こすことができるようになることを意味する。個人のエンパワメントでは、たとえば健康を事例とすると、自分の健康に関する意思決定ができ、健康の保持増進のために自分の生活をコントロールする能力を身につけることに該当する。一方、コミュニティ・エンパワメントでは、コミュニティに属する人々が集団として行動し、自分たちの健康やQOLに関わる要因に対して自発的に調整することに該当する。エンパワメントは、ヘルスプロモーションを達成するための重要な方略でもある。人々は、外部者からエンパワーされるのではなく、自分が本来もっている力を用いて自らをエンパワーするのであり、外部者はそのプロセスを促進するファシリテーター、触媒、あるいは伴走者としての役割を果たす。(柳澤理子)
用語 エンデミック、エピデミック、パンデミック
概要 (英語訳:Endemic, Epidemic, Pandemic)

エンデミック、エピデミック、パンデミックはいずれも疾病の罹患状況(流行状況)を疫学的に説明する用語であり、違いを理解しておくことが重要である。これらは流行規模の違いがあり、地域的規模なものはエンデミック、中規模なものはエピデミック、そして大規模で広範囲にわたるものがパンデミックである。
エンデミックは、一定の地域または対象人口において、ある疾患が、継続的(慢性的)に発生している状況を意味する。たとえば風土病と言われるものがこのエンデミックにあたる。

エピデミックは、ある地域または対象人口において、ある疾患で、通常より多数の罹患が一定期間に急に発生する状況を意味する。その地域や対象人口に今まで存在しなかったまたは過去に存在していたが最近は曝露することが少なかった病原体が外部から流入すること、つまり集団免疫が成立していない状況で生じることが多い。突然生じるため、予測が困難なことが多いが、早期に状況を察知するシステムを確立し、察知した場合には早期に対策を講じることで、拡大を防ぎ、社会への影響を軽減することができる。

パンデミックは、エピデミックとなった疾患が、ある地域、国、大陸を超えて広範囲で同時期に流行し、大多数の人々がその疾患を罹患する状況を意味する。疾患によっては多数の死者を出す場合もある。パンデミックについてもエピデミックと同様に、国際的にその状況を早期に察知し、対策を講じる必要があり、世界保健機関(WHO)を中心に、各国政府、自治体、経済産業団体などが行動計画を作成し、パンデミックに備えている。(宮野真輔)
用語 エンデミック、エピデミック
概要 (英語訳 : endemic、epidemic) 

エンデミックとエピデミックはどちらも「流行・地方流行」などと訳されることが多いが、明確に区別しなくてはならない。感染症のエンデミックは一定の地域に一定の罹患率で、または一定の季節的周期で繰り返される常在的な状況である。特定の地域に強く限定される場合は「風土病」と呼ぶ。

一方のエピデミックは一定の地域にある種の感染症が通常の期待値を超えて罹患する、またはこれまでは流行がなかった地域に感染症がみられる予期せぬ状況で、一定の期間に限られた現象である。エンデミックは予測することができるが、エピデミックでは予測は困難である。エピデミックの規模が大きくなった状況をoutbreakと呼び、エピデミックが同時期に世界の複数の地域で発生することをパンデミック:pandemicと呼ぶ。

エンデミック, エピデミック, パンデミックの使い分けは感染症の種類や通例によって厳密ではない。デング熱では、周期的(典型的には4年周期)に出現するデング熱の流行をエピデミックとして、流行が一層進行し毎年デング熱が流行している状況、さらに通年的に流行している状況をエンデミックとする。通常の感染症対策はエンデミックに対して対策法を計画する。エピデミックは予期せぬ流行であるため対策は一層困難である。

エンデミックと同様に前もって対応を準備するだけでなく、エピデミックでは予想される流行にインパクトを軽減(減災)する対策やエピデミックを予知する、または迅速にエピデミックを判断する方策を開発しなくてはならない。  
用語 インフルエンザ
概要 (英語訳:Influenza)

原因となるインフルエンザウイルスにはA・B・Cの3つの型があるが、ヒトで流行するのはA型とB型である。

A型インフルエンザウイルス表面には赤血球凝集素(HA)とノイラミニダーゼ(NA)という糖蛋白があり、これらの型の様々な組み合わせにより、ウイルスの抗原性が決まる。

ブタやトリなどヒト以外の宿主に分布するウイルスもあるが、ヒトに感染するA型インフルエンザウイルスは数10年ごとに突然別の亜型が出現する。これが、新型インフルエンザの登場である。

人々は新型ウイルスに対する免疫がなく、大流行となり多大な健康被害につながる。1918年には新型のスペインかぜ(H1N1)が世界各地で猛威をふるい、全世界での罹患者6億、死亡者は2000~4000 万人にのぼったといわれる。昨今は、トリの高病原性ウイルスA/H5N1が、ヒトの間で新型インフルエンザとして流行するのではと危惧されている。

インフルエンザの臨床症状は、急に現れる発熱、頭痛、全身倦怠感、筋肉痛などであり、通常の感冒と比較して全身症状が強い。高齢者では呼吸器系合併症により死亡する場合がある。小児では脳症の合併が特に日本で多いとされている。
抗インフルエンザウイルス剤としては、現状ではM2イオンチャンネル阻害薬(アマンタジン)とノイラミニダーゼ阻害薬(オセルタミビル、ザナミビル)が入手可能である。(中野貴司)
用語 アルマ・アタ宣言
概要

(英語訳:Declaration of Alma Ata) 

1978年9月、旧ソ連邦のカザフ共和国の首都(当時)アルマ・アタに、WHOUNICEFの主導で、世界の134カ国、67国際機関の代表が集い、プライマリ・ヘルス・ケア(PHC)について出された、歴史的な宣言である。同宣言によれば、「PHCとは、実践的で、科学的に有効で、社会に受容されうる手段と技術に基づいた、欠くことのできない保健活動のことである。 PHCは国家の保健システムの中心的機能と主要な部分を構成するが、保健システムだけではなく、地域社会の全体的な社会経済開発の一部でもある。 PHCは、国家保健システムと個人、家族、地域社会とが最初に接するレベルであって、人々が生活し労働する場所になるべく近接して保健サービスを提供する、継続的な保健活動の過程の第一段階を構成する。」*1

PHCは以下の4つの原則に立つ(Kaprio LA)。即ち1)住民のニーズ尊重、2)住民参加、3)地域資源の有効活用、4)包括的保健システムを地域で担うことである。
アルマ・アタ宣言は、東西冷戦の谷間の短い平和の時期に起きた一つの奇跡と言えるが、当時の中ソ対立の結果として、中国の保健ボランティア(はだしの医者)の養成と活用といった、PHCのモデルを作った中国の参加を得られないなどの皮肉を生んだ。

21世紀においてアルマ・アタ宣言は、MDGs(ミレニアム開発目標)やUHC(Universal Health Coverage)、更に2015年新たに確定された、グローバルな持続的開発目標SDGsの達成に、不可欠な戦略と考えられるようになった。(本田徹)

*1 : 高木史江訳

用語 アジア開発銀行
概要

(英語訳:ADB, Asian Development Bank)

1966年にアジア地域の経済発展と域内協力を推進するために設立された国際金融機関で、本部はフィリピンのマニラにある。2017年末現在で67か国(アジア域内48、米国、英国など域外19か国)で構成され、日本はその中で最大の出資国であり、議決権数も最大、さらに設立以来9代にわたって日本人が総裁を務めている。

事業では、融資、技術支援、無償支援など(2017年コミットメント額約203億ドル)により、主にエネルギー、金融、運輸・交通セクターなどの分野の開発を推進している。また、信託基金や協調融資(2017年コミットメント額約119億ドル)を積極的に取り入れて事業規模の拡大が図られている。

保健分野では2015年9月に「保健事業計画2015-20」が立案された。同計画においては、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(Universal Health Coverage: UHC)実現にむけて、保健インフラ、ガバナンス及び財政部門への投資を優先課題として協力を推進することとしている。また、2017年のコミットメント額が約2.1億ドルに留まっている保健分野への事業に関しても、ポートフォリオ内訳としてアジアで1%、大洋州で2%(ともに2014年)であるものを、2020年までにそれぞれ3%、5%まで拡大することが企図されている。(平岡久和)

用語 アジアインフラ投資銀行
概要 (英語訳:AIIB, Asia Infrastructure Investment Bank)

アジア地域の相互接続性及び経済統合並びに既存の多国間開発銀行との協力を理念として中国が主導して2013年に設立が提唱され、2016年1月に開業した国際開発金融機関。本部は中国の北京。初代総裁は世界銀行(WB)やアジア開発銀行(ADB)での勤務経験がある金立群(Jin Liqun)が2016年1月から5年間の任期で選任された。

創設時は57か国であったメンバーは、2018年10月時点で87か国(手続き中を含む)となっているが、ADBを主導する日本と米国は加盟していない。2018年10月現在で中国は約31.0%を出資し、議決権は約26.6%を占めている。議決権が2番目に多いのはインドの約7.6%、アジア域外加盟国全体では約25.0%である。

2016年6月に最初の事業として、バングラデシュの電力改善融資及び3件の協調融資案件の総額約5億ドルが承諾されて以降貸出しが展開され、2017年末までに23件が承諾されている。(平岡久和)
用語 アウトリーチ活動
概要 (英訳:Outreach activities)

アウトリーチとは、一般的に言って「コミュニティーにいる人々、特に事務所や病院などに来ることができない、あるいはあまり来ない人々に対して、ある機関がサービスやアドバイスを提供する活動」(オックスフォード現代英英辞典)をいう。国際保健の分野では、医療従事者や職員が病院やヘルスセンターなどの保健医療施設から外に出て、それらの医療施設にたどり着くことが地理的、経済的、社会的、文化的など様々な理由で困難な地域の住民に、直接、診療や予防接種、あるいは健康教育などの保健医療サービス提供を行うことを指す場合が多い。(明石秀親)
用語 たばこ規制枠組み条約
概要 (英語訳 : Framework Convention on Tobacco Control) 

喫煙の健康への影響が明らかになり、先進国で喫煙率が低下する一方でたばこ産業は販売促進の対象を途上国に移しつつある。途上国ではその健康に及ぼす影響が比較的若年齢から現れる傾向にある。

WHOはたばこ対策を最重点施策の一つとしてとりあげ、たばこが健康・社会・環境及び経済に及ぼす影響から現在及び将来の世代を保護することを目的として、たばこ規制枠組み条約の制定を目指した。その内容は、健康警告の表示、間接税の増税、たばこの広告や催し物のスポンサーとなることの禁止、販売促進活動の禁止、公共の場所や職場におけるたばこ規制(受動喫煙からの保護)、自動販売機に関する措置、喫煙の健康に与える悪影響についての普及・啓発、教育、喫煙指導の実施などである。2003年5月の世界保健総会において全会一致で合意され、2005年に発効した。我が国は2004年6月に批准した。なお、2008年4月現在、128ヶ国が批准している。(江上由里子)
用語 う蝕経験歯数
概要 (英語訳:DMF, Decayed, Missed, Filled)

1938年にKlein Hらによって開発されたう蝕(むし歯)(dental caries)を評価する指標である。う蝕に罹患すると自然治癒が期待できないために、経験歯数として表すべきだとして、未処置歯、処置歯、喪失歯の合計をDMFと表記された。この指標は地域や集団におけるう蝕状況を表す指標として広く用いられている。大文字のDMFは永久歯のう蝕を表すのに対して、小文字のdmf(def)は乳歯う蝕を示している。

D(d):Decayedの略で保存可能な未処置歯
M(m):Missing because of cariesの略でう蝕が原因の抜去歯
F(f):Filledの略でう蝕が原因で修復した歯
e:乳歯の未処置歯の要抜去歯

乳歯は、う蝕の有無に関係なく生理的に脱落するので、永久歯のMに相当する歯の計上は困難であるとからdefを使用する。ただし、永久歯の萌出が始まる以前の年齢ではdmf方式の使用は可能である。

DMF方式を用いた集団におけるう蝕状況を示す指数には下記のものがある。
DMF者率=DMFのいずれか1歯を有する者の数/被験者数×100(%)
DMFT指数(一人平均DMF歯数)=被験者のDMF歯数の合計/被験者数
DMFS指数(一人平均DMF歯面数)=被験者のDMF歯面数の合計/被験者数
DMF歯率=被験歯のDMF歯数の合計/被験歯数(D+M+F+健全歯)×100(%)

WHOのGlobal Oral Data Bankに100カ国以上の12歳児のDMFT指数(DMFT index)が公開されている。(深井穫博)
用語 VCT
概要

(英語訳:Voluntary Counseling & Testing)

自発的にHIV検査を受ける方法として、人権尊重の観点から1980年代後半から推奨されてきた。VCTでは、検査前のpre-test counsellingと、検査、post-test counsellingの順番で実施される。Pre-test counsellingでは検査前に検査を受ける理由や結果を知ることの有利な点と不利な点を話し合い、最終的にクライアント自身がHIV検査を受けるかどうかを決定する。Post-test counsellingでは、もし結果が陽性であれば適切な治療を含めたケアへのアクセスのエントリーポイントととなり、陰性であれば受検者にHIV感染予防の情報と知識を与えることになる。

しかし、近年ではHIV陽性者への治療拡大や母子感染予防のため、HIV陽性者の確認を積極的に行う必要が出てきた。HIV検査受検の自発性に大きく依存するVCTでは、HIV検査受検率が十分に高くならないことなどから、最近ではHIV testing and counselling(HTC)やprovider-initiated TC(PITC)といったような実施方法が主流となり、VCTと言う言葉は最近では使われることが少なくなってきた。最近では、このようなサービスをHIV testing services(HTS)と称する傾向にあり、VCTにあった “pre-test counselling”は “pre-test information”に置き換わっている。WHOは、HIV検査に当たっては、「5 Cs」(Consent:同意、Confidentiality:守秘性、Counselling:カウンセリング、Correct test results:正確な検査結果、Connection/linkage to prevention, care and treatment:予防とケア、治療への接続)が必要と強調している。(垣本和宏)
 

用語 Unmet Need
概要 "need"の定義は、「プロフェッショナルの視点から捉えた、ある対象集団の課題」である。したがって"unmet need"は、「課題があるにもかかわらず、それが解決されない状態である」ことを記述的、定性的、あるいは定量的に示す。つまり、対象集団の"need"が確定してはじめて"unmet need"を示すことができる。
"need"と"unmet need"の考え方は、どの保健医療サービスにも適用することができる。本項では、一例として母性保健で用いられる"unmet obstetric need"を例にとって解説する。

ベルギー・アントワープ熱帯医学研究所に事務局を置くUnmet Obstetric Need Networkは、妊産婦死亡低減のための政策決定およびプログラム策定等に資する臨床疫学研究を世界各国で実施し、その系統的解析を行うことで、公衆衛生学的知見を集積・活用する目的で設立された。ここで"need"は「妊産婦死亡に至る重篤な合併症を発症した妊産婦のうち、救命のために帝王切開などの外科的医療介入を要する事態」と定義し、その発生率は全分娩のおよそ1.1-1.3%と推定されている。

ある地域・期間を設定した場合、その条件下での分娩数は推計が可能である。また、その地域からアクセス可能な産科医療施設で調査をすることで、当該期間中に対象地域に居住する妊産婦に対して実施された帝王切開などの医療介入数、およびその適応疾患名を調査し集計することができる。したがって出産数の一定割合(1.1-1.3%)を"need"、実施された医療介入数を"met need"とすることで、外科的医療介入が必要であったにもかかわらず、その利用ができなかった妊産婦数を"unmet need"として計算することができる。今回の文脈では、重症合併症を有したにも関わらず、救命のための外科的手段が受けられなかった妊産婦、すなわち把握することができなかった妊産婦死亡数の代替指標として用いることができる。

妊産婦死亡率は一般的に国という地理単位でしか推計できず、またその経時的変化を有意に検出することが難しい。一方で上述のunmet obstetric need指標は、より数が少ない対象集団の数年間の推移を観察することができ、また推定死亡を県・郡別に示すことができるため、政策決定、プログラム策定およびモニタリング・評価に用いやすいという特徴がある。(松井三明)
用語 R&D(研究開発)
概要 (英語訳:Research and Development) 

保健研究開発の潮流は、世界保健総会 World Health Assembly (WHA) の決議を見ると理解しやすい。
2016年5月の WHA では、23号決議 (WHA69.23「研究開発に関する専門家諮問作業部会:資金調達と調整」の報告のフォローアップ) でR&D に言及している。これは 2013 年の同名の決議 (WHA66.22) に沿ったものである。
全ての人が過不足なく医薬品を使用するためには、適正な R&Dが重要である。そのためには高価な医薬品のみでなく安価な医薬品を開発し、先進国で問題となる疾患のみならず、開発途上国で影響の大きい疾患も研究する必要がある。 
このような R&D の不均衡を避けるための組織が「保健研究開発 グローバル・オブザーバトリー (Global Observatory on Health R&D)*1」である。そのウェブサイトでは、人口統計や研究資金など、様々なデータが得られる。これによって、それぞれの地域や疾患に対して、適切な研究開発が行われているかというモニタリングが出来る。
しかし、R&D の公平性は必ずしも保たれているとは言えず、例えば、主に低所得国および低・中所得国で問題となっているマラリア結核は、保健研究開発に関するグローバルファンドの 1% が費やされているに過ぎない*2。資金の確保とのその配分は、現在グローバルヘルスが抱える大きな課題である。(神作麗) 

*1  :  http://www.who.int/research-observatory/
*2  :  http://www.thelancet.com/pdfs/journals/lancet/PIIS...
用語 QOL
概要 (英語訳:Quality of Life)

人生の質、生活の質などと訳される。1940年代末から臨床場面でとりあげられてきたが、近年は地域社会におけるヘルスプロモーション活動の最終ゴールをもQOLと位置づけるようになってきている。健康になることだけがゴールでない。今ある健康を手段として用い、いかにQOLを高めるかもまたゴールとされている。Spilker Bによれば、QOLは5つの領域から構成される。身体、心理とウェルビーイング、人間関係、経済・仕事、宗教・スピリットの5つである。QOLは、健康と直接関連のあるQOLと健康と直接関連のないQOLに分類される。健康と直接関連のあるQOLがカバーする領域は身体、心理とウェルビーイング、人間関係、宗教・スピリットなどである。これらを評価するための尺度としては、健康プロファイル型尺度としてSF-36, WHOQOL等がある。選考に基づく尺度としては、EuroQOLなどがある。健康と直接関連のないQOLがカバーする領域は、価値観、ソーシャル・ネットワークや仕事、物的環境(水、空気など)、文化施設など幅広い。この領域を包括的にカバーする尺度はまだ開発されていない。(神馬征峰)
用語 HIV/AIDS
概要

(英語訳:Human Immunodeficiency Virus/Acquired ImmunoDeficiency Syndrome)

 1981年に米国において免疫不全からニューモシスチス肺炎を発症した男性患者が発見され、初めてこの疾患が後天性免疫不全症候群(Acquired immunodeficiency syndrome: AIDS)と名付けられた。1983年にはこの疾患の患者のリンパ節から新しいウイルスが発見され、これがヒト免疫不全ウイルス(Human immunodeficiency virus: HIV)と名づけられ、HIVがAIDSの原因ウイルスとされた(2008年、HIVを発見した業績で、パスツール研究所のバレシヌジ(Barr_-Sinoussi)博士とモンタニエ(Montagnier)博士がノーベル医学生理学賞を受賞)。このウイルスはRNAを遺伝子とするレトロウイルスの一種で、Tリンパ球等の細胞表面上のCD4と呼ばれる糖タンパクをレセプターとしている。HIVは細胞内に侵入したのち、自らの逆転写酵素を用いてDNAとしてリンパ球遺伝子に組み込まれるため、体外へのウイルス排除は極めて難しい。
HIV感染後10年前後はほとんど無症状で経過するが、時間と共に血液中のCD4を持つTリンパ球が減少し、血中のCD4陽性リンパ球が200/μl以下になると、通常は病原性のほとんどない微生物による感染症(日和見感染症)などの合併症を発症するようになる。ニューモシスチス肺炎の発症など定められた診断基準に一致した場合にAIDSと診断される。現在は、AIDSとなる前にHAART(本用語集参照)など抗HIV薬を服薬しAIDS発症を予防することが多い。
HIVに感染している者の多くはAIDSを発症していないことなどから、「HIV/AIDS」と言う表現を安易に使用することは避けるべきである。例えば、「HIV/AIDSの予防」とは誤った表現で、HIV予防とAIDS予防は全く異なる意味である。「HIV」と「AIDS」のそれぞれの意味を正しく理解して使用するべきである。(垣本和宏)

用語 HAART
概要

(英語訳:Highly Active Anti-Retroviral Therapy)

Antiretroviral therapy (ART)はHIVに感染した者に対して抗HIV薬(医学的には抗レトロウイルス薬〈anti-retroviral: ARV〉と呼ばれる)を用いた治療法であるが、現在の標準的な治療方法は3剤以上の抗HIV薬を併用しており、これをhighly active anti-retroviral therapy (HAART)と言う。現在では単にARTと呼ぶことが多い。かつての治療は抗HIV薬の種類も限られていたため1剤を用いた単剤治療であった。しかし、1剤を用いた治療では薬剤耐性ウイルスが誘導されやすいことから、1996年頃より薬剤を組み合わせて処方されるHAARTが主流となっている。主に、核酸系逆転写酵素阻害剤、非核酸系逆転写酵素阻害剤、プロテアーゼ阻害剤を組み合わせて使うことで効果的にウイルス増殖は抑えられ治療成績は上がったが、他の多くの抗ウイルス剤のようにウイルスが完全に体外に排除されることはないので、生涯服薬する必要がある。

開発途上国のHIV対策は、かつては感染予防が中心で、高価なHAARTは開発途上国では現実性がないと考えられていた。しかし、2000年に南アフリカのダーバンで開催された国際エイズ会議でのネルソン・マンデラ氏(元南アフリカ共和国大統領)のスピーチを契機に、開発途上国においてもHAARTを拡大させるための支援が広がった。その結果、開発途上国においてもHAARTを必要とする多くの人々に行き渡るようになり、エイズによる死亡者数が激減するようになった。しかしながら、服薬アドヒアランス(患者が定められた薬を飲み続けること)が悪いと容易に薬剤耐性が引き起こされるなど課題が残されている。(垣本和宏) 

用語 GAVI(ワクチンと予防接種のための世界同盟)
概要 (英語訳;GAVI, The Global Alliance for Vaccines and Immunization)

貧困地域に住む子どもたちの命と健康を守ることを目的として、十分に普及していないワクチンや新しいワクチンを届けるために、2000 年に結成された同盟で、事務局はスイスのジュネーブにある。開発途上国及び先進国政府、ワクチン製造会社、NGOs、研究機関、ユニセフWHO、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団、世界銀行など公的および私的組織により構成されている。1974年に始まった拡大予防接種計画(EPI)により、感染症の予防手段であるワクチンは世界に普及し、基本的な6種類のワクチンの接種率は80%にまで達したとされた。しかし1990年代にその普及の進展は頭打ち状態となり、当時は子どもたちをさらに守ることのできる新しいワクチンも開発されたが、それらは貧困地域には浸透せず、世界の中での格差は広がるばかりであった。新しいワクチンは、非常に高価であるという問題点も存在した。先進国では10種類を超えるワクチンが乳幼児に接種されていたにもかかわらず、開発途上国では基本的なワクチンさえ届いていない地域もあった。この状況を打破するために、公的組織と私的組織が一緒になって活動する本同盟が発足した。現在GAVIが掲げる主な活動目標は、1.世界全体の接種率向上、2.保健医療システムにおける予防接種の有効性と能率性の強化、3.国の予防接種プログラムの維持、4.ワクチンや関連製品の市場の形成である。また、「予防接種のための国際金融ファシリティ(IFFIm)」による「ワクチン債」の発行による革新的な資金調達も行ってきた。(中野貴司)
用語 ESD
概要

(英語訳:Education for sustainable development)
(日本語訳:(国連)持続可能な開発のための教育)

2002年のヨハネスブルグサミットにおいて、ESDの推進が提言され、我が国はESDの推進の10年を提唱した。

ESDの概念は、1980年の国連環境計画(UNEP)、世界自然保護連合(IUCN)、世界自然保護基金(WWF)が提出した「世界環境保全戦略」で、「持続可能な開発」の概念が示されることに始まる。1984年国連に設置された「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)」(委員長:後にノルウェーの首相および世界保健機関事務局長となったブルントラント博士)の提案を受け、国連総会で承認された。その報告書"Our Common Future"(1987)(『地球の未来を守るために』)では、環境保全と開発の関係について「将来世代のニーズを損なうことなく現在の世代のニーズを満たすこと」という「持続可能な開発(SD)」の概念が打ち出された。

我が国では、2002年のヨハネスブルグサミット以後、世界レベルでのESDの推進を提唱しており、2005年から10年間を「ESD推進の10年」として国連総会で提唱し、採択された。

ESDはEducation for Sustainable development であり、on Sustainable developmentでない。持続可能な社会を作るために、学校や地域における教育の必要性が高い。それには、あらゆる学習や啓発活動を通じて、持続可能な開発のあり方を考え、その実現を推進するための場や機会を地域で提供することが必要である。その内容も、環境教育だけでなく、文化の独自性を尊重し、人権、平和の構築、異文化理解、健康の増進、自然資源の維持、災害の防止、貧困の軽減などを通じて、公正で豊かな未来を創る営みである。

ESDの普及・推進のためにUNESCO(国連教育文化科学機関)が国連で主導的役割を果たすことが決まった。また、国連大学(UNU: United Nations University)もESD推進のためのモデル地区としてRCE(Regional centers of expertise)を2005年に世界7カ所(我が国では仙台と岡山市域の2カ所)を定め、地域レベルでのESD推進のモデル事業の推進と研究の推進を行っている。

我が国は、2002年のヨハネスブルグサミット以後、世界レベルでのESDの推進を提唱しており、2005年から10年間を「ESD推進の10年(2005-2014年)」として国連総会で提唱し、採択された。ESDの10年の最終年である2014年にユネスコと日本政府が共催して、名古屋市と岡山市で「持続可能な開発のための教育(ESD)に関するユネスコ世界会議」が開催された。

ESDの理念、活動自体の波及は極めて限定的であったが、2015年9月に国連総会でSDG(Sustainable Development Goals)が採択される等、SD (Sustainable Development)に関する理念に影響を与えたといえる。持続可能な社会づくりの担い手をはぐくむには教育(学校教育・社会教育・生涯教育等)が重要であることはいうまでもない。(山本秀樹)